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ICT・EducationNo.15 > p1〜p5

論説
教科「情報」に必要なもの
−教育現場は,いま−
東京都立大学大学院工学研究科 生田 茂
ikuta@comp.metro-u.ac.jp

 著者は,縁あって昨年の4月から附属高校に通っています。そこでは,つい先頃まで,新しい教育課程の編成(授業時間の編成,各教科の時間数,「総合的な学習の時間」や「情報」の設置学年など)に四苦八苦しました。

 本稿では,来年度に実施の迫った新教科「情報」の課題を整理するとともに,それらの課題を解決する上で考慮すべき事柄について,現場の視点を大切にしながら提言を行いたいと思います。

1.いま,こどもたちは

 子供たちの「学びからの逃走」が指摘され,学力低下・学力偏重が大きな問題となっています。子供たちは,学校外での勉強時間が減った分だけ,自分の部屋に閉じこもりテレビやゲームに夢中になっているといわれ,仮想空間に閉じこもり,他人との関わり合いや自分作りを放棄していると指摘されています。

 文部科学省の「ゆとり教育や生きる力を育む教育」の推進によっても,子供たちの「学びからの逃走」は一向に改善の兆しはなく,多くの子供たちが自分作りを放棄し,学校という枠組みから「降りる」ことで自己の存在を「主張」していると言われています。
こうした指摘の中で,基礎・基本を重視した取り組みを行ったり,習熟度別の授業を設けたり,少人数クラスを設置したり,学校完全週5日制で休みになった土曜日に補習授業を行ったりする等,子供たちを学びに引き戻すためのさまざまな試みが行われています。
多くの中学校では,拡大した選択科目の時間数を基礎・基本の学習や発展学習に当てることにより,私学との授業時間数の差を埋める努力を行っています。

 こうした子供たちを巡る現実があるからこそ,新教科「情報」においては,子供たちにパソコンやインターネットの使い方を教えるだけでなく,子供たちが社会的・文化的な実践に参加しながら,社会を学び,文化や芸術・伝統を学び,他人と関わりあいながら自分自身をみつめていけるような協同の学びあいの活動を重視することが大切です。既存の教科の学習を深める中から,情報の収集・加工が簡単にできる便利さとともに,得られた情報の真偽や価値を判断できる「確かな眼」を育む努力を行うことが大切です。
誰でもが自分の思いを世界に向けて発信できる時代であることの意義を教えるとともに,価値ある情報を発信するために自分を磨く努力の大切さを教えることが重要です。自分の知らない所で相手を傷つけてしまったり,相手の著作権を犯したりすることのないように,情報を扱う上でのモラルや倫理,著作権の保護について教えることが大切です。知らない間に事件に巻き込まれたり,自分が犯人となったりすることがないように,「情報社会」の「光と影」を具体的な事例をもとに明らかにしながら,インターネットのもつ匿名性などについて,メディア・リテラシーの立場からきちんと教えることが重要です。

 個人情報が漏れているのでは?インターネットの利用行動が他人に知れ渡っているのでは?間違った情報に振り回されているのでは?と心配しながらインターネットを利用する時代です。情報リテラシーを学ぶことなく,子供たちが携帯電話を使ってメールやインターネットを利用する時代でもあります。こうした社会的な背景をしっかりと見据えた授業内容とすることが大切です。

2.新教科「情報」を学校全体の取り組みに
 この間,多くの高校で,新教科「情報」の担当教員作りが学校全体の問題とならずに,手を挙げた教員個々人の問題に矮小化されてしまっていることに大きな危惧を感じています。「勝手に自分で手を挙げたのだから」という理由で,問題が起こってもその人任せになってしまったり,校内の情報システムの管理の仕事をその人に押し付けたりすることを心配しています。新教科「情報」の専任教員数は,1〜2名と少なく,(特に,1名しか配置されないなら),その人の居場所も含めて学校の中できちんと考えておくことが大切です。

 著者らが,大学で情報基礎教育を立ち上げた頃(今から18年ほど前)に,全学の協力が得られずに大変な苦労をしましたが,同じことが,いま,高校の現場で起きているように思います。現場の先生方と協働して取り組む管理職の姿勢が,いま,何よりも大切になっています。
この間の現職教員の「情報」教員免許講習会の受講資格を,数学や理科や家庭科などに限定するのではなく,学校の中で,「あの先生にお願いしよう」といって決めるのが理想的であったと,いまでも,思っています。

