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ICT・EducationNo.31 > p10〜p13

教育実践例
コミュニケーションの視点を軸にした教科「情報」の実践
近江兄弟社高等学校 長谷川友彦
1.はじめに
 近江兄弟社学園は,滋賀県の琵琶湖の東岸に位置し,水郷や近江商人の古い町並みで有名な近江八幡市にあり,いつも多くの観光客が訪れる観光地に囲まれています。本学園は,アメリカから来て日本に留まり,最近では建築家として有名になったウィリアム・メレル・ヴォーリズ先生とその妻である一柳満喜子先生により創立された,幼稚園から高等学校までの総合学園です。
 近江兄弟社高等学校は,全日制普通科学年制課程6学級,単位制課程2学級を設置しています。本校単位制課程は,全日制普通科であり,学年制課程とは学習規定が異なる以外は,基本的にはすべて学年制課程と同じ規定となっています。
 本校では多様な進路希望を持つ生徒のために,特色ある科目を多くそろえた選択A群と呼ばれる選択群を2年生,3年生時に設置しています。選択A群は,学年制課程と単位制課程が相互に乗り入れ,学年制課程と単位制課程の生徒が一緒に学ぶ機会となっています。
 本校情報科では,必履修科目として2年生時に「情報C」を実施していますが,それ以外にも,本校独自の科目として1年生時に自由選択科目「情報リテラシー」,2年生時に選択A科目「ディジタルコミュニケーション」,3年生時に選択A科目「情報B」,2,3年生時に自由選択科目「マルチメディア」(2,3年生同時開講)を実施しています。これらの選択科目は学年制課程,単位制課程相互乗り入れで受講することとなります。また,本校単位制課程の特色である自主学習と授業を組み合わせたハイブリッド・カリキュラムとして「情報」の科目も実施しています。
科目名 種別
情報リテラシー 自由選択
情報C 必履修
ディジタル
コミュニケーション
必選択履修
マルチメディア 自由選択
情報B 必選択履修
マルチメディア 自由選択
 ※「マルチメディア」は2,3年生同時開講
2.近江兄弟社高校情報 科の基本方針
 近江兄弟社高校は,「地の塩,世の光」を学園訓として,「イエス・キリストを模範とする人間教育」を教育理念として掲げています。本校情報科としても,この教育理念と本校の教育の柱である「国際人教育」を念頭に入れ,コミュニケーション能力の育成を教科の柱として位置づけました。
 現在,情報社会の進展の中で起きてきている様々な問題,すなわち情報社会の影と呼ばれるものは,情報通信技術の進展に伴うコミュニケーションの変化によるものが多くあります。このようなコミュニケーションの変化に伴って,私たちがどのようなことに気をつけなければならないのか,そして望ましい情報社会のあり方とはどのようなものかということを考えさせたいという思いから,必履修科目は「情報C」を設置しました。滋賀県内のほとんどの学校が「情報A」を選択した中でも,本校は県内で唯一「情報C」を選択しました。
 その他の選択科目も,「情報の科学的理解」に重点を置く「情報B」を除き,基本的にはコミュニケーション能力の育成に重点を置いて設置しました。

(1)情報C

 必履修科目である「情報C」では,年間を通してコミュニケーションを軸にしています。前期では,情報社会の進展に伴うコミュニケーションの変遷,その中でプレゼンテーションを取り入れ,コミュニケーションの本質に迫る内容を行なっています。後期では,Webページ制作をはじめとして,情報社会におけるコミュニケーション手段を利用した情報発信についての内容,また,その基盤となる情報通信ネットワークのしくみや成り立ちについて学習します。
 「情報C」の実習授業では,プレゼンテーション,Webページ制作,表計算ソフトウェアの利用を主に行なっていますが,それらの実習を通して,コミュニケーションには情報の送り手である自分と,情報の受け手である他者が存在しているということを意識させることに重点を置いています。特に,プレゼンテーションでは直接コミュニケーションの,Webページ制作では間接コミュニケーションの特性を理解させることを一つの目的に取り組んでいます。表計算ソフトウェアの利用では,同じ情報であっても,表現の仕方によって受け手の受ける印象が異なることを実感させる内容を行なっています。

