ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.7 > p1〜p5

論説
高等学校教科『情報』の展開
大阪経済大学経営情報学部教授 家本 修
iemoto@oak.ocn.ne.jp
1.はじめに

 高等学校普通科に新教科「情報」が必修科目として設置され,平成15年度から実施される運びとなった。この夏から,現職教員を対象とした教員免許のための講習会が開始され,9月には各大学の教科「情報」教職課程認定の申請が受け付けられる。文部省では,実施時点で,全国で9000人に及ぶ教員を確保すべく,様々な努力がおこなわれている。また,中学校でも,技術・家庭科に「情報とコンピュータ」の単元が設けられ,必修化されてきている。さらに,中学校では前倒しで「情報」教育が開始されている。

 しかし,「情報教育」も流れは,従来の教授法や教育方法の世襲に過ぎないでいる。教育改革が叫ばれ,最も改革に近い位置にいると考えられる教科「情報」が改革として何をすべきかを検討しておく必要があるし,この検討は,更なる教育の発展への方向性を決めることにもなろう。

2.誤解されていた情報教育
 情報教育の本流は,高度情報化社会を率先して牽引していく力を育成することにあり,一つは,「社会での情報収集,分析を含んだ問題解決能力の育成」にあった。この延長線上に,今日の高等学校教科「情報」の基本的構成がある。一時は,在り方をめぐって,プログラミング教育の再燃があったが,一般教育では,専門教育以外のプログラミング教育は,もはやその役割を終えたと見るべきであろう。

 勿論,このことはプログラミング教育を全廃し,無視することを意味しているのではない。ほとんど国民の悉皆に近い高等学校教育で,すべての生徒に必要かということに注目してもらいたい。もし実施するなら,十分な時間と教授法を確立し,無駄のない飽きのこない多くの展開の可能性を持った方法を育成する必要がある。短い時間に埋め込むことは,悲劇を招くだけである。欧米のCE教育の事例を取リ上げるのは,全体の流れと位置付けを確認してからでないと大失敗をすることになる。目先を見るのではなく次の世代を育てることこそ重要な点になる。早急に育てるなら,専修学校・専門高校の育成に力を注げばいい。
3.要求されている情報教育
 情報教育は,InstructionとEducationを使い分ける必要がある。教授法や教育内容との関係について十分な論議と指導をおこなわなければ,外装的教育(見栄えばかりで意味を持たない)になりかねない。今の最新が5年目に不要になるのなら,教育ではない。「この技術を知っていたら,後は何でも自由に付け加えればいいのでは…」という議論もある。この誤解は,プログラミング教育がアルゴリズム能力の育成と同等であるという論理と同じである。確かにやらないより大きな効果はある。しかし,表層的な部分ではなく本質的な部分を教育するほうが,教育の科学としての占める役割は大きく。学習者にとってもDynamics Intelli-genceの育成や学習への意欲,学習への内的動機付けに大幅に影響を及ぼすことになる。つまり,教育を考えないで教育のプログラムが立てられてきたことの悲劇と情報教育を推進している誤解が,誤解として認識されていないことに教育としての問題を抱えることになった。今,科学としての教育を認識し,教育内容を組み立てなおす必要があろう。
4.情報教育の課題
 大学の情報教育担当者から,高等学校以下で情報教育がおこなわれたら大学では何を教えたらいいのかという質問を受ける。これは前述したように,誤解によって成立した大学の情報教育そのものを表している。情報教育の方向性は,高等学校の教科「情報」によってむしろ鮮明になったといえる。

 情報教育は,小学校から脈々と一貫して続けられるメンタル・モデルの育成・運用の具現化に過ぎないと見られる。シミュレーションも加えより現実的な教育がなされることが求められている。しかし,この内容は,オペレーション・スキルを中心とした教育ではない。情報を如何に活用できるかという能力,問題解決能力の育成である。もともと科学といわれる学問では,これらの能力を育成してきた。その対象幅の問題は別として,論理性を考え,方略を見出し,結果を推測し,新たな展開を考える,これが通常なされてきたことであった。さらに,それらの運用を確実に展開するためには,ツールとしての情報機器を的確に使いこなせることにある。
5.Static Intelligenceの学習
 静的知の学習は,テキストを読みひたすら記憶に留めるべく,努力を重ねてきた。それが学習と考えられてきた。知の量や正確さが他者と競われ,選抜する重要な要素であった。まさにひたすら努力であった。しかし,入試等の外的動機付けを失った分野に関しては,回避することから,あるいは言い訳の探求から,「受験学習」が始まった。本来の学習の持つ内的動機付けは姿を現してこない。他もそうであろうが(切り方が間違っているが)情報教育では,4つの要素を含んだ教育が可能であると見られる。

