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ICT・EducationNo.10 > p16〜p19

教育実践例
ニューヨークの現地校で教員の資質形成を探る
─ノーマントーマス高校での「ジャパン・デー」プロジェクトを通して─
国際基督教大学(ICU)高等学校 渡部 淳
jun~w@ar.ejnet.ne.jp
1.イベント型交流からの脱却
 この春,ニューヨークと東京首都圏の高校教師20名づつが,相互に学校を訪問し授業を行うというプロジェクトが実現した。本稿では,「ジャパン・デー」と呼ばれる日本側の授業プロジェクトをリードした筆者の視点から,プロジェクトの経過とその後の展開について報告することにしたい。
 教員の国際交流といえば,まずは学校見学とレセプションが定番である。筆者があえて「授業」を提案したねらいは,次のようなことである。アメリカ人生徒を相手に授業をすることは,彼らからの反応も含めて,日本側教師が自らの授業を相対化する契機となり,ひいては教員の資質形成を考える格好の機会がえられるだろうということである。
 まず先陣をきって,東京で「アメリカ・デー」(2月21日)が行われた。アメリカ側教師は,桐朋女子中学・高校で生徒たちの大歓迎をうけた。彼らの授業は,ニューヨークの高校生活をまずビデオなどで紹介し,生徒から質問を引き出したところで,それを手懸かりに話題を発展させるというスタイルであり,それほど準備に時間がかからない授業といってよい。
 一方,日本側は数カ月をかけて入念な準備を行った。それぞれの専門分野に引きつけたテーマ/手法を使って,「今日の日本」という共通コンセプトの授業を行うことにしたのである。この「ジャパン・デー」プロジェクトに,歴史,地理,化学,英語,家庭科,体育など様々な教科の教師16名が挑んだ。16名の内訳は,公立高校と私立高校の教師がちょうど8人づつである。
 また,今回のプロジェクトでは,日本側が外務省認可の非営利法人である国際交流推進協会(エース ・ジャパン),アメリカ側はAFGE(American Forlum for Global Education)が主催団体となって参加教師の募集にあたった。

