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ICT・EducationNo.44 > p18〜p21

教育実践例
情報モラルをどう教えるか
大阪府立摂津高等学校 山室 公司
1.情報モラル教育の課題
 財団法人コンピュータ教育開発センター(CEC)が2009年に「高等学校等における情報教育の実態調査 実施報告書」※注1を発表した。その中で,「高等学校等の教科「情報」では,ワープロソフトや表計算ソフトのようなアプリケーションの基本操作…に次いで,情報社会と情報に関わるモラルに関する内容が指導されている。この分野については,重要性の認識も高いが,指導への自信はあまり高くない」とまとめている。
 臨時教育審議会「教育改革に関する第三次答申」(1987年)で,「情報モラル」の確立が提起されて以降,高等学校学習指導要領などさまざまなところで情報モラル教育の重要性が謳われている。しかし,CECの調査は,情報モラル教育の重要性は広く認識されているが,実際に授業で扱うのは簡単ではないことを示している。
 「モラルを教育する」という場合,小中学校における道徳の時間を想起する。新教育課程では道徳教育の充実が求められているが,実際の小中学校の道徳教育が多くの課題を抱えていると言われている。文部科学省初等中等教育局教科調査官の永田繁雄氏は小中学校教師の道徳に対する意識を次のようにまとめている。※注2
  • [1]「道徳の時間は,子どもが好きではないと言っている」
  • [2]「いい資料が少ない」「使いたい資料が見つからない」
  • [3]「道徳の時間はいじめなどの生徒指導上の問題に力を発揮できないのでは…」
  • [4]「道徳の時間をやっても子どもは変わらないような気がする」
  • [5]「授業のやり方がわからない。むずかしい」
  • [6]「私は道徳的ではない」
 「道徳」の部分を「情報モラル」に置き換えれば,情報モラル教育の抱える問題点をそのまま表しているとも言えるだろう。
 情報モラル教育には道徳教育と異なる別の困難もある。道徳教育における内容は不易な項目が多いが,情報モラル教育の場合はICTの発展とともにきわめて短いスパンで変化している。教師は情報モラル教育で取り上げるテーマの後追いにならざるを得ないという特質である。
 どうすれば,道徳教育と同様の困難や情報モラル教育固有の困難を乗り越えることができるのであろうか。
 「情報モラル」の授業だからと言って特別視するのではなく,「生徒が主体的に考え,討議し,発表し合うなどの活動」を重視する日常の情報教育をそのまま活用すれば,生徒も楽しく学び,教師も教えやすくなるのではないだろうか。
 本稿は,そうした立場から,自ら課題を見つけ,グループで調べ,まとめて,発表するという形式で情報モラル教育に取り組んだ実践報告である。
2.実践の概要
(1)実践校の概要

 大阪府立摂津高等学校は,大阪北部にある中堅の全日制普通科高校である。情報科の授業は,3年次に置かれ,情報B(理系・看護系)と情報C(文系)の必修選択である。時間割上では情報Bは1時間ごと,情報Cは2時間連続で組んでいる。

(2)授業内容

 情報Cの授業は,年間5テーマの総合実習を行い,実習の中に知識や技術を組み込む形式で行っている。本実践は5クラス(学年8クラス)で行った2007年度情報C最終の総合実習(「情報モラル電子紙芝居」)である。指導計画は以下である(表1)。
指導計画
1 「情報モラル研修教材2005」のWebページより5つテーマを選択して要点を記述する。
表計算ソフトに5 項目入力し,関心順・興味順に整列させる。
グループのメンバー間で比較する。
2 グループごとの発表テーマを1つ選ぶ。
そのテーマについて詳しく調べる。
3 プレゼンテーションソフトでアニメーション効果と画面の自動切り替えの演習
シナリオを考えて表計算ソフトに入力する。
4 各自担当のスライドを作成する。
5 音声録音演習
音声編集演習
プレゼンテーションソフトでスライドを作成する。
6 1つのスライドに集める。
7 発表練習
8 発表
▲表1 指導計画

