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論説 |
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教科「情報」における知的財産の学習 ─中学校技術科に学ぶ知財学習─ |
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1.はじめに |
現代の情報社会において,ICTの急速な進展は,技術の特許権や各種コンテンツの著作権,ブランドの商標権など,知的財産権の重要性を格段に高めている。情報技術を扱う分野において知的財産権といえば,従来は著作権が主対象であったが,2002年の特許法改訂により,自然法則の利用性の要件を満たせば,プログラムも特許権で保護できるようになった(※注1)。「バルーンヘルプ」機能の特許裁判(※注2),いわゆる「一太郎裁判」が社会的にも注目を集めるなど,ICTと知的財産権の関連は,著作権から産業財産権まで含め,より深くなってきている。
このような動向に対応するため,知的財産に関する教育と学習の振興についての施策も制定されている(※注3)。中学校の技術・家庭科技術分野(以下,技術科)では,従来から教育内容として著作権が位置付いていたが,2008年告示の中学校学習指導要領では,著作権のみならず,知的財産の尊重や知的財産の創造・活用も表記されるようになった(※注4)。同様に,技術科だけではなく,音楽や美術にも知的財産権が表記されるなど,義務教育段階では,多くの教科で,従来の著作権からより広い知的財産権,さらには知的財産を扱うようになってきている。
中学校段階での動きは,当然高等学校にも関連する。2008年12月に示された高等学校学習指導要領改訂案では,教科「情報」のみならず,技術科同様に内容の全体に対し,「知的財産や個人情報の保護などの情報モラルの育成」が表記された(※注5)。
こうした動きからも,従来の著作権教育の枠組みや実践デザインだけでは不十分な点も出てくると考えられる。そこで本論では,今後の教科「情報」の中で,知的財産をどのように扱っていくべきかを検討してみたい。
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2.知的財産権と知的財産の整理 |
議論を進める前提として,知的財産権と知的財産の二つの概念について整理しておきたい。
知的財産権とは,知的財産基本法が定める「特許権,実用新案権,育成者権,意匠権,著作権,商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利」である(※注6)。知的財産権と同義で語られることの多い言葉として,知的財産(以下,知財)がある。2008年告示の技術科の学習指導要領にある「新しい発想を生み出し活用しようとする態度」については,解説書では「知的財産を創造・活用しようとする態度」であるとされている。ここでいう知財とは,知的財産権のみならず,学習の中で生み出される生徒らの技術的な工夫やアイデアも含んだ広義の知財である。広義の知財を対象にすることで,知財の学習をより豊かにできると考えられる。そこで,教科「情報」で対象とする知財も,知的財産権と共に,権利化されていない様々な人間の創造的活動の成果をも対象にした広義の知財ととらえる。
一方,産業財産権と著作権は,知的財産法で括られてはいるが,両者は制度設計上も異なっていることは言うまでもない。しかし,普通教育としては,法律の専門家や実務家を養成するわけではない。ことさら制度上の違いにこだわり過ぎるよりも,知財という大きな括りの中で,知財の概念や理念,各権利の基礎的な知識や相違点を学ぶことにより,広い視野で知財をとらえ,ICTとの関わりを理解することができると考えられる。従来からの著作権の学習においても,統合した知財という概念を学習させることで,著作権の位置づけや役割を他の権利との関係などから,より深く理解させることができるのではないだろうか。さらに,従来の著作権学習をより大きな知財の概念から再構成することで,知財学習として新しい実践の展開や深まりも期待できる。
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3.教科「情報」教科書における知財の現状 |
知財の学習についての内容の具体的な議論に入る前に,教科「情報」教科書における知財の現状について確認しておきたい。教科「情報」における特許や意匠などの知財に関する「知財用語」について,取り上げている教科書数を調査し,表1に示した(※注7)。「情報B」の教科書こそ扱いは少ないものの,「知的財産権」は「情報A」で100%,「情報C」で83.3%の教科書で取り上げられていた。「特許」についても「情報A」,「情報C」では60%近く取り上げられていた。これらのことから,現在の教科「情報」の中でも,「知財用語」や知財の内容は一定程度取り上げられているといえるが,個々の内容は,知財の分類図や簡単な解説に留まっている状況である。今後,学習指導要領改訂を受けて教科書にも変化が出てくるであろう。なお,世良氏により,知財に関する教科書の内容や専門高校の実践の概観が紹介されている(※注8)。
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情報A
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情報B
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情報C
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著作権
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14(100%)
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9(100%)
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12(100%)
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知的財産権
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14(100%)
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4(44.4%)
