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ICT・EducationNo.11 > p6〜p9

教育実践例
親はなくとも子は育つ,のか?
早稲田大学高等学院 橘 孝博
ttachi@mn.waseda.ac.jp
1.はじめに
 今さら言うまでもありませんが,いよいよ来年度から中学校に,再来年度からは高等学校に情報教育が本格的に導入されます。現行の学習指導要領にも,数学や理科に対して情報機器の簡単な扱いや情報処理の初歩的な学習が推奨され,科目横断的に基礎的な情報教育に取り組むことが謳われています。具体的には,コンピュータ等の教育機器を活用して指導の効果を高めることや,課題についての情報検索などに適宜コンピュータを使うこととされています。しかし,既存の科目に任せてもあまりうまく行われていないという反省もあり,新指導要領では情報科が情報教育を担うひとつの独立した教科として存在することになります。
 その情報科の学習内容を考えるときにしばしば指摘されるのが,情報科には親学問がないということです。英語や国語などの既存の教科では,細かい議論を除けば,それぞれの教科に対応する伝統的な親学問があります。これはたとえば,その教科の教員になるときに,大学の教員養成課程で学習する専門科目のほとんどを吸収できるような,ひとつの学問的カテゴリーがある,と言い換えてよいかもしれません。国語国文学科を卒業して国語教員になり,親学問の「国語」を高校で展開するという具合です。
 一方,高等学校情報科で扱う学習内容は自然科学,人文科学,社会科学の各分野にまたがり,それらが相互に融合しています。これは,現在毎夏行われている現職教員に対する情報科免許講習会テキストを見ても分かります。情報科には広範な学習内容が用意されています。情報科の教科内容を,旧来からある学問分野のどれか特定のひとつだけに対応させることは,難しいと言えます。つまり親学問がありません。
 では,親がなくても子(=情報科)は育つのでしょうか。「親のスネをかじる」ことができない,つまり頼りとなる学問的蓄積がないので,情報科は不安定な存在となってしまうかもしれません。旧来の教科のような「親の七光り」も期待できません。このような点を強調するあまり,「情報科で教える内容は曖昧だ,または教える内容がない」とか「10年後には消えている」といった,後ろ向きの発言も聞かれます。しかし考えてみると,利点として,親からの干渉がない自由さと,これから開拓できる環境があります。固定化されたモデルがない分だけ,われわれが情報教育の内容を組み立てていくときの自由度が高いと言えます。なによりも,他教科にあるような「親の因果が子に報ゆ(=親のした悪行の結果が,罪もない子に現れる)」ということがないので安心です。
2.本校の取り組み
(1)本校の特徴
 これまで「IT・Education」でも多くの学校の実践例が紹介されていますが,親がいないという利点を活かして,各学校はこれから独自な情報教育を工夫していかなくてはならないでしょう。表1には,2002年度に本校で予定している3年生選択授業で情報教育に関連する科目およびコンピュータを用いる科目が示してあります。固定的なモデルがない中で,設備や教員人事なども考慮しながら,どのような情報教育ができるかをまとめ,これまで行われてきた情報教育関連の授業を整理統合し,さらに新しい方向の授業を加えたものが表1です。本校の3年生選択科目は1,2,3群に分かれていて,いろいろな教科が多くの授業を配当し,それぞれの群に20数科目ずつの授業があります。生徒は各群からひとつずつ授業を選択することになります。本校は早稲田大学附属の全日制普通男子高等学校で,卒業生は全員早稲田大学に推薦され進学します。受験に関わりのない多くの選択授業を3年生に配当できるのは,附属校の特徴といえます。また,本校のコンピュータ教育の歴史は古く,早稲田大学の大型計算機を利用しながら行った数学科のプログラミング言語の授業は,1966年にまで遡ることができます。しかし,この表にあるようなインターネット社会に対応する内容を持つ授業を始めたのは,5年ほど前からです。

リテラシー系 サイエンス系 メディア系 アート系 その他、数学・理科系
1
情報リテラシー コンピュータ[C言語]     応用数理科学
情報サイエンス 数理物理
2
情報リテラシー 理工学入門[Java] 情報メディア   分子生物学
3
情報リテラシー コンピュータ[C言語]   情報アート 数理物理
確率、統計
▲表1:3年生選択科目の内での情報関連科目および情報機器使用科目(2002年度予定)

