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ICT・EducationNo.46 > p12〜p15

教育実践例
コミュニケーションを基本とした「情報モラル」の育成
─アサーション技法を取り入れた「情報A」の授業実践─
麻布大学附属渕野辺高等学校 出井 智子
idei-tomoko-fz@ynu.jp
1.はじめに
 高校生の携帯電話の所有率が98%となり,子どもたちは,携帯電話でのE-mail,ブログやプロフなどの文字中心の情報伝達によって意思疎通を図っている。しかし,子どもたちは,文字中心による「情報の特質」を理解しておらず,感情の行き違いや,誤解が生じるなどのトラブルが発生している。また,「情報の影」を利用した犯罪や事件も生じ,情報機器を用いたインターネットによるいじめも起こっている。藤川(2008)※注1は,「ネットいじめ」が生じる原因として,現実世界での子どもたちの人間関係の中でいじめが発生し,インターネットがいじめの道具に使われているとしている。
 また,新学習指導要領は「情報モラル」の重要性を指摘するとともに,論理的な思考や相手を意識した表現,伝え合いの手段として言語を活用する「言語活動の充実」をねらいとしている。
 そこで,本校において,非言語や言語の重要性を意識させ,情報伝達のスキルおよび, 「情報モラル」を身に付けることを目標とし,クラス内でのコミュニケーションを円滑にするために,アサーション技法を取り入れた「情報モラル」の育成プログラムを開発した。
 平木(2008)※注2によると,アサーションとは「自分も相手も大切にしたコミュニケーション」のことである。アサーション・トレーニング(以下,ATと示す。)を導入した学級では,コミュニケーション力や自尊感情・他者への共感能力の向上,学級内の人間関係の活性化,子ども自身による問題解決能力の向上といった変化がみられるという報告もある。※注3しかし,子どもたちはインターネット上でも,自他尊重を前提としたコミュニケーションをする必要があるという点については,十分に検討されていない。そのため,筆者はATを用いながら,自分も相手も大切にした「情報モラル」の育成を目指した授業実践を行っている。
2.本校の情報教育
 本校では,高校1年生の情報A(必修)と,3年生の情報C(選択)を開設し,いずれもTTで指導している。また,カリキュラムガイダンス※注4を導入し,年間の授業展開を生徒に事前に説明している。本校の「情報A」の年間計画を示す(表1)。
 適宜,個人情報や進数,歴史などの単元を設定し,座学の授業を行っている。ATについては,学級内の人間関係形成を図るため,前期の早い時期に開始している。

学習の内容
前期4・オリエンテーション
5・文書処理ソフト・AT
6
7[定期試験]
9・表計算ソフト
後期10[実技試験]
11・プレゼンテーション
12
1・ホームページ作成
2
3[定期試験]
▲表1 年間計画の概要

(1)AT を用いた授業実践

 ATを用いた7回の授業計画を示す(表2)。
情報科学習指導要領ねらいアサーションプログラムアサーションプログラムのねらい
1情報伝達(1)(1) イ 情報伝達の工夫情報を的確に伝達するために必要な伝達内容の組み立て方や,目的に応じた表現方法の工夫を学ぶアサーションを学ぶ・ロールプレイ場所・時・人によって,自分の中にある3つの顔を使い分けていることを理解させる
2信頼性と信憑性(2)ウ 情報の収集・発信における問題点情報の信頼性・信憑性を考え,適切な情報伝達の指針と正しくない情報への対処法などを学ぶ間違った思い込みに気づく先入観や経験からの思い込みから,感情が左右されていることを知り,思い込みを修正することで物事の受け止め方や感情・行動の変化を理解させる
3情報伝達(2)(1)イ 情報伝達の工夫情報の送り手と受け手の間にコミュニケーションが成立するために大切なことや,情報を伝える手段について学ぶプラスのストローク・ノンバーバル人と会話をする時の傾聴方法を知り,会話は言語のみではなく,非言語の占める割合も大きいことを理解させる
4電子メール(1)(4)ア 情報機器の発達とその生活の変化電子メールを送受信する際の情報の流れについて学ぶ自分を知って自分をほめるコミュニケーションでは,自分は何を相手に伝えたいのかを考え,相手に的確に伝えるために,自己概念の重要性を理解させる
5情報モラル(4)イ 情報化の進展が生活に及ぼす影響情報の収集・発信に関する問題点と情報モラルについて学び,情報社会における心構えを考える自己主張をしてみる(DESC法)コミュニケーション手段として,DESC法を理解させる
6電子メール(2)(4)イ 情報化の進展が生活に及ぼす影響情報通信ネットワークによって情報を共有するための方法と取り決めについて学ぶ怒りとアサーション権喜怒哀楽による感情の中で怒りの処理が一番厄介なため,処理の方法を理解させ,アサーションの権利について理解させる
7情報伝達(3)(1)イ 情報伝達の工夫自分の考えを表現するときに必要な構成と表現の工夫のしかたを理解する友だちをほめてみよう自分を大切にし,相手も大切にする上で,普段なかなか言えないことを文字にして伝え,自分をどのように他人は感じているのかということを理解させる
▲表2 実施プログラムの詳細

