ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.8 > p1〜p5

論説
教科「情報」の現状と未来への展望
東京工業大学大学院社会理工学研究科教授 清水康敬
shimizu@cradle.titech.ac.jp
1.情報化の急速な進展

 インターネットがこれ程までに急速に普及し,あらゆる分野における大変革を起こすことを,5年前に予測できた人はほとんどないと思う。このようになるという方向性については,多くの人が発言してはいた。しかし,この進展の早さは予測できなかった。

  現在,「教育の情報化」が推進されている。これは,インターネットをはじめとする情報通信技術(ICT)の急速な進展と,経済効果に対する期待が押し上げている。

  文部省を中心とする関連省庁が出している学校教育における情報化計画によると,2004年度までに,全ての教室に2台のコンピュータを設置し,高速回線(1.5Mbps)によって学校をインターネットで接続することになっている。これによって,新しい学習指導要領に書かれているように,全ての教科でコンピュータやインターネット等の情報通信ネットワークが有効に活用されることになる。この目標に向けて,教員研修の実施や,学校インターネット・プロジェクト,学習情報デジタル・コンテンツ開発,ヘルプデスク等の教員支援体制の整備等,多くの事業が進められている。

  一方,教育内容の面で時代の変化を考えてみると,学校で教師が教える内容(情報)は,学習指導要領に基づいて作られた教科書によっているので,その情報の信頼性はほとんど100%である。しかし,我々の周辺には,テレビ,ラジオ,新聞,雑誌などによって多くの情報が流れている。この中の一部には,子ども達には不適切な情報もあるが,ほとんどは情報を作り出すプロが,自利の下に情報発信をしているため,信頼性は比較的高いと判断される。

  ところが,前述のように,インターネットが急速に発展し,誰でも情報発信できる環境を我々は手に入れたことになる。しかも,信頼性の高い情報から低い情報まで,同一のネットワークに流されることになった。また,反社会性をもった内容や社会を不安に陥れる情報,青少年に有害な情報も,同一のインターネット環境によって提供されている。さらには,インターネットを悪用した犯罪が起き始めている。このように,情報化の進展は,有効な光の部分にだけでなく,社会的な問題を起こす影の部分をも新たに生じさせている。

  このような背景から,光と影の部分の両面に対する情報教育の重要性が高まっている。そこで,文部省では「情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議」を設けて,小学校から中学校,高等学校までの学校教育における体系的,系統的な情報教育の在り方をまとめた。その中で,その後の協力者会議において,教科「情報」の学習指導要領が検討され,その解説書も発行された。

2.情報教育の目標
 「情報」の概念は広く,ややもするとあらゆる教科で指導する内容も情報である,という見方もある。しかし,今回の教育課程の改訂においては,教科「情報」を新たに設けることを目標にしたため,教科「情報」と他の教科と明確に区別する必要があった。特に今回の改訂に際しては,教科内容の厳選が行われたため,新教科を設けることには風当たりが強かった。そこで協力者会議では,「情報教育とは」について議論した。その結果,これからの新しい情報教育の目標として,以下の3つの能力・態度を明確にした。

(1)「情報活用の実践力」

  課題や目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて,必要な情報を,主体的に収集・判断・表現・処理・創造し,受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力。

(2)「情報の科学的な理解」

  情報活用の基礎となる情報手段の特性の理解と,情報を適切に扱ったり,自らの情報活用を評価・改善するための基礎的な理論や方法の理解。

(3)「情報社会に参画する態度」

  社会生活の中で情報や情報技術が果たしている役割や及ぼしている影響を理解し,情報モラルの必要性や情報に対する責任について考え,望ましい情報社会の創造に参画しようとする態度。

  ここで重要なことは,これら3項目にそれぞれ名称を付けたことであると考えている。これは,従来から情報教育の目標として4項目の目標があったにも拘わらず,ほとんど注意が向けられなかった。長い文で定義を正確に表現しても,それによって情報教育を正しく推進することは難しい。

  例えば,以前,学校や教育委員会では,「コンピュータを使っていれば情報教育である」と考える場合が多かった。これでは,情報教育と各教科の区別が明確でない。また,上記3つの能力・態度からわかるように,コンピュータを使わない学習活動も情報教育に含まれるわけである。このようなことから,情報教育の目標を明確にすると共に,その3つの能力・態度に名称を付けた。なお,上記の情報教育の3つの目標に名称を付けることについては,随分議論になったことを付け加えておきたい。実際,単純な名称が持つ意味・解釈は読む人によって異なるし,本来の意味とは異なる形で一人歩きする恐れがあるためである。