(2)各系統の区分
 まず,この表で示された各系統の性格付けをしておきましょう。「リテラシー系」はいわゆる「調べ学習」を中心として,情報を収集,分析,整理し発表するまでの能力を養うものです。ここでは各生徒のプレゼンテーション能力を磨くことにも力を入れています。自分や他人が行う意思決定に関わるような情報処理・情報活用能力の養成がここに含まれることになります。インターネットや図書館などでの情報調査から始まり,Power PointやWebページでの作品作りと,プレゼンテーションが主な内容です。
 「サイエンス系」はコンピュータの構造やネットワーキングを学習するものです。また,Basic,C言語,Javaなどのプログラミング言語の学習もここに入ります。
 「メディア系」は来年度から開始される新しい授業で,インターネット社会で,様々な情報メディアを分析的・批判的に読み解く能力を養うものです。通常,「メディアリテラシー」の授業では,テレビCMの分析などを行い,批判能力の養成やそこで使われている情報伝達技術の習得などから始まるようですが,そのような枠にとらわれない「インターネット社会でのメディアリテラシー」を考えています。
 「アート系」も来年度からの新しい授業です。これは芸術に関する情報処理という位置付けです。コンピュータによる画像処理を中心に扱い,ペイント系,ドロー系などのソフトの操作から始まって,静止画,ポスター,出版物などの作成を考えています。さらに,生徒のビデオ作品の作成なども含まれます。デジタル作品を制作することによってコンピュータをより深く理解するとともに,直接手で作ること以外にも「造形表現」があることを学びます。この授業も最終的には,学校行事での生徒のプレゼンテーションや作品発表を目標にしています。ただし残念ながら,本校のPC端末が古くスペックが低いためにその運用にはかなりの制限がついてしまいます。
 その他,表1のように数学や理科で情報機器を使用する授業があります。例えば,数理物理では数式処理ソフトのMathematicaを使って数理物理的なシミュレーションを行う内容が含まれています。さらに,上記の表以外に3年生の選択授業には,「TOEFL」(英語科)や「ドイツ語」(第二外国語科)でのコンピュータ使用があります。以下にはこの表の中で,「情報リテラシー」と「情報サイエンス」の内容を実践例として紹介することにします。

(3)情報リテラシー
 まず,情報教育の学習段階で基礎的な内容を扱うものを「コンピュータ リテラシー」と便宜的に呼んでおきます。そこでは電源の入れ方から始まる,コンピュータの使い方そのものを学習の対象とした授業が行われ,ワープロや表計算などのソフトの使い方,インターネットの利用の仕方を中心に据えた学習が展開されます。いわばコンピュータ操作の入門授業です。本校では,1年生に情報関連の授業がないため,2年生の家庭科で全員が週1時間学習する「家庭情報処理」の一部にこの内容が含まれます。
 3年生の「情報リテラシー」はこの「コンピュータ リテラシー」の次に位置する授業です。学習は3本の柱からなっていますが,それらを生徒向けのシラバスから抜粋して(ア),(イ),(ウ)として並べてみます。

(ア)教養基礎演習的要素
 いろいろな学習活動で必要とされる,情報収集,検索,整理,評価を行う能力を養成する。これにより文系理系を問わずレポート作成,口頭発表をする能力を身につける。

 これはプレゼンテーションを重視した,いわゆる「調べ学習」で,テーマは教員が指定する場合もあれば,生徒の自由に任せる場合もあります。これまでのテーマの数例を挙げると,

 ・FOMA
 ・デフレについてーコンビニの「おにぎり」から見た場合ー
 ・渋滞の現状
 ・情報科教育に対する提案
 ・Movis Review
 ・著作権
 ・クローン技術の歴史
 ・僕らのおすすめランキングTOP10ジュース編

などとなります。自由テーマにすると,生徒たちは好きな音楽や芸能関係に走りがちですが,Power Pointを使うだけでなくカッセトテープで実際に音楽を聴かせるなど,発表形態がマルチメディアになります。

(イ)コラボレーション作業
 受講生を2,3人のグループに分け,上記(ア)を共同作業で学習する。口頭発表や評価もグループで行うことになる。

 調査発表はグループで行います。これにより,孤独な作業となりがちな実習を活性化できることと,コラボレーションで「情報」を共有することの大切さや難しさに気づいてくれればと考えています。各発表に対する質問や評価の時間もとり,評価表を書かせたり,意見交換の時間も大切にしています。これらの生徒評価は教員が成績を付ける時にも活用します。