[1]楽しく,早く,理解できること。
[2]学習意欲の増大が促進されること。
[3]Reality Simulationの展開が可能になること。
[4]個別化教育が可能であること。

 これらを実現するためには,ITの教育への利用が必ず必要になる。また,内的動機付けの促進により,安易さや量的軽減などは,異なった次元の問題になる。角度を変えれば,静的な知の学習は,苦痛になってはならない。単純な記憶努力の連続になってはならない。興味関心を持たせることは,得体のない面白さではない。さらにこれらの静的な知は,Dynamics Intelligenceへつながることになる。この動的な知では,

[1]議論し理解を共有する能力の育成
[2]論理展開する能力
[3]創造的方略の展開の手掛かりを具現化する能力
これはすなわち,単なる発想で終わらない,単な
る方法で終わらないことであり,
[4]方略,手順の予測ができること
である。

 一方,社会的適合性から見れば,「高度情報化社会へ適合力の育成」が挙げられるが,分解すると

[1]主体的行動力の育成
[2]主体的判断力の育成
[3]創造力の育成
[4]統合的能力の育成

とされる。しかし,この根底には,メンタル・モデルの育成が存在するのは当然のことであろう。同時に,社会への適合性の中でも,情報社会の光と影では,モラルとロウで一律に定義されるものだけではない。法律学的立場と共に,社会学的立場からも明確にしていく必要がある。その背景には,ヒューマニティの育成を枠にした新たな教育体系の見直しが必要になろう。
6.初期問題はいつ解決するか

 ITの発展と共に,社会文化的波と情報教育の狭間で多くの問題点と課題が出現する可能性がある。現実に,

[1]コミュニケーション障害
[2]何でもスイッチ
[3]VRとRの区別での現実意識の欠如
[4]犯罪とモラルで,ネット上での罪悪感の欠如

等など文化の変わり目の大きな波の中で,不適合さと共に放置されることによって問題が出現することになる。これらの課題は,初期問題と本質的問題と区分としての見極めが重要になるが,結果として対策を何処で講じるのかを考えなければ何ら有効な手立てにならない。

  情報化社会への適応は,まだ,あまりにも従来型の論理,操作スキルを情報教育として意識され過ぎているきらいがある。しかし,情報機器の発展速度は,はるかに意識の速度を上回っているのかもしれない。

 次世代のコンピュータが,意識的な“透明化”が実現した場合,どのようにコンピュータを理解するのであろうか。BAN(body Area Network)やWearable Computingが現実的になろうとしている今,コンピュータを知の一部として新たな文化を作り上げる必要があり,従来型の切り口で論議すること自体が難しくなってきている。

7. 教育の逃げ

 今までの情報教育の問題点は,教育が科学であるとの意識の希薄さと共に,InstructionとEduca-tionの区別が失われつつあった。情報基礎教育の誤解やプログラミング教育の誤解,スキル教育の誤りなどが現実の問題として出現してきている。

 例えば,ホームページの資源無駄使い,電話セールス的E-MAIL利用,お調べ教育の自己陶酔,VA/TV利用での暇潰し教育,ベーシックスキルへの逃げ,回り道教育への逃げなどで,さらに進展すると教育努力からの逃げ,全般的な視野からの逃げにつながり,新奇性への逃げをもって先端教育をおこなっているとの誤解を自分に植え付けることになった。もちろん,今までの情報教育担当のすべての教員が上記の逃げをおこなっているといっているのではない。教育が科学に基づいており,科学的結果を導くために有効な手立てを常に検討しながら進める意識を失った段階で,逃げが始まると考えられる。

8.学習方法・教育方法の改革が始まる

 情報技術の進展による経済・産業,コミュニケーションの手段や内容の改革は,「文化が変わる」「世界が変わる」ことを引き起こすと見られる。それと共に,従来型の教育は,学習時間,内容(静的・動的・スキル)に大きな変化をもたらすことになる。学習=努力ではなく学習=意欲であること,徒弟的学習方法から科学的学習方法への展開への必要性,外的動機付けを餌にした教育から知の充実という内的動機付けへの変化が,期待される。従来型の教育の問題点は,平均化教育をよしとし,場所限定一斉教育で均等化を目指し,時間限定一斉教育をおこない,自主的行動の切り捨てや拡大した動機付け促進の阻害をもたらすことになった。その対策として多人数の個別化教育への対応を迫られており,その回答を示す必要がある。加えて,学習意欲をどうつけるかなど,学習の保証と理解の保証とともに教育としての提供品質を示すことが要求されるかもしれない。

