ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.3

巻頭言
 
関西大学総合情報学部教授 江澤 義典

 最近20年くらいの間に家庭に新しく入った電気製品のほとんどは情報機器である。パソコン・ワープロ・ファクシミリ・モデム・携帯電話・衛星放送チューナなどなど。これらの新しい情報環境を前にして,その可能性について一考してみることは有用であろう。

  コンピュータが電気で働く電子装置である事は誰でも知っているが,電気を使う色々な装置や器具の特徴を確認してみよう。電灯(蛍光燈)や電気スタンド・街路灯は電気を光に換えて利用する。電気ストーブやエアコン・冷蔵庫・電気ポット・炊飯器などは電気を熱に交換する。機械的なエネルギーに変換する装置としてはエレベータ・エスカレータ・自動ドア・アナログ時計などがある。マイクは話し声の音波を電気信号に変換しスピーカで増幅する。電池の充電器では電気エネルギーが化学的エネルギーに変換され蓄積される。すなわち,従来の電気製品は電気エネルギーを他の様々なエネルギーに変換して利用しているのである。

  一方,ラジオ・テレビ・テープレコーダ・ビデオデッキ・電話機・インターホン・コピー機・プリンタ・プロジェクタ・ディジタルカメラ・コンピュータなどが情報機器とよばれる。これらの機器では電気エネルギーを使って信号処理を行い「情報」の伝達や加工,さらには「知識」にもなり得る「データ」を複写したり,整形したり,いわゆる知的な生産活動を支援する働きがある。情報機器はデータ処理機器でもある。データの処理が機械的精度で可能になり,人間の手作業および頭脳による限界を超えたのである。

  むかし,ヒトの頭脳で処理するとき,記憶は不正確であり忘却の危険が高かった。そして,記録手段として文字を発明した民族の文化は飛躍的に発展した。しかし,石や竹・粘土板に記録する方法が紙とペンに改善されても,本質的な意味では人間の手作業を経る過程が必須であったために,人間の特性である不正確さ不徹底さの対策が常に課題になっていた。したがって,印刷術の発明は文字記録の正確さを機械的な精度にまで向上させたという意味で画期的であった。また,カメラの発明は映像の記録を実現したし,録音機の発明により音声信号が機械精度で復元可能になり,テレビの発明で動画映像信号に対する機械的精度での処理が可能になった。

  さらに,電子機器として実現された情報機器はアナログ方式からディジタル方式に発展した結果,我々人類の長年の懸案であった,人間に起因する不正確さや判断遅延からの解放がさらに推進できたのである。すなわち,電子スイッチングの速さで電子制御の正確さが得られたのである。その結果,人間の知的な活動の補助をし,知的能力を拡大してくれる「知的増幅装置(IA技術)」を利用できる時代になったのである。眼鏡が人間の視力の弱い部分を補強してくれるように,人間の知的活動の弱い部分を助け強化してくれるものとして,コンピュータを利用するのである。

  ところが,このような素晴らしい情報環境を手にした我々の社会に更なる課題が発生している。それは,情報倫理の構築である。従来の社会倫理規範は電子制御の正確さや電子スイッチングの速さを想定していなかったのである。来る21世紀の社会にはディジタル情報機器を前提にした新しい情報倫理の構築が必要とされている。高校の普通科に「情報」が必修科目として導入されるのを契機として,若い感性で,新しい社会倫理が構築されることを期待したい。

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