 まず,個人で情報モラルに関連するテーマを5つ探させる。時間と生徒の検索能力の限界から,Webサイト全体で探させるのではなく,独立行政法人教員研修センターが作成した「情報モラル研修教材2005」※注3の中から選ばせた。表2は生徒が選んだテーマの一部である。全体ではオリジナルを含む47件,延べ数854件が選ばれ,第1位「カメラ付き携帯電話のマナー」,第2位「電車内の携帯電話マナー」など上位には携帯電話関連のテーマが並んでいる。
No テーマ
1 カメラ付き携帯電話のマナー 58
2 電車内の携帯電話マナー 57
3 ネット中毒 44
4 無料ではないパケット代 39
5 知らない人からのメール 38
6 携帯電話を盗まれたら 36
7 ワン切り電話で不正請求 34
8 無料ダウンロードの危険 34
9 オークション荒らし 33
10 生活リズムの乱れ 29
 
  総計 854
▲表2 各生徒の選んだテーマ集計

 次にグループごとに持ち寄って比較させる。グループは年度当初に各クラス5人程度の8グループを作ってある。メンバーで話し合ってグループとしての発表テーマを1つ選びテーマが重ならないようにした(表3)。テーマが決まるとシナリオ作りを行う。3年生の12月から1月という時期で受験を控えている生徒も多いので,過度の負担にならないように,「情報モラル研修教材2005」のスライド構成をもとに実写版を作るという趣旨でシナリオを考えさせた。
テーマ
電車内での携帯電話マナー 5
カメラ付き携帯電話のマナー 4
ネット中毒 3
会ってはいけない出会い系 3
無料ではないパケット代 3
もうけ話には裏がある 3
ネットでの言い争い 2
出会い系サイト 2
知らない人からのメール 2
総計 40
▲表3 グループのテーマ(オリジナルを含む)

 総合実習形式の授業なので,学習に必要なソフトウェアのスキルを授業中に少しずつ習得させている。本実践では,プレゼンテーションソフトのアニメーション効果と画面の自動切り替え,音声録音,音声編集の演習を挿入している。それまでに学習したあらゆる知識やスキルも活用させた。
 スライドは必ず各自1枚以上作るように指示し,できあがったスライドを連結してグループとしてのスライドを完成させた。
 発表は,各班4〜5分程度で全員が前に出て何かをしゃべるという形式で行った。見ている生徒たちは表計算ソフトで作った評価用のファイルを開いて相互評価(5段階評価とコメント記入)した。教師側の評価は,グループとしての発表点とスライド内容の作品点を各5点ずつとし,TTの教師と合算して評価点とした。
3.事例報告(A組B班)
(1)A組の授業状況

 A組B班の事例を報告する。授業の進度は以下である(表4)。発表日の1月22日は情報の授業最終日である。表5は表計算ソフトに入力したB班のシナリオである。

内容 実施日
1 情報モラル検索 11⁄27
2 グループ討議,テーマ研究 11⁄27
3 スライド練習課題・分担の決定 12⁄1
4 音声の処理演習・シナリオ等の決定 12⁄11
5 スライド制作 1⁄15
6 スライド制作 1⁄15
7 発表練習 1⁄22
8 発表 1⁄22
▲表4 授業進度(指導計画とは一部順序変更)

No スライド概要 場面 配役
1 M1さんは本屋にあった雑誌に,探していた情報を見つけました。 本屋で雑誌を見ているM1さん。 M1
2 そしてその情報が載っているページを見つけ,その場で携帯カメラで撮影。 カメラを雑誌にむけて構えているM1さん。 M1
3 同じ情報を探していたM2さんに嬉々として送信しました。 メール送信完了,と表示する携帯。 M1
M2
4 M1さんはほしい情報は手に入ったので,そのまま何も買わないで本屋を出て行きました。 本屋を出て行くM1さん。 M1
▲表5 シナリオ

(2)発表の様子
  • M3:B班はカメラ付き携帯電話のマナーについて発表します。
  • M3:M1さんのケース。
  • M3:ある日M1さんは本屋である雑誌を探していました。
  • M1:あの本はどこかな?
  • M3:M1さんは店内をうろつきます。
  • M1:あ!あった!ケータイで撮って送っちゃおう。



  • M3:目当ての本が見つかり喜ぶM1さん。いそいそとケータイを取り出します。
  • シャッター音:カシャ。
  • M3:うまいこと撮れたようです。
  • M1:M2 さんもほしいって言ってたなぁ。
  • M1:友人のM2 さんにメールを送信しました。
  • 着信音:ピーピー
  • M2:よっしゃ。この情報ほしいと思っとってん。
  • M3:M2 さんは大喜びです。
  • M1:珍しい情報を手に入れたな!
  • M3:M1 さんもご満悦の様子で店から出て行きました。
  • M3:しかし店内の張り紙には
  • M1:地獄に行くわよ(スライドで張り紙を提示)。
  • M3:このようにカメラ付き携帯のマナーを呼びかけるものがあったのでした。

