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ICT・EducationNo.5 > p1〜p4

論説
情報科の教員研修について
福岡県教育センター情報教育部研修主事 中村 俊之
1.情報科の教員養成について

 平成11年3月の高等学校学習指導要領の改訂によって,新しく教科「情報」が設けられた。現在,平成15年度からの実施に向けて,教科「情報」を担当する教員の養成・確保が課題となっている。このため,文部省は,大学による教員養成のほか,現職教員等を対象とした講習会を計画している。

  この講習会は15日間の予定で,その内容については,IT-Education第3号で藤井氏が示している。しかし,15日間の講習会を受講しただけで,十分な指導力が得られるであろうか。講習会後も,指導力を深化するために継続的な研修が必要ではないだろうか。ここでは,現職教員等講習