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教育実践例 |
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ISEC-SeT:Squeak eToyを用いたPBLカリキュラム ─4年間の授業実践の分析─ |
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1.はじめに |
日本の高等学校における情報教育はまだ体系化が十分でなく,普通教科「情報」が導入されてからの歴史もまだ5年目と浅い。
筆者は高等学校の情報科学教育を研究対象とし,情報科学教育と問題解決学習(PBL)を有機的に融合した新しい教育モデルの構築を目的として2003年から研究を進めてきた。その中で開発したカリキュラムISEC-SeT(Information Science Education Curriculum Based on PBL with Squeak eToy)では,生徒自身が主体的に問題(課題)を設定し,それをコンピュータシミュレーションで解く。そして,その過程および成果を論文などの形式にまとめて発表することを最終到達目標としている。
本稿では,京都市立堀川高等学校(以下,本校)におけるカリキュラムISEC-SeTの実践の概要を説明するとともに,これまでの実践から得られた成果についてまとめる。
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2.堀川高校専門科目「探究基礎」 |
本校は,普通科の他に専門学科「探究科」を設置している。専門科目「探究基礎」は本校探究科の中心科目であり,配当学年は1年〜2年前期(1年半)である。
「探究基礎」は,週2時間の授業と課外活動で構成されている。内容を表1に示す。
年・期 |
1年 |
2年 前期 |
前期 |
後期 |
内容 |
クラス単位で情報活用の実践力を育成する授業 |
少人数ゼミでの研究活動 |
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▲表1 「探究基礎」の内容
まず1年前期に,クラス単位で情報活用の実践力(本校では「4つの力」=「受けとる力」「考える力」「判断する力」「表現する力」と呼んでいる)を育成する授業を行う。ここではグループでの調べ学習,レポート作成,英語でのプレゼンテーション等を行っている。
次に,1年後期から2年前期の1年間は,少人数ゼミに分かれて授業を行う。本校では,文系,理系合わせて10のゼミが開講されている(文系ゼミ:「国際」「社会・文化」「言語・文学」「心理・教育」,理数系ゼミ:「物理」「化学」「生物」「地学」「数学」「情報」)。各ゼミには約10〜20名程度の生徒が本人の希望により所属し,教員は2〜3名が担当する。このゼミ活動では,生徒個人で研究論文を書き,ポスター発表を行うことが共通の最終目標である。
以下,筆者の担当する“情報ゼミ”のカリキュラムISEC-SeTについて説明する。
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3.ISEC-SeTの概要 |
カリキュラムISEC-SeTの最大の特徴は,プログラミングの学習環境としてSqueak eToyを導入している点と,生徒が自分自身で問題を設定する問題解決学習(PBL)を行っている点にある。
Squeak eToyはもともと小学生レベルの利用者向けに開発されたプログラミング環境であるが,近年その有用性が注目され始め,先進的な小学校等で導入の試みが広がっている。筆者は,このSqueak eToyを高等学校の問題解決学習の学習環境としてはじめて本格的に導入したところ,Squeak eToyが問題解決の学習環境として適していることが2006年までの研究の中で示唆されている(※注1,2)。
カリキュラムISEC-SeTの学習期間は1年間である。前半の6か月はオリジナルのテキストを用いてSqueak eToyとExcel VBAのプログラミングの基礎を実習形式で習得する。後半の6か月は生徒自身が問題(課題)を設定し,コンピュータを活用してこれを解くPBLを行う。その過程や結果を論文(研究レポート)にまとめ,ポスター形式で発表することが最終目標である(図1)。
以下,ISEC-SeTの内容の詳細について説明する。
▲図1 ISEC-SeTの流れ
(1)前半6か月─プログラミングの基礎の習得─
ISEC-SeT前半では,プログラミングを用いて問題解決の体験をしながら,プログラミングの基礎を習得する。その内容を表2に示す。
ここでは,本校情報科が作成したオリジナルのテキスト(図2)を用いる。プログラミングの経験のない生徒でもモデル化とシミュレーションの基礎を習得できる内容となっている。
項目 |
内容 |
項目 |
コマ数 |
1 |
Squeak eToyプログラミングの基礎 |
(1)Drive Carプロジェクト:Squeak eToyの基本操作の習得(オブジェクト・ハロ・ビューワ・タイルプログラミング等) |
2 |
2 |
(2)サイコロプロジェクト:アニメーションと乱数の扱い方 |
2 |
3 |
Squeak eToyを用いたシミュレーションによる問題解決プロセスの体験 |
(3)モンテカルロシミュレーションによる円周率πの計算) |
2 |
4 |
(4)斜方投射シミュレータの設計と実装 |
8 |
(5)レポートの作成 |
2 |
5 |
Excel VBAプログラミングの基礎 |
(6)VBAマクロ及びGUIの基本 |
2 |
6 |
Excel VBAを用いたシミュレーションによる問題解決プロセスの体験 |
(7)モンテカルロシミュレーションによる円周率πの計算 |
1 |
7 |
(8)斜方投射シミュレータの設計と実装 |
1 |
(9)選択課題によるレポートの作成 |