  • Y2:カメラ付き携帯電話を利用して,人物も簡単に撮影することができます。一般に,断りなく写真を撮られることはいやなものです。撮るときに一声かけるのもマナーです。また,撮った人物写真を断りなく他の人に送ったり,Webページに利用したりするとプライバシーや肖像権の侵害行為になることがあります。
  • Y2:携帯電話は大変便利ですが,だからと言ってマナーを破っていいわけではありません。ルールを守って,他人に迷惑をかけないようにしましょう。

  • Y1:解説。このようにお店の本を無断で撮影する行為は,情報を盗んだということから「デジタル万引き」と呼ぶ人もいます。この行為自体は犯罪にはなりませんが,書店に迷惑をかけるのでマナーとして控えるべきです。ただ,書店で撮影した情報を他の人に送信すると著作権法の違反行為になってしまいます。
  • Y1:実際に本屋に行ったM1さんの感想を伺いたいと思います。

  • M1:本屋さんに撮りに行ってきたのですけど,ちゃんと本屋さんにも写真を撮ることを言ったんですけど,撮ってる間に,実際雑誌の方を写メ撮らないでねって言われました。
  • M1:終わりです。(拍手)

<注:実際のスライド数は16枚>

4.生徒の作文より
 学年末考査で,情報モラルで調べたテーマについて300字で内容と感想を書かせた。一部を紹介する。
  • ○題材(電車内の携帯電話のマナー)は,日常的で自分たちにも身近なことなので興味がわきました。写真を撮って,編集し,効果音や動きを入れるのが楽しかったし,説明も分かりやすくなったと思います。まず,班で誰がどのシーンを編集するか分担し,役も決めました。電車内で携帯電話でマナーが悪い人の例を挙げ,途中になぜダメなのかという説明を入れ,より分かりやすくしました。発表もセリフを入れ,楽しくできました。他の班の発表も音や画像でいろいろな工夫がしていて関心しました。身近なマナーが楽しみながら理解できたことがよかったです。
  • ○私たち1班は『ニセモノを買わされた』というテーマで調べました。…私はこの情報モラルでいろいろ調べることができ,ネット犯罪や悪徳商法などのことについて詳しく知る機会があって本当によかったと思っています。他の班も個性が出ていて分かりやすかったです。私がこの情報モラルで学んだことはネットを安易に信じてはいけないということです。何事にも慎重に判断していき,自分に合ったことを自分のペースでやっていくことが重要だと分かりました。
 生徒たちが,熱心に作品を作り,他の班の発表を楽しみ,情報モラルについてよく学習した様子が窺えるだろう。
5.まとめ
 道徳教育の授業方法論は,知識重視,心情重視,行動・習慣重視に分類されるが,情報モラルの授業方法論も同様に分類できるだろう。しかし,知識を重視して教え込んで説教調になったら生徒たちはうつむいてしまう。心情を重視して,葛藤場面を作ろうとしたら嘘っぽくなる。行動・習慣を重視して強制しても生徒が反発する。情報モラルの内容は多岐に及び,すべての内容を教えることはできないし,技術の進歩とともに課題も変化していくのでいつまでたっても追いつかない。
 こうした情報モラル教育の抱える困難さを克服する方法は,情報教育の基本である「生徒が主体的に考え,討議し,発表し合うなどの活動」を重視した授業である。本実践はそのような授業の1つの試みである。
注1:財団法人コンピュータ教育開発センター「高等学校等における情報教育の実態に関する調査」
http://www.cec.or.jp/ict/hsjoho.html(2010.4.1 確認)
注2:永田繁雄著,「道徳授業の現状分析と今後の動向」(第71回日本道徳教育学会基調講演資料),行安茂著,『道徳教育の理論と実践』,株式会社教育開発研究所,2009,p199
注3:独立行政法人教員研修センター「情報モラル研修教材2005」
http://sweb.nctd.go.jp/2005/index.htm(2010.4.1 確認)
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