(2)授業展開

 導入では,毎時間同じ生徒同士の話し合いにならないように配慮したグループ分けを行い,本時の目標確認や前回の復習を兼ねたエクササイズを5〜10分行った。
 また,展開部を,前半と後半に分けた。前半では,教科書に即して筆者が作成したワークを15〜20分行い,後半では,情報モラルや言語活動への理解を促進すると考えられるATを15〜20分行った。
 さらに,まとめの前半においては,クラスの活動状況や雰囲気によって,グループシェアリングもしくは,全体シェアリングを行い,後半においては,振り返りシートの記入を求めた。
 学習指導案の例として,3回目のプログラムを示す(表4)。

時間活動内容・学習内容留意点観点
導入0一番左端の列に座っている生徒は,一番右の列に移動し,他の生徒はそれに習って,一つずつ席を右に移動し二人組みになる
(1)昨日の出来事(2)今日これからのこと(3)将来の夢や野望・願望
それぞれについて,
 ・攻撃的(腕を組んで聞く)
 ・非主張的(配布したプリントを読んで聞く)
・すばやく移動できるように促す
・情報伝達のプリントを配布する
(1)について攻撃的に話を聴く(2)について非主張的に話を聴く(3)についてアサーティブに話を聴く
・この3種類で聴き方を変え,それをお互いに1分半ずつ実践する
思考・判断
関心・意欲・態度
5
展開10●情報伝達
(1)情報伝達のプロセス
 情報伝達については,
 1.送り手は,内容を記号化して伝達する
 2.受け手は,記号を解釈して内容を理解する
   ※ 1,2を繰り返し伝達
  1)情報を伝達する目的とその内容を理解する
  2)受け手が伝達された情報の解釈を考える
  3)受け手の解釈は,人によって変わること
  4)非言語のコミュニケーションが重要な働きがある
(2)情報を伝達するには,1.情報の伝達と,2.感情表現
 がある
・メラビアンの法則による言語の伝達割合の低さ,非言語が含まれることによって伝達の割合が高くなることについて説明をする。このことから,メールによる文字情報では,コミュニケーショントラブルが生じやすくなることについて考えさせる技能・表現
知識・理解
25●アサーション
プラスのストロークで人の話を聴いてみよう・実際にどのようにして話を聴くと情報の送り手側が気持ちよく話せるのかということを理解させる(プラスのストローク)
・バーバル以外にもノンバーバルがあり,視覚的な部分や聴覚的な部分について説明をする
・人の話を聴くときにはどのようにすると相手が話しやすいのかということについて考えさせる
・ノンバーバルについての喚起を促す
・TPOが重要な働きがあることを理解させる
思考・判断
まとめ40●シェアリング
●振り返りシート
・インタビューを3通りの聞き方で聴いた感想やメラビアンの法則などにより,なぜ行き違いが生じてしまうのかについて,個別シェアリングをし,全体シェアリングをするように促していく
・振り返りシートを配布する
・前回の時間同様に回収できる生徒は回収し,できない生徒は次回に提出してもらうようにする
思考・判断
技能・表現
45
▲表4 学習指導案

(3)効果の測定方法

 プログラムによる授業実施時において,毎時間授業の終了時に振り返りシートの記入を求めた。
 その後,数名の生徒を抽出し,面接調査を行った。

3.結果と考察
 振り返りシートの記述から,全体の傾向として,プログラム序盤は,自己把握や自己理解を促進し,自分の信念や思考・認知についての記載がされ,中盤からは,会話技術も取り入れたことから,自分と他者の価値観の違いによる記載が見られた。また,終盤は,他者から見た自分というものを認識する,という変化が感想の中からとらえられた。
 具体的には,「メールをするときは,相手のことを考えることが大切」・「言論の自由はあるものの責任もついてくる」などといったことが書かれていた。このことから「情報モラル」育成にATを取り入れたことに効果があったと考えられる。また,「完璧でなくてもよい」や「ある程度価値観が変化した」などと書かれていたことを考えると,認知やビリーフを修正することはできていたと推察することができる。
 また,面接調査の結果から,ATの授業への導入は,子どもたちの<人間関係>の形成を促進するという効果が得られた(表3)。

