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ICT・EducationNo.3 > p1〜p4

論説
情報科の教員養成の現状と課題
富山県総合教育センター教育情報部研究主事 藤井 修二
fujii@tym.ed.jp
1.教科「情報」担当教員養成の動き

 文部省においては、高等学校(盲・聾・養護学校の高等部を含む。以下同じ。)における普通教科「情報」及び専門教科「情報」の平成15年度からの実施へ向け,教員免許状を授与する教科として「情報」「情報実習」を追加することを検討している。これは,情報科免許状を取得した大学での新卒者が早くても15年度以降になることから,12年度以降3年間で全国9000人程度の現職の教員を対象とした講習を都道府県単位で行うことを予定している。講習会は,次の内容が予定されている。

  講習会の参加者は,「教科『情報』と関連ある基礎となる免許状(基礎となる免許状の範囲は検討中)を所持する現職教員等であって,平成15年度以降,教科『情報』を担当することが予想される者」となっており,単に資格が取りたいなどで受講することはできないと思われる。

  情報科教員は,15年度に,すべての高校で必修となる普通教科「情報科」と今後新設されるかもしれない専門学科「情報学科」を担当することになる。

・教科教育法
・職業指導概論
・情報化と社会
・コンピュータ概論
・情報活用の基礎
・情報発信の基礎
・アルゴリズムの基礎
・情報システムの概要
・情報検索とデータベースの概要
・モデル化とシミュレーション 
・ネットワークの基礎
・コンピュータデザインの基礎
・図形と画像処理
・マルチメディアの基礎
・総合実習
(内容は変更があることも考えられる)

▲教科「情報」現職教員など講習の概略(案)

2.情報教育
(1)教科の枠組み

  高校普通教科「情報」の新設は,「情報教育」を各教科の中から独立させたものなのであろうか。1989年に告示された学習指導要領では「情報教育」を教科横断的に実施することを基本とした。今回の学習指導要領では従来の各教科での取り組みを体系化し,独立教科を新設することで情報教育としても見通しをよくしている。つまり,教科「情報」を核として他教科の情報関連部分と連携がとれるように工夫されたのである。

これからの学校教育には,知識・技術習得を中心とする能力から,課題解決を中心とする実践力つまり課題解決能力を身につけることが求められている。この課題解決能力の一つとして情報活用能力がある。そこで,情報活用能力育成を目的とする教科「情報」が設置されたのである。

(2)情報活用能力とは何か

  情報活用能力とは,「情報活用の実践力」,「情報の科学的理解」,「情報社会に参画する態度」の3つから成り立っている。

  「情報活用の実践力」とは,インターネット,CD-ROM,図書館の本,テレビなど身の回りにある情報メディアからの情報を基に,コンピュータなどの情報手段を使ってレポートを書いたり,発表したり,意見交換によって新たな知見をまとめたりする能力である。

  「情報の科学的理解」とは,情報化社会や情報の背後にある内容的理解のことである。電子メールが届くしくみや,コンビニエンスストアの商品・情報管理システム(POS)のことなど情報通信技術のあらましを身近な例をもとに理解することである。

  「情報化社会に参画する態度」とは,21世紀のネットワーク化された社会の中で他人と協調したり自己を防御したりするなど正しく処する態度のことである。特に,情報の光と影の部分を知識として覚えるのではなく,体験を通して身につける必要がある。

(3)情報教育の方法

  情報活用能力を育成する情報教育は,コンピュータの操作方法を学ぶ実習ではない。情報のシステムは変化するものであるからその技術をすべての生徒に学ばさせることはそれほど必要ではない。学ぶべき知識は,正確な表現手法,著作権など知的所有権の意味と保護意識,そして意見交換に必要な社会的態度であり,身につけるべき技能は,自分を守るセキュリティと他人をいたわる行動である。さらに,必要な知識や技術・技能が変化し続けるということを経験で知り,20年後,50年後でも時代に対応し続けられる力が必要なのである。教科「情報」では,従来の情報処理としてのプログラミングや電子回路を学ぶことはない。自動車を運転するときエンジン構造をあまり知らなくてもいいのと同じである。