(2)ディジタルコミュニケーション
 2年生選択A群で実施している「ディジタルコミュニケーション」は,その名のとおりコミュニケーション能力に力点を置いた科目です。プレゼンテーション,コンピュータデザイン,Webデザイン,Flashなどの内容を行なっています。選択A群は,時間割で2時限連続の時間が割り当てられているため,じっくりと実習に取り組むことができています。
 この科目は,特に単位制課程の生徒には非常に人気があり,単位制課程の中では選択する生徒の割合が他の科目に比べて多いのが特徴です。単位制課程の学習規定は,自分のペースで学ぶというコンセプトから,単位履修要件の出席時数が授業時間数の半数でよいということになっています(学年制課程は欠課時数が3分の1未満であることが基準)。おおむね出席できていますが,時々欠席をする場合があり,連続ものの授業や,途中から授業を開始するということが難しくなります。そのため,可能な限り一話完結型の授業展開になるようにしています。一話完結型の授業で,その回その回の授業に参加した生徒が何かを身に付けて帰ってほしいという思いで,毎時の教材研究に苦労が絶えません。
 この科目では,前期の前半には「情報C」で行なっているプレゼンテーションをより深めるという視点で,より内容が深く,印象的なプレゼンテーションを目指して,発表を何度も繰り返しながらプレゼンテーション能力を高めるようにしています。前期の後半は,コンピュータデザインの内容として,ベクタ画像について学び,作品をより丁寧に仕上げること,図によるコミュニケーションの効果などを学びます。後期の前半は,「情報C」で制作しているWebページ制作をより発展させるという観点で,Webデザインの学習を行ない,サイト全体のデザインの統一など,より印象的なWebページの制作に向けて実習を行なっています。後期の後半は,Macromedia Flashを用いてアニメーション制作から簡単なインタラクティブコンテンツの制作の実習を行い,各自のWebサイトのトップページに貼り付けることを目標にしています。

(3)情報リテラシー
 1年生自由選択科目で実施している「情報リテラシー」は,文書処理ソフトウェア,表計算ソフトウェアをはじめとして,コンピュータ操作の基礎から学習する科目であり,主に中学校まででそれほどコンピュータに触れてこなかった生徒やコンピュータに対して苦手意識を持っている人を対象に開講しています。

(4)マルチメディア
 2年生,3年生の自由選択科目で実施している「マルチメディア」は,2年生,3年生同時に学年をまたいで授業を行なっています。この授業では,主にMacromediaFlashを用いてアニメーションの制作,インタラクティブコンテンツの制作を行なっています。この授業は比較的自由に柔軟に授業を行なっており,生徒によっては一つの大きなテーマを持ち,与えた課題の作品ではなく,自分の作品の制作にこの授業時間を使って取り組むことも認めています。自分でテーマを決めて作品の制作を行なっている生徒の中には,シューティングゲームの作品や,音楽と合わせたアニメーションムービー作品を何ヶ月もかけて作成している生徒もいます。

(5)全体を通して
 以上で紹介した科目の全体を通して,「人に伝達するため」という目的をしっかりおさえ,相互評価や合評会などを行なうことで,「どのように人に伝わるのか」ということに気をつける姿勢を身につけさせたいと考えています。すなわちこれが,コミュニケーション能力の育成であると考えています。
3.コミュニケーションの視点
 本稿では,上に書いた科目の中で,選択A群「ディジタルコミュニケーション」の授業実践の中で,ベクタ画像を中心としたコンピュータデザインの授業実践を取り上げ,そこから教科「情報」で生徒に身につけさせたいコミュニケーション能力とは何かということについて考えてみたいと思います。

(1)デザインとアートの違いとは
 最初の一時間を使って,コンピュータデザインの概要を一通り説明しました。この概要の中で,デザインとアートの違いは一体何なのかということを強調しました。
 ここでは,アートは自分の思想を人に伝えるということが主体であり,それを自分なりの表現の仕方で伝えていくこと,デザインはそれを使う人,見る人が迷わず情報にたどり着くことができるようにすることとし,チラシやペットボトル,携帯電話など,身近にあるデザインを紹介しながら説明しました。