  したがって,上記の情報教育で育成すべき,3つの能力・態度は,中に書かれている文によって定義されているもので,それに付けられた名称は,それを簡単に示すためのものであることを強調しておきたい。しかし,これを公表してから現在に至るまでの動きを見ると,情報教育が好ましい形で推進されており,このように名称を付けたことはよかったと考えている次第である。
3.教科「情報」の科目
 高等学校に新設された普通教科「情報」では,「情報A」,「情報B」,「情報C」の3つの科目が設けられ,1科目以上を選択するという選択必修となった。教科「情報」を新設することよりも,それを必修にすることの方が,既存教科の関係者からの反対が大きかった。新教科が必修になることによって,他の教科内容がより多く厳選されるのではないかとの危機感があったと聞く。しかしもし,今回の教育課程の改訂の際に「情報」が必修にならないとしたら,次の改訂はさらに10年後になる。これでは,我が国の情報教育は諸外国にさらに遅れ,IT関連に関する人材育成に不安を生じ,さらには情報化の影の部分が克服されない恐れがあることを心配した。情報教育をきちんと行うことによって,望ましい情報社会を創ることができると期待したいわけである。

  このような背景と関係者の努力と理解によって,高等学校の教科「情報」が必修となった。このことは,97%の高校進学率を考えるとほとんど全ての人が「情報」を学んで社会に出ることを意味し,非常に重要なことである。ただし,全ての生徒が学ぶということは,全ての生徒が間違いなく理解できる内容にしなければならないことになる。したがって,基本的な事項を中心として,専門的過ぎる内容は含めていない。

  ところで,「情報A」,「情報B」,「情報C」の3つの科目が選択必修であるということは,2科目以上を選択する生徒がいることを意味する。したがって,3つの科目の内容にはダブリがあってはならないことになる。それでは,例えば「情報A」では「情報活用の実践力」を扱い,「情報B」では「情報の科学的理解」を,「情報C」では,「情報社会に参画する態度」を扱うようにすれば,ダブリがないことになる。しかし,これでは全ての生徒に修得してほしい内容とはならない。そこで,3つの科目の内容は,情報教育の目標である3つの能力・態度をダブリがないようにバランスよく配置されている。

  次に,情報教育ではコンピュータやインターネットの活用を含めて,実習をも重視している。そこで,「情報A」では1/2以上,「情報B」と「情報C」では1/3以上の時間を実習に当てている。ただし,実習においては,コンピュータやインターネットを活用することだけではなく,情報教育の目標である3つの能力・態度をきちんと修得させるために行う実習である。

  例えば,「情報活用の実践力」の中で,自ら決めた課題に関する情報を収集する際に,図書館にある情報までコンピュータやインターネットだけを用いることではなく,最も適した手段によって情報収集をして,それを評価できる実習が必要となる。ただし,情報社会をもたらしたものは情報通信技術であるから,その成果であるコンピュータやインターネット等を自由に駆使できる能力が基本であることはいうまでもない。この基本的能力を基に,実習を通して目標とする3つの能力・態度を育成してほしいと念願している次第である。
4.教科「情報」の教員免許について

 高等学校の教科「情報」は,2003年からスタートする。それまでに「情報」を指導する約9,000名の教員に免許を与える必要がある。ただし,この人数には,専門教科「情報」を担当する教員として約3,000名が含まれている。ただし,普通科の「情報」と専門教科「情報」の教員免許は同一である。この「情報」の教員免許付与については,以下に示す教員資格認定講習会と大学の課程認定によって行われる。

(1)教員資格認定講習会

  現在の教員採用枠を考えると,新卒の情報担当の教員を新たに多数採用することは不可能である。現職教員が教科「情報」の免許を取得できるように,教員資格認定講習会が実施される。この資格認定講習会は,2000度から3年間,全国の都道府県で実施され,年間3,000人の3年間,合計9,000人の教員に情報の免許を付与する計画である。

  この研究協議会のテキストは,文部省の中に協力者会議が設置され作成された。このテキストの項目を列挙すると,以下のようになる。

  指導計画の作成と実習指導法,問題解決,職業指導,情報と生活,情報社会,著作権1,著作権2,情報モラル,ハードウェアの基礎,ソフトウェアの基礎,データ通信の概要,計測・制御の概要,コミュニケーションの基礎,情報の表し方,プレゼンテーションの基礎,アルゴリズムの基礎,情報システムの概要,情報検索とデータベースの概要,モデル化とシミュレーション,ネットワークの基礎,コンピュータデザインの基礎,図形と画像の処理,マルチメディアの基礎。

  この認定講習会を受けて「情報」の免許を取得できる基礎となる免許は,数学,理科,工業,商業,農業,家庭,水産,看護の8教科である。このように,専門教科が6科目含まれているが,これは専門教育における「情報」が同一の免許となっているためである。

  そして,15日間(90時間)の講習を受け修了を認定されることによって,教科「情報」の免許が取得できる。また,講習の一部のコマを,通信衛星による教育ネットワーク「エル・ネット」を利用して,各都道府県に配信する。文部省の情報教育担当者をはじめとする講師の講義を,全国各地で受講できることは魅力的である。

