ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.31 > p18〜p22

教育実践例
情報Cで何を教えるか
─メディアリテラシーの実践─
埼玉県立入間向陽高等学校 沖田敦志
okita@irumakoyo-h.spec.ed.jp
1.はじめに
 本校は全日制普通科1学年8クラスです。情報Cを1学年の必修科目として2単位開講しています。
 生徒は勉強よりも部活。進路はもともと就職か専門学校が中心でしたが,昨今の大学の事情により大学進学率が50%を超えました。
 コンピュータ環境は,OSがWindowsMe,アプリケーションはOffice2002Pro,一太郎ぐらい。インターネットは常時接続できます。その他機器として,デジカメ4台,モノクロレーザープリンタ4台,スキャナ兼カラープリンタ1台があります。
=1学期授業報告=
実施
時間数
(1)オリエンテーション
1
〜情報機器の発達とディジタル化〜
(2)情報とは
1
(3)ディジタルとアナログ
1
(4)ビットとバイト (情報の単位)
1
(5)二進数
3
〜情報化の光と影〜
(6)情報の信頼性
1
(7)工業所有権と著作権
1
(8)中間考査
2
(9)(実習)Excel入門
4
〜ネットワークの仕組み〜
(10)(実習)LANの仕組み
(IPMessengerを使って)
2

=2学期授業計画=
(予定)
実施
時間数
〜情報の発信〜
(1)インターネットのモラルマナー
1
(2)(実習)メールの使い方
1
(3)(実習)ブログ
5
〜情報の収集〜
(1)(実習)Word基礎
2
(2)(実習)適職調べ
2
(3)(実習)職業調べ〜報告書作り
6
〜メディアリテラシー〜
(実習)記事を作ろう
1
中間考査
1

=3学期授業計画=
(予定)
実施
時間数
(1)メディアリテラシー(映像)
1
(2)(実習)PowerPoint基礎
2
(3)(実習)PowerPointによるCM作り
6
▲年間授業計画

2.情報Cで何を教えるのか
 IBM360の時代からコンピュータは汎用性が売り文句です。
 そのため,授業をどのようにも展開することができますが,柱になる部分がなければ無目的になってしまいます。ハードウェア技術を教えるのでなければ何か目的を持たせなければなりません。
 私も授業で最低限度の操作方法は教えていますが,ハードやソフトの使い方だけを教えるのは教科「情報」の本質ではないと思っていますので,あまり力を入れていません。
 アプリケーションの操作方法は1から丁寧に教えず,どういうことができるのかを大雑把に説明して,わからなければ何をどうしたいのか(例えばWordで表をつくりたい等)聞くように指示しています。操作方法は目的があれば(必要に迫られれば)覚えます。今の生徒はあんなに複雑な携帯電話をこうこう使いたいという目的の下,マニュアルなしで使いこなしているのですから。
「では情報で何を教えるのか?」
 下の表は4年前に情報の時間に実施したアンケートの結果です。
 アンケートを実施する前から気になっていたのですが,本校の生徒はテレビで言っていることや新聞に書いてあることを信頼しすぎる傾向にあるということです。
 そこで考えました。私が情報Cで教えたいこと,それは「メディアリテラシー」です。1年を通したテーマとして,事あるごとに触れてみようと。
 メディアリテラシーとは日本文教出版「情報C」の教科書(以下:教科書)では「メディアを通した情報のやり取りでは本人が意識するしないにかかわらず,情報発信者の価値観や知識,受けている制約などが伝えられる情報に反映される。そのことを理解して,情報の受け手として,あるいは作り手として,情報を適切に扱える能力を身につけなければならない」とあります。まさにその通りです。情報が氾濫する情報化社会の中で「情報を適切に扱える能力」こそが社会で求められているのではないでしょうか。
 
