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ICT・EducationNo.50 > p6〜p9

論説
中学校技術・家庭科技術分野における情報の学習の動向
─プログラムによる計測と制御学習の必修化を受けて─
信州大学  村松 浩幸
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1.はじめに
 高等学校の学習指導要領(以下;CS(※注1))改訂よりも一足早く,中学校では24年度から新CS,新教科書での実践や研究がスタートした。そこで本稿では,高校の教科「情報」の実践にも影響を与えるであろう,中学校技術・家庭科技術分野(以下;技術科)の情報関連の学習の動向を紹介したい。
 技術科は,1・2年生で70時間,3年生で35時間が設定(※注2)されている。技術科自体は,元々職業科から発展してきており,その過程において職業教育,近代技術の教育,さらに家庭科との関係から生活技術へと教科の重点を移してきた。この生活技術は,家庭生活の面が強調されすぎ,しばしば「日曜大工やパソコン教室ではないか」といった批判もなされた。しかし,今回のCS改訂では教科観が大きく変わった。この変化は,おそらく過去最大であろう。それは一言で言えば「教養としての技術」への指向である。例えば,技術を適切に評価・活用できる能力と態度,社会と環境の関わり,勤労観,知的財産などが盛り込まれた。
 中でも象徴的な変化が生物育成である。従来の栽培は選択的な内容だったが,それを生物育成として必修化した。教科書を見れば,従来的な野菜の題材ももちろんあるが,畜産や水産の題材,さらには農業の動向やバイオテクノロジーも紹介されている。要は,家庭生活で役立つ栽培から,社会の中で活用されている生物育成の技術という視点の転換である。
 以上の点は,情報の話に入る前にぜひ押さえておきたいポイントであると共に,教科「情報」の本質論を検討するヒントにもなるのではないかと考えている。
2.CSと教科書の動向
 技術科のCS改訂の中で,情報に関する学習も大きく変化した。旧CSでは,技術科の中で情報に関する学習は「B 情報とコンピュータ」として教科の半数を占めるに至っていた。それが新CSでは,「D 情報に関する技術(以下;情報技術)」として,四つの内容の一つに再編された。単純にとらえれば,量的には半分になったことになる。その一方,質的には前述した生物育成のような大きな変化が生じている。要点的には,1)ソフトウェアなどの基本操作習得が外されたこと,2)プログラムによる計測と制御の学習が必修化されたこと,の二つである。必修化については,上限から下限設定へというCS自体の性格の変更も影響していると考えられる。CS解説書に記載されている内容の取り扱いの例を図1(※注3)に示す。
基本的な情報処理の仕組み
・ディジタル化の方法と情報の量
・bit,Byte,ピクセル,dpiなどの主な単位
情報通信ネットワーク
・bpsなどの関連する主な単位
・TCP/IPなどの共通の通信規約の必要性
・個人認証,情報の暗号化
・情報処理の手順の工夫
情報技術の適切な評価・活用
・省資源・省エネルギーの視点から情報通信ネットワーク
 を利用する利点
・運輸や製造場面でのコンピュータ制御での労働環境,安
 全性,経済性の視点からの利用方法検討
ディジタル作品の設計・制作
・多様なメディアを複合した表現・発信
・著作権や個人情報等への配慮
プログラムによる計測・制御
・計測制御システムの各要素
・簡単なプログラムの作成
その他
・情報に関する技術にかかわる倫理観
・知的財産を創造・活用しようとする態度
▲図1 技術科の新CSでの内容の取り扱いの例

 技術科におけるこれらの内容は,教科「情報」の学習内容にも重なる部分が多いのではないだろうか。なお,CS変更に伴い,教科書改訂がなされた。現在,技術科教科書は3社から発行されている。各社の教科書から,プログラムによる計測と制御に関連した題材例および新たに設定された情報技術の適切な評価・活用の内容例を図2に示す。
プログラムによる計測と制御の教科書題材例
・数当てゲーム(VB)C社
・ライントレースカーの制御(A,B,C社)
・3モーターロボット制御(B社)
・温室の環境制御(A社)
・ホームオートメーション(B社)
情報技術の適切な評価・活用
・未来の情報技術を考える(A社)
・記念文集の作り方を比較・検討・評価する(A社)
▲図2 平成24年度版技術科教科書の実習例