(2)大学における課程認定

  大学における「情報」の教員免許に関する課程認定については,教育職員養成審議会で審議された。その結果,教科に関する専門科目として,「情報社会及び情報倫理」「コンピュータ及び情報処理(実習を含む)」「情報システム(実習を含む)」「情報通信ネットワーク(実習を含む)」「マルチメディア表現及び技術(実習を含む)」「情報と職業」の6科目が挙げられた。この内容に基づいて,多くの大学から課程認定の申請が出されている。ここで重要なことは,専門科目として記述された内容が全て指導できることが重要である。

  例えば「情報社会及び情報倫理」では,情報社会の現状や変革等がいろいろな面で論じられる必要がある。また,情報社会におけるルール(著作権など)や情報モラルが重要な項目となる。著作権の歴史よりも,著作権法の本質,情報化に伴って必要な複写(コンピュータ・ソフトやインターネット情報のダウンロードなど)に関する現在のルール,並びに教師や生徒が指導や学習のために行える複写行為の是非について,著作権法に基づいて指導する。これらのことは,従来では学ぶ必要性がなかった新しい事項である。

  各大学には「○○概論」といった科目で,少しでも情報社会や情報倫理が扱っている科目があるが,それで代替できるという内容ではない。これからの情報社会では,非常に重要となる指導内容である。

  また,その他の科目についても,上述した内容が明確に指導できることが必要となる。特に,実習を含むと書かれている科目については,実習をきちんと設けることも必要である。また,これらの内容の全てが十分に修得できるように必修とするか,卒業資格の科目として指定することが望ましい。

  このように,大学から申請された課程認定については,審査を受けて,平成13年度から教育がスタートし,2年間で単位取得が可能となる。したがって,新しい学習指導要領に基づく教科「情報」を担当する教員養成が平成15年からスタートに間に合うことになる。

5.各教科と情報教育の関係

 前述のように,情報教育の目標として(1)情報活用の実践力,(2)情報の科学的な理解,(3)情報社会に参画する態度の3つの能力・態度を明確にした。そして,これらの能力・態度を育成することを目標にした学習指導が情報教育として位置づけ,各教科と差別化した。

  しかし,この3つの能力・態度の育成は,「総合的な学習の時間」や各教科においても実施される。今回改訂された新学習指導要領では,ほとんど全ての教科において,コンピュータや情報通信ネットワークの積極的な活用について記述されている。これは主に各教科の目標を達成するために効果的にコンピュータやインターネットを活用することを目指している。ただし,実際にそれらを活用する際には,「情報活用の実践力」が関係し,場合によってはコンピュータの特徴を学ぶなどして「情報の科学的な理解」を深め,あるいは情報社会に関連した事項に関する事項などを通して「情報社会に参画する態度」が育成される。

  また,教科「情報」において習得した知識・スキルや基本的な態度を,各教科におけるコンピュータやインターネットのより効果的な活用につなげていくことが最も肝心なことである。

  また,「総合的な学習の時間」や「課題研究」においては,自ら課題を決めて課題解決してゆく活動も多い。前述の「情報活用の実践力」の文言を見ればわかるように,中央教育審議会が答申した「生きる力」,並びに学習指導要領に書かれている「総合的な学習の時間」の説明の文言は,ほぼ同じである。これは,これらが密接に関係しており,これからの人材に求められる能力の育成にとって重要であることを意味している。したがって,「総合的な学習の時間」において,情報教育を明確に位置づけることが重要である。

6.大学入試における「情報」

 大学入試では,高等学校までに修得した内容について試験問題が作られることは言うまでもない。したがって,必修科目である「情報」も当然大学の入試に加えられるべきものである。特に,大学入試センター試験の科目に「情報」が含められることは必要不可欠のことと考えている。万一「情報」が大学入試から除かれるようなことになったとしたら,高等学校では十分な指導が行われないことになることは目に見えている。

  ただし,前述のように教科「情報」においては実習に力を入れているので,実習で修得した能力をどのように測定するかという課題がある。これについては,実習をきちんと行った生徒でなければ解答しにくい問題作成を検討することも一案である。
また,大学入試の在り方は高校の情報教育に大きな影響を与えることは間違いない。したがって,入試問題の作りやすい知識を問う問題に重点が置かれてしまうことは好ましくない。この点についても今後真剣に検討するべき課題である。

  このように,大学入試における「情報」の扱いに関しては検討すべき課題もあるが,いずれにしても,まず大学入試センター試験での扱いの指針を示すことが必要である。それによって,各大学における個別入学試験の質の向上に関係すると考えられる。

7.おわりに

 情報化の進展は著しく,教育の情報化は予想以上の早さで展開されている。このような中で,検討しなければならない事項や課題も多い。いずれにしても,教育の情報化に関する総合的な対応が重要となる。

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