桐朋女子学園中学・高等学校で大歓迎を受ける米国側の教師たち
▲桐朋女子学園中学・高等学校で大歓迎を受ける米国側の教師たち

米国の高校訪問を紹介するエイミー・ホロヴィッツ先生
▲米国の高校訪問を紹介するエイミー・ホロヴィッツ先生
2.国際交流の第3ラウンド
 今回の相互訪問は,エース・ジャパンが企画する国際交流プロジェクトの第3弾である。第1回は,日韓米(ソウル,ニューヨーク,オレゴン,東京)の高校教師8名がそれぞれの授業実践をもちより,東京で地球時代における教員の資質とは何かを模索するセミナーを行った。(「国際理解セミナー98−多文化理解と共生」)
 続く第2回は,同じ3カ国の教師たちとそれぞれの学校の生徒たち併せて60名余りが,代々木オリンピックセンターで一週間生活を共にし,共同で学ぶ「グローバル・クラス」(99年)というプロジェクトである。具体的には,3カ国の混成チームが“大都市東京と自然”をテーマにリサーチを行い,その成果を演劇的手法を用いて発表するというものである。100人の日本人観客に3カ国語が同時に聞こえる発表を創りあげたこの実践は,日本初の多文化実践であった。ちなみに筆者は,2回とも国際教師チームのリーダーとして企画運営に携わっている。
 そして第3回が「ジャパンデー」である。これだけの規模の授業実践を海外で展開すること自体,恐らく初めてのことであろう。それだけに困難も少なくない。グローバル・クラスの場合,同じ教師たちが2年間かけてじっくり交流を積み重ねようやく実現にこぎつけたものだが,今回はいわば速成チームによる実践である。
 また,ジャパン・デーの趣旨が米国側になかなか伝わらないという問題もある。「日本国憲法第9条」「東京における公共鉄道の発達」「日米食文化の違いについて」など多様な内容の授業を一斉に行うためには,通訳の手配,教室のアレンジ,備品の確認など,細々とした多くの下準備が必要である。夥しい数のe-mailのやり取りが地ならしとなった。コンピュータの介在なしにプロジェクトの実現は不可能だったと言ってよいほどだが,それでも日本側の意図を伝えるのに大きな困難があった。
3.訪問見学と授業と
 日本側訪問団(3/24〜4/1)の主なスケジュールは,次のようである。ニューヨーク市内観光(25日),8校にわかれて学校見学(26日),別の4校にわかれて学校見学・数人の教師は授業(27日),ノーマントーマス高校でジャパン・デー(28日),フィラデルフィア見学・3名が国連国際学校で授業(29日)。時差ぼけする暇もないハードスケジュールである。2日間の学校・授業見学から授業本番へという展開である。
 ジャパン・デーが開かれたノーマントーマス高校は,ニューヨークの中心部にあたるロックフェラー・センターからわずか2ブロックほどの位置にある。10階建のビルがまるごと校舎というオフィス街の学校に,2000名ほどの生徒が通う。もちろん運動場はなく,校舎内にある体育館には窓が一つもない。まるで巨大な暗室のような構造である。ヒスパニック系の生徒が比較的多い,庶民的で活気のみなぎる学校である。
 通訳を介して行う授業,多様な人種構成,つかみきれない生徒の問題関心,日米の授業スタイルの違いなどなど,教師たちの戸惑いは大きかった。しかし,「授業をやり遂げたことが大きな自信になった」と語る参加者は多い。「表現力を駆使しないと伝わらないことを学んだ」「視野が広がった」「帰国後,授業準備にかける時間と労力が格段にふえた」など,実体験を通しての変化を語る声も多い。

グローバル・クラスの参加生徒と再会した日本人教師たち(Eマロー高校で)
▲グローバル・クラスの参加生徒と再会した日本人教師たち(Eマロー高校で)

