ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.10 > p20〜p23

海外の情報教育の現場から
アメリカ最新情報教育見聞録
和光中学高等学校 小池 則行
koike@wako-jh.ed.jp
1.はじめに
 昨年度,学園研修制度を利用し,米国はシリコンバレーの諸学校におけるコンピュータテクノロジーの利用実態を視察した。ここでは印象的だった訪問先を幾つか紹介したい。
2.見聞録1:Harker School
 Apple Computer本社も近くにあるSaratogaの私立学校(6-12th grade)。1クラスは15人以下が原則。システムは,Director of Instructional Techno-logyであるBill Barnesを中心に他5名の専門スタッフで管理。この位の体制を敷かなくては効果的な運営は不可能と言う。教室ごとにはiBook専用のキャビネットとワイヤレスネットワークのためのエアポートが設置されており,校内のどの場所からもワイヤレスでインターネットにアクセスできる。Harkerではコンピュータを使えることが教員のリクワイアメントである。基本的に生徒配付資料はペーパーレス化を実現。教員にはそれぞれWebサイトにスペースが割り当てられ,授業スケジュールや学習内容,課題の提示と〆切,提出方法,資料等をのせる。授業中はもちろん,自宅学習においても生徒はこのページを利用する。試験もWeb上で実施する。Webサイトは学外にあり専門の担当者が管理している(Harbie system)。
 Billは,ウェブ利用のメリットについて紙ベースの資料と違いインタラクティブな点,さらに動画による学習ができる点を上げた。例として数学における関数グラフのシミュレーションと理科のアニメーションを紹介してくれた。
 前者では計算ができるだけでなく,それが画面でイメージできるかどうかが大きな違いで,限られた問題を解くだけでは得られないこと,つまり学習者が自分で課題を設定し,その結果を確認する,という行為が理解を深めると言う。後者の例として,体内に吸収された栄養分がどのようなプロセスをへて分解,吸収されるかMacromedia Flashを使って教材化し,Web上にのせている。プロセスを追うことは重要な学習であるが,教科書を見ても図と説明文の関係がわかりずらいことも多く,この点で,Flashを使ったアニメーションは非常に有効であると言う。
 Sean Thomasが担当するAdvanced English in progressでは10thgrade10名の生徒がチョーサーのカンタベリ物語を読み解いていた。iBookを2人1台で使用する学習形態をとり,中世の文体の原文を読み,現代文になおし,意味を捉えていた。
 Harkerには,世界各国からのITエンジニアの子息が集まる。そのため,それぞれの文化を持って集う生徒が,お互いに助け合って英語の学習をすることができるカリキュラムを作ることが大切で,テクノロジーを使うことがその答えであると言う。
 今のテクノロジー世代の生徒に,従来の形態の授業で迫ってみても効果がなく,むしろ集中できずに授業に退屈しがちだったとのこと。また,従来は声の強いものや学習能力の高い者ばかりが発言をしてしまい,みんなが授業に参加しているという感じではなく,授業への参加を課題と捉えていた。例えば本当は英語の能力があるのに発言できない韓国からの生徒は,第2外国語で話すことに自信を持てず指名しても全く発言ができなかった。
 ある時,テーマに対してチャットにより意見交換をはじめると,その子は自分の思いを書き出した。気楽にタイプができ,お互いの意見をリアルタイムで送信できる。「だれだれの何番の意見に対してこう考える」とクラスメートの返信が重なっていく。私語をする者は誰もいないが,そこでは対話が生み出され,データ(討論の流れ)は生徒から見てクリアになっており,想像していなかった活気がWeb上で起きる。今では英語が母国語でない生徒も自発的に学習に参加し,急速にネイティブの生徒に追いついてくるようになった。このように生徒のもつ能力を引き出すにはチャットランゲージの方がよく,従来の発言方式よりも,彼らにとってカンフォタブルで,生徒がお互いにささえあい,授業を作っていくようなコミュニティが形成された,とSeanは述べた。