(ウ)他校とのプロジェクト
 連歌,MESE,ThinkQuest,さらにDTPコンテストなどを行うことで,他校生徒とのインターネット交流を行う。

 ここで,MESEは生徒が経済シミュレーションを行いグループ間で経済効果を競技するもので,Ju-nior Achievementが主催しています。ThinkQuestは生徒が作る教材用Webページコンテストです。どちらも多くの学校が参加していて,これまで出版された「IT・Education」にも紹介が掲載されていますのでここでの詳細な説明は避けます。また,連歌は慶應義塾湘南藤沢中 ・高等部の田邊先生が中心となって行われているE-mail活用のプロジェクトで,日本の伝統的な連歌をいくつかの学校間で生徒たちが詠みつないでいくというものです。
 その他,この授業では著作権についての学習も行い,外部の講師を招いて「メディアリテラシー」の講義を数時間組むこともあります。

著作権についての生徒発表例
▲著作権についての生徒発表例

(4)情報サイエンス
 この授業ではネットワーキングの基礎を学習します。生徒たちが普段使っているインターネットの仕組みや,コンピュータ同士がどのようにつながっていて情報の交換をしているかなどを,やさしく学びます。つまりプロトコルの構成やLANの構築,ケーブルの種類と特性,IPアドレスの意味と設定方法,ルーターに関する基礎知識,ネットワーク運用管理,さらにネットワークケーブルを作る実習もあります。

ケーブル作成の実習
▲ケーブル作成の実習

 本校でのこの授業は,早稲田大学のメディアネットワークセンターとシスコシステムズ社の共同研究の一環として行われている授業で,大学にも同様の講座があります。授業はシスコシステムズ社の,オンライン化されたWeb教材を使い,いわゆるWBT(Web Based Training)となります。
 新課程の普通教科「情報」では,ネットワーキングの学習は,科目「情報A」の「情報の収集・発信と情報機器の活用」,および科目「情報C」の「情報通信ネットワークとコミュニケーション」に関連した内容となります。生徒たちがこの授業を選択した理由を聞いてみると,

 ・将来情報関係にいきたいので,知識をつけようと思ったから。
 ・インターネットは毎日のようにやっているので,その仕組みについて知りたい。
 ・文系だが,これからの社会を背負っていく一人の人間として,ネットワークのことについても理解を深めたいと思った。
 ・自分にパソコンの知識があまりないので知識を得るために。

などがありました。また,学習した後の感想には,

 ・個人で勉強しているので,進度に差がつき,遅れている人が焦ってしまう。
 ・比較的レベルが高く,いきなり始める人にはちょっと難しい。
 ・自分のペースで進められることは良いが,先生にいろいろ説明されるよりも理解度が低くなってしまうと思う。
 ・一つ一つ自分が理解したら次の段階に行けるのが良い。
 ・パソコンを長時間見ている必要があるので,とても目が疲れる。

などがあります。
 以前,本校のこの授業が新聞で紹介されたとき「技術者養成」と書かれましたが,この学習を通して学んで欲しいことは,単なる通信技術ではありません。情報通信の裏側を見てそれらを正確に理解し,コンピュータとネットワークを単なるブラックボックスと見ないような態度を身に付けて欲しいと考えています。高度情報通信社会で,情報ネットワーク利用者としての生徒たちが,単に情報サービスを受ける側の立場に立つのではなく,情報活用を主体的に行えるようにこの学習を進めていかなくてはなりません。

オンライン教材での学習
▲オンライン教材での学習
3.おわりに
 以上,親学問がない暗中模索の中で,本校での情報関連教育の取り組みの一部を紹介しました。当然のことながらこれらは,本校の多くの教員の協力で行われていることです。目指している情報教育のより詳細な内容は,日本文教出版の「情報リテラシー基礎」にありますので,ご覧下さい。
 はじめに情報科には親学問がないと書きました。最近,いろいろな研究会を覗いて感じることは,親学問がないのなら,現場で情報教育を担当する教員がみんなで情報教育の親学問を提起すればよい,ということです。そろそろその時期に来ているのではないかと感じています。
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