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情報科教員の卵を育てる |
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情報科教育法で教師としての責任感を |
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1.前例のない世界 |
鶏が先か卵が先か。
高等学校で情報科の授業が始まったのは2003年で,その教員養成課程が始まったのは2001年度からでした。当然ですが,2001年度に情報科の教員養成課程を担当した教員は,一部の例外(※注1)を除いて情報科の免許を所持しておらず,したがって,大学で情報科教員養成を担当する教員の全員が「手探り」の状態でした。その中で参考にされたのは,高等学校の情報科に類似している「大学の新入生向け情報処理教育・情報教育」と,「高等学校の数学,理科などの教育法」でした。
筆者は,出身大学で数学科を卒業するときに中学校数学科と高等学校数学科の教員免許を取得しました。その後は,大学助手として情報処理のセミナーを担当し,出身大学を離れてからは非常勤講師としていくつかの大学で情報教育,情報処理教育を担当しました。また,1999年4月に講師として着任した神戸大学発達科学部は教育学部を前身とする学部であり,教員養成に関わる大学教員が多数所属していました。筆者が所属した数理・情報環境論講座では,数学の教員免許を認定することができました。このような背景から,筆者は,2001年の立ち上げ時点から2つの大学で情報科教育法の非常勤講師を担当することになりました。
さて,2001年から今に至るまで,情報科の教員養成課程は何をしてきたのでしょうか?筆者の経験も交えながら,今後の将来を展望してみたいと思います。
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2.大学教員には教員免許がないが… |
T大学理学部情報科学科の先生から「情報科教育法」の授業を担当しませんか?という依頼があったのは,2000年7月12日でした。依頼して下さった先生とは,筆者が数学の研究をしていた頃に知合いになっており,筆者がその後,数学から情報教育に研究領域を変えたことを知って,依頼したということでした。
現在の日本の教員免許制度では,学生が大学で定められた条件を満たせば,卒業時に教員免許を取得できます(※注2)。それは,教員養成課程を担当する教員は,国家試験の代わりとしての単位認定を判断するということを意味します。そこで,教員養成課程を作ろうとする時点で,担当教員は全員が経歴やシラバスを文部科学省に提出し,担当する授業科目ごとに審査を受けています。この制度のことを課程認定といいます。教員免許を出す大学教員には免許制度がないので,その代わりに必要となる作業だとみなすことができます。
筆者は,神戸大学発達科学部で数学科の教員免許課程認定申請書を作成した経験がありましたので,そのときのコツを総動員して(日本初となる)情報科教育法のT大学での課程認定のために,経歴とシラバスを作成・提出しました。その後,2000年12月には文部科学省から課程認定通知(科目合格通知)を受け,筆者は授業を担当する資格を得ました。
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3.最初は学生がいなかった |
2001年4月に筆者の元に届いたのは,「受講希望者0名」という報告でした。もちろん,このことは最初から予想していたので,特に驚くことではありませんでした。対象となっていたのは3年生以上の学生でしたが,当然,「情報」が教科・科目として新規設置されるということも知らないわけで,それゆえに受講を希望するはずがない,ということでした。
その後の2001年6月15日に,A大学理工学部情報コミュニケーション学科の先生から「2004年から授業が始まる「情報科教育法」の授業を担当しませんか?」という依頼がありました。筆者はA大学とは縁がありましたので,引き受けさせて頂くことにしました。
さて,その翌年の2002年4月になって,またT大学から「受講希望者0名」という連絡が届きました。2年連続受講者0名で,講義科目の設置すら危ぶまれていましたが,2003年4月になって初めて受講希望者が3名となり,授業が始まりました。また,2004年9月からはA大学の授業も始まりました。
そして2004年度以後は,両大学共に毎年授業が成立しています。しかし,成立してはいるものの,受講者1名ということが過去に4回もありました。なぜ,こういうことになっているのでしょうか? |
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4.学生から受講動機を聞くと |
情報科教育法の受講学生に動機を尋ねると,おおむね次の3つに集約されます。