 各社ともセンサーカーの制御が題材として共通に取り上げられている。旧CSでは,プログラムによる計測と制御は選択の扱いであったため,実践者は制御に関心が高い特定の教員に限られていた。しかし必修化に伴い,次節以降で紹介するような,従来とは異なる実践も始まってきている。こうした実践の成果は,順次教科書にも反映されていくと考えられる。
 「情報技術の適切な評価・活用」をする能力と態度も,新CSに新たに加えられた内容として注目されている。技術の適切な評価・活用とは,それまでの技術の学習を踏まえ,技術のあり方や活用の仕方などに対して客観的に判断・評価し,主体的に活動できることが目標となる,いわば技術リテラシーの育成につながる内容である。これは教養としての技術を重視した新CSの大きな特徴ともなっている。実践的にはまだ試行錯誤が始まった段階であるので,制御の学習同様に,先進的な実践の成果を蓄積することで,順次教科書や全国の学校現場にもフィードバックされていくであろう。
3.情報技術の実践動向

 では,新CSや教科書を踏まえて,中学校現場での実践動向はどのようになっているのだろうか。
 まず,実践以前に大きく変化したのは教材である。プログラムによる計測と制御の必修化により,研究レベルのものも含め,教材会社各社から安価なロボットや制御教材が続々と開発・販売されるようになってきた。LED制御を用いた教材など,実用性を持たせた教材も同様に複数出てきている。プログラミングについても,例えばフローチャート型など,手軽にアルゴリズムを記述できるソフトウェアもセットになっている例が多い。従来の制御教材の課題であった低価格化,プログラミングという敷居の高さ,教材としての実用性といった点の多くは,改善がなされつつある。CSによる必修化という公的枠組みの変更による影響・効果を改めて実感している。
 授業実践に関しては,全日本技術・家庭科教育研究会(※注4)という中学校教員の研究団体があり,各都道府県,各ブロック,全国での研究授業および各種ものづくりフェアの運営など,活発に活動している。もちろん情報技術の授業研究,特に必修化の影響を受け,近年では制御を扱った授業研究に多くの教員が取り組んでいる。
 23年度は,アルゴリズムの工夫や学習など,プログラミング自体に焦点化した研究が複数見られた。しかし,24年度では,例えば赤外線センサ搭載のロボットカー教材を使い,自動運転支援システムをまねてぶつからないように走行する課題設定(※注5)や,センサつき時計を使ってエアコンをシミュレーションする課題(※注6)など,単に動かすだけでなく,課題設定がなされ,技術的な目的を明確にした授業展開が増えている。これはプログラムによる制御を実践する段階から,技術科として制御で何を教えるべきかをより掘り下げて追求する段階に移行しつつあると見ることができる。
 もちろん,ここで紹介したような授業は言わば現段階でのトップ水準の実践であり,平均的なものではない。そればかりか,技術科においては技術科の免許を持たずに臨時免許で教える,いわゆる免許外教員が,特に地方には多いのが実情である。こうした学校での制御の授業実践は当然困難が予想される。この点は教科「情報」でも同じような課題を抱えているのではないだろうか。また,先端的な実践であっても,制御技術やプログラミングという視点から見れば,簡易言語を用いて短い授業時間の中で行われている点から,レベルが高いとは言い難いという見方もできよう。
 これは,教育予算の問題や材料加工,エネルギー,生物育成に情報という四つの内容を前述のごく限られた時間の中で教えなければならないという,現実的な制約条件によるところが大きい。簡単に解決できる問題ではない。
 しかし,そうした現実の中でも,今回の新CSでは,技術科としての情報技術のとらえ方や方向性を今までよりも格段に明確にし,さまざまな制約条件の中で実践が進み出しつつある。すなわち,全国の中学生が,卒業までには従来よりも情報技術を深く学び,プログラミングの経験を持つようになる。そうした中学生が順次,高校へと進学していくのである。この生徒達を教科「情報」ではどのように引き受ければよいのであろうか。次の課題として,技術科と教科「情報」の連携・交流について検討する。