 いま,何よりも大切なことは,新教科「情報」の新設の目的や意義を共有し,新教科「情報」作りを学校全体の取り組みとすることです。
3.新教科「情報」の課題
(1)教育課程の作成にあたって

 学校完全週5日制が始まり,授業時間数が減っている中での「総合的な学習の時間」と「情報」の新設のため,教育課程表を組む上でさまざまな問題が生じています。他府県ではあまり見られないのかも知れませんが,東京都では新教科「情報」を1年生に置くのではなく,上級学年に置いている高校があることが報告されました。(どの学年に置かれているかで,その学校の「レベル」が分かるとまでいわれています。)

 東京都では,この間,進学重点4校の指定,中高一貫校10校の発表があり,基礎・基本を重視した学校作りが推奨されています。1年生,2年生の時には,できるだけ選択教科を置かずに,5教科7科目入試にも対応できるような教育課程を組むための努力を行っています。授業時間数の減少や「総合的な学習の時間」や「情報」の新設の中で,このような「進学対応」の教育課程を編成するには,芸術,家庭科,体育等の科目を減らさざるを得ないのが実情です。基礎・基本を重視した進学対応のカリキュラム編成を徹底すると,「情報」は2年生や3年生になってしまった,というのが実情のようです。(上級学年において,模様見をしている高校もあるかも知れませんが。)

 本校においても,「情報」科目で学んだ成果を各教科の学習に活かすために,1年生に置く努力を行いましたが適いませんでした。結果的には,芸術と家庭科の必修科目を従来から1単位づつ減らすことでようやく2年生に押し込めることができました。生徒の豊かな感性を育み,全人的な発達を促すために,「情報」の新設のためとはいえ,芸術や家庭科の科目を削ることには,当然ながら,多くの反対の意見が出ました。(本校では,来年度から45分7時間,週34コマの時間割りを予定しています。授業時間数を確保する努力を行っても,1年生に置くことはできませんでした。)
「情報」を新設するために既存の教科を削らざるを得ないという,このような事態を通して,学校週5日制や「情報」の新設そのものの「意義」を再考してみるいい機会でもあります。

(2)教員養成の長期的な展望を

 この3年間に渡って,数学,理科,家庭科などの現職教員に,新教科「情報」の教員免許を与えるための講習会が実施されました。「現在の教科を教えながら新教科「情報」を教えることができる」としてスタートしたところは,予想以上の応募があり,目標数を軽く達成したと言われています。一方,東京都のように,「情報の免許を取得した者は,情報の専任の教員になる」として募集を始めたところでは,先生方の手が挙がらず,目標数の確保に四苦八苦しました。(東京都でも,今年度になり,現在の教科を教えながら「情報」を教えることができるようになりましたが,目標数には達していないと聞いています。)先生方が,教員になる時に選んだ教科にこだわり続けるのは自然であり,むしろ,自分で選んだ教科を捨てて,情報の教員に鞍替えすることに一抹の不安を覚えるのは著者だけではないと思います。

 先頃,ある県の友人から次のようなメールをもらいました。「情報」の教科課程を一生懸命履修している学生が,「現職教員の免許取得が予想以上に進んで,自分たちが「情報」の免許を取っても採用枠がほとんどない」という噂が聞きつけたという。東京都でもそういう噂はありますか?というメールでした。何時の時点で,他の教科のように「ほとんど採用枠がない」事態になってしまうのでしょうか。各都道府県の教育委員会は,今後の新教科「情報」の採用計画について,現在の時点での教員養成の状況を踏まえて,明らかにすべきです。

(3)小・中学校との兼ね合い

 中学校の「情報とコンピュータ」を行う上で,子供たちが,何を,どこまで,どんなふうに学んできたかを調べるのは,小学校には学区域(通学域)が存在するため,そんなに難しいことではないと思われます。学区域(地域)の情報基盤の整備状況や子供たちの家庭における情報環境等の把握も比較的簡単に行うことができるでしょう。(最近,学区域の自由化が行われ,一つの中学校に通ってくる子供たちの学校数が増えつつあるので楽観を許しませんが。)しかしながら,東京都の高校のように学区域が全廃されるところでは,学校の抱える「地域」は東京全域へと拡がり,中学校の「情報とコンピュータ」領域の選択部分も含めて,子供たちの履修状況の把握には大変な困難が予想されます。