カテゴリーサブカテゴリー概念
人間関係プログラム実施前実施前の状態
実施前のクラスの雰囲気
プログラム実施後実施前のクラスの雰囲気
自分と相手のバランス
他者理解の促進
相手を思いやる
プログラム実施後の(情報モラル関連)行動に関する判断情報モラルに関連する行動の判断
きっかけ新しいクラスによる人間関係のきっかけ
授業・プログラムへのかかわり,気持ちプログラムの展望,かかわり,姿勢
プログラムに対しての肯定的な評価
プログラムに対しての否定的な評価
▲表3 面接調査結果

 以下,[ ]はサブカテゴリー,〔 〕は概念,《 》は具体的な子どもたちの発話である。
 まず,[プログラム実施前]において,〔実施前のクラスの雰囲気〕は友だちと極力《揉め事…起こさない》ように生活し,高校に入学してすぐであったため,まだクラス内において,《最初は仲良くなかった》というように,親しい人間関係は形成されていない状態であった。しかし,子どもたちにとって,プログラムが《知らない人としゃべる機会》となり,〔新しいクラスによる人間関係のきっかけ〕を促した。
 また,[プログラム実施後]においては,《この活動の友だちともこの活動以外の友だちとも仲良くなった》ことやクラスが《落ち着いてきた。なんか自分のことばっか言わなくなって…》というように,〔プログラム実施後のクラスの雰囲気〕の改善や《半ば,強制的にというのがあるから,しょうがなくしゃべってみたら案外良い人》という友だちへの認識が変化し,〔他者理解の促進〕も行われ,学校生活で日常的にATを活用することができるようになったと考えられる。
 さらに,[プログラム実施後の行動に関する(情報モラル関連)判断]においては,高校に入学する以前から《パソコンを使う上でのルールというものはある程度知っていた》が,《授業で習っていけないんだってことが分かってもうやらない》というように,単なる情報モラルの知識から,情報モラルによる判断へと,影響を及ぼしたといえる。しかし,面接者の情報機器に対する経験が不足している点や,プログラムが終了して,ほどなくしての面接調査であったことから,情報モラルによる判断からの具体的な変容まではとらえることができなかった。
4.今後の課題
 ATを用いた情報モラル育成を目指したプログラムを行うことによって,子どもたちは,ATと情報モラルを基にした判断が行えるようになっていた。
 しかし,本校のみの実践であるため,効果がどのように現れるのかという学習者のデータが少ない。そのため,他の高等学校においてもプログラムを実践し,検証していきたい。また,面接調査の時期を考慮し,実際の情報機器を利用したコミュニケーションを行う際に,ATを具体的に用いているのかということを追究していきたい。
 この授業実践を通じて,ATを用いた「情報モラル」育成の意義がみえてきた。その効果を明確にし,さらに高める方法をつくり出していくため,引き続き実践研究※注5を深めていく必要がある。
情報科学習指導案

第1学年(於 ホームルーム教室)

1.単元(題材)名 情報伝達(2)・プラスのストローク・ノンバーバル

2.単元(題材)の目標
 (1)イ情報伝達の工夫 情報の送り手と受け手の間にコミュニケーションが成立するために大切なことや,情報を伝える手段について学ぶ

3.単元について
 (1)教材について
 (2)教材観について
 対面による場合には,バーバルとノンバーバルによってコミュニケーションを行っている。しかし,情報機器を用いた情報伝達においては,文字(バーバル)中心となる。そのため,ノンバーバルをバーバルで補うことがなかなかできず,誤解が生じてしまうことを理解させる。さらに,情報伝達をする方法にはいくつかあり,用途によって使い分けをすることを学ばせたい。

4.評価基準
関心・意欲・態度・相手に伝えるということの意味や,相手の思いを知ると言うことに対しての関心を持っている
思考・判断・自分の気持ちや考えを過不足なく,相手に伝えるためには,どのようにしたら良いのか考える
技能・表現・情報の「送り手」の際に意識する点,反対に情報の「受け手」の際に意識する点について習得する
・情報伝達の違いから使い分けをすることができる
知識・理解・情報伝達のプロセスを理解する
・情報を伝達する方法の違いがわかる