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10(83.3%)
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知的所有権
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7(50.0%)
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4(44.4%)
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10(83.3%)
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特許
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8(57.1%)
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2(22.2%)
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7(58.3%)
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実用新案
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6(42.9%)
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3(33.3%)
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6(50.0%)
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意匠
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6(42.9%)
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4(44.4%)
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7(58.3%)
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商標
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7(50.0%)
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4(44.4%)
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8(66.7%)
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n=14
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n=9
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n=12
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▲表1 「情報」における知財用語の掲載教科書数
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4.「知財リテラシー」という考え方 |
情報教育では,知財の話は,情報モラル,または,情報倫理の内容に分類されることが多い。例えば,高等学校学習指導要領改訂案では情報モラルとして示されており,「情報モラル指導モデルカリキュラム案」では「情報社会の倫理」として示されている(※注9)。しかし,知財制度が,創造的活動の成果を保護することでインセンティブを与え,産業や文化を発展させることが目的であることからも,知財の保護と創造性は車の両輪であるといえる。ここでいう創造性とは,創造性を発揮するための基礎的素養のことを指す。
知財の学習をより深めるためにも,知財を尊重する倫理観と同時に,車の両輪として創造性も扱い,生徒自らが知財を生み出していく実践的・体験的活動をすることで,先人の知財に敬意を払い,知財を尊重する態度を育成できるのではと考える。言い方を変えると,クリエイター側の視点に立った知財の学習であるといえる。
従来の著作権教育の中でも,法的な知識を学ぶだけでなく,コンテンツ作成を通したクリエイター側の視点での実践は試みられている(※注10)。著作権教育というと,とかく,著作権の尊重を重視するあまり,著作権法の知識伝達や禁止教育のみに偏りがちな傾向が見られる。クリエイター側の視点で著作権を学ぶことは,知財を尊重する態度を実践的に育成するためにも有効であると考えられる。
以上のような考えに立ち,筆者は,知財に対する教養として,「創造性」と「知財を尊重する態度」からなる「知財リテラシー」という概念を提示している(※注11)。リテラシーの概念は,PISA調査を実施したOECDにより,数学リテラシー,科学的リテラシーなど,国際社会に必要なコンピテンシー(能力)をある領域で具体化したものとして提示されている(※注12)。本誌39号においても,教科「情報」と科学リテラシー教育について江澤氏が論説している(※注13)。一般的な「知財リテラシー」は,知財実務上の書類作成能力など専門能力の基礎をさすことが多いが,ここでいう「知財リテラシー」は,教養リテラシーの概念に基づき,「すべて子ども達が創造的で思慮深い市民になるために必要不可欠な知財についての教養」と定義した。
「知財リテラシー」では,「創造性」を「創造的思考」「創造的技能」「創造的活動への意欲」の三つで構成している。この三つは,創造性を具体的に発揮する基盤となる基礎的素養であると考える。また,「知財を尊重する態度」は「知財制度の基礎的知識」と「知財を尊重する倫理観」の二つで構成している。教科「情報」における知財の学習とは,こうした「知財リテラシー」を生徒に身に付けさせる学習であると考える。
なお,「知財リテラシー」を知財教育の側から検討し,小中高の各段階における「知財リテラシー」到達目標を設定した目標リストが,三重大学による特許庁受託研究の成果として公開されている(※注14)。小中高の情報教育との関連等を十分に検討する必要はあるが,今後の知財学習の議論の参考になるのではないだろうか。
