美・知との遭遇 美術教育見聞録 学び!と美術
表現の主題意識について
造形的な表現において、「主題」は表現の動機といえるものです。表現目的や機能が明確なデザインについては、またの機会として、絵や彫刻などに表される表現の動機や主題意識とは何なのかを考えてみたいと思います。
授業の中で、絵や彫刻などの課題を準備するときに、先生方は表現の主題について、どのような扱いをしているのでしょう。「風景画」や「静物画」を課すときのことを考えてみると、風景の場合には、描く場所や構図は自分で選び考える必要がありますが、静物の場合には、決められた描画位置からの視点で対象を画面に描こうとすると思われます。児童生徒に許される範囲は、仲間の了解を得ながらモチーフの配置を変えたり、画面構成を工夫したりすることぐらいでしょうか。その折りに大切なのは画面効果や配置を工夫する以前の描こうとすることへの動機付けにあると思います。対象の何を描こうとするのかということです。強い感動というものは常に身近にあるとは限りません。風景や静物を対象に、何を狙って子どもたちは描き始めるのかという主題意識を抱かせる指導がどのように行われているかの問題です。このことについての議論や指導はほとんど行われてこなかった現状があるのではないでしょうか。静物画においては、子どもたちの中で、与えられた目の前のモチーフをいかに描き写すかが課題であり、結局は巧く描くことだけに神経を使い、児童生徒の相互評価もその範囲で行われる傾向にあると考えられます。そのような学習体験からでも美術を志し制作活動を続けてきた私たちにとって、主題とは何かということは、もっとも難解な課題の一つです。最終的な主題決定の意志は表現者自身によることは言うまでもありませんが、人は何を主題として造形文化を継承してきたのかを学ぶ機会が余りにも少ないままに教育を終えていると考えています。その結果、表現技術や技法をマスターしたにもかかわらず、何を描いていいのかわからずに表現から遠ざかっている人が多いと思われるのです。
多くの制約を伴う授業では、すべての子どもたちに満足できる表現の動機を与える困難さはあるとはいえ、何に注視して完成イメージをもちながら表現者が大切にしたいのかを教え、考えさせる必要があります。つまり、主題意識をおろそかにしたままの表現に何の意味があるのかということです。そういった表現を繰り返してみたところで、描きたい欲求や他の作品を味わう観点は育たないのではないでしょうか。子どもは、ものの存在や表面感のリアリティー、平面への三次元空間の創出を楽しく思う場合もあります。たとえ、とても素朴な表現欲求であっても、そのことの価値を指導者が認めることによって、彼らは自信を持って表現に向かえるはずなのです。
私たちが、これまで主題について触れようとしなかった要因に、絵は言葉で説明できるものではない、説明を必要としないものであるという考えがあったように思います。多くの作家は「言葉で説明できないからこそ絵に表したのです。」と答えるでしょう。また、言葉で説明してしまったら作品が薄っぺらに感じられたという経験のある方も多いでしょう。
でも、それは作家の言い分です。私たちのように表現を教育の手段とする教師にとって、表す場合に最も重要な動機となる主題とは、どのように作者が考え、それをどんな形や方法で表そうとしたのかを、できるだけ言葉などに置き換えて、伝えたり、評価したりする努力が必要なのではないでしょうか。
そのために指導者は、自らも表現経験を積み、表すことへの洞察を深めたり、表すときの心理を味わったりする必要があるのです。そして、それが表現や鑑賞に関する専門性として私たちに求められる図工・美術教員の資質なのです。
誰もが同じものを見ているにもかかわらず、私たちはモチーフから何を感じ取って、自分ならではの感性でとらえた対象をどのような感覚や心理で表そうとしたかを、できるだけていねいな言葉や具体的な資料を示しながら子どもたちに伝える必要があります。それは生身の人間が教壇に立つ意味でもあり、図工・美術で大切にしている「創造性」というものを感じさせる瞬間でもあるのです。
感覚的でどうしても言葉にならない部分や、説明することによって、かえって捉え方が一面的になってしまうかもしれない微妙な絵画的な表現性もありますが、子どもたちの作品を前にしながらそれを多くの言葉で語り合うことにより、創造する感性のニュアンスや知的イメージとして総合的に主題意識を交流させることは可能であると考えています。指導者と子どもたちとの好みや経験値に大きな隔たりがあるとしても、人は何を主題として表そうとしているのかの価値レベルは伝えられるはずです。指導者の主題的価値を押しつけるのではなく、どのような想いで表そうとしているのかの一面を子どもたちに教え、彼らが主題意識を明確に抱くためのヒントや主題形成の支援となる指導が大切なのではないでしょうか。