ICT・Education
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No.10
巻頭言
株式会社NTTドコモ代表取締役会長
大星 公二
ワイドバンド-CDMA方式というものがあるが,これは,日本発の電気通信技術として初めて国際標準になったものである。ドコモの技術者は,自分たちが開発したワイドバンド-CDMA方式が世界で初めて第3次世代方式の技術やスペックをクリアしたと思っている。確かにそうであるが,だからといって技術を持っているだけでは決して国際標準にはならない。そこには,技術者にもぜひ持ってもらいたいものであるが,何のために国際標準にするのかという理念や哲学がなければならない。移動通信というものは,世界中のどこに行ってもつながらなければならない。技術者は,自分が開発した技術に対してクローズになってしまうが,ネットワークをオープンにして,つながることによって,ネットワーク利用者は自己増殖していく。これが,何のために国際標準にするのかという理念であり哲学である。
ITというものは,一つの手段にすぎない。日本では依然としてモノづくりが重要視されているが,モノが充足してきている社会において,今や市場調査などをしても,モノに対するニーズはなかなか出てくるものではなく,Informationや,Communication,Entertainmentといった,知的な欲求を充足することに,人間の豊かさの比重は移ってきている。
ITに関する教育というと,どうしても技術的な面に偏りがちになってしまう。パソコンについて,技術的な内容を教えたし,生徒も習得したからそれで終わってしまうのはどうかと思う。その時に,先生の教え方がいかに大事であるかということを考えてみたい。
私はよく若手社員と話しをする機会を持っているが,ある時,社内の社内情報システムを担当している50〜60人のプログラマーと話す機会があった。その中にいた5人の女子社員と話しをし,私は彼女たち一人ひとりに大学でどの専攻だったか尋ねたところ,偶然にも5人とも数学科だった。そこで,どうして数学を好きになったのかを聞いたところ,これも5人とも,中学時代にたまたま教わった数学の先生の教え方が素晴らしかったことを理由に挙げていた。先生は,本当に面白く,鮮やかに,わかりやすく問題を解いてみせた。数学の場合,いろいろなアプローチを試みながらも,最後に必ずきれいに答えが出てくることに,彼女たちはびっくりしたそうだ。中学時代の数学の先生との素晴らしい出会いによって,彼女たちはプログラマーという職業で活躍するとともに,自分の人生の可能性にチャレンジし,充実した生活を送っている。このように,子どもを教えるということは非常に大事なことであり,そこには,教え方のいろいろな技術的な部分もあるのだが,いろいろな話しを聞いていると,彼女たちに教えていた先生には,彼女たちを引きつける人間的な魅力があったのではないかと,私は感じた。その先生は,子どもたちが好きで,子どもたちに教えることや,子どもたちが日に日に成長していく姿に対して,喜びや教育者としての使命感,愛情や情熱があったのだということが,彼女たちから強く伝わってきた。相手は人間なのだから,ただ技術を教えればいいというのではない,ということは大事なことだと思う。技術的な部分と同時に人間的なものを,情報教育を行うにあたり,ぜひとも忘れないでほしい。
(平成13年5月13日,ICTE情報教育セミナー in Keio での講演からの抜粋・要約)