3.見聞録2:Palo Alto High School
 El Camino Realをはさみ,Stanford大学の向かいにある名門公立校。Doug Bartain(Network Ad-ministrator,Career/Vocational)の担当するロボティクスクラスを見学。ここはロボティクスのパイオニア的存在で,アメリカでもトップに位置する。ラボは,ミーティングルーム,コンピュータエリア,作業エリアとパーティションで区切られ,一見大学の研究室のようである。見学したロボティクスクラス(選択9-12th grade)は,ちょうど3月マイアミフロリダで開かれる全米高校ロボティクスコンペティションに向けての追い込み時期で,メンバー一人一人が熱心にそれぞれの担当に向かっていた。ユニークなのは,本競技と別枠で30秒間のマシン紹介のスポットビデオコンペティションがあることである。プロジェクト費用はすべてスポンサーシップによりまかなっている(コンパックは2万ドルを寄付した)。この他,「法律入門」や「ドローイング(CAD)」「オートモビル」をはじめ,多彩な選択教科群が特徴。「ネットワーキング」のメンバーは,学校のネットワークシステムを全て組み立て,管理していることには驚いた。
4.見聞録3:Silver Creek High School
 2000人の生徒と120名の教員をかかえる中堅レベルの大規模公立校。始業はなんと7時15分。多くの生徒たちが自動車通学。
 Rushton Hurleyは8年目の日本語担当(選択:1st-4thgrade)。選択教科の中でも人気が高いのは,ジャパニメーションやゲームの影響が強い。他にフランス語,スペイン語,ベトナム語(other lan-guages)がある。一クラスは平均25名。4人一台でコンピュータの前に集まり,RushtonのWebサイトに用意された写真のイメージを日本語で表現していくアクティビティ。生徒の発言をRusthonがうまくからめて進む。みんなで勉強しているという雰囲気でいっぱいである。
 米国では,今まで優秀校と底辺校にはかなりのてこ入れをして来たが,Silver Creekのような中堅校にも力を入れるようになり,いろいろな魅力的なプログラムが用意され,地域以外からも生徒が通ってきている。例えば,最新のラボで行うバイオテクノロジーの選択クラス。見学時には,ちょうどグループごと最先端の機器を利用した遺伝子の解析の最中であった。ティームティーチングで教えるウェブページクリエイティングのクラス。ネットワークコンピュータのクラスはネットワークシステムを生徒が構築する授業。パブリッシングに関する資格を持つインストラクターが担当し,本や,広告,新聞,ウェブデザインなどについて勉強するビジネスパブリッシング。ジャーナルの書き方や割付の仕方等を勉強しており,見学時にはチームで学内新聞の編集作業を行っていた。これらの教科群は生徒が自身の進路を考えていくためのSpecial programと呼ばれている。
5.見聞録4:Nueva School
 San Carlosにある幼小中の私立学校。この学校の建物は古い大屋敷を改築したもので,全校人数としても300人程度の小人数教育を実施。1クラスは15,6人。Mark Basnage(Network Administrator)を中心に,幼,小,中の各段階のコンピュータ担当と司書という構成でコンピュータシステムを運営。コンピュータラボは存在せず,オープンスペースのような図書室の約半分のエリアがコンピュータスペースとなっている。いわゆる職員室というものは無く,スタッフは図書室のテーブルや天井の高い元ハウスホールに置かれた丸テーブルなどに陣取って会議や事務作業をしている。
 学習スタイルはプロジェクトベースの学習が大きな幅を占める。6th gradeの数学の授業では,新校舎を建造するにあたり(本当に),どういうビルが使いやすいのか生徒の立場から設計するプロジェクトを行っていた。デザインから,実現するための収入源の確保,材料代や経費,はては税金までを調べて表計算ソフトでまとめている。自分たちに直接関係あることをとりあげたこのプロジェクトは,生徒には十分すぎる動機を与えていた。
