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中学校の情報教育実践例 |
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紙と鉛筆からはじめる「情報の時間」 〜言葉と体験,習得と探究をつなぐ「活用する力」を高めるために〜
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1.「情報の時間」設置の経緯と目的 |
滋賀大学教育学部附属中学校では,情報活用能力の育成を目的とした「情報生活科」を平成12年度に創設し,実践を行ってきた。情報生活科では,情報機器の扱いに主眼を置くことが多く,情報機器の扱いに慣れた生徒が多くを占めるようになる中で,徐々にその役割を失いつつあった。また,各教科での学習の中で学習内容を単に理解することはできても,与えられた情報について深く考え,新たな考えを作り出すための論理的な思考力や,読解力,創造力が身についていない生徒が多いことが問題となってきた。これらのことから,情報機器の操作に主眼を置いた情報教育から,生徒が情報を正しく扱い,思考し創造するための情報教育の必要性を強く感じるようになった。
情報教育を単なる情報機器利用や,情報を扱う上でのルールやモラルの教育と考えず,学習活動そのものを情報の観点から捉え直し,情報の本質の探究や,情報の活用,内容を吟味等に必要な力を育てることを軸に,平成19年度から「情報生活科」を廃止して「情報科」を創設し,情報教育を体系的に学習する時間を創設した。「情報科」は,改訂学習指導要領においても重視されている,知識基盤社会で必要な知識を活用する力を高めるために,文・理系双方を含む「情報学」に基づいて構築している。また,教科等及び総合的な学習において,「情報科」の学習を活かし,言葉(言語活動)と体験,習得と探究を関連づけようとする教育課程の研究開発を行っている。
教科等の学習は内容中心であり,内容を理解させれば必要な力を身につけさせることができるとされている向きもある。学習とはつねに情報を扱うものであり,情報は人間により知覚・認知・認識され,思考によって整理・補充されて,体系的な「知識」として人間の中に記憶されると考え,「情報学」を基盤とした教育課程を開発し,実践をすすめることによって,生徒の感性を磨き論理的に考える力を高めることが可能であると考える。
本校では27年間にわたり異学年合同の調査研究型の総合学習「BIWAKO TIME」を実践してきた。情報機器や手段の普及により,調べることや発表することは簡単になったが,生徒の学びの質は著しく低下したと感じている。総合的な学習の時間において,教科等で培った知識を活きて働かせるためには,「場」を準備するだけでなく,「活用」するための方法を学ぶことが重要である。本校の情報に関する学習を,教科を超えて普遍的なこれらの方法知を体系的にかつ効率的に学ばせることができる時間にしたいと考えている。
平成22年度より,文部科学省の研究開発学校指定を受け,教科と総合的な学習の時間をつなぐ「情報の時間」として,さらなる内容の充実に取り組んでいる。
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2.「情報の時間」のカリキュラム |
平成19年度は研究の初年度として,情報学に関する書籍や,高等学校の普通教科情報を参考にしながら,カリキュラムの構築を行った。各単元は4時間で構成され,それぞれの単元に担当教員を割り当て,全教員が年間二つ程度の単元を担当した。初年度については情報に関する学習内容を網羅的に学習させることを考え,単元ごとの内容が他の単元と重複することを問題とせずに単元を構成している。そのため,多くの単元でよく似た題材を取り扱う場面があったが,視点を変えた教材・題材を扱うことで,生徒が全く同じ内容を学習することがないようにしている。19年度をこのカリキュラムで運用することによって,全校をあげた体制を確立するとともに,中学生に適した課題を分析することができた。
平成20年度以降,19年度の反省を活かし,平成19年度の学習内容の蓄積が活きるように配慮しながらカリキュラム構成を大幅に変更している。平成21年度のカリキュラムを以下に示す。
学年 |
内容 |
単元 |
時数 |
1 年 生 |
コミュニ ケーション |
人とのコミュニケーション |
5 |
メディアによるコミュニケーション |
5 |
情報の 活用 |
アイデアを練ろう1 |
8 |
分析しよう |
8 |
発表しよう |
8 |
2 年 生 |
データと 情報 |
データ量と情報量 |
5 |
