ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.7 > p15〜p17

教育実践例
オンラインディベートの実践
−そもそも“議論”とは何か,を考慮して−
東北学院中学高等学校 名越 幸生
nakoshi@jhs.tohoku-gakuin.ac.jp
1.そんな“議論”ではマズイ!
 今,このページをご覧の皆さんに,是非とも聞いてもらいたいことを,はじめに書きます。
「議論を指導する際の着眼点」です。

 ディベート等の議論を,教育現場で実践しようとする際に,私達教員側はつい,「生徒の言いたいことを上手に表現させよう。互いに自分の主張が上手に表現できれば,良い議論になるはずだ」という方向性で指導してしまいがちではないかと推測します。しかしそれでは,教員側の意図に反して,“良い議論”にならないのです。

 「自分の主張で相手を打ち負かす」議論…そのような議論を子ども達に求めていないのに,大抵はそのような状況に陥りがちです。ネットワークで見かける大人の対話や議論も同様で,ログを読む気力が失われるようなまずいケースも多いです。

 ですからここで,発想の転換が必要なのです。

 議論を指導する際のポイントは,
a. 相手の主張の要旨を理解すること
b. 相手の主張に自分の主張を重ね,議論を上手に伸ばすこと
の2点です。自分の主張より,相手重視!

2.ディベートで教育したいこと
 ディベートとは「ある一つの論題について,肯定側と否定側に分かれ,一定のルールと公平な条件の下で議論が行なわれ,最後に審判によって勝敗が下される」討論のゲームです。基本的に,「立論」→「質疑」→「反駁」の流れで行われます。

 ディベートの指導に関する実践事例と指導用の書籍は数多くありますが,この実践報告にあたり,念頭に置きたい部分を3点お伝えします。

(1) 言いたいことを立論に“引き出して凝縮”

 まず,いざ実践しようとしても生徒が消極的,というケースがあると思います。しかし,私の経験では「生徒は自分の意見を持っているが言わないだけ」という印象です。ディベートは自分の持ち時間内で,「誰にも邪魔されずに自分の意見を言える」ので,安心して参加してもらって下さい。

 次に,「言いたいことが山ほどある」「伝えたいことがまとまらない」「実際にしゃべっている最中に,言うべき内容に気が付く」というケースが多いと思います。そういう生徒たちへのキーワードは『取捨選択』。限られた中で,自分の主張を効果的にまとめて発言し,なおかつ,ディベートで相手に勝とうとするのです。すると,より良いリサーチ活動を行い,相手に分かりやすくて効果的な証拠事例を言った方がいいですし,勝敗に関係ない小さな内容は省略することもとても大切です。

 「それでも自分の意見はない,言えない」というケースもあるでしょうが,相手も待っていますので,勝敗にこだわらず,立論を提出させて下さい。相手から質問という“反応”が返ってきたときにはきっと,否が応でも真剣になります。

 相手あってのディベートです。

(2)“言いたいことは,立論で終わり”

 ディベートのゲームが進行すると,「もっと言い返さなきゃ」という気持ちになるようです。

 しかし,ここで大切なのは,自分の主張をするステージは『立論』で終了した,ということです。『質疑』は,あくまで質問によって相手に意見を補足してもらうステージであり,『反駁』は,相手の主張について論じるステージなのです。ジャンケンで“遅出し”が反則のように,大抵のディベートでは,『反駁』のステージで新しい論点を加えることを禁止しております。この点を,指導する側が明確に把握しておく必要があります。

(3)“ジャッジとは,教育”である

 教育としてディベートがその効果を発揮するかどうかは,ジャッジ(判定)次第です。「互いに一生懸命だったのだから,引き分けでもいいのでは?」という意見もあるのですが,それでも敢えて,ジャッジをしましょう。
ジャッジは「両方の主張を見せてもらいましたが,〜〜の点で,○○側の議論が優れていました。よって,○○側の勝ちといたします」と,ディベーターに納得してもらえるような説明をして,良い点を積極的に評価する役割があるのです。これが,次の機会により良いディベートを展開してもらう原動力となるのです。責任重大です!
3.オンラインディベートをやりましょう
(1)オンラインディベートの特徴

 オンラインディベート(以下オンD)では,ディベートの全てのステージをネットワーク上で行ないます。互いの文章をメールで交換し,IRC(インターネット・リレー・チャット)で討論しながら,下表のフォーマットに従ってディベートが進行します。



  過去の5回のディベートは,開始から終了まで10日〜1ヶ月以上もかかる長いものでした。今回は1日で全ステージを終了させることを試みたところ,4時間半で終了しました。参加しやすいオンDの形が一つ作られたと考えています。

 また今回,ディベートを行なっている最中に,「せっかくのチャットなのだから,リアルタイムに反応を知りたいので,応答して欲しい」という生徒のアイディアを取り入れ,『討論』というオリジナルのステージを設けました。対戦校同士の複数のメンバーが,同時に発言する『討論』のステージは,文字を媒体とするオンDならではです。