 親の多くはIT企業に従事する裕福な階層で,多額の寄付金があるが,それにとどまらず,親が学校に足繁く通い,学校に対して積極的に意見や提案をする。2週間前にサイエンスフェアが開かれていたが,多くの親が準備やかたずけを教師と協力してやっていた。とりわけ,父親が子どもの教育に関心をもち,積極的に関わっている姿が印象的であった。
 Nuevaでは,ワイヤレスネットワークシステムのラップトップを全部でおよそ200台を有す。ここでもキャスター付きキャビネットが利用され,利用時に複数のクラスがかち合ったりするときは,使用台数がうまく折り合えばキャビネットから抜き出していく。この学校も教員のコンピュータスキルはリクワイア。学校予算でラップトップコンピュータを教員全員に配布し,電子メールアドレスは生徒教員全員に配布。教員はメールで生徒についての情報をやり取りしたり会議をする。親とのコミュニケーションもメールを使うことが極普通になっている。AUP(Acceptable use policy)も定められていて,親もコンピュータ利用について家庭で話題にしている。
6.見聞録5:Central Middle School
 San Carlosにある中堅公立中学。コンピュータラボは2つ。生徒一人一人にID,パスワードが与えられ,図書館に設置されたコンピュータも自由に使える環境である。6th grade社会(25名)の,中世ヨーロッパに蔓延した黒死病のプロジェクトベースの学習を見学。ユニークなのが,生徒一人一人が当時の職業を選び,自分が住む地域も設定しながら,当時の人になりきってプロジェクトを進めていた点である。Gayle Brittは自分のサイトに黒死病の学習サイトのリンクを用意し,さらにそれに生徒の発見したサイトを加えていくが,基礎学習をすべてWeb上でやるのではなく,学校図書館や地域施設などを利用し,情報収集をする。調べたことをそのまま丸写しにするのではなく,引用やまとめの仕方,参考文献の表示等も大切な学習としている。
7.見聞録6:LINC
 LINC(Learning in New Media Classrooms Trai-ing for K-14 Teachers)はFoothill Collegeキャンパス内にあるCenter for Innovationで,地域の教員向けに月2回,土曜日に行われるスキル獲得のためのクラスである。私はCreative Software Applica-tion: Hyperstudio&Inspirationのクラスに参加できた。インストラクターはGayle Britt。参加者は14人(幼1,小3,中5,高4)。女性,とりわけ年輩の先生が多かった。
 プロジェクトベースの学習は,とりわけ中高生の学習に効果があるとされているが,実践例として社会(選択28名)で作った異文化学習のプロジェクトが紹介された。日本を調べたグループは,北斎をテーマにしていた。「江戸の歴史,その頃の文化」「版画の作り方」「モネの橋の絵と北斎のそれとの比較」「ゴッホが北斎画から受けた影響」「自分たちで橋の版画を実際にやってみる」と項目を分け,プレゼンテーションシートを作り始めるまでおよそ3週間,紙ベースで計画や下書きの活動に時間をさく。プレゼンテーションでは,お互いのグループの発表が,非常に豊かで面白く,見る生徒たちの関心も高いそうだ。従来のような紙ベースのプレゼンテーションでは,現代の中学生は見ていても飽きてしまうが,テクノロジーを使うことで視覚的な効果をいかして自分たちの発表の方式も工夫しようと活動を深めていくことが可能となる。勿論,コンテンツこそが重要であるが,聴衆に自分たちの研究を理解してもらうような発表を作り上げていく学習活動,いわゆる「ビジュアルリテラシー」がキーワードとなっている。
8.おわりに
 コンピュータテクノロジーは,ファンダメンタルなインフラとして学校に定着し,様々な学校活動の中に溶けこんでいた。学習面では,プロジェクトベースの学習でのWeb利用に加えて,ホットなテクノロジーを積極的に取り入れているのが印象的であった。既存の教科ではもちろん,バラエティに富んだ選択教科群の中で,様々な学習体形の中で適宜利用されていた。しかし,こういった背景には,少人数クラスがベースとしてあることは見過ごせない。日本における利用でも,この点の配慮が重要となるであろう。
前へ   次へ
目次に戻る
上に戻る