4.中学と高校との交流の試み
 ここまで技術科のCSや教科書,さらに実践動向を概観してきた。技術科教育に20年以上関わってきた筆者から見ても,技術科の授業は変わろうとしつつある。その一方で,本誌読者の方々であればよくご存じのように,教科「情報」でもさまざまな実践や研究がなされている。問題は,両者の交流や連携がほとんど見られないということである。これには学校段階や各教員のバックグランドの違いなどさまざまな要因が考えられよう。中学校技術科と高等学校工業科の教員は,技術という共通項があるため,学会や民間研究会なども含めて一定の交流がある。筆者も某県の年次研修として,技術科の教員と工業科の教員の合同の授業研修会に毎年関わっている。校種を超えて授業を見合ったり,共に議論したりすることは,相互に多くの刺激をもたらしている。こうした試みが技術科と教科「情報」の間でできないだろうかと考えている。
 そこで本年1月に,筆者が取りまとめをしている日本産業技術教育学会のロボコン委員会主催,情報コミュニケーション教育研究会(ICTE)協力の下,中学校・高等学校の情報教育交流会を開催した。ICTEとしても中学校の技術科との本格的なコラボレーションは初めての試み(※注7)である。
 例えば,長野市立東部中学校の土田教諭からは身近な機械の省エネと制御をテーマにした実践が報告された。フローチャート式言語でプログラミングできるロボットカー教材を用いているが,単に走らせるだけでなくロボットカー自体を制御ユニットとし,エスカレータ模型を制御する課題に取り組んだ。その際に省エネの制御を理解させると共に,子どもに配慮した制御プログラムを考えさせるなど,目的意識を明確にしたプログラム制作が特徴であった。また,宇都宮大学院生の鈴木氏からは,技術の基本的な概念として安全に着目し,LEGO MINDSTORMS NXTを用いて,自動ドアをモデルに使用者の安全を考えた設計・プログラムを体験させる実践も報告された。前節で紹介した授業例と同様に,プログラム自体の高度さではなく,制御技術と社会の関連や開発者としての視点を持たせた実践は,今後の方向性として重要であろう。ほかにも,簡易なものづくりから制御までを接続した実践や,LEDの制御による水耕栽培など幅広い実践が紹介された。
図3 中学校・高等学校情報教育交流会の様子
▲図3 中学校・高等学校情報教育交流会の様子

 一方,高校では,神奈川大学附属中・高等学校の小林教諭から,教科「情報」での問題解決とコンピュータの活用において,ARCS動機づけモデルを適用しながら,センサーロボットの制御に取り組んだ実践が報告された。特に,宇宙エレベータへの取り組みは参加者の目を引いていた。
 参加者の高校の教員からは,技術科での実践が進んでいることに驚いたことや,自身の情報の授業にぜひ参考にしていきたいといった声をいただいた。こうした機会を増やしていく中で,情報や知見を共有し,相互に議論し合うことが,今後の技術科,教科「情報」双方にとって役立つであろうと考える。
 その一つのヒントが共通の題材にあるのではないだろうか。研究会では,教材体験をしてもらう時間を設定したが,中・高の教員同士が熱心に情報交換をしたり,意見を交わしたりする姿がみられた。ロボットという共通の題材,具体物があることの効果だと考えられる。
5.おわりに

 ある制御の授業研究会に参加した際に,「単に動かすだけでいいのだろうか」という問いが発せられた。これは,そもそも技術の学習で情報技術の何を教えるべきかという問いに置き換えることができよう。今回のCS改訂は,単にプログラミングが必修化されたというだけではなく,多くの教員にとって,改めて技術科教育は何を目指すべきかという議論のきっかけになっていると感じている。
 本稿で紹介した技術科の動向が,教科「情報」とは,何を教える教科なのか。何を目指したらいいのかを再考する契機となれば幸いである。同時に,技術科と教科「情報」の連携・交流も進めていけたらと考えている。

※注1: Course of Study
※注2: 正確には家庭分野と半々なので,1・2年生で35時間,3年生で17.5時間となる。なお,この時数は先進国中では最低レベルである。
※注3: 文部科学省 2008 『中学校学習指導要領解説 技術・家庭科編』 教育図書 参照。
※注4: 全日本技術・家庭科教育研究会の活動については,「全日本技術・家庭科教育研究会」(http://ajgika.ne.jp/)を参照。
※注5: 石川県中学校技術・家庭科教育研究部 2012 『自ら学び,考え,「生活に活きる力」を獲得しようとする生徒の育成,第49回東海・北陸地区中学校技術・家庭科研究大会石川大会研究要録』 p.55-58 参照。
※注6: 鹿児島県中学校技術・家庭科教育研究部 2012 『生活をよりよくしようと実践する生徒の育成,第51回全日本中学校技術・家庭科研究大会大分大会要録』 p.105-108 参照。
※注7: 詳細は,日本産業技術教育学会ロボコン委員会「ロボット学習資料公開サイト」(http://www.mura-lab.info/kaken/)を参照。

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