新聞
テレビ
(民放)
テレビ
(NHK)
ラジオ
雑誌
インター
ネット
情報源として
欠かせない
128
(40.4%)
260
(82%)
158
(49.8%)
10
(3.2%)
168
(53%)
30
(9.5%)
情報が正確
268
(84.5%)
275
(86.8%)
295
(93.1%)
164
(21.7%)
72
(22.7%)
65
(20.5%)
▲メディア評価アンケート(本校生徒:N=317)

 
新聞
テレビ
(民放)
テレビ
(NHK)
ラジオ
雑誌
インター
ネット
情報源として
欠かせない
58.2%
42.6%
44.5%
16.9%
13.3%
25.4%
情報が正確
45.0%
16.3%
52.1%
3.8%
3.8%
11.7%
▲新聞協会広告委員会「2003 年全国メディア接触・評価調査」より
(http://www.pressnet.or.jp/)
3.実践例
以下の(1)〜(4)のことを行っています。

(1)新聞を使ってみる
 特別に時間を割いて授業を行っているわけではありません。
 意見が割れそうな出来事が起こった時など,複数の新聞を持っていって比較してみます。最近では長野県知事選結果が使えそうです。
 ここで大切なのは,各紙の紙面を読んでどう思うかという判断をしてもらうのではなく,新聞も社によって色々主張が異なるものなのだというのを理解してもらうことです。「新聞=事実を客観的に伝えているもの」という価値観をゆさぶるのが目的です。
 本校の生徒は夕刊紙や雑誌の記事は疑いながら情報を受け取るのに,全国紙に書いてあることは事実だと鵜呑みにしてしまう傾向があります。全国紙であろうと,雑誌であろうと,記者やライターの価値観で書いているもの,その事実を知ってもらうのがねらいです。
 毎年,最初の授業で言うことですが「新聞の読者の声の欄って,単に読者の主張だと思ってはダメですよ。送られてきた全ての声を載せているわけではないのですから。何をどういう順番で載せるか考える人がいることを忘れずに。テレビの街頭インタビューだってそうですよ。いっぱいインタビューした中から選んだものを使っているのですよ。必要だと思うところを切ったり貼ったりすることだってあるのですよ」と。
 私たちにとってはあたりまえの「編集」という主観的な作業。生徒はこの事実に案外気づいていません。

(2)映像を使ってみる
 BGMを変えると映像の印象がどう変わるのかということを体感してもらう授業です。風景の写真のスライドショーに,「軽快な音楽」「悲しい音楽」「力強い音楽」などBGMを変えて流すだけです。
 テレビは目と耳に強烈な印象を与えます。BGMは印象を大きく変える力を持っています。そのことを知ってもらうのがねらいです。
 見せた後に一言「ドキュメンタリー番組やニュース番組でもよくこの手法が使われていますよ」と。
 本校の設備だとパソコンが頻繁にフリーズして授業が成り立たず失敗してしまいましたが,本来ならば写真を10〜20枚程度,BGMを5曲程度用意して,WindowsXPに付属するムービーメーカーなどで音楽つきスライドショー製作させて,発表するという授業も面白いと思います。スライドの順番や音楽を変えることによって印象が大きく変わることを実感してもらうことができると思います。

(3)記事を作ってみる
 (1)の応用です。「新聞は記者の主観で書かれるもの。」ということ実感してもらうための授業です。同じものを見ても,書き手だけの視点があることを知ってもらうことがねらいです。
課題:
 体育祭後に記事を書いてもらいます。内容は体育祭結果。資料は体育祭得点表。あなたは記者になって記事を書いてください。

 上記のような課題を出し,紙に書いて提出してもらう実習です。1時間あれば実施できます。集めた後に発表します(時間があれば全部読み上げます)。
 クラス新聞の記事ですから,多くの生徒は自分のクラスのことや学年のことを中心に書きます。
「残念1組 学年優勝を逃す」
「綱引き学年優勝。やったね3組」
「3年4組優勝。5組は総合9位」
などなど自分の主観で記事を作成します。当然ですがクラスが異なれば視点も変わります。
 そしてまとめの一言「2つのことを忘れないこと。ひとつは,クラス新聞だから,読み手が自分のクラスだということを念頭において書いているということ。もうひとつは,同じものを見ていても,人によって興味をもつことが異なるということ。実際の新聞記事も同じで,客観的事実ではなく,記者が興味をもって見た事実が書かれていることを忘れずに」