データの質とディジタルデータ |
5 |
情報の処理 |
アイデアを練ろう2 |
8 |
データを処理しよう |
8 |
マルチメディアで表現しよう |
8 |
3 年 生 |
思考と 創造 |
論理的に理解しよう |
8 |
論理的に表現しよう |
8 |
情報社会 |
情報の本質 |
5 |
情報と経済・犯罪 |
5 |
これからの情報社会 |
5 |
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3.「情報の時間」の各学年の実践例 |
これまでの実践を通して,多くの単元・課題を開発してきた。それらの内容をまとめ,テキストを作成した。各単元の担当教師はテキストの内容をもとに,ワークシートを開発して授業を実践している。以下に各単元での実践例を示す。
(1)1年生
1年生の授業は,コミュニケーションの本質,シンキングツールの活用を中心に,体験的な学習を基本として実践している。
「人とのコミュニケーション」
普段あまり特に意識されることのない人と人とのコミュニケーションについて,より良いあり方を実践的なやり取りの場面から考えさせた。目と目を合わせるコミュニケーションの重要性や,言葉ではなく気持ちや雰囲気を伝えるコミュニケーションについて取り上げ,情報の伝達手段が発展しても人同士のコミュニケーションの本質は変わることがなく,情報のやり取りの最も基本的な部分であることを実感させた。
「メディアによるコミュニケーション」
日常的に生徒が利用している様々なメディアを取り上げ,インタラクティブ性や伝達速度など,それぞれの特徴を整理させた。様々な場面を想定し,望ましいメディアの使い分けや情報を受け取る態度について考えさせた。特に生徒にとって重要度の高いメディアである携帯電話について,特徴などを細かく分析させることによって,メディアとのつき合い方について深く考えさせることができた。また,メディアの持つ演出性や意図的な編集の結果についても考えさせ,クリティカルに情報を見つめる意識を持たせた。
「アイデアを練ろう1」
アイデアを創造的に練り込む活動を通して,発想を実現可能な企画へと発展させる方法を学習させた。アイデアを見える形にするために,多様なシンキングツールを利用させ,アウトラインを作ることで発想を広げたり,対比や集合を利用したりしてアイデアを練りこむ方法を学ばせた。イメージマップなどでアイデアを具体化し,アウトラインを作ってから童話を書く活動などを通して,アイデアを育て実現する方法を体験させることができた。
「分析しよう」
様々な特徴や特質を持った情報の集まりである情報源について,単に情報を集めただけではその情報源の本質を見抜くことにはつながらないことを確認させ,いくつかの情報源から情報を抽出して実際に分析をさせた。マインドマップなどを描いて情報の構造を視覚的に分析することを通して,問題を解決するための必要な原因を探す活動を行った。これらの活動を通して,データを検証・分析する一連の流れを学ばせた。
「発表しよう」
言葉を聞いて「絵」に描いたり,「絵」に描いたものを言葉に直したりすることを例にして情報をより効率的・効果的に伝える方法を学ばせた。演説とプレゼンテーションを比較して発表に必要な要件を整理させ,A3大のボードを使ってプレゼンテーションを行う活動をさせた。また,ノンバーバルなコミュニケーションにも重点を置き,聞き手が聞きやすい情報伝達を意識させた。
(2)2年生
2年生では,データの扱いを学習の中心に据え,データについて本質的な理解をさせるとともに,それらを的確なメディアによって表現する方法の習得を中心とした。
「データ量と情報量」
データ量と情報量の本質的な違いを体験的に理解させ,データの量と情報の価値は必ずしも比例しないことを理解させた。俳句の持つ十七文字のデータから多くの情報を読み取ることができることなどの実感的な内容とともに,情報利得の概念に触れ,情報を受けた時の驚きの量によって情報量が決まることについても学習させた。
「データの質とディジタルデータ」
平均値が正しく母集団の傾向を示していない例をあげ,数値データを読み解く上での注意点について確認させた。また,アナログデータとディジタルデータの違いやそれぞれの特徴について理解させ,ディジタルデータの扱いやすさやディジタル化することによる便利さについて体験させた。
「アイデアを練ろう2」
個人や集団でアイデアを出し合う時,うまくまとまらなければ,せっかくのアイデアも活かされないことを体験させ,アイデアのつながりを意識してまとめる方法について学んだ。グループで,相手を意識してアイデアをまとめることの大切さやアイデアの広げ方について学んだ。
「データを処理しよう」