- (1) とりあえず免許を取得しておいて,しばらく一般企業に勤務して,その後に教員になりたい
- (2) 自分の可能性を広げる為に,教員免許を取得したい
- (3) 大学卒業後にすぐに教員になりたい
(1)が最も多く,次に(2)です。一方,(3)という受講学生は非常に少ないのが実態です。
なぜ,こういうことになっているのでしょうか?(1)と(3)のタイプの学生は,自分の将来の職として情報科の教員を選択肢として考えているものの,現実には情報科単独での教員採用はほとんどの教育委員会・私立学校で行なわれておらず,複数教科の免許所持を要求されています。
一方,筆者は理工系の学部で情報科教育法を担当しています。理工系の学生は,複数教科の免許取得に必要な単位を学部の4年間で取得することは事実上無理で,どうしても情報科の教員になりたいならば,大学院に進学して数学や理科の免許も取得するしかないのです。この困難な状況では,免許取得希望者が非常に少ないという状況も納得ができ,現実を知っている学生は(3)のようなことを述べないのです。
しかし,それでも熱心に教員になりたいと希望している学生は少なくありません。そんな学生たちの夢をかなえるために,自分に何ができるか?を考えて授業を構成しています。
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5.何を学んで欲しいか? |
筆者は,T大学でもA大学でも,4単位分の講義を担当しています。その時間の中に,情報科教育法として学んで欲しい項目を挙げると,次のようになります。(資料1に詳しく書いてあります)
(1)教員としての現実
- 生徒の人生に影響があるという責任感
- 学校教育の機能に必要な常識
- 通信制,定時制,特別支援学校における情報教育
- 教員に必要な法令遵守とキャリアパス
(2)授業計画と授業方法
- 情報科設置の背景と歴史
- 普通教科「情報」と専門教科「情報」
- 学習指導要領,同解説の読解
- 教科書の選定
- 学習指導案の作成
- 模擬授業
- 具体から抽象へ,抽象から具体へ
- 授業評価
- PISA型学力評価
(3)成績評価の方法
- 観点別評価
- テスト問題の作成方法
- 評価項目の集計方法
- 大学入試と情報
- 高校生のための資格試験制度
(4)領域毎の指導方法
- PCスキルの指導方法
→タイピング
→GUI,CUIなどUI一般
- 表現力向上の指導方法
→プレゼンテーション
→動画や音楽の加工スキル
- 情報の科学的な理解の指導方法
→コンピューターの仕組み
→PC分解・組立て
→アルゴリズム
→プログラミング
→モデル化とシミュレーション
→データベース
→情報フルーエンシー
- 情報社会に参画する態度の指導方法
→著作権
→個人情報・プライバシー
→メディアリテラシー
→情報システム
→情報社会の未来
(5)学校での情報科教員
- 校務分掌や,学校経営と情報科教員の事情
- PC教室の設計
- PC教室や学校のサーバー管理
- 学校の情報セキュリティ
(6)時事問題(時には雑談として)
- 携帯電話と生徒指導
- ジェンダーと情報教育
- 所得格差と情報教育
▲情報科教育法の知識体系(by辰己)
これほどまでに多くの,多岐に渡る内容を扱おうとすると,受講学生の受講前の知識と重なるところについては,簡単なチェックをした上で省略せざるを得ない場合もあります(筆者の場合は小人数授業が成立しているので,これができます)。
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6.正しい知識の上に成り立つ指導法 |
しかし,現実には「著作権の指導方法」を教えようとしても,学生が現実的な著作権の取扱について詳しくないので話が進まない,「メディアリテラシーの指導方法」を教えようとしても,学生がメディアを読み解くことができないので話が進まない,などの状況が頻繁に生じてしまいます。そこで,前節で挙げた項目よりも,「対象領域のものの内容の理解」に多くの時間を使っています。
初等中等教育の教員には,「何を教えるか」のみならず「いかに教えるか」も求められます。しかし,それは教員が教える領域を正しく理解していることが前提です。例えば,ダーウィンの進化論を否定したり,天動説を教えたりするような教員は,どんなに熱心に,どんなに上手に授業をしようとも失格であるといえます。ですから,「情報」領域の知識を,高等学校の授業範囲内で構わないので正しく身に付け,そして,知らない領域や不明なことをそのまま授業で扱わずに予習することが重要です。また,教員自身が情報活用能力を発揮して,生徒の前で問題解決の手本を見せることも必要でしょう。
ところで,筆者は理工系の学生を相手に授業を行なっていますので,上記の問題が,アルゴリズムやプログラミングについては生じずに済んでいます。つまり,理工系の学生たちは,情報科学や情報工学そのものを熟知しており,その部分での危うさはないようで,この辺については安心できるところでもあります。
