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1.はじめに |
みなさんは「遠隔教育」という言葉を聞いて,どんなイメージを思い浮かべるだろうか。
対面による会話から,旗や狼煙,電話,無線,衛星を用いた通信,インターネット等,我々はコミュニケーションの手段を発展させてきた。地球の裏側で起こった様々な事件が,衛星やインターネットを通じて瞬時に世界中を駆け巡る。我々は,コミュニケーションにおいて距離と時間の制約から解放されつつある。そうしたコミュニケーション手段の変化の波は教育現場へも流れ,授業のスタイルが大きく変化しようとしている。テクノロジーの発達は,学習者と教師が同時に同じ場所にいなければ授業が成り立たないとする制約を解体しつつある。そこには,距離と時間の問題は存在しない。学習者は(教師も)好きなときに,好きな場所から,学習に参加できる。これは,絵空事ではない,既に実現しつつある新しい学習の枠組みなのである。日本より国土も広いアメリカ(北米)では,遠隔教育はもはや生活の一部となっている。ヨーロッパでも,多数の実践が進んでいる。このような新しい学習形態を,我々は大雑把に遠隔教育,遠隔学習と呼んでいる。
現在のところ,遠隔学習は大学や企業を中心に進められている。しかし,やがてほとんどの高校でおこなわれるようになる。とくに,情報技術の実践が重視される「情報」科は,遠隔教育との関係が深い。
ところで,遠隔教育という言葉は,研究者や教師によって,それぞれイメージするものが異なっているように感じられる。それは,遠隔教育の研究や実践がまだ成熟していないからだろう。また,遠隔学習に含まれる要素技術が多岐にわたる混乱から引き起こされているように思われる。
そこで以下では,まず遠隔教育を理解するため,遠隔教育の分類・整理を試みる。そして,分類に当たって,遠隔教育の実践の中からなるべく多くの実例を示したい。次に,遠隔教育のメリットについて考えてみたい。どういう分野の学習には,どのような形態の遠隔学習が向いているのか明らかにする。最後に,遠隔教育をどのように「情報」科に活用できるか考えていきたい。 |
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2.遠隔教育の概要 |
ブラウザのストーリミング再生ソフト上で,慶應義塾大学の村井純教授の講義が流れている。ビデオを見た後,今週の課題を提出しなければならない。さらに,分からないことはメーリングリストや電子掲示版を通じて,受講生,スタッフと議論することができる。これは,決しては未来のできごとではない。インターネットに接続されたパソコンがあれば,SOI(School
of Internet)のURLを入力すればすぐに参加できることである(P.2,図1・図2)。
遠隔教育は,既に我々の身近に入り込んできている。ただし,一口に遠隔教育といってもさまざまなものが存在しており,それらを分類することによって,遠隔教育の本質が浮かび上がってくる。そこで,遠隔教育を同期,非同期という軸で以下のように分類する(P.3,図3)。
ここで遠隔教育の事例を分類したが,必ずしも単一の形態で実現されているわけではない。例えば図中ではSOIをVODに分類したが,現在では単なるVODシステムとはいえない。実際の遠隔教育は,幾つかの性質を合わせ持った複合的な形態に向かいつつある。
また,ここで示した事例は大規模なものが多いが,それは詳しく知りたいと思った場合,すぐに試せるものをと思ったからであり,先進的な例から実施にあたって何らかの参考点が得られると思うからである。
▲図1 SOIの画面例
▲図2 SOIの実行画面の例
▲図3 遠隔教育の分類
(1)同期型システムの例
同期という分類は,同時性を重視する遠隔教育の形態を表している。遠隔教育は距離の制約を解消するが,同期型の遠隔教育ではいつでもというわけにはいかない。学習者は同じ時間を共有しているという共時性が求められる。
さらに,同期型の遠隔教育は,双方向性を確立した形態と,擬似的な双方向性を持った形態の2つに分けられる。
まず,双方向の遠隔教育として,全国の国公私立大学,高専等を衛星通信でつないだSCS(Space Collaboration System)システムが有名である。各大学では,衛星用の送受信設備を備えた教室兼スタジオを持ち,複数の大学をつないで相互に映像や音声をやりとりしながら,ゼミや講義をおこなっている。
一方,最近ではインターネットの高速化を背景に,インターネット上に動画情報を流し双方向のコミュニケーションを成り立たせる試みがなされている。TAO(通信・放送機構)が研究開発用に整備しているギガビットネットワークでは,国内・海外の大学をつないでゼミをおこなう等の遠隔教育の実証実験がおこなわれている。これらの実験では,超高速インターネットを使って,複数の教室間の映像をリアルタイムにやり取りしている。