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5.中学校技術科の知財実践から学ぶ |
中学校技術科においては,広く技術全体を対象にしていることもあり,ものづくりや情報の学習の中で,知財についての実践的・体験的な学習が多数試みられている。技術科の実践は,教科「情報」の知財学習の実践デザインを考える上で,参考になることも多いのではないかと考える。そこで,技術科における知財実践をいくつか紹介する。
技術科における代表的な知財実践として,ロボット製作での疑似特許実践がある。ロボット製作は,ロボットコンテスト=ロボコンとして,中学校にも広く普及し,全国大会は2008年度で8回目を数える。これは,ロボット製作の過程で生み出される様々なアイデアを生徒達が擬似的な「特許」として申請し,認められると材料のポイントや試合のハンディポイントを得るというシステムである。全県あるいは地区レベルで実践しているのみならず,校内だけの実践を含めると,多くの学校で疑似特許実践が試みられている。
例えば,茨城県の県南地区では,地区の参加校約20校の中で,ロボット製作に関する生徒達の知財情報が,特許データベースにより共有されている(図1)。アイデアをどのように的確に表現するかという表現力,言語力,さらには「情報の蓄積・管理とデータベースの活用」等,注目すべき点が多い実践である。
▲図1 茨城県県南地区の疑似特許実践事例
(http://trck.namikikai.com/より引用)
また,各「特許」には,参考資料も明記されている。これを追いかけていくと,特許マップに近いものも作成できる。そして参考資料を書かせることで,他者の知財を意識化し,知財を尊重する態度が養われていくと考えられる。なお,現在は,この実践手法がロボットのみならず,他分野の学習にも応用され出している。
こうした学習を,大会のみで終わらせることなく成果をまとめていく実践も展開されている。一つは,ビデオ作品としてまとめ,コンテスト化している富山県の事例である。ロボットやものづくりの学習の成果を生徒らが2分間のビデオ作品にまとめ,作品を集め,公開審査するコンテストを開催している(※注15)。制作プロセスでは,著作権についても学んでいる。これもクリエイター側の視点での知財実践であるといえる。
もう一つの事例として,特許庁主催の中学生知財報告書コンテストがある。疑似特許制度に関わらず,ロボット製作で考案したアイデアや工夫を報告書形式でまとめ,それをコンテスト化する事業である(※注16)。自分の考案したアイデアの本質をいかに的確かつ説得的に表現するかという情報活用の実践力が問われる。2008年度でまだ2回目であるが,今後の発展を期待したい事例である。
ロボット製作等の生徒らの関心・意欲の高い実践とリンクすることで,情報をまとめ,表現することも意欲的にできる。情報の表現や発信の実践は,活動の動機付けに依存することは言うまでもないが,ロボット製作を代表とする知財実践は,その点をうまく対応している。
著作権だけに限定しても,技術科では,例えばオリジナルのキャラクターをもとに,キャラクタービジネスを扱った実践もある。知財を生み出すだけでなく,活用まで踏み込んだ実践である(※注17)。実際にプロのデザイナーの方から指導も受ける中で,キャラクタービジネスそのものの理解やその難しさや奥深さなども体験的に学んでいる。
また,まだ試行段階であるが,ゲーム制作ツールを用いたゲームコンテンツ制作において,制作時の著作権処理のみならず,学校と制作チーム間で実際に著作権契約を交わす実践も試み出されている。日本の著作権問題の大半が,契約の問題であり,日本人が契約マインドを持つことの重要性が指摘されている(※注18)。契約まで踏み込んだ実践は,手軽でありながら,従来の著作権学習の到達点を越える可能性を持ち,今後の教科「情報」の知財学習においても参考になるのではと考える。
以上,技術科の知財学習に関する代表的な実践を紹介した。ここで紹介した実践は,学校間での取り組みという先進的な部分を別にすれば,教科「情報」の中ですぐにも応用できそうな事例が多いのではないだろうか。クリエイター側に立つ知財学習という考え方は,決して難しくない。従来の様々な実践を知財学習という視点で見返せば,わずかな追加や修正で知財実践化できる。従来の実践を知財学習の視点で再検討してみることが,教科「情報」における知財学習の実践デザインのポイントであると考える。
技術科では,学習指導要領に知財が記載されたことで,こうした実践のさらなる進展と進化が期待される。知財学習の授業デザインと共に,技術科での情報技術の学びと教科「情報」の連結の意味でも,技術科と教科「情報」,さらには専門高校も含め,相互の実践や研究成果を交流・共有していくことは,教科「情報」側にとっても有益であると考える。
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6.おわりに |
本論では,教科「情報」の中で,知財の学習をどのように扱い,考えていけばよいかを検討してきた。検討内容は以下の4点にまとめられる。
1)知財を,知的財産権と共に権利化されていない様々な人間の創造的活動の成果も対象にした広義の知財ととらえる。そして,著作権と産業財産権を統合させて知的財産として包括的に学ぶことが,知財とICTとの関わりを学ぶ上でも重要である。
2)知財に対する教養=「創造性」と「知財を尊重する態度」からなる「知財リテラシー」が,教科「情報」で扱うべき知財の内容である。「知財リテラシー」を身につけるためには,生徒自らが知財を生み出していくクリエイター側の視点での知財学習が重要である。
3)従来の実践をクリエイター側の知財学習の視点で再検討してみることが,教科「情報」における知財学習の実践デザインのポイントである。
4)中学校技術科の知財実践に学ぶことは多い。技術科と教科「情報」,さらには専門高校も含め,相互の実践や研究成果を交流・共有していくことが,教科「情報」にとっても有益である。
知財制度本来の目的は,創造的な活動を促進し,産業や文化を発展させることである。教科「情報」における知財学習も,著作権を意識し,法に触れないようにという話だけでなく,知財制度の知識や倫理観と共に,創造性を伸ばすことも大切にすべきである。それが教科「情報」の学習自体をより豊かにさせることにもつながるであろう。
ここで検討した内容を参考に,今後,教科「情報」において様々な知財実践が各地で展開されていくことを願いたい
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