美・知との遭遇 美術教育見聞録 学び!と美術
色彩の指導について
和菓子屋さんで、とてもきれいな配色のジャンパーを着た女性に出会ったことがありました。「素敵な配色ですねぇ。」と思わず声を掛けてしまった私に、私の母に近いほどの高齢と思われるその女性は、しばしの自慢話とともに感謝の笑顔を返してくれました。
初夏を迎え、若い女性たちが色艶やかなファッションを楽しむ姿を目する機会が増えました。彼女らは、自分の好みというものを明確にもっているのでしょうか。とりあえず流行のスタイルで決めてはいるものの、必ずしも個性的なセンスで主体的に色を選んだりはしていないと感じるのは私だけでしょうか。
今回は、日本人のセンスを任されているかもしれない色彩の指導について考えてみたいと思います。
これまでの美術教育では、いろいろと模索されながらも、絵画などの表現力として根強くデッサン力を重視する傾向があることは否めません。美大の入試でも課されていますし、美術部などの表現練習の定番となっている学校も多いでしょう。一般的なデッサンは、明暗による立体や空間表現の能力を高める上で有効な一つの方法であることは確かです。表現技術や物体の立体視、明暗(陰影)の中に私たちが見る質感表現などの能力の高まりが期待できます。また、鉛筆や木炭による画紙への描画感覚も重要な基本的表現技術の一つでしょう。木炭紙になかなか定着しない木炭に苦労したことを思い出す方も多いのではないでしょうか。
私たちは児童生徒を社会に送り出しながら、絵に表すことを長く愛好して欲しいと願っています。これまでの表現指導に不十分な点があるとしたら、常に改善を心がける必要があります。デッサン力などの表現技術力は、ものを見る視点を深めたり、微妙な観察力を高めたりする上では非常に有効です。なにより、上手に描けるという自信は、私たちの表現意欲の源ともなります。しかし、そのことに注目しすぎると、上手と思えない人は描くことから離れるとよく言われています。例え、描き続けたとしても描くことの巧みさ以外に表現の楽しさや奥深さがあることに気付かないでいることが多いかもしれません。ですから、私たちは近年の授業において、デッサン力以外の表現性を重視したカリキュラムにもとづき、多様な指導と評価の展開を試みてきたのです。その成果は必ずしも否定されるものではありません。多様で教育的な題材も数多く開発され、表現意欲を向上させるような評価法も研究されてきました。それでも私にはポッカリと空いた重要な学びの漏れが、図工や美術にはあるように感じられるのです。
まず、その一つが色彩感覚の指導です。絵の具の使い方や混色についての指導は必ずといっていいほど行われているようですが、色の調和や配色については、子どもたち個々の試行錯誤による熟達に委ねられる傾向にあります。作品の評価の折りに、色の効果的な配し方や美しい組み合わせについて触れることはあっても、多くの子どもは、結局のところ、どのように配色させるのか、どうしたら調和が得られるのかを学んだと感じられずに義務教育を終えているのではないでしょうか。
実は、そう感じている私も、自らの色彩指導を思い返すと、12色相環を用いて色の性質の説明をしたあとに、平面構成や自然物からの構成を課していただけでした。中には優れた配色感覚の生徒がいて、私以上のセンスで色の調和感のある作品を残したりしていました。しかし、大半の子どもたちは形が上手に描けたとしても、彩色技術の未熟さと、当てずっぽうの配色で主体意識の弱い表現に終わっていたように思います。結果として、色が美しいとは、どうすることなのかを未体験のまま成人している可能性があります。それは、自分の好みに合った配色を求める糸口・手がかりが見つけられないということではないかと感じています。そのことについてのアンケートでは、多くの大学生も、「下描きは巧くいくのに、いつも着彩で失敗していた。」と感じていた回答が多く寄せられました。
色彩指導の場で発揮される私たちの指導力とは、指導者自身の表現経験にもとづく配色や調和感覚によるのではないでしょうか。高明度の配色によるパステルカラー調の調和や、グレイッシュトーンで統一されたシブさなどの調和感覚を私たちは知っています。そして、自分なりに好みの混色を行い、その時々の気分でタッチやマチエールを工夫しながら、配色を楽しむ術を獲得している方も多いでしょう。
色彩指導においては、まず、指導者が、どのような考えで色を選び、混色し、配色しているのかという「色彩感覚」をできるかぎり子どもの理解しやすい言葉に訳して伝え、時には実演してみせる指導が必要だと考えています。それは、指導者独自の配色の仕方を子どもたちに押しつけるものではありません。子どもたちは指導者の感覚に同調しようとし、配色の工夫とは、どのようなことなのかを具体的に認識する貴重な疑似体験をさせるためです。主体的に色彩表現に取り組むための糸口・手がかりを感覚的につかむきっかけとなることが期待されます。そうは言っても、図工が専門でない先生方は、ご自分の色彩センスに自信がもてないと感じている可能性があります。でも、それは他の教科でも同じことです。私たちが授業に向かうときは、他に教師がいないかぎり児童生徒にとって、いつも最良の先生であろうとするしかないのです。そのためにも、教師自身も生涯学習者であることを忘れないようにしましょう。
二つ目は、表現の「主題」意識についてです。これは次回にしましょう。