ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.14 > p6〜p9

教育実践例
身近になったマルチメディア教材
−マイクロソフト「プロデューサー」を活用した授業−
兵庫県立明石高等学校 松本 吉生
ymatsumoto@hyogo-c.ed.jp

http://www.hyogo-c.ed.jp/~akashi-hs/
1.「プロデューサー」とは

 「プロデューサー」はマイクロソフト社が「パワーポイント2002」の拡張機能として昨年の12月に発表したソフトウエアで,スライドとビデオを組み合わせてオンラインでプレゼンテーションを配信する機能を実現するものである。

 これまででもパワーポイントのスライドは保存の際に「Webページ」の形式で保存することができた。そして生成したファイルをWebサーバに置けば,インターネットエクスプローラーをブラウザとしてオンラインで見ることができたが,これはあくまでも「スライドを提供する」ことに留まるものであった。

 「パワーポイント2000」では「オンラインブロードキャスト」という機能が新しく加えられた。これは発表者がコンピュータでパワーポイントのスライドを操作しながらマイクやカメラに向かって説明を加えると,ネットワーク上の別のコンピュータでリアルタイムに発表を受けられるという機能である。プレゼンテーションを記録し,後から再生することもできる。

 「オンラインブロードキャスト」では一旦行ったプレゼンテーションを後で編集することはできなかったが,「プロデューサー」はリアルタイムにではなく,編集されたコンテンツとして完成度の高いプレゼンテーションを作成することができる。このことが教育コンテンツ作りに有効であると考え,授業の中で活用することにした。

2.何ができるか
 プロデューサーで扱うことのできる素材は次の5つである。

 (1)スライド
 (2)音声
 (3)動画
 (4)写真
 (5)HTML

 表示される画面の構成は「テンプレート」で選ぶことができるが,標準的な画面構成は次のようなものである。

 この構成ではボタンによって再生をコントロールすることができ,ビデオまたは静止画による説明がスライドとリンクして切り替わる。説明に必要なWebページなどもHTMLで画面に表示することができる。インターネットに接続されたコンピュータで再生するなら,ハイパーリンクも可能である。

 ここで教育利用として有効と思われるのは,これらマルチメディアで構成された一連のコンテンツが,目次によって選択された部分を何度も繰り返し視聴できるところである。ビデオのような視聴覚教材では「今の説明をもう一度見たい」というような操作が,不可能ではないが簡単ではない。しかしプロデューサーは最初からインタラクティブな使い方を想定したコンテンツ作成のアプリケーションであり,ほぼ自動的に目次の機能を実現してくれる。

プロデューサーの画面構成
▲プロデューサーの画面構成
3.授業実践の概要
 これらプロデューサーの特徴をふまえて,昨年の12月から1月にかけて,1年生の「化学ⅠA」の単元「衣料の化学」において調べ学習を実施した。

 学習指導要領によれば「化学ⅠA」の目標は「日常生活と関係の深い化学的な事物・現象に関する探究活動を通して,化学的な見方や考え方を養うとともに化学的な事物・現象や化学の応用についての理解を図り,科学技術の進歩と人間生活とのかかわりについて認識させる」というもので,内容の取り扱いとして「履修させる内容の学習活動と関連させて,日常生活と関係の深い化学的な事物・現象についての観察,実験を行わせること」となっている。この学習指導要領に基づいて,これまでにも生徒に身の回りのものを調べさせる学習を行ってきたが,時間がかかる割りには多くの事例に触れることができず,学習の深まりにも欠けるという反省があった。そこでプロデューサーによってコンテンツを作る過程をとおして身近な衣料を調べ,完成した作品を全員で見ることで知識を共有させ,調べ学習の欠点を克服できないかと考えた。

 調べる内容は次の6つの中から各班2つの内容を選ばせた。

 (ア)植物から得られる天然繊維
 (イ)動物から得られる天然繊維
 (ウ)再生繊維と半合成繊維
 (エ)合成繊維
 (オ)繊維の加工
 (カ)衣類の取り扱い

 調べ学習の材料としては,まず教科書と副教材で基本的な事項をまとめ,わからないことは図書館で調べ,インターネットも使ってよい,とした。なお,自分が実際に持っている衣類をコンテンツの中に必ず含めることとした。
4.学習環境
 授業にあたっては兵庫県の推進する「ITスクール事業」に基づく教育用コンピュータを活用した。この事業は,兵庫県内の全ての高等学校の普通教室にコンピュータとプロジェクタを設置するとともに校内LANの配線を行い,既存の全ての教科でコンピュータやネットワークを活用した授業を行うことができるようにするものである。この事業で用意された機器は次のとおりである。