5.指導計画
・本授業は,カリキュラムガイダンス(生徒指導型の授業)のため,単元の章ごとに学習しておらず,節の内容が一時間で完結するようになっている

6.本時の指導
 (1)本時の目標
  1)情報の受け手と送り手の間にコミュニケーションが成立するために必要なことを考える
  2)情報伝達手段の特質を理解し,目的や対象によって適切な伝達手段を選択できるようになる
  3)人と会話をする時には,どのように話しを聞くとよいのかということを理解し,会話というものは言語のみではなく,非言語が占める割合も大きいことを理解させる
 (2)準備・資料
  1)配布プリント 1.情報伝達,2.プラスのストロークで人の話を聴いてみよう,3.振り返りシート(回収)
 (3)展開
時間活動内容・学習内容留意点観点
導入0一番左端の列に座っている生徒は,一番右の列に移動し,他の生徒はそれに習って,一つずつ席を右に移動し二人組みになる
(1)昨日の出来事(2)今日これからのこと(3)将来の夢や野望・願望
それぞれについて,
 ・攻撃的(腕を組んで聞く)
 ・非主張的(配布したプリントを読んで聞く)
・すばやく移動できるように促す
・情報伝達のプリントを配布する
(1)について攻撃的に話を聴く(2)について非主張的に話を聴く(3)についてアサーティブに話を聴く
・この3種類で聴き方を変え,それをお互いに1分半ずつ実践する
思考・判断
関心・意欲・態度
5
展開10●情報伝達
(1)情報伝達のプロセス
 情報伝達については,
 1.送り手は,内容を記号化して伝達する
 2.受け手は,記号を解釈して内容を理解する
   ※ 1,2を繰り返し伝達
  1)情報を伝達する目的とその内容を理解する
  2)受け手が伝達された情報の解釈を考える
  3)受け手の解釈は,人によって変わること
  4)非言語のコミュニケーションが重要な働きがある
(2)情報を伝達するには,1.情報の伝達と,2.感情表現
 がある
・メラビアンの法則による言語の伝達割合の低さ,非言語が含まれることによって伝達の割合が高くなることについて説明をする。このことから,メールによる文字情報では,コミュニケーショントラブルが生じやすくなることについて考えさせる技能・表現
知識・理解
25●アサーション
プラスのストロークで人の話を聴いてみよう・実際にどのようにして話を聴くと情報の送り手側が気持ちよく話せるのかということを理解させる(プラスのストローク)
・バーバル以外にもノンバーバルがあり,視覚的な部分や聴覚的な部分について説明をする
・人の話を聴くときにはどのようにすると相手が話しやすいのかということについて考えさせる
・ノンバーバルについての喚起を促す
・TPOが重要な働きがあることを理解させる
思考・判断
まとめ40●シェアリング
●振り返りシート
・インタビューを3通りの聞き方で聴いた感想やメラビアンの法則などにより,なぜ行き違いが生じてしまうのかについて,個別シェアリングをし,全体シェアリングをするように促していく
・振り返りシートを配布する
・前回の時間同様に回収できる生徒は回収し,できない生徒は次回に提出してもらうようにする
思考・判断
技能・表現
45
▲表4 学習指導案
注1:藤川大祐,『ケータイ世界の子どもたち』,講談社現代新書.2008
注2:平木典子,『アサーション・トレーニング—自分も相手も大切にする自己表現—』,至文堂,2008
注3:廣岡雅子・廣岡秀一,「中学生のコミュニケーション能力を高めるアサーション・トレーニングの効果—授業での実践的研究—」,『三重大学教育学部研究紀要』,55,2004,pp.75-90 参照
注4:八並光俊,「カリキュラムガイダンスとは」,八並光俊・國分康孝(編),『新生徒指導ガイド』,図書文化社,2008,pp.56-59,参照
注5:筆者のATを扱った実践研究には次のようなものがある。
出井智子・大島聡,「アサーション・トレーニングを用いた情報モラル育成の試み」,『日本教育工学会第25回全国大会講演論文集』,2009,pp.983-984
出井智子・犬塚文雄,「クラス内でのコミュニケーションによるアサーション・トレーニングプログラムの有効性—情報モラル育成による認知変容に着目して—」,『日本教育カウンセリング学会第7回研究発表大会発表論文集』,2009,pp.66-67
出井智子・大島聡,「アサーション・トレーニングを用いた情報モラル育成の試み2」 ,『日本教育工学会第26回全国大会講演論文集』,2010,pp.479-480
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