2 |
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▲表2 ISEC-SeT前半の内容
▲図2 テキストの一部(情報ゼミ担当教員による作成)
(2)後半6か月─生徒自身の問題設定によるPBL─
ISEC-SeT後半では,生徒自身が問題(課題)を設定し,コンピュータを活用してこれを解くというPBLを行う。その内容を表3に示す。その過程や結果を論文(研究レポート)にまとめ,ポスター形式で発表することが最終目標である。
ここでは教員はサポート役となり,適宜面談やディスカッションを通して進捗管理を行い,生徒の主体的な活動を支援する。
項目 |
学習目標 |
内容 |
教員によるサポート |
コマ数 |
1 |
問 題 設 定 |
明確な問題意識を持つ |
以下の内容についてグループディスカッションを行う。
1.研究背景
・研究の動機,社会的背景,問題意識
2.目的
・何をどこまで明らかにしたいのか。
・どんな要求分析から何を作りたいのか。
3.方法
・どのような方法(手順・手段)で明らかにするのか。
・どのような方法(手順・手段)で設計・実装するのか。
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・ディスカッションが停滞した時の促進
・ディスカッションが発散した時の整理
・誤った内容の訂正
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8 |
問題意識を持つ分野の調査活動を行う |
問題を分解し解決可能な課題を設定する |
解決のための適切な手法を選択する |
実現可能な研究計画を作成する |
問題設定のまとめ |
中間報告会
以下の内容について発表し,相互評価を行う。
1.研究背景 2.目的 3.方法 4.今後の予定
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・評価
・質疑,コメント
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2 |
2 |
問 題 解 決 |
研究を実施する(前半) |
モデル化,及びシミュレータの設計・実装 |
・遅れている生徒への指導
・質問への対応
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6 |
問題解決の中間まとめ |
研究経過報告会
以下の内容について発表し,相互評価を行う。
1.研究背景 2.目的 3.方法 4.結果(プロトタイプのデモ)と考察 5.まとめと今後の予定
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・評価
・質疑,コメント
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2 |
研究を実施する(後半) |
シミュレータの改良
シミュレーション,及び結果の考察
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・遅れている生徒への指導
・質問への対応
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6 |
3 |
研究成果をまとめる |
論文の作成:第1稿,第2稿,最終稿 ポスターの作成 |
・論文,ポスターの添削指導(課外の時間も含めて適宜)
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6 |
研究成果を発表する |
最終成果発表会(ポスター発表)
以下の内容について発表し論文を提出する。
1.研究背景 2.目的 3.方法 4.結果と考察 5.まとめと今後の課題
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・評価
・質疑,コメント
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2 |
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▲表3 ISEC-SeT後半の内容
▲図3 ISEC-SeT前半の授業の様子(ISEC-SeT前半:Squeak eToyプログラミング)
▲図4 ISEC-SeT後半の授業の様子(ISEC-SeT後半:ポスター発表)
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4.ISEC-SeT前半の生徒アンケートの分析 |
筆者は,2003年からこれまで5年間,カリキュラムISEC-SeTの実践を行ってきた。本章では,そのうち4年間分の評価として,本カリキュラムの前半終了時に行う生徒対象アンケートと,後半のPBLで生徒が設定した問題(課題)のテーマの経年分析を行う。
(1)カリキュラム前半のアンケート内容と結果
ISEC-SeT前半の授業終了後,Squeak eToyとExcel VBAのプログラミングに関して,次の各項目について「5:そう思う」から「1:そう思わない」までの5段階で回答を求めた。
・楽しい
・簡単でマスターしやすい
・操作が楽である
・将来機会があればもっと勉強してみたい
・動作が遅い
・機能に限界があり複雑なプログラムが書けない
・プログラミングの初心者向きだ
・他の言語のプログラミングに応用できる
2004〜07年度の1年生の各項目に対する5段階評価の平均値を,図5,図6に示す。
▲図5 Squeak eToyに対する意見の平均値(年度別)
▲図6 Excel VBAに対する意見の平均値(年度別)
この結果を見ると,Excel VBAについては全年度でほぼ意見の傾向が一致している。これに対して,Squeak eToyについては,「簡単」「操作が楽」等の項目で各年度の意見にばらつきが生じていることが分かる。