 ・ノートパソコンThinkPad2628(Pentium3-800MHz-64MB/IBM)
 ・ソフトウエアPowerPoint2002(Microsoft)
 ・投影型プロジェクタMT1050(XGA-2100ANSIルーメン/NEC)
 ・80型広視野スクリーンVL-S80E(80型/パンタグラフ自立式/NEC)

 上記の機器に加えて,下記のソフトウエアと周辺機器を使った。(プロデューサーは当初β版で始め,正式リリース後はWebからダウンロードしてインストールした)

 ・ソフトウエアProducerForPowerPoint2002,サウンドレコーダー(Windowsに標準装備)(Microsoft)
 ・デジタルカメラCaplio-PR10(RICHO),C-100(OLYMPUS)
 ・マイク
5.授業計画
 授業時間は全部で10時間(週2単位)とし,次のような計画を立てた。(括弧内は配当時間)

 1.基本事項の学習(2)
 2.班分けとテーマの決定(1)
 3.機器の使い方(1)
 4.ストーリーの決定(1)
 5.素材の作成(3)
 6.コンテンツの編集(1)
 7.作品の発表(1)

 「基本事項の学習」では,教科書に基づき単元の内容について講義を行うこととした。その中から学習を深めたい内容を考えさせ,班分けをした後にテーマを選ばせることとした。

 次に,生徒自身にマルチメディア作品を作ったという体験がないため,最終的にどのようなコンテンツに仕上げることができるのかを,機器の使い方の説明を加えながら見せることとした。ここで見せたのは次の4つのコンテンツであり,事前に教師が作ったものである。

 (1)静止画とスライドを組み合わせ,音声で説明を加えた「学校紹介」。
 (2)スライドにビデオを組み合わせて説明した「溶解度の授業」。
 (3)動画を主とし,スライドと音声で説明を加えた「料理番組」。
 (4)スライドを主とし,動画と音声で説明を加えた「硫黄の化学実験」。

 これらのサンプルコンテンツを見せながら,マルチメディアには静止画では表現できないものを分かりやすく伝えることができる特徴があること,そしてコンテンツは内容が大切であり,伝えたい中身をしっかりと計画すること,を説明した。

 「ストーリーの決定」は,どのような形式で調べたことを説明するかを考えさせることとした。ここでは完成したコンテンツをインターネットで公開することを前提として,現在インターネットにおいては「個人情報保護」の考え方があり,自分たちがそのまま出演せずに,工夫して場面を構成することを考えさせることとした。また限られた授業時間内の活動であるので,1つのコンテンツの長さは5分以内に仕上げることとした。

 以上の枠組みの中で計画を立てさせ,各班から計画書を提出させた後「素材の作成」と「コンテンツの編集」で,調べ学習とムービーや写真を撮影して編集する作業に進む。ここでは各班のリーダーを決め,作業の分担がスムーズに行われることと,次の授業までに何を準備しなければならないか,常に整理しながら計画的に進めることなどを注意した。

 最後に「作品の発表」で,各班の作ったコンテンツを全員で鑑賞し,学習内容を共有することとした。
6.学習活動の実際
(1)基本事項の学習
 基本事項の学習では,教科書に書かれていることを網羅的に説明するのではなく,衣料に関する基本的な概念をおおまかに理解できるようにした。その中でできるだけ身の周りの生活体験をとりあげ,興味関心を持たせる授業を心がけた。

(2)班分けとテーマの決定
 6つのテーマを提示したが,結果的に「再生繊維と半合成繊維」のテーマは選ばれず,これ以外の5つが2班ずつに選ばれることとなった。このことで,どの班も他の班に負けないものを作ろうという競争心が働いたようである。

(3)機器の使い方
 まずプロジェクタでサンプルとして用意したプロデューサーのコンテンツを見せ,ノートパソコンやデジタルカメラなどの機器を示しながら制作過程の概要を説明した。この時点では生徒たちは興味を示しながらも,機器の操作が完全には理解できず,学習の進め方に不安を持っているようであった。