(2) 実際のオンDの流れ

a. 事前にメーリングリストを用いて,打ち合わせをします。生徒の興味感心のある話題の中から,肯定側・否定側の両方に公平になる論題を採択します。同時に,どのような方向性でどこまで議論したら良いか,という点を大まかに確認しておくと,議論の“空中分解”を多少避けることができます。その後で,日程や参加者等の細部についても確認します。

b. 当日は,IRCの接続を確認した後に,ディベートをスタートさせます。締め切りの時間までに,相手側の提出先メールアドレスに,制限字数以内で作られた文章を,互いに送信し合います。送られた文章は,直ちにプリントアウトされて参加者で読み回され,返答が準備されます。

c. ディベートを進行させつつ,互いの文章をコピー&ペーストでHTML化し,サーバへその都度FTPでアップロードして,WEB上にて公開します。

d. ディベートの終了後,チャット等で感想の交換をします。また,寄せられた判定意見をもとに,ディベートを振り返ることも大切です。
4.今回のディベートを振り返る〜議論の質〜
 今まで説明した点について,今回行われたディベートを通して検証してみましょう。同時に,今回の論題でもある「チャットは実名ですべき。是か非か」という点についても考えてみましょう。

 まず,議論の流れをまとめます。

 肯定側《学院》が東北学院高校で,否定側《清泉》が,清泉女学院高校です。

肯定側立論・質疑応答

 メリットは「チャットでのトラブルを減らせる」,「ネットおかま」など,匿名のイタズラがあるが,身元が明らかなら,人間はあまり悪さをしない。
 「素性のわかる身近な人からのいやがらせの方が,傷つくのではないか?」の問いに対して,「身元が分かっていれば対策が出来る。」

否定側立論・質疑応答

 自分も匿名を使う事によって,自らの身を守り,また,相手の匿名を承知して,お互いに気を使う事ができる。無責任な発言にも,互いの匿名性を意識すれば,騙される可能性も少なくなる。
 「匿名同士で,どうやって信頼関係を作るのか?」の問いに対して,「名前がわからなくとも,チャットや会話をしていくうちに,信頼関係は生まれる。その後で,自分のことを明かせば良い。」

否定側討論より抜粋

《清泉》学校でのアンケートでは,ネットの意義の一つに自分を偽ることができるという意見があった。自分を飾り,自分の理想を追い求めるという意味がそこにある。

《学院》自分を偽って悪いことも出来るが?

《清泉》匿名であれば,被害を避けられる。匿名を廃止しても,うそをついて犯罪をする人もいる。

肯定側討論より抜粋

《学院》届け出制が実現したら,実名で会話するのが当り前になる。チャットは実名でも問題ない。

《清泉》ネットにおいての醍醐味には欠ける。

《学院》ネットの醍醐味が減るよりも,トラブルが回避できるメリットのほうが大きい。

《清泉》それは,こっちの言い分だ!!! 起きるかどうかワカラナイ論で回避するよりも,すぐにできる防衛策(匿名)で自分を守る!!!

《学院》ですから,そちらは,自分を偽って悪いことをする人の存在を否定できない。

否定側反駁

チャットは匿名で行うべき。誰がくるのか解らないチャットでは,匿名での自己防衛が必要。

肯定側反駁

例えば,名乗ってから痴漢をするはずがない。
「誰がくるのか解らない」という主張は,全員実名を名乗るのであり得ない。悪い事をしても,犯人が特定されることがわかっているので,犯罪の数自体が減る。その点に有効な反駁はない。
よって,チャットは実名で行なうべき。

判定意見より

議論を見て,「実名」のメリットは,結局はトラブル後の処理に限定されることがわかった。肯定側は,立論の「犯罪が減る」から最終反駁の「名乗って痴漢はしないでしょう」まで主張に一貫性があったが,議論が単純化しており,メリット&デメリットの比較が弱かった。

 一方,否定側の「実名なんかじゃだめ!」という主張の裏には,実体験からくる迫力を感じた。ネットの問題を考える上で重要な論点が含まれていたと思うが,競技ディベートとしては,十分に論を展開しきれておらず,肯定側の立証責任を追及出来ずじまいだったと思われる。

 よって,ゲームとしては肯定側の勝ちとする。

  ディベートの流れを読んで下さった皆さん方が,チャットを実名で行うことの是非について,何かしらの新しい視点を持ったならば,それだけでオンDの実践を行った甲斐があります。

 ディベートの技術的な点について,否定側第一反駁の出だし「チャットは匿名で行うべき」でわかるように,反駁において立論のような自説の主張が繰り返されています。自分たちの意見が伝わらないのを何とかしたいとする気持ちを評価しますが,これでは意見の言い合いに留まります。議論を噛み合わせられるような指導をしたいものです。

 なお,「このディベートに関して,更に言及したい」という方は是非,判定意見を投稿して下さい。
5.生徒たちの様子と今後
 生徒たちからは「自分の意見をそのまま作文にするだけで,簡単にディベートができる。しかし,下調べをしなければ,勝ちに繋がらないということがわかった」「チャットはタイピングができないと参加できない。タイピングが出来る人にお世話になる形の参加となった。」「発言のひな形を決めた方が,議論が噛み合うのではないか。形式がないと互いに面をくらう。」といった感想が聞かれました。オンDではわりと簡単に,しかも本音を出してディベートに取り組めるようです。一方で聞かれたオンDの改善意見は,今後の課題です。
インターネットには不思議な魅力があるようで,生徒たちは相手校から届いた文章を,みんなで食い入るように見て検討しています。また,ディベートと同時に,空いた時間でのチャットで,誌面に公表できないような楽しい話題をしています。

 総じて,生徒たちは特段難しいことに取り組んでいる訳ではありません。普段考えている内容について意見交換できる楽しさがあるようです。

 今後,この楽しく,手軽に出来るディベートに改善を加えながら,幅広い年齢層の参加者を募って展開したいと考えております。また,論題や判定意見も広く募集いたします。興味のある方,ディベートにチャレンジしてみようという方,オンDのホームページでお待ちしております。

オンDのようす
▲オンDのようす
オンDのホームページ:http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/
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