 しかし,このような個別化教育には限界が存在する。従来型の教育からの脱皮の可能性もそうであるが,むしろ,インフラ,内容と方法,教員の問題が山積する。その中でも,教師教育は,内容の変化とともに研修・再教育が必要になるが,「教師教育はどうするか」は,大きな課題になりつつある。主としての問題点は,必要なスキルの育成をどう展開するか,コースウエア・カリキュラムを誰がどのように構成するのか,資質能力は何が必要か,どのように育成するのか。などが挙げられる。一方,社会的適合性からは,自己の存在と社会構成員としての位置付けと義務に関しては,コミュニケーションの発受信者の立場と共に,情報教育と言わずどこかで押さえておく必要がある。

9.目標と課題の実現へ

 創造性富んだ豊かな社会性を実現し,前向きな姿勢を持った人間像を持つように,次世代の情報処理教育が進展することになろう。その中には,当面,情報リテラシー教育は,小学校教育へ移行し,教材としての画像・映像の利用は,VA(サイバースペース)に移り,TV電話から,リアルタイム+双方向VODへ発展し,VRを使ったシミュレーション・実践教育へ展開されることになろう。情報教育自体は,仕事のツールを作る教育への側面を方法はともかく,失ってはいけないし,さらに,科学としての教育へを色濃くする必要があろう。従来型の教育から移行させるには,より多くの学生・生徒を対象とする限り,エージェントシステムを確立させる必要がある。さらに,教材としてコンピュータ機器による対応として,VODによるビデオクリップ・データの利用やサイバースペースによるVRの利用が求められる。しかし,内容の分類と個別化教育の問題を整理して,社会的適合性の教育やロマンテリズムや独創的な教育に関しては,より濃いヒューマン・コミュニケーションが要求されるであろう。

  従来型の教育そのもの,静的な知の教育では,システム化された科学的教育が効果を発揮すると考えられる。そのためには,学習エージェントシステムの活用が重要な位置を占めることになる。しかし,情報教育における立場は,常に「何ができるか」から「何がしたいか」に向かうことになる。

10.授業の運営方法の展開
 教育目標水準の設定と内容の具体化が初めに必要になるが,あくまで個別化への対応が前提条件になってくる。しかし,個別化教育をおこなうためには,物理的にも論理的にもインテリジェント型(知識対応型教材)の利用が不可欠であり,より学習者に適合した教育内容と教材を提供できるかが鍵になる。

 一方,ヒューマン・コミュニケーションを主体とした授業では,現実的課題研究型授業が想定されている。主に,授業進行途中ではディスカッションが多用され,リアル・コミュニケーションを重視した教育が望まれるであろう。これらには,3つの要素が存在し,静的知の育成,動的知の育成,メンタル・モデルの形成と現実意識の確立が望まれるものである。
11.評価の方法と課題

 従来から,学習には評価が必要であると考えられている。教育の評価では,

[1]教育到達度の相対評価
[2]学習意欲度の相対評価やポートフォリオによる 評価
[3]スタンダードによる絶対評価(資格を含む)等などが挙げられるが,いずれも明確な手法とは言いがたい。評価そのものの考え方も改革が必要であろう。今のところ,
[1]認知科学的評価(記憶連鎖等)
[2]学習時間の短縮と理解の促進の測定・評価
[3]教育目標達成時間の短縮と学習意欲の促進による評価

などの可能性があるが,いずれも現実的なものになっていない。

12.まとめ

 学習者との適合性のある教育は,区別化ではなく個別化の教育を推進する必要がある。また,教育目的と現実世界・バーチャルの明確化と教育への利用を促進し,現実社会のシミュレーションを促進することによって,学習効果を短期間で上げ,満足させられる可能性がある。しかし,現実的には個別化への対応は,IT機器の利用にかかっており,学習エージェント・システムとVODを始めとするインフラの整備,サイバースペースを始めとする現実感による課題提供場面の運用は,学習者に適合した有効な教育が可能になると考えられる。さらに,提供する教材や進行には,認知・理解の構造を組み込むことによって,きめの細かいフォローアップが可能になり,各個人に適した教育の実施により,学習への内的動機付けの向上が期待される。一方,学習効果の促進は,むしろ人間教員の役割の重要性が増加することになる。社会的位置付けの確認や創造性や発展的内容の理解,イマジネーションと構想力など理解は,その役目になろう。また,課題としても,現実的課題学習とケースメソッドが有効な方法の一つであり,社会要求レベルでの適切な達成が明確に確認することが可能になる。

前へ   次へ
目次に戻る
上に戻る