ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.6 > p1〜p4

論説
教育におけるインターネットの利用について
大阪教育大学教育学部教授 越桐 國雄
koshi@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/educ/
1.情報技術革命と教育

(1) 変貌する時代

 20世紀最後の年はY2K問題で幕を開けたが,最近,マスコミなどで情報技術(IT)革命という言葉を頻繁に目にするようになった。1970年代のマイクロエレクトロニクス革命に端を発するパーソナルコンピュータの普及は,この四半世紀を大きく特徴づけてきた。さらに,数年前にブレークしたインターネットの浸透がこの動きを加速し,社会システムの全領域(政治,経済,文化)にわたって,大きな変革の波が押し寄せている。

  日本におけるその兆候の一端は,電子ゲーム機の普及や,ポケベルからケータイに至る若者のコミュニケーションの変化であった。いまや,パーソナルコンピュータの出荷台数がテレビのそれを上回り,携帯電話・PHSの普及率が国民の50%を越え,あらためて時代の変貌が実感される。

(2) 教育への衝撃

  ところで,このような変化は「教育」や「学校」に対しても非常に大きなインパクトを与えつつある。直接的には,教育方法や教育内容の革新であり,また一方では,教育システムや制度の見直しも迫られている。2002年度から始まる新しい学習指導要領では,初等中等教育の各段階においてコンピュータや情報通信ネットワーク,あるいはこれを基盤とするマルチメディア環境の活用が謳われ,高等学校では新しく普通教科「情報」が必修として登場する。「教育の情報化」は単に文部省だけの政策にとどまらず,国をあげての重要課題であるとの認識も高まりつつあり,国際的な首脳会談の場の主題としても取りあげられるようになった。

  以下では,これまでの5年間の日本におけるインターネットの教育利用の現状や問題点を踏まえて,「教育の情報化」が望ましい結果をもたらすためには何が必要なのかをあらためて振り返り,今後の10年の展望を描いてみる。

2.学校の情報環境
(1) インターネット接続の展開

 日本における最初の全国的なインターネットの教育利用プロジェクトは通商産業省と文部省による100校プロジェクト(1994-1998年)であったが,それ以来,インターネットに接続される学校は着実に増えてきた。文部省では2001年度までにすべての学校をインターネットに接続することを目標としているが,多少の時間差があってもこれは達成されるであろう。

国\年
2000
1999
1998
1997
1996
1995
米国
95
89
78
65
50
35
日本
60*
36
19
10
5
0.5

▲インターネットに接続されている学校(%)
(*2000年5月時点での推測値)

(2) 対外接続形態の変化

 また,インターネットの接続形態をみると,ダイヤルアップ接続(INS64など)の間欠接続が主流を占めていることがわかる。米国では数年間で間欠接続から常時接続に移行したが,日本でも近い将来にそうなることが予想される。また,常時接続の中でも1.5Mbpsを越えるような,高速専用線(CATV・衛星などを含む)の割合が増加している。

国\年
2000
1999
1998
米国
86/14
65/22
45/50
日本
35/60
20/72
20/66

▲対外接続形態(常時接続/間欠接続 ,%)

(3)校内ネットワークの整備

 一方,米国ではすべての教室をインターネットにつなぐことが目標とされている。これに関しては,我が国における全国的な調査データはないが,大阪教育大学での調査から得られた推測値を参考データとしてあげる。

国\年
2000
1999
米国
9人/台 63%
12人/台 51%
日本
(22人/台 9%)
(60人/台 6%)

▲生徒当たり接続端末数と教室接続率(%)
(*大阪教育大学での調査からの推測値) 

  これからわかることは,学校としてのインターネットへの接続は進んでおり,この結果,生徒当りの接続端末数も増加しているが,校内LANの整備が進んでおらず,端末の配置もコンピュータ教室に集中しているという実態である。総合的な学習の時間を含め,各教科の時間で自由に情報環境を活用するためには,すべての教室でのネットワークアクセスを可能にする校内LANの整備を急ぐ必要があるだろう。
3.教育・学習情報(リソース)
(1) 情報検索のコスト

 インターネットはデジタル化された教育・学習情報の保管庫(アーカイブ)としての側面がある。
そこでの教育・学習情報の入手手段としては,Yahoo等の一般的なディレクトリサービスが最も多く利用され,これにgooなどの全文検索型のサーチエンジンサービスが続いている。

 では,こうした教育・学習情報を学校で利用する際に問題になっていることはなんであろうか。

 我々の調査によると,最も大きな問題として,大量の情報の中から適切なものを選択することが困難であることがあげられている。また,現在のところ不足している情報としては,学習素材データより,実践事例報告や学習指導案を指摘する声が多い。

  このように,情報検索システムを利用する場合,必要な情報にたどり着くまでにかなりの手間がかかり,実際の授業での活用やそのための準備は必ずしも容易ではない。この問題を回避するためには,個別の教科や特定のテーマに分科したリンク集やサーチエンジン,さらにコンテンツ評価を伴った2次情報データベースなどの整備が必要である。