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7.現実に即した技量と知識 |
もう一つ,筆者の情報科教育法で重視していることがあります。それは現実に即した授業内容にするということです。
例えば,筆者はコンピューターの分解組み立てと,OSの導入,ネットワークサーバーの立ち上げなどの一連の作業を授業に入れています(受講学生がすでに熟知している場合は省略します)。すべての高校教員が,PC教室のサーバーを分解したり組み立てたりするわけではないのですが,もし,サーバートラブルが生じたり,新規導入にあたって意見(入札仕様)を作成するという状況に直面したとき,この授業で取り扱った経験は,直接的であれ間接的であれ生かされるでしょう。
▲PC組み立て演習の様子
▲高校の授業を見学したときの様子
また,授業の合間を使って,実際の高等学校の授業を見学する時間を設けています。訪問先で教室いっぱいの高校生を目の当たりにし,その高校生と真剣に向き合う教師の姿を目にした学生は,書籍では得られない現実感を脳裏に焼き付けてくれます。そのことで,抽象イメージを具象化し,情報科教員のイメージを彼らなりに獲得します。
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8.情報科教育法のバラつきは個性ではない |
さて,今回,本稿を執筆するに当たり,これまでに「情報科教員の卵を育てる」で執筆された内容を読んでみました。そこで感じたのは,さまざまな先生が,さまざまな方法で情報科教育法の授業を行なっている,ということでした。筆者は,情報処理学会の初等中等情報教育委員会のメンバーであり,2007年秋には「ジョーシン07」(資料2)を実行委員長として担当し,様々な教員養成に関する問題を議論しました。そのときと同じ印象が甦ってきました。
なぜこういうことになっているのでしょうか?それは,情報科の対象領域が広過ぎるからであろうと,筆者は考えています。
教員になるということは,社会人として専門知識と技術を活用するということです。ですから,理工系出身の学生が情報科の教員になったあとで,「プライバシーを教えるのは不得意」と逃げることは許されません。同じように,非理工系出身の学生が情報科の教員になったあとで,「プログラミングを教えるのは不得意」(※注3)と逃げることも許されません。このことは,非理工系の学生を対象とした情報科教育法の授業を行なうとするなら,背景となる知識を確認するにあたって,理工系の学生とは異なる領域を取り扱わねばならないということを意味します。つまり,情報科教育法という授業は,設置される大学毎に大きく異なるということです。
▲学生ごとに足りない知識は異なる
しかし,それは「情報科教育法で単位を取得した学生に保証される知識と技能もバラバラでよい」ということではありません。むしろ逆にどんな背景をもった大学であっても,学生を一人前の情報科教員として育てるためには,「学生が不得意なこと」の背景知識を,授業で活用できる指導法と一体にして扱うことが,情報科教育法の担当教員に必要とされるといえます。それが,「情報科教育法で教師としての責任感を」という言葉の意味です。
さて,2008年12月23日に,新しい高等学校学習指導要領の案が発表されました。普通教科「情報」は「社会と情報」「情報の科学」の2科目となります。情報科教育法を担当する教員は,今後,この2つの科目の内容を取り扱うことも必要となります。筆者も,新しい科目の構成について調査の必要性を感じていますが,筆者一人で調査を行なうよりも,情報科教育法を担当する他の大学教員と合同で勉強会を開催する方が,独善的にならず,また,誤解の可能性も少ないでしょう。
ところで,筆者は2006年12月から,情報工学の研究者らと共に,東京近郊で「プログラミング・情報教育研究会」(通称「プ会」)を平日夜に月1回弱のペースで開催しています。高校や中学校の教員も参加されていますが,中には大学で情報科教育法の非常勤講師を担当されている方もおられます。この「プ会」は,筆者と地理的に近いところでの集まりですが,同じような集まりが全国で開催されると,情報科教育法の担当者の授業の質を向上させることにつながると考えています。
そのような意味で,日本中に情報科教育法担当者相互のネットワークが作られることを,切に願っています。
【参考資料】
資料1:久野靖・辰己丈夫監修・著,大岩元・小原格・兼宗進・佐藤義弘・橘孝博・中野由章・西田知博・半田亨共著,『情報科教育法 改訂2版』,オーム社,2009年2月(予定)
資料2:情報処理学会,「高校教科「情報」シンポジウム2007−ジョーシン07−資料集(※注4)」,2007年10月
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