  情報活用能力の3要素(「情報活用の実践力」,「情報の科学的理解」,「情報化社会に参画する態度」)は,個別に知識として教えられるのではなく,課題研究やプロジェクト学習を通し,ストーリー性のある授業の中で学ぶことが大切なのである。
3.情報を担当する教員の資質
(1)教育のプロとして

  学校教育の発展は,それを担う教員の指導力にかかっているところから,免許主義の徹底と教職課程履修による専門性の確立,現職研修の充実を目指してきた。養成では使命感と実践的指導力をもった優れた教員の要請を目指し,免許基準も次第に引き上げられている。初任者研修制度の導入,現職研修の体系化なども図られている。これらは,いずれも教職の専門性を高めるための方策である。

  今回の講習による免許状を取得した教員は,基礎となる免許状を持つ教科が多様になるなど教科としてはきわめて異例である。しかも,教科の目的が情報活用能力を有し情報化社会に参画できる態度を育成するなど,従来にはない目的がある。また,校内には,教科に関する,先輩がいない,相談し合う同僚もいないなど障害も多い。ネットワークを使った研修や教育のプロとしての資質が要求される。

(2)中学校との関連

  中学から高校に入学した時点においては,生徒の情報や情報手段に対する意識や態度が極めて個人的で偏った体験に基づいて形成されており,情報や情報手段に対する的確な理解とその活用の在り方にはきわめて大きな多様性が見出されるであろう。これは,中学校における情報教育が,全教科にわたって計画的になされたか,技術家庭科だけがコンピュータの操作技術をした程度かによったり,家庭での情報環境によったりするからである。適切な実践体験を積ませ,体系的な情報教育を展開しなくてはならない。

(3)情報を担当する教員の資質

  情報活用能力を伸ばすためには,学習を一斉に制御する授業形態ではなく,常に適度な課題を設定し,生徒に多様なアプローチを模索させるなどの学習をさせるのが効果的である。多様な生徒の成長の芽を摘むことなく,意欲を持たせることができるのは教育のプロの資質を持った教員でなければできない。

  企業のSE(システムエンジニア)は,ネットワーク技術に長けているが,教育ができないと同じように,コンピュータ技術をよく知っているが生徒との面接が苦手という教員を時折見かけるが,これは教育のプロとは言えない。教科「情報」は,目先の技術を学ぶ教科ではなく,生涯学習的視点に立った情報教育をする教科である。これまでの情報関連教科はどちらかというと「コンピュータ教育」であった。しかし,インターネットなどの発達は,コンピュータ技術や制御・通信技術を学ぶことより通信技術で得られる様々な形態の情報をいかに活用するかを学ぶ必要性を生み出したのである。コンピュータ技術や制御・通信技術の教育は,情報教育と切り離し,情報処理教育や情報技術教育として発展しなければならない。

(4)学習評価

  教科「情報」の学習評価をどのように行ったらよいのだろうか。知識量でのみ評価することはできない。情報活用能力や情報社会に参画する態度を評価し,学ぶ生徒の意欲を高める評価が求められる。

  情報化社会に否応なしに飛び込んでいく子供たちに「情報嫌い」や「情報アレルギー」を学校段階で植えつけることは許されない。

  教育のプロとして教育心理や,評価法についてより深い知見と研究を基にした実践が要求される。
4.予想される問題
(1)教員の意識

  現在,情報科免許を誰も有していない以上,誰が担当し,何をどのような形でその授業を設計すればよいかを念頭に置いている教員・学校は皆無に近い。学校教育関係者の意識の中で「情報」とは,教育データやコンピュータ等の操作技術を意味し,「情報」に詳しい人とは,コンピュータの「操作技術」に詳しい人を意味している場合がある。ましてや,情報教育と聞いて通信・機器制御技術や情報処理技術を学ぶ「コンピュータ教育」のことと誤解されてはいないだろうか。普通教科「情報」はもちろん「制御」や「処理」を系統的に学ぶものではない。さらに,専門学科「情報」は,工業科や商業科の亜流でもなく,一部を切り離すのでもない。従来の工業科,商業科とは目的も内容も違う全く別の学科なのである。