 生徒の自宅の情報環境の格差も大きくなるものと予想され,教科「情報」を実施する上で,生徒の履修状況や自宅の情報環境の把握は,決定的に重要になります。個々の担当教員の努力だけに任せるのではなく,組織的に明らかにする仕組み作りが必要です。

(4)情報の科目について

 これまで,各高校で実施する科目は「情報A」が多いといわれてきましたが,実際には,「情報C」や「情報B」にした高校が増えていると言われています。「情報A」の内容は,もはや高校の教科「情報」の教えるべき内容とはならないのではと考える教員が増えています。

 学校の「パソコン教室」よりも優れた情報環境が自宅に存在し,学校で教える以上のことを「知っている」生徒が教室の最前列を陣取るということも予想されます。社会の階層化によって,自宅における「情報環境」の格差が拡がっています。また,コンピュータの使い方を体得しているからといって,メディアを批判的に読み解き,自分にとって価値ある情報を峻別する力を身につけているとは限らないことも事態を複雑にしています。近年の携帯電話の爆発的な普及は,インターネットを使うのに「パソコンはもはや必需品とはならない」こと示してくれました。電車に乗ると,一斉に携帯電話を取り出して,メールをチェックする,そんな光景によく出くわします。メディア・リテラシーについて教育を受けているとは思われない子供たちが,携帯電話を使ってインターネットにアクセスする。まさに,携帯電話に絡んだ「情報の倫理,モラル,著作権」の学習が急務となっています。

 学ぶべき内容は,学年進行に伴って繰り返して登場する,まさに,学びはスパイラル式に行われるべきであると指摘されています。小学校や中学校でさまざまな教科を学んだ上で,これまでとは違った切り口で,違った観点で,違った題材を用いて,小学校や中学校で学んだ課題をもう一度学び直すことはとても有意義である場合が多いのです。たとえ,小学校や中学校と同じソフトウェアを利用するとしても,そこで学ぶべき内容にはおのずから違いがあってしかるべきだと考えます。

 自分の考えを相手にきちんと伝えることの大切さとともに,相手から謙虚に学ぶことの大切さを教えることが必要です。そのためにも,いわゆる文系科目と呼ばれる教科の基礎・基本の力が,教科「情報」の学習にとって不可欠であることを再認識する必要があります。大学における「情報」の教職課程を認定している学部・学科が,理系中心となっていることを早急に是正することが決定的に重要であると考えます。

(5)情報教員の配置は純増で

 東京都における,教科「情報」の教員の配置計画では,現在の教員定数内での配置ということになっています。したがって,2名の教員を配置するには,他の教科から2名の教員を減らさなくてはいけません。現在,どの教科を減らして「情報」の先生に割り当てるかが,各学校で大変な議論となっています。

 基礎・基本の学習の充実が謳われているなかで,英・数・国・理・社の5教科から定員を振り替えることは難しく,ましてや,「一人」教科の芸術や音楽や家庭科から振り替えることもできず苦慮しています。「情報」の教員の配置が,既存の教科との軋轢を生じかねず,教師集団の同僚性を危うくする原因となっています。「情報」の教員の配置は,定員増で配置することが大切です。

(6)充実した研修の仕組みを

 情報技術の進歩は著しく,ほんの数年で目の前にある現在の環境とは「全く違う」情報環境が実現することが予想されます。研修で学んだ内容は役に立たなくなり,学校の情報環境もすぐに陳腐化してしまいます。新教科「情報」では,時間的に余裕のある,そして,優れた情報環境を自宅で利用できる生徒に足下をすくわれてしまう危険性が常にあります。学校の情報環境が,生徒の自宅の情報環境と比べて余りにもひどくならないよう,システム更新の頻度を短かめに設定すると同時に先生方の思いのこもった実習システムとなるように財政的な支援が大切です。

(7)真の学校の情報化を

 普通教室の情報環境作りが不可欠だとして,すべての教室にネットワークに繋がれた2台のパソコンとプロジェクタを設置する計画が進んでいます。これからは,インターネットやパソコンを,使いたい時に自由に使える,そんな「普通」の環境が,どの教室にも必要です。「学校や子供たちのいま」を地域や保護者,同窓生に発信をすることが大切です。子供たちが,自宅から,その日の授業内容を復習したり,明日の予習を行ったり,先生が提供する演習問題に挑戦をする,そんな,学びたい時に学べる「自学自習」のシステムの提供も考えたいものです。