(2)アンケート結果に対する考察
Squeak eToyは初心者でもプログラミングの概念を理解しやすく手を動かしやすいという特徴がある。しかしながら,「もっと勉強したい」という意欲はわきにくい結果となった。これは,高校生にとってSqueak eToyは簡単ではあるが,機能の限界を感じてしまう等,多少子どもっぽいと感じることがあると考えられる。
これに対してExcel VBAは,各年度とも「もっと勉強したい」という意見が多い。これより,はじめはSqueak eToyのように概念を理解しやすい言語から始め,その後にやや複雑で応用性の高い言語へ移行することで学習意欲を喚起できると考えられる。
(3)カリキュラム後半の生徒の設定した課題(テーマ)
ISEC-SeT後半で生徒が設定した課題(テーマ)の一覧(抜粋)を表4に示す。各年度とも教員はサポート役となり,課題の難易度が適当になるように適宜アドバイスを行った。
年 |
生徒の設定した課題 (論文のタイトル) |
言語 |
04 |
人工衛星の軌道算出 —SqueakNihongoVer6.1環境におけるシミュレーションと結果の可視化— |
Squeak eToy |
体型変化シミュレーション —SqueakとExcelを用いた視覚的な体型把握— |
Squeak eToy Excel |
05 |
音の反射 ─二次元における音線シミュレーション─ |
Squeak eToy |
歩きタバコをシミュレート |
Squeak eToy |
06 |
堀川高校における避難シミュレーション |
Excel VBA |
NZのラウンドアバウトと日本の信号ではどちらが効率がよいか —Excel VBAを用いた渋滞シミュレーション— |
Excel VBA |
07 |
文章解析による照合プログラムの作成 |
Excel VBA |
多様な要求を反映させる席替え支援システム |
Excel VBA |
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▲表4 生徒の設定した課題(テーマ)の一覧(抜粋)
(4)生徒の設定した課題(テーマ)に対する考察
05年度まではSqueak eToyの選択者が多かったが,06年度以降はExcel VBAの選択者が増えてきている。これは,前節で述べたExcel VBAの持つ効果を顕著に反映しているのではないかと考えられる。
(5)授業を成功させる指導のポイント
これまでの実践から,次のような指導のポイントが明らかになった。
問題(課題)設定には,毎年,最短でも約2か月間を要している。この間,教員は生徒と何度も相談をしたりして,テーマが発散しないように的確な指導をする必要がある。これまでの実践では,一般に生徒ははじめに難解過ぎるテーマを設定してしまう傾向があった。これをおよそ6ヶ月間で結果を出せる難易度に調整することが,教員の大きな役割の一つである。
また,プログラミング言語を新たに習得させることはできるだけ避けた。これまでに学習した中から選択させることで,問題(課題)設定に十分な時間をかけることができる。新たにプログラミング言語を習得するとなると,その習得だけで大半の時間を費やしてしまうこととなる。
さらに,プロジェクト管理のためのレビュー(生徒の相互評価による中間発表会等)を適切な時期に入れることが重要となる。レビューを入れることがそのまま生徒の進捗管理になるため,スムーズにPBLを進められることも明らかになった。
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5.終わりに |
座学と演習,PBLを有機的に統合したカリキュラムISEC-SeTは,これまでの実践の成果をまとめたテキストと指導のポイントをまとめた指導書が完成している。
本カリキュラムは生徒自身の自主性を尊重するため,教員は生徒とのディスカッションを通じて研究の進捗をコーディネートする必要がある。筆者はこの授業を5年間続けてきたが,毎年異なる状況が生じるため悪戦苦闘しながら進めている。しかしながら,常に違うテーマ,新しい課題が生まれるからこそ,教員も生徒と一緒になって学ぶことができる。教員側の学ぶ姿勢が常に問われる授業であることは間違いないが,とても刺激的なカリキュラムであるとも言える。
次期学習指導要領の改訂を見据え,本成果をどのように拡げていくかが今後の課題である。テキストの送付を希望される方がおられれば,メール等でお知らせいただければ,収録されたCD-ROMを送付させていただきます。
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注1:藤岡健史,高田秀志,岩井原瑞穂,「高等学校におけるSqueakを用いた課題解決型情報教育の実践と評価」,日本教育工学会論文誌,28巻Suppl,2005,pp.140-144
注2:Fujioka,T,Takada,H,and Kita,H.:What Does Squeak Provide Students with ---A Comparative Study of Squeak eToys and Excel VBA as Tools for Problem-Solving Learning in High School---,
The Fourth International Conference on Creating, Connecting and Collaborating through Computing, IEEE Computer Society Press,2006
注3:Takeshi FUJIOKA:http://www006.upp.so-net.ne.jp/fujioka/ |
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