コンピュータを使ってデータを蓄積・検索するための方法と,それらを学習や生活に有効に利用する方法について学ばせた。データベースを簡単に扱えるソフトウェアを使って身の回りのデータを整理し,電卓では不可能な計算を体験させた。また,データベース機能を使っての複数の条件による抽出など,少し複雑な処理も学習させた。
「マルチメディアで表現しよう」
マルチメディアによって情報を発信する時に留意することについて考えさせ,インターネットによる情報発信の方法や,Webページでのリンクによって情報をつなげる方法について学ばせた。Webページの作成のポイントを内容とデザインの両面からとらえ,適正かつ効果的なコンテンツやデザインを考えてWebページを作成させた。
(3)3年生
3年生では,論理的な思考方法,情報社会の理解,問題解決の応用力の育成を中心とした。
「論理的に理解しよう」
日常の生活において触れるメディアの情報が一方的に処理・加工されて伝えられていることを知り,多様なメディアの中の不確実な情報に目を奪われずに,本当に必要な情報を見抜く力を持とうとする姿勢を育てた。論理的に情報を理解することで,筋道を明らかにして物事の本質に至る思考を身につける重要性を理解し,溢れる情報の中で本当に必要となる情報を見抜く力が必要であることを理解させた。
「論理的に表現しよう」
情報の構造を整理し,論理的に思考して表現することによって相手に自分の考えがはっきりと伝わることを体験させた。文章を論理的に理解して表現する活動,「分解の木」を用いて相手に明確に伝える方法と思考する活動,四コマ漫画など限定的な表現で自分の考えを伝える活動などを通して,論理性のある表現活動の重要性を理解させた。
「情報の本質」
情報が複雑になる一方で,極度に単純化された情報が存在することに目を向け,その存在意義について考えさせた。単純であっても複雑な情報を伝えることを知らせ,情報エントロピーなどの概念について考えさせた。学校や道路など身近にあるピクトグラムなどの簡素化された情報を意識し,その本質がどこにあるのかを探り,情報を見つめる際の着眼点の重要性を理解させた。
「情報と経済・犯罪」
情報化の進展で自分がどのような影響を受けることになるのかを,身近な例から体験的に理解させた。キャッシュカードやクレジットカードなどの性質や利便性・危険性を学習させ,会員カードなど自分たちが使うものにもそのシステムが応用されていることを理解させた。情報の集積が多くの経済的なメリットを生じさせることから,情報の漏えいなどの危険についても学ばせた。
「これからの情報社会」
μチップなど最先端のメディアに触れ,その機能や利便性,可能性を体験させた。卒業を間近に控えた時期に,自分が今後生活していく高度情報通信社会の実情について考えさせた。ユビキタス社会などの到来で想定される状況について,自分がどのように振る舞うことが良いのかについて,広い視野から建設的なビジョンを描かせることができた。
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4.成果と課題 |
情報学の内容については多くの考え方があり,確立した体系を見いだすことは難しい。本研究では中学生に必要な内容を抽出するとともに,生徒の実態に合わせた題材を構築することを目的としてきた。実践を進める中で,教員の中での情報学の捉え方が広がりを見せ,多くの中学生向けの題材を開発することができた。全校をあげての研究であるため,専門的な内容についての教員研修が大変重要になっており,題材開発に十分な時間を割くことができないのが大きな課題となっている。
平成20年度以降,反省をふまえてカリキュラムを見直したため,運用はよりスムーズになり,安定した実践ができるようになった。平成22年度以降は本研究で得られた知見を各教科での授業に活かす方策について考慮した実践を行い,より実践的な単元・題材の開発をしていきたい。
授業で利用したすべてのワークシートには,最後に生徒が授業を評価するマークシートがつけられており,各授業に対する生徒の評価が蓄積されている。生徒の授業への評価は大変良く,コンピュータを利用しない単元とコンピュータを利用する単元との評価に差異はない。コンピュータ・インターネットの利用に対する生徒の興味・関心が情報教育そのもののモティベーションであった時期を超え,生徒が情報の本質やその取り扱いについて興味を持って学習する新しい「情報に関する教育」を構築することに光明が見えはじめたと感じている。
今後も継続して,本研究・実践を充実させていきたいと考えている。
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