(4)ストーリーの決定
 各班ごとに机を寄せて,どのような内容のコンテンツを仕上げるのか,ストーリーを考えさせた。ストーリーを考える中で,どのような内容を調べなければならないのかが,生徒たちの間で少しずつ整理されていく。話し合われた内容は,場面展開を箇条書きに並べられた「企画書」と,各場面ごとの「絵コンテ」にまとめて提出させた。

(5)素材の作成
 写真または動画を扱うことが前提であるので,生徒たちは自然と自分が普段身につけている衣料を調べて持ちより,そこから学習が出発した。画像を取り込む機器はデジタルカメラだけであり,全ての素材は自分で撮影し,図は工夫して自分で描くことを指示した。
  個人情報の保護については,生徒の顔が画像として出てくると完成した作品をインターネットで公開することが難しくなることを説明し,どうすれば解決できるか生徒に考えさせた。ある班は熊のぬいぐるみを操って説明を語らせ,別の班は指人形を使って表現した。また紙にイラストを描いて紙芝居風にした班もあった。

(6)コンテンツの編集
 動画,写真,スライドなどをあらかじめ作っておき,それらの素材をコンピュータに取り込んだ後,編集しながら声で説明を加えていく,という方法がプロデューサーでは最も簡単である。しかし実際には編集作業に入った後も,素材の作り直しや新しい素材を加えたい場合がある。また生徒たちにとっては始めての試みなので,最初の計画からやり直す,という場面もあり,予想以上に時間をとられることとなった。しかし先延ばしにすると切りがないので,授業時間としては2時間を余分に充て,これ以上は放課後や休日に行うこととした。
  編集段階において,生徒にとってソフトウエアの操作が難しすぎるのではないか,という心配があったが,プロデューサーの使い方については何度か質問はあったものの,使い方に困った生徒はいなかった。むしろ生徒たちが困ったのは,デジタルカメラで撮った素材をコンピュータに取り込む操作と,ファイルのディレクトリ構造の把握である。具体的には,取り込んだ画像や作ったパワーポイントのファイルなどが,コンピュータ内のどのディレクトリにあるかが分からなくなって無くなったと勘違いする,同じ内容のファイルを2つ作って区別がつかなくなる,などである。この点については,教科「情報」でコンピュータリテラシーを身につけさせるか,コンピュータのファイルシステム自体が革命的に新しくなることを期待したい。 完成した生徒たちの作品は,次のようなものである。

何枚ものイラストを描いて表示タグに従った洗濯をドラマ風にした「衣類の取り扱い」
▲何枚ものイラストを描いて表示タグに従った洗濯をドラマ風にした「衣類の取り扱い」

(7)作品の発表
 完成した作品は,各班の代表が「1分スピーチ」を行いながら,教室に持ち込んだプロジェクタとスクリーンを使って全員で鑑賞した。「相互評価シート」を生徒へ配り,発表コンテンツのまとめを各自で記録させた。
  一連の授業の最後に「整理シート」を配布し,アンケートに答える形で自分の学習活動を振り返らせた。この中で,機器の操作に苦労した,と答えた生徒は12名であり,内容について苦労した生徒は31名であった(合計40名,複数回答)。この結果から,機器の操作に苦労する場面があったものの,おおむね生徒たちは学習内容に力を注げたのではないかと考えている。
7.今後の展開
 コンピュータやデジタルカメラなどの情報機器を活用したこれら一連の調べ学習は,実験の操作を除き全て普通教室で行うことが可能である。したがって他の教科でも,調べ学習の中で積極的に情報機器を授業に取り入れることが可能である。とりわけ「総合的な学習の時間」など生徒の主体的な取組みが必要となる授業においては,学習内容を様々に設定してマルチメディアコンテンツを作り上げる活動が,生徒の創造力とコミュニケーション能力を養うことにつながると考える。

 また学校5日制が完全実施となり,効率良い授業をすすめることが求められる今,教師自身が学習コンテンツを作り,生徒の自主学習を支援することも可能である。

 私は上記の両面からマルチメディアコンテンツの教育への活用を考えており,下記のURLにWebを置いている。本授業で生徒に提示したサンプルコンテンツと完成した生徒の作品,そして現在は高等学校で行う主要な化学の生徒実験をまとめたコンテンツを順次作成している。メーリングリストもあり情報交換も行っているので,興味のある先生はぜひ取り組んでいただきたい。

http://www.produceruser.com
前へ   次へ
目次に戻る
上に戻る