(4)CMを作ってみる
少し詳しく説明します。
授業概要:
 PowerPointを使って「コウヨウバーガー」という架空ハンバーガーショップの宣伝を行う。企画書(授業ではシナリオとよび,ショップの基本情報,長所短所などの20数項目の特徴が書かれているもの)を事前に用意して,その内容に沿って作品を制作してもらう。アニメーションの設定などPowerPointで使用できる機能は自由に使ってよいが,「画像はクリップアートのみ」「スライドの枚数は2〜5枚まで」「再生時間は15秒〜30秒」「音は不可」など制約も設けている。PowerPointのリハーサル機能を用いて自動再生できるように設定する。

ねらい:
 CMを作ることを通して作り手の視点で広告を見ることができる力を養う
授業時間:
8時間(内PowerPointの操作方法説明2時間)
評価方法:
相互評価(名前を伏せ,他クラスの作品を評価する)
 イメージとしては,インターネット広告(動画)です。本来ならば,FLASHなどで作るべきものでしょうが,大切なのはアニメーションの華美さではなく,与えられたシナリオから何を伝えたいか吟味してそれが伝わるようにすることです。
 また,教科書のP92以降にあるように本来であれば,問題提起,現状分析,事前調査,企画書作成というワークフローをたどるべきものですが,すべて行おうとすると,企画制作力をつけることができますが「ねらい」であるメディアリテラシーの部分が薄まってしまいます。
 作品を制作させて相互評価することがCM製作の本当のねらいではありません。そのため定期考査で以下のようにメディアリテラシーと結び付けています。

 3学期の実習ではCM(「コウヨウバーガー」)を制作した。実習中に私が言ったことを思い出して欲しい。「シナリオにあることをすべて盛り込む必要はない。」普段見ているCMや広告にはすべての情報が盛り込まれているわけではない。シナリオにあった「肉が固い」というマイナスの事実を作品に盛り込んだ人はいなかった
・・・(中略)・・・
 メディアリテラシーというのは教科書では「氾濫する情報化社会の中で情報を正しく読み解く力」と説明されている。正しく読み解くためには「疑う力」「だまされない分別」の他に「伝えられない事実を意識する」ことが必要である。自分の目や耳に入ってくる情報だけをそのまま受け取っているようでは,情報の発信者に都合の良いように操作されてしまう(だまされてしまう)。そのことを忘れないでほしい。このことはCMや広告に限ったことではない。新聞やTVのニュースですら,すべての事実を伝えている訳ではない。不都合な情報を排除するだけでなく,情報の発信者が都合の良いように情報を切り貼りしていることさえある。以上のことを踏まえながら裏面の文章を読んで設問に答えよ。

