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オーケストラの向こう側
~フィラデルフィア管弦楽団の秘密(2004年・アメリカ)
演奏家たちの創造と日常を
鮮やかに描き出すドキュメンタリー映画
レオポルド・ストコフスキーが、ユージン・オーマンディが、リッカルド・ムーティが、ヴォルフガング・サバリッシュが、そしていまは、クリストフ・エッシェンバッハが音楽監督を務めるフィラデルフィア管弦楽団。実力ある指揮者たちに率いられた、アメリカを代表する、世界でも屈指のオーケストラである。
映画「オーケストラの向こう側 フィラデルフィア管弦楽団の秘密」(セテラ・インターナショナル配給)は、このフィラデルフィア管弦楽団のメンバーたちに密着、その音楽への思いを聞き出す。そしてやがて、メンバーたちの人生そのものを、描き出すことになる。
メンバーたちに「音楽とは何か?」を問いかける。生涯続く挑戦・・。いきなり聞かれても・・。常に存在するもの、大気中に満ち、人間の細胞に溶けこんでいる・・。解けない魔法、色あせぬ感動を与えてくれる・・。
「オーケストラの向こう側 フィラデルフィア管弦楽団の秘密」は、言葉にならない音楽の魅力を、言葉と音楽、映像で表現したドキュメント。そして観客である私たちにも、「音楽とは何か?」と問いかけてくる。
ベートーベンの序曲「コリオラン」が演奏される。緊張感たっぷりな幕開けだ。
メンバーたちは答える。ポールは、自己表現。ウディは、100人以上で音を作るのは孤独な作業。ドンは、個はなく、構成要素に徹する。二ザークは、オケの一員と個人ははっきりと区別される。デヴィットは、指示通りの音を出す者と、自己を消さずにみんなと合わせる2種の人間がいる、このちょっとのはみ出しがオケに独特の響きをもたらす。と。
多くのエピソードが紹介される。
トロンボーンの二ザークは、ラテン音楽好き。コンサートが終わってから、ラフな服装に着替えて、サルサ・バンドで演奏する。
ホルンのアダムはジャズの学位を持つ。チャーリー・パーカーの「ブルース・フォー・アリス」をソロで吹く。
ザックとジェイソンの兄弟は、ヴァイオリンでブルーグラス・バンドに加わっている。
ヨーロッパ・ツアーで訪れたケルンでは、大道芸のアコーデオン奏者が、見事な演奏をしている。ヴィヴァルディの「四季・冬」に、メンバー30人ほどが熱心に聴き入る。
感動的なのは、イスラエル出身のチェロ奏者ウディと、アラブ音楽の大家シモン・シャヒーンとのエピソードである。シャヒーンはウードとヴァイオリンの名手。政治の上では、争い続ける民族同士である。だが、ウディはシャヒーンの音楽を敬愛している。そして、シャヒーンのヴァイオリンと競演する。
エディは言う。「音楽は愛と絆、相手を大切にする心、自由への思い。人間の求めて止まぬものを常に示してくれる」、と。そしてシモン・シャヒーンの作った「祈り」を共に演奏する。
フィラデルフィア管弦楽団の得意とするストラヴィンスキーの「春の祭典」も登場する。アメリカ初演、レコード初録音、舞台初演もフィラデルフィア管弦楽団である。冒頭のファゴットのソロを、メンバーたちが言葉にする。虐待された鳥の声、泣いて嘆く人の声、孤独、牧歌的で色なら緑、小川のせせらぎ・・。この曲を演奏することは、メンバーたちの誇りでもある。
中国の現代音楽を代表する作曲家タン・ドゥンの「オン・タオイズム」を演奏することになる。楽譜にある「中国の鈴」をタオ・ドゥンに確認する。中国の鈴、ポンリンを手にいれ、作曲者自身の朗唱で演奏が実現する。
もう、音楽にまつわる、すてきなエピソードばかり。やがて、音楽そのものを語ることから、メンバーたちは、すこしずつ、みずからの生い立ち、半生を語るようになっていく。
メンバーたちの出身地、民族、思想などは、ばらばらである。生い立ちや音楽との出会いもそれぞれである。共通しているのは、音楽への情熱だろう。クラシック以外の音楽に挑戦したり、オートバイに乗ったり、絵を書いたり、肺を鍛えるために長距離のランニングにのめり込んだり・・。すべて、さらによりよい音楽を演奏するための情熱、なのである。
そして、それぞれの音楽への情熱が、オーケストラとしてひとつにまとまっていく。映画から、その秘密、過程を知る興奮を存分に味わえる。
数々の名曲がエピソードに合わせて、挿入される。マスネーの「タイスの瞑想曲」、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」、ベートーベンの「英雄」、シューベルトの「ザ・グレイト」、バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」、そしてブラームスの「交響曲第1番第4楽章」。
撮影に2年、編集に2年、長い時間をかけて丹念に作られたことがよく分かる。監督はダニエル・アンカー。
音楽好きはもちろん、じっくり見ると、音楽がたまらなく好きになることだろう。
●2008年5月17日(土)より、ユーロスペースにて公開!!