また,テレビ会議システムが最近では安価になり,設置も簡単になり,テレビ会議システムを使った授業の事例は枚挙にいとまがない。
次に,擬似的な双方向性の形態の例を示す。双方向性を確立するには,送信と受信の2種類の設備が必要になり,一般に大掛かりになる。そこで,コストの面から最低限のコミュニケーションが保証されれば,送信と受信で別の手段を用いてもよいことになる。衛星通信の受信だけなら小さなアンテナとデコーダを揃えればよい。そこで,エルネットや早稲田大学ラーニングスクエアの実践では,講師側の映像は衛星で各教室へ発信し,教室側から講師へのコミュニケーションはFAXや電子メール等を用いるという形態を採っている。受講生は,各教室のテレビで講師の映像を受ける。講師には受講生の表情等の様子は伝わらないが,質問はリアルタイムに受けることができ,授業中に答えることができる。
(2)非同期型システムの例
非同期な遠隔教育の形態は,映像を主体としたVOD(ビデオ配信型)と,WBTとに分けることができる。
まず,VOD型というのは,先に示したSOIのように,予め講義の様子をビデオで撮影しておき,このビデオ映像をデジタル化し,インターネット上のビデオサーバに置いておくものである。すると,受講者は,何時でもインターネットを通じてビデオを見ることができる。
次に,WBT型は,これは旧来からあるフレーム型のCAI(Computer Assisted Instruction)をWeb上に展開したものである。受講者は画面にしたがって,ブラウザ上に表示された説明を読んだり,練習おこなったりして学習を進めていく。その際,Webの持つ表現の多様性を発揮し,音声,動画,アニメ等を用いたマルチメディア化が計られている。こうした,WBTは,どちらかというと企業内の教育や教育産業等で盛んに用いられている。また,富山県のインターネット市民塾(図4),大阪市立大学インターネット公開講座,TIES等を例に挙げることができる。
▲図4 富山県インターネット市民塾の画面
(3)バーチャルクラスルーム
最近では,ソフトウェアエージェント等の新しい技術を用いて,非同期な環境において同期のような臨場感を実現しようという試みがなされている。バーチャルクラスルームの試みの多くは,まだ研究レベルであるが,次世代の遠隔教育の姿を垣間見ることができる。
基本的にはSOIのように録画され講義を再生して見ていくのだが,質問がある場合,現実の講師ではなく講師エージェントが代わって質問に受け答えしてくれる。また,ビデオを見ていると,途中で受講生エージェントが講師エージェントに質問する。そして,この受講生エージェントと講師エージェントのやり取りを眺めることによって,受講生はあたかも現実の教室にいるかのような感覚を持つことができる。 |
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3.遠隔教育の教育的な特徴 |
ここでは,遠隔教育の特徴を簡単に眺めて見たい。まず,同期型の遠隔教育の特徴は,同時性ということである。教師,受講生を問わず参加者全員が同じ学習空間を共有していると感じられることにある。サッカーや野球の試合を録画したビデオを見るのと,フィールドで生で試合を見るのとでは,感じ方がまったく違う。例えば,太陽の南中実験のように,ライブ感が求められる分野がある。そのような対象を学習する場合,同期型の遠隔教育を用いるのが良い方法だといえる。
一方,非同期型の遠隔学習は,VOD,WBTのいずれの形態にしても自学自習的な色彩が強くなる。企業等で,資格取得,技能訓練を目的に多く採用されているように,非同期型の遠隔学習はスキル獲得のような分野,それも個人でおこなう学習に向いていることが分かる。CAIの特徴である個別学習は,WBTにおいても有効である。学校教育では,発見や想像的な分野よりも,復習や定着といった局面に適している。ただし,非同期型の遠隔学習は,教材作成の負担が大きくなる。対象の分析,教材を設計,授業の撮影,Webページ作成等の作業が必要となる。
このように,遠隔学習もいろいろな形態があり,学習対象によって向き,不向きがある。遠隔学習を実施する場合,どのような分野,対象に学習をおこなうのかをよく見極める必要がある。 |
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4.情報教育における遠隔教育 |