 このように学年末考査で,ねらい(教師の意図)を明らかにして,1年間の情報の授業のまとめとしています。
 以上のような形でメディアリテラシーを踏まえた授業を実践しています。
4.今後(興味があること)
 第2節で「…10年前の常識が通用しない世界です。変化することを教えることも大切ですが…」と書きましたが,変化することにも興味があります。最近だと,Web2.0でしょうか。
「ウェブ進化論(梅田望夫著:筑摩書房)」がベストセラーになったり,週刊東洋経済(2006年6月24日号),週間ダイヤモンド(2006年6月24日号)などで特集が組まれたり,朝日新聞でも連載(7月27日朝刊〜)が始まったりと,完全にブームのようです。この手のブームは覚めやすかったり,消えてなくなることも多いのですが,情報技術者としては関心があります。
 SNSやCMSやロングテールにニッチ,マッシュアップ,カタカナが苦手な私には大変ですが,大きなうねりが来ているのは事実のようです。教科「情報」でそれをどう扱えばよいのか。これが私の夏休みの課題です。
「とりあえずブログでも…」
 昨年からブログを授業に使えないものかと試行錯誤していました。
「何をブログに書けばよいのか」という根本的な問題があり,ブログの使い方を説明しても「何書けば良いの?」という質問攻めにあうのが目に見えています。またブログの使い方を教えるだけの授業をしたくないし…。
 構想から1年。やっと良いものが見つかりました。それはヴァーチャル本棚の「ブクログ」(※注1)を利用した実習です(2学期に実施する予定)。このブログは本棚を共有するということに特化したサービスで,出来ることが限られている分,教材として使いやすくなっています。
課題 「本の紹介」
 好きな本を3冊以上探し,ブログで紹介しよう。まんがでも可。ただし,雑誌は不可。紹介文は1作品100字以上。ISBN番号を控えておくこと。見本。
(※注2)
 準備はこれだけです。ブクログを使って「自分の情報の整理に利用する→読んだ本の記録」「情報を発信し共有する」というブログの本質の部分を理解させるのがねらいです。作成したページは誰もがアクセスできますから,事前にインターネットという公道を理解させる授業も当然必要です。
 余談ですが,いまどき1からWebページを作る人は減っています。そもそもHTML4.0以降,CSSの使用やルールの厳格化など素人には敷居が高くなっています。タグを書いて画面に表示されるという感動はあると思いますが,Webページをどう作るかではなく,何を載せるかということの方が情報の授業では大切なことだと思います。
 ブログであれば発信する内容にウエイトを置くことができるので教材としては有用だと思います。
その他にもWeb2.0の世界ではインターネット上に様々な教材を提供してくれそうですが,技術だけではなく,「思想・文化」や「光と影」の部分にも「情報」で教えなければならないことがあると思います(むしろこちらのほうが大切です)。そこをどう授業に発展させていくかが今後の課題です。
 メディアリテラシーの面からも「検索されない恐怖(問題)」など興味深い話もあります。(詳しくは7月28日朝日新聞1面の連載記事参照)。まだ,他に企画していることがありますが誌面の都合上ここまでにしたいと思います。
5.最後に
 私がメディアリテラシーを教えようと思った理由は,もう1つあります。
 私は教職につく前,通信社の関連企業の世論調査会社に勤務していました(とは言っても勤務していた9年間のうち,調査にかかわったのは2年程度で,あとの7年間はシステム保守・管理でしたが)。
 身分が通信社の社員であったため,記者と話す(飲む?)機会が多くありました。その時に記事は主観で書かれているということや,諸事情により記事にしない(できない)ことも多く存在するということを身近で見聞きしてきました。
 また,私自身,調査結果の公表やコメント書き・分析を通して情報を発信することもあったのですが,「書き手の主観は排除できない」と言うことを常々感じていました。
 例えば,内閣 支持率35%という数値が出たとき,「高い」とコメントするのか「低い」とするのかという時点から主観が入ってきます。
 このようなことを少しでも高校生に知ってもらいたいという動機からも,情報Cでメディアリテラシーを扱おうと思いました。
 最後になりますが,以下のような事例があります。
 昨今,新聞やテレビでは電話調査やインターネット調査の結果が頻繁に使われています。極端な数値が出て,安価に実施できるので増える傾向にあります。しかし,サンプル数や属性などに偏りがあり,(標本)誤差なども考慮されていないので,本来母集団に戻すことができません。それなのに,「国民の〜%が支持」などと見出しをつけている記事を時々見ます。
 また,ビデオリサーチのテレビ視聴率調査も標本誤差が存在しています。200サンプルの場合,視聴率20%の時,誤差が±5.7%あります。(※注3)
 誤差のことはWebページで公表されているにもかかわらず,新聞などで取り上げる時にはほとんど触れられていません。
 みなさんはどう思いますか?
 
注1 http://booklog.jp/
注2 http://booklog.jp/users/okiccho
注3 詳しくは http://www.videor.co.jp/rating/wh/07.htm
○参考文献
http://booklog.jp/users/okiccho
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