ノーマントーマス高校の玄関で−いざ授業へ−
▲ノーマントーマス高校の玄関で−いざ授業へ−
4.TV番組「教育トゥデイ」
 ジャパン・デーの準備と平行して,NHK教育テレビ「教育トゥデイ」の取材班が番組の制作にあたった。和光国際高校の英語教師・両角桂子氏など日本側教師の奮闘ぶりが印象深く描かれた番組は,「ニッポンの先生ニューヨーク奮闘記」というタイトルで5月24日に放映された。学校文化も言葉も異なるニューヨークの生徒を相手に授業をする不安,現地のホテルで夜遅くまで続く授業プランの手直し,繰り広げられる実際の授業,生徒の表情の変化,異なる学校で2回授業を経験した教師の変容などが鋭い視点で切り取られている。
 番組を見た筆者の同僚たちの感想は,「日本人教師たちの苦闘が肌で感じられた」「自分が授業をしているようで手に汗をにぎる思いがした」というものだった。
5.e-mailを使った授業
 ここでは,ITに関連した授業の事例を一つ紹介しよう。都立山崎高校の瀬野光孝氏は「e-mailを使った日米高校生による文化交流」というテーマの授業を構想した。氏はNIE(Newspaper in Education)の熱心な実践者で,「国語表現」(3年生)で実績を積み重ねてきた教師である。今回は,その方法をアメリカに持ち込んでみようというのである。英字新聞から「田中長野県知事の“脱ダム宣言”」「諌早湾の海苔不作」「西鉄バス乗っ取り事件」など日本の“いま”を伝える記事を選んでおき,それをまず生徒に提示する。生徒がワークシートに自分の意見を書き,それを後日e-mailで送ってもらって交流を開始するという流れである。
ところが,瀬野氏のために用意されていたのはコンピュータ室。授業プランにe-mailという言葉があったことから,アメリカ側が気をきかせたのである。そこで氏はプランを一変させる。「日本人のマナー低下」の記事を示してから,ともかく直接e-mailを書いてもらうことにしたのである。25名の11年生(高校2年生)は,自在にコンピュータを操作できるものから,なかなか目的の画面に切り替えられないものまで様々である。「おそらくふだんの授業では,教師の指示で一斉に操作するのではなく,自分の進度にあわせてやっているのだろう」と瀬野氏は推測している。
 日本に届いたe-mailは12通であった。男女比はほぼ半々。瀬野氏が,2年生の国語クラスの生徒との橋渡しをして実際の交流が始まっている。「自己紹介など,まだ簡単な内容が多いのですが,楽しみながらやりとりをしています。これからどんな風に展開していくのか,私にとってのジャパンデーは現在進行形というところです」と語る。
6.経験の交流と発信 —日米の視点から考える—
 ジャパンデー・プロジェクトの参加者はニューヨークで何を見,何を感じたのか。その模索と成果の共有を通して21世紀を生きる教師の資質を探るセミナーが,7月26・27日の両日にわたって開かれる。“国際理解教育セミナー2001「国際理解教育への情熱と新動向」”である。
 7月26日のセミナーでは,まず午前中に瀬野氏の報告を含む4つの実践報告−「女と男の新しいバランスを求めて」(和光国際高校・両角桂子)「日米高校生比較−制服について考える」(都立国際高校・米村珠子)「エノラゲイとスミソニアン」(ICU高校・高柳昌久)−が行われる。
 午後には,日米双方の視点からジャパン・デーの教育的意味を解き明かすシンポジウム「ジャパン・デーでの授業経験を通して教員の資質形成を考える」がもたれるが,このシンポジウムには,ノーマントーマス高校教諭のヴィセンテ・ブラム氏などニューヨークの受入れ側教師2名と,現地に同行取材したNHKの坂口真ディレクターも加わる予定である。これに続けて,ジャパン・デー参加者を囲む分科会が「日米の学校システム」「教育方法」「教員の資質」「生徒の個性と評価」をテーマに開かれる。
 7月27日には,米国教育省国際教育政策専門官のジョアン・リヴィングストン氏による「日米における国際理解教育比較」と,国連国際学校教諭の津田和男氏による「国際理解教育と米国での言語教育(日本語教育)との接点」という2本の講演のほか,東京大学情報学環の菅谷明子氏による「メディア・リテラシー」のワークショップ,米国の専門家による「ボランティア活動」をめぐるワークショップが予定されている。

“国際理解教育セミナー2001「国際理解教育への情熱と新動向」”
 日時:2001年7月26日(木)〜27日(金)
 会場:国際交流基金国際会議場(アーク森ビル20階)
 参加費:2000円
 定員:先着200名
 問い合わせ先:
 (財)国際文化交流推進協会
 (エースジャパン)
 TEL 03-5562-4422
 FAX 03-5562-4423
 e-mail:eharam@acejapan.or.jp
7.まとめに代えて
 今回のジャパン・デーの経験を通して,筆者が強く感じていることがある。21世紀を迎えて,国際交流のあり方も教員の資質に対する考え方も大きな変更を迫られているということである。とりわけ情報機器の発達が交流そのものの質を変えつつあること,また,教員の資質として,生徒のバーチャルな学習をどう組み立てていくか,新しい時代のメディア・リテラシーを教師自身がどう獲得するのかなどが大きな課題となっていることを感じる。ただその一方で筆者は,バーチャルな学習が進展すればするほど,かえって「学びの身体性」,「直接的対話」,「共同の学び」などの重要性が同時に着目されるようになるという見通しももっている。紙数の都合もあってこの点に十分に触れることはできない。詳細については拙著『教育における演劇的知ー21世紀の授業像と教師の役割』(柏書房,2001年)を参照いただければ幸いである。
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