現実として,教師は日々「多忙感」の中にいる。担当教科目以外の教材を研修する「ゆとり」を見出すことは困難である。さらに,「情報」に関する考え方は,日々の業務を軽減する目的が一義的にあり,OA化の意識が強い状態にある。

高校教員は,教科専門性の中で授業を実践してきているので,専門外の教科教育を考えたこと自体が少ないと推測される。だから,新教科を考えるとき,現在の担当教科の目で考えるのはしかたがないが,21世紀に生きる子どもたちにとって,「情報科」が必要となった社会情勢を認識し,その重要性を理解しなければならない。

(2)学年制の中で

  具体的に考えるため,全国の多くの割合を占める普通科主体で,1学年6クラスからなる高校を想定する。

  情報A,B,Cは標準で各2単位であるから,増加単位を設けない場合,情報科の担当はその学校で12時間となる。学校毎に違うが,この時間は,高校教員の一人あたりの持ち時間14〜18時間より少なくなる。このため,情報科教員は本来の教科とかけもちすることにならざるを得ない。

  “化学実験の次は情報の実習室へ移動”ということはあり得る。また,9000人の算出方法はわからないが,この人数でこのモデル規模校では,免許取得者は学校に2名はいない。だから,情報科の授業は,他の授業のように一人で担当するしかなく,ティームティーチングによる二人制はとりにくい。担当者は,情報科主任として他の教科主任と同じような仕事も待っている。さらに,多くの学校では,学年制をとっており,情報科が他教科の情報活用授業の基礎となることから1年生配当教科となるだろう。担当者の学年所属は1年に固定されるか,1年12時間と持ち上がり学年の他教科数時間という状況になることと予想される。

  大学の新しい課程の中で養成・採用されてくる教員と認定講習を受けた教員が入れ替わるまでの何年間は,今述べたような状況が生まれると思われる。

(3)誰が担当するか

  情報科教員は,どの教科の誰が担当するのであろうか。講習会の参加資格が,先述した,平成15年度以降,教科『情報』を担当することが予想される者」となっており,かなり限定されてくる。当然,情報科教員として新たな教育を担当する負担は大きいものがあると推測されるが,その教員を出す側の教科目にとっても,情報分野に関心をもつ教員の一時的喪失という形で表れる怖れもある。

  高校教員は,教科目毎に教育研究組織をつくり,教育内容の研究や教員の研修支援を行っている。教科「情報」の新設には新たな教育研究組織の新設が必要であるが,情報科教員が,旧在籍研究組織から離脱するということや学校に一人程度しかいない情報科教員が日々新たな変化に対応する自己研修を支援する手だてが必要と思われる。
5.おわりに
 全国的にすべての校種について,情報教育に対する研修内容は,依然操作技能研修が主体である。

  しかし,生徒に技術・知識体系を教えるのではなく,体験を通した学習をさせる指導法は,技術や知識を習得させる教育に慣れてきた教員に対して,生徒が自ら,知識や情報を求め,課題を解決し,自己の言葉で表現させる授業を設計させることであり,情報教育研修への意識を変えなくてはならない。

  家を建てる目的のとき,“のこぎり”や“かんな”の使い方を学んでいてもしかたがない。家の構造を決め,強度設計や必要な建材の調達方法,役所への届け出書類の準備方法や建築資金の捻出方法などが必要なのである。

  情報教育は,一部の校種,一部の学科のための教育ではなく,すべての児童生徒を対象に展開される教育である。そこで「学校段階及び学年段階別に系統的に体系化」され,「情報活用能力の育成」が図られようとしている。教科「情報」は,情報教育の核となる教科として,各教科の目標・内容との関連性を持ちつつ,重要な役割を果たさなければならない。
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