(2)ベクタ画像入門
 二次元の画像を扱うソフトウェア自体は,生徒たちも中学校まででほとんどの人が使ったことがあるといいます。しかしそれは,お絵描きソフトとしての利用が主体であり,手描きで絵を描く手段として利用されている場合が多く,そのような利用法であればほとんどの生徒が直感的に操作をして何らかの作品を制作することができます。
 しかし,どうしてもマウスを利用して手描きで描いた画像は稚拙になってしまったり,雑になってしまったりしてしまいます。そこで,この授業では,自分でイラストを描くような場合には,手描き(ラスタ画像)禁止として,ベクタ画像の使い方の習得にいくつかの時間を割いて行ないました。
・パスの概念
・パスの結合
・ベジェ曲線

(3)数理的造形の世界
 単純な図形でも,移動,回転,反転,拡大・縮小,歪曲,分割などの操作を施すことによって,様々な印象をもたらすことができます。実際に作品を制作しながら,それぞれの操作によって受ける印象や意味を考えさせました。

(4)ピクトグラムの制作
 ベクタ画像を扱うツールの一通りの使い方を終えた後,それらを活用した作品制作として,ピクトグラムの制作を行ないました。ピクトグラムは,指示や意味,対象などを簡潔に表すための絵記号のことで,それが使われている場所によって受ける印象が大きく意味が異なってしまう場合があります。そのことを最初に実例を示しながら確認したうえで,実際に作品の制作に取り掛かりました。
 作品の制作を行なう際,必ずベクタ画像のみ(手描きによるラスタツール禁止)で作成することと,ひとまとまりの箇所は必ずパスの結合を行なって形をつくることを条件としました。生徒たちはこの条件を満たすことができ,ベクタ画像の概念は身についているように思いました。
 作品をいくつか制作させた後,サーバ上の共有フォルダに作品をコピーさせ,お互いに相互評価できるようにしました。ここがポイントなのですが,単に相互評価するというだけでは,作品がきれいに仕上げられているかといったことや,凝ったつくりをしているかといったことに目が向きがちになってしまいます。ピクトグラムの本質は,どのような場所で使い,見た人に何を伝えるのかということです。したがって,共有フォルダ上の作品を見て相互評価しあう際には,作品の出来栄えを評価するのではなく,それが何を意味したピクトグラムなのかを予想させることにしました。
 一通り全員の作品を見て,相互評価シートに予想を書くことができたら,全員にログオフをさせ,スクリーンを使って一人ひとりの作品について吟味していきました。一人ひとりの作品をスクリーンに映し出した後,作者にどのような場所で使うことを想定したのか,見た人に何を伝えようとしたのかということを発表してもらい,相互評価シートの予想と正解が一致したかどうかを全員に確かめさせ,評価をつけさせました。
 発表させる中で,中にはあまり考えずに作品を作ってしまい,苦し紛れに答える生徒や,意味を聞いてようやく納得はできたものの,一目で利用者に意味を把握させるには画像に含まれたメッセージ性の弱い生徒も多くいました。
 授業後に書いてもらった授業の感想文には,「それを見る人のことを考えて作らなければならないということを痛感した」「途中から本来の目的を忘れ,“アート”っぽくなりそうなこともあった」という感想があり,ここに教科「情報」が担うコミュニケーション能力の本質が隠されているような気がしました。


▲生徒作品の例
4.情報とは何か
 「情報」と聞くと何を思い浮かべるかということを問いかけると,コンピュータやインターネットというキーワードがたくさん出てきました。「情報」=「コンピュータ,インターネット」という印象を持っている生徒も少なくないと思います。
 しかし,そもそも「情報」とは何かということを考えたときに,「情」という字と「報」という字を分解し,それぞれの意味を考えるならば,「物事や人の考えを報せること」という意味があることがわかるのではないでしょうか。「報せる」ということは,そこには情報の送り手とともに,受け手が存在することがわかります。したがって,この両者の間にコミュニケーションが存在していることが導き出されます。
 つまり,「情報」という言葉そのものにコミュニケーションの意味が含まれていると考えます。教科「情報」の実践の中では,常にコミュニケーションの視点を忘れてはならないのではないでしょうか。
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