美・知との遭遇 美術教育見聞録 学び!と美術
育みたい学力「想像力」
人間らしい成長のために
導入事例Case8、9掲載
〈せいか〉「この読みの漢字をいくつ書けますか?」
昔、高校生の間でプチブームとなった問題です。今では電子辞書を持ち歩く人が多くなり、その答えは簡単に求められます。私の電子辞書では、26の二字熟語が示されます。
「想を含む熟語をいくつ書けますか?」
これは、美術研究会での先生方への課題でした。これの解答を見るには、逆引き機能も必要となります。夢想、幻想にまで至る「想」を含む熟語には、それぞれ微妙な差があって、日本人のデリカシーを感じるとともに、美術教育での用い方の難しさも感じることができました。
美術教育を通して育みたい学力や、表現するために求められる能力として、「想像力」は中核となる能力です。特に、他の教科との相対においても、美術教育で育むべき特質的な能力であると言えるかもしれません。私たちは想像力なしには造形表現は成立しないことを知っていますし、多くの美術教育課題は、その能力を高めたり用いたりすることをねらいとして設定されます。
以下の二つは、手近な電子辞書の広辞苑で調べた「想像力」です。
- 1.感性と悟性を分有し、両者を媒介して認識を成立させる能力(カント)
- 2.芸術経験の創造・享受両面における形象生産の契機(ニーチェ・サルトル)
図画工作や美術の時間で用いる「想像力」は、これほど硬く考えたり、難しく議論したりはしませんが、絵を描くときには「観察画」と「想像画」に分けて課題設定するのが常です。「想像画」とは何かを改めて考えてみると、その規定は簡単ではなさそうです。
- 3.物語や会話、あるいは図形のメモなどから、シーンや情況を思い浮かべられる能力
- 4.考えやイメージを発想したり、新たなアイデアを思いついたりする能力
- 5.他の考えや発想、アイデアに触発され、発展させたり組み合わせたりする能力
- 6.相手の心情や認識の度合いを推察し、分かりやすく表現を構想する能力
- 7.他者の立場や情況を考慮し、使い勝手や安全について創造的に思考・判断する能力
児童や生徒が表現している情況を深く洞察すれば、観察画においても、対象を見た直後に画用紙に描き写す瞬間の記憶は、想像的であるかもしれません。表現者は、一瞬前の記憶を思い出しながら表現者独自の想像のもとに具現していると考えられるからです。
つまり、記憶される多くの事象は、表現者のそれまでの経験の違いにより、他者とは異なった印象として認識され、思い出すときも同様に、個別的フィルターで再現されていると考えられます。私たちは、カメラで撮影されるように対象を決っして見ていないということでしょう。例え観察画であっても、カントのいう、感性と悟性を媒介した認識によって想像力が働き、それを具現化しようとするからこそ個性的な表現が成立するのではないでしょうか。作品を鑑賞する楽しさもそこのところにありそうです。
造形活動による学習とは、私たちの想像を司る脳の重要な部分を刺激し続けることなのです。それは、私たちが人間らしく成長するための基礎となる学習活動であるといえるのではないでしょうか。
導入事例 Case8
小学5年 『彫りすすみ版画でカラフルな世界を』(3時間)
*一版多色の彫りすすみ版画で、色彩の魅力を感じさせる授業です。
◎主な材料
- スチレンボード(B4)
- 色画用紙
- 練り板
- ローラー
- ばれん
◎導入の工夫
- 刷るたびに画面が変化する楽しさが子どもを夢中にさせます。しかし、色を残したいところを彫って重色するシステムを理解するのは難しいようです。彫りすすみ見通しをもたせるために、彫りと刷りの実験をして見せました。
- T
- 「彫りすすみ版画」とは、どんな版画なのか,これから実際にやってみるね。 (数人の児童も参加してスチレンボードの表面を削って、版をづくりを見せる。)
- T
- この版に色を付けてすると、どんな絵が現れるか刷ってみるね。(版にインクを付けて色画用紙に刷り、刷り上がりを一緒にみる。)
- C
- わあっ!きれい!
- T
- 彫ったところがどうなったのか分かる?
- C
- 下の色が出てる!
- T
- さらに彫って別の色で刷ったらどうなるかなぁ?
- C
- やってみたい!(児童も参加させ、版を彫り進めて2色目を刷る。)
A先生の実践授業
導入事例 Case9
中学1年 『色の広がり形の魅力』―クリアフォルダーのデザイン―(10時間)
*色や形の特性を学習し、クリアフォルダーのデザインを考え色面構成する授業です。
◎主な材料
- スケッチブック
- アクリルガッシュ
◎導入の工夫
- 色の学習はその特性や言葉など覚えることが多いため、美術に苦手意識を持つ生徒にとって敬遠したい部分と言えます。導入では色の学習を行う際、色と自分の身近な関わりから興味を持たせるという視点から授業を工夫してみました。
色と自分の意外なつながりに気づく
アクリルガッシュの特性について学んだ後に「自分好みの色カード」を3枚作り、12枚に切り分ける。切り分けたカードのうち各1片は自分のワークシートにはり、残りを友人と交換し合って自分好みの色カードを収集する。色の好みからわかる、人の性格について話し合い、色のイメージに興味を持たせる。
身近なもののデザインについて
色の性質について具体的に理解できるよう、飲料水のペットボトルを数種類提示する。また、形についても生徒の身近なスポーツブランドのマークを提示し、その由来や形の変化を考えさせることで制作への意欲とイメージを膨らませる。
A先生の実践授業