 このようなことを可能とする真の「学校の情報化」が大切です。校内ネットワークが敷設され,先生方の常日頃の校務が情報化(効率化)されるだけでなく,先生方が進んで,授業や自学自習のコンテンツ作りに励める環境(システムや自由な時間)が必要です。先生の作った教材コンテンツを,いつでも,どこからでも,生徒が自由に,好きなだけ触れるような環境を(自宅だけでなく)学校の中にも作りたいものです。

 教科「情報」を担当する教員が,こうした教材作りの中心となって活躍することが大切です。そのためには,学校の情報システムの保守・管理や先生方の教材コンテンツ作りを手伝う,地域に根ざした組織を構築したいものです。

(8)「先生方がいつも元気な学校」が大前提

 この間の「学校改革」で,管理職と現場の先生方との間の溝が深まっているように思えてなりません。先生方が同僚性を発揮して切磋琢磨する学校,先生方の「ふつふつと沸き上るような」学校改革の取り組みが何より大切です。そうした取り組みを理解し,励まし,一緒になって取り組む,校長,教頭の姿勢がいま求められています。

 最後に,東京都の公立高等学校の校長の集まりである校長協会の教育課程委員会でまとめた『新教科「情報」の課題』の要約を挙げておきます。参考にしていただけたら幸いです。

Ⅰ 行政にお願いすること

1 実習環境の整備 1.情報以外の教科でも使えるように,必要ならパソコン教室は2教室に。
2.パソコン教室の機器の更新にあたっては、設置校のアイディアをふんだんに。
3.システムの更新を短かめに。
4.パソコン教室の近くにプレゼンテーションのできる設備を備えた教室を。
5.快適なネットワーク環境の構築を。
6.職員室を含めた校内のネットワークを完成させること。(校内全体で情報リテラシーの向上を!)
2 担当教員の養成 1.パソコンに明るい教員が情報の教員に相応しいとは限らない。
2.TTができるように1校2名以上の教員の配置を。
3.既存の教科を教えながら情報を担当できる仕組みを。
4.希望すれば,数年後にもとの教科に戻れる仕組みを。
5.普通教科「情報」と専門教科「情報」の免許を分けること。
6.異動にあたっては,本人の意向,校長の意向を尊重すること。
7.担当の先生向けに,研修の充実を。また,情報科教育法などの大学の講義を受講できるように。
8.「さすが高校の情報教育」と言われるような授業内容の実践例のデータベース化,共有化を。
3 システムの維持・管理 1.システムのメンテナンスの体制の確立を。(教科「情報」の担当教員がやらなくてもすむように)

Ⅱ 高校で努力すること

1.教科「情報」の目的やねらいを豊かにしよう。(使い方を教える授業ではない)
2.カリキュラムを組んでみよう。
3.担当教員について ・校内で議論し,お願いする教員を探そう。
・お願いした以上,みんなで協力する体制をとろう。
・それぞれの高校で試行を行ってみよう。
4.さまざな研修に参加できるように,校内の協力体制を ・大学で始まった「情報科教育法」を受講できる仕組みを考えよう。
5.科目数:情報ABCの三つの科目の設置に努力しよう。担当教員数の兼ね合いなどで無理な時は,提供する科目を学校全体で議論して決めよう。
6.予想されるトラブルへの対応を話し合っておこう。
7.校内ネットワークの整備を行おう。
8. 実習補助員を校内へ入れるための環境作りを行おう。

Ⅲ 教育課程委員会の仕事

1.教科「情報」のスムーズな立ち上げのために,教員と一緒になって,シラバスや授業内容の検討,実践例のデータベース化とその共有化を進めよう。
2.教員免許「情報」を取得した教員を,学校全体でサポートできるような仕組みを考え出そう。
3.上記に掲げた項目の実現を,校長協会として,文部科学省や東京都に働きかけていこう。
<著者プロフィール>
生田 茂 1949年 山形県生まれ
東京都立大学大学院工学研究科情報教育工学専攻 東京都立大学附属高等学校長 兼任
この間,インターネットを活用して「多摩・未来」や「多摩・まなび」「三宅島と多摩をむすぶ会」などを主宰し,地域コミュニティの再生に取り組む。都立大学附属高校は,平成18年度に東京都で最初の中等教育学校として改編される。
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