(2) リンクのコスト

 教育・学習情報としてインターネット上のリソースを利用する場合,これらの情報はハイパーテキストとして表現されていることが多い。また,ハイパーテキストシステムとしてのWWWが,インターネットのここまでの発展を促した。そこでは,情報の共有と分散が自立発展的に形成される可能性があるからだ。

  我々の作成するテキストやデジタルリソースの多くが,ハイパーテキストの形態をとるようになってきている。そして,リンクは引用と同様に表現と不可分な構成要素をなしている。このため,リンクの制限はたちまち表現の制限へと直結してしまう。
現在,学校のページへのリンクに許諾を要求したり,学校から外部へのサイトにリンクする際に,許諾を求めることが,ガイドラインとして規定されていたり,ネチケットとして推奨されることが少なくない。インターネットの利用の初期段階とは異なり,多数の利用者が日常的にハイパーテキストを記述する時代には,このような「常識」はリンクする側,される側の双方にとって大変なコストの負担を発生させ,インターネットの教育利用を阻害することにつながりかねない。
4.交流・共同学習(メディア)
(1) コミュニケーションの位置づけ

 インターネットはデジタルコミュニケーションのためのメディアとしての側面も持っている。インターネットの教育利用が始まった初期の段階には,このようなメディア機能を活かした共同学習のプロジェクトが多数試行されてきた。ところが,インターネットの学校への普及期である現在,必ずしもこのような形態が盛んであるとはいえない。インターネットに接続してホームページを公開している学校でも,交流・共同学習が未経験であるものが過半数を占めており,ここしばらくその傾向は変わっていない。

  ひとつには,交流・共同学習を何のために進めるのかという動機の問題がある。特に高等学校では各教科に専門分化され,体系化された学習内容を修得するために,どうメディアとしてのインターネットを利用するかが課題になっている。例外は国際交流やこれを基盤とする総合的な学習であり,これは高等学校においても,かなりの成果を上げている。

(2) メールアカウントの発行

  設備や環境の点からは学校教員へのメールアカウントの発行数が少ないことが問題点としてあげられる。我々の調査では,学校当たりの教職員へのメールアドレス発行数が3以下の学校が61%に達している。一方,児童・生徒に対するメールアカウントの発行にはいろいろな議論もあるが,現段階では,まったく発行されていない学校が61%を越えている。

  ところで,電子メールアカウントをすべての児童・生徒(もしくはグループ単位で)発行しようとすると,教育センター集中型の地域教育ネットワークでは,管理コストが増大し,また,学校へのサーバ分散では学校教員への負担が発生することも懸念されている。Thinサーバの導入や,Webメールの利用,あるいは適切なグループウェアの選択によって,やがてこれらの問題を回避できるようになるであろう。
5.2010年のインターネットと教育
(1) 教員のための環境整備

 今後の学校における情報環境の整備は,着実に進むことが予想される。問題はこれに対応して,学習方法をどのように改善し,カリキュラムや学習内容を,自分たちの手でどのように構成するかということにある。しかし,それにはまず,学校教員が学校で自由にコンピュータやネットワークを利用するための環境を整備する必要がある。
校内ネットワーク上のグループウェアによる情報の共有や様々な管理・運営業務の情報化は,初期コストは必要であろうが,こうした経験を通じてサイバースペースの生活に慣れる中で,すべての教員が必要に応じて授業での情報メディア環境の活用を自然に進めていくための前提条件が整うのではないだろうか。

  もちろんそれだけでなく,コンピュータやネットワークの教育利用に関する研修を様々なチャンネルで推進する必要もある。学習のための情報環境はまだまだ変化を続けているため,恒常的に新しい知識を普及させ定着するためのシステムが要求されるであろう。

(2) 子どもたちの適応と進化

  一方,電子ゲーム機や携帯電話の例を挙げるまでもなく,子どもたちの方が大人よりもこの新しい情報環境にはるかに適応しているように見える。既に,携帯端末を使って普段の生活に電子メールやウェブを利用することが当たり前となっている高校生に対して,高等学校の教科「情報」では何を教えることになるのであろうか。

  前節ではコミュニケーションのための電子メールアドレスの発行が進んでいないことを示したが,私的なアドレスを含めて考えると状況は一変してしまう。接続された端末の台数にしても同様で,学校が携帯端末の持ち込みを禁止しなければ,接続された端末当たりの生徒数は大きく変化してしまうという皮肉な事態も発生している。

(3) デジタルデバイドと教育

  このように時代の流れは速く,これに適応し続けるのはかなり困難な道でもある。一方,情報技術へのアクセスの差がもたらす経済格差や社会階層差の固定が「デジタルデバイド」とよばれ,その克服が重要な課題として浮かび上がっている。

  その解消のためには,初等中等教育段階の,特に公教育の果たす役割が重要となってくる。高等学校の教科「情報」では多分遅いのかもしれない。より早期の段階で,このデジタル社会での生き方,あるいはバーチャルコミュニティでの暮らし方を十分に学ばせる必要があるのだろう。
※参考資料 インターネットと教育 http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/educ/

全米教育統計センター http://nces.ed.gov/
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