まず,同期型の遠隔教育からその利用について活用法を考えてみる。「情報」科では,単なる知識の伝達ではなく実践が求められている。そこで,実践という点から,遠隔教育の活用として,テレビ会議を用いた他校との交流等が考えられる。その場合重要なことは,目的・シナリオであり,テレビ会議で他校とつなぐことが目的ではない。他校とつなぐことの必然性が求められ,他校との間に何らかの協調作業が求められる(単なる共同作業ではない)。つまり,他校と協調しなければならない作業を設定できるかどうかが教師に求められる。独りでは思いつかないアイデアが議論の中から生まれること,人の意見は地域や環境等の背景によってさまざまであるといったことを実感することが遠隔教育を用いる目的だといえる。そして,協調作業によってもたらされる効果を理解したとき,学習者は遠隔教育の必要性を学んだといえる。
例えば,「情報倫理」や「著作権」の問題について,幾つかの高校を接続して議論するような授業が考えられる。もちろん,学習者は議論に臨んで十分に自分達の意見を形成する必要があり,資料調べ等の作業はインターネットを活用しておこなうことになる。さらに,議論して終わりではなく,議論した結果や過程を学習者達がWebにして公開することも考えられる。これは学校を越えたグループで作業することになり,作業過程に意味がある。
次に,非同期型の遠隔教育の活用について考えてみる。結論からいえば,VODかWBTの「情報」科の教材を作成し学習者に提供すれば,予習や復習に効果を発揮する。学習者は,好きなときにアクセスし,自分のペースに合わせて,何回でも教材を利用することができる。WBTは単純な知識やスキルの獲得には有効な方法であり,授業の予習 ・復習として便利である。企業等で多く活用されていることからも,非同期型の遠隔教育がペーパーテスト等に対して有効なことが分かる。
例えば,「情報」科にプレゼンテーションという項目があるとして,学習の目的は,プレゼンテーションとは何かということを,体験を通して獲得することである。人に分かってもらうための効果的な図・表の活用方法,説明の組み立て方等を経験的に学ぶことが大切である。しかし,実際の授業ではプレゼンテーションソフトの使い方等,単純な知識の伝達がどうしても必要になる。そこで,ソフトの使い方をVOD,WBTとして公開しておけば,授業はプレゼンテーションの作成や発表の実践的な部分に割くことができる。
問題は,教師が教材をどこまで作ることができるか,あるいは作る手間があるかということである。WBTの場合,Webの知識やプログラミングの能力が必要になる。一方,VODの場合も,ビデオをデジタル変換し,ビデオサーバを運用するといった高度な知識が求められる。ただし,Webベースのオーサリングソフトもいろいろなものが開発され,また,インターネットプロバイダーでサーバサービスの充実があり,こうした問題は徐々に縮小する方向に向かっている。
最後に,遠隔教育を実施するにあたり大きな問題となるのは,コストである。例えば,衛星を使いたいと思っても,費用は莫大であり,問題外といえよう。しかし,テレビ会議システム等は,機材や回線をレンタル利用することができ,使うときだけの費用で済む。さらに,回線費等は年々下がりつつある。またWBTの場合,先生自らがHTMLファイルを作成することも可能であり(容易とは言わないが),最近では便利なツールが整備されてきた。つまり,コストについては初めから諦めるのではなく,工夫によってカバーする余地があると考えられる。 |
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5.おわりに |
遠隔教育というのは,分かったようで実はよく分からない言葉である。とくにこの分野は,現在も技術開発が急速に進んでおり,次々に新しい方法が生み出されている。つまり,確立した遠隔教育のイメージというものは存在しない。
一方で,コミュニケーションの方法は確実に進歩しており,学習における「時」と「場所」の制約は小さくなっている。今後,遠隔教育はますます広がり,学校という枠に収まることはなく,拡大すると予想される。
現在,遠隔教育を実施しているのは大学や先進的な実験校だけだが,すぐに何処でもおこなわれるようになってくる。「情報」科もこうした流れと無縁ではいられない。そのとき,必要に迫られて遠隔教育に取り組むのではなく,むしろ今から積極的に取り組むべきだと思う。なぜなら,遠隔教育の活用は,新しい学習環境の創造なのだから。おそらく,教師が経験したことのない学習が展開することになる。教師が自ら実践する遠隔学習にどれほどイメージを膨らませることができるかが重要なポイントになる。そして,遠隔教育の実践に当たって,恐れることなく,一歩を踏み出してもらいたい。 |
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