美・知との遭遇 美術教育見聞録 学び!と美術
「見る」ことの指導
表現と鑑賞の一体化
導入事例Case5.6掲載
鑑賞の授業をしてみて、最近の学生が知らない作家や作品の多いことに驚かされます。ピカソや「モナリザ」、ムンクの「叫び」は知っていても、印象派の画家たちやシュールレアリストたちでさえ彼らの関心の中にはなさそうです。大学生とはいっても、彼らが生きた18年ほどの中で教わってこなければ、また、体験してなければ知らないというのは当たり前のことです。逆に、いつ、なぜピカソやムンクを知ったかを彼らに問うことから私は授業を始めようとします。
魅力的な作品触れることにより美術に関心を持ってほしいと授業に臨むと、大学生の多くは鑑賞作品に興味を示します。作家のエピソードや色の調和などにも好奇心いっぱいの視線で聞き入ります。彼らは単に知らないだけなのです。だから、小学生の頃から鑑賞の授業を多く…。とは、単純にいかないように思います。
図画工作や美術の教科書には、たくさんの作品が紹介されています。彼らもそれを「見る」ことはしてきています。ところが記憶として彼らにそれらの作品が残るには、強い印象があったり、興味深い話題性が伴っていたりする必要があります。雑多な情報社会にあっては、名画ですら印象に残るためには教科書に掲載されるだけでは危ういのです。指導者が作品に関する知識を提供しながら、美術的な活動経験から作品に「見える」ことを伝え、やさしく手ほどきする必要があります。「見える」こととは、例えば色の調和や構図の工夫、主題、そして、歴史的価値付けなどのことです。作品を介した指導者と子どもたちのコミュニケーションの中に知的好奇心を刺激する貴重なチャンスがあります。例えば、レンブラントやルーベンスと比較するとボッティチェリの作品(「春」、「ヴィーナスの誕生」)の人物は、地に足がついていないように見えることを課題として学生に与えます。衣服の柄などから、すばらしい表現力があると思えるボッティチェリが、なぜビーナスの乗るホタテ貝が浮かぶ海原を平らに表していないのでしょう。
絵を描くために、空間をそれらしく描くことやデッサン力は必ずしも必須条件ではありません。クロッキーやデッサンを児童生徒に課すことは、上手に描く技術力を身につけさせるためだけではないはずです。ものの存在感や生命感などを含めた「見る」ことの深さに気づかせるという重要な目的があります。描きながら対象と向き合い、もののあり様を追求する自らの探求が楽しみであり、表現を持続させる意欲のひとつとなります。ささやかではあっても、その表現体験が作品鑑賞の視点を育て、作家の気持ちを洞察し、作品を印象づけることになるのです。単に「見る」ことから、深く「見える」ことに昇華させる指導を表現と鑑賞の一体化の中で行うことを美術教育は忘れてしまっているような気がします。
導入事例 Case5
小学3年 『いろいろできるよ せんたくばさみ』(2時間)
*洗濯ばさみをつないだり,並べたりしてつくった形に,光を当てて,光と影による表現をする授業です。
<場所>パソコン教室の大型モニターに「アニメーションにちょう戦!」のタイトル動画を映す
◎導入の工夫
- 図工室を暗室状態にしておく。図工室内は洗濯ばさみを渦巻き状にまき散らしておき,そこに3方向からライトで光を当てておく。
- T
- (図工室廊下で)さあ,ゆっくり入ってみよう。中のものには,触らないようにね。触ると…。気をつけてね。
- C
- 中には何があるのかな?怖い!(教室に一人ずつ入っていく)
- C
- わあ。きれい。
- C
- 洗濯ばさみがいっぱいある。影が面白い。
- T
- (照明を動かしながら)光の当て方を変えると…。
- C
- 影が大きくなった。
- C
- 違う形になる。面白い。
- T
- 光と影で面白いことができそうだね。この暗闇の中で洗濯ばさみをどんどんつないだり,並べたりしてみよう。そして,光を当ててみよう。
N先生の実践授業
導入事例 Case6
中学2年 『言葉のイメージを形に表してみよう』
? ことわざ・慣用句・四字熟語 ?(5時間)
*言葉から発想して、ユーモアやウイットのある遊び心を立体作品にする授業です。
◎主な材料:軽量紙粘土、アクリル絵の具
◎導入の工夫
教科書にある作品はとても優れていますが、最初からユーモアやウイットのある発想は、生徒にとって難しいと感じました。身近なところからユーモアのセンスを引き出し、表現する楽しさを味わわせ、表現意欲を高めたいと考えました。教科書や過年度の作品を参照させながら、まずは日常生活で多用されていると思われるダジャレ合戦から授業に導入しました。
- 生徒のダジャレ集:「蝿は速えぇ」「カレーは辛れぇ」「布団が吹っ飛んだ」「トイレに行っといれ」
- 生徒の慣用句等集:「虫の知らせ」「住めば都」「足を引っ張る」「井の中の蛙」「身を粉にする」
- ことわざや四字熟語も考えさせながらアイデアスケッチさせる。
- 互いの発想をを評価し合い、具体的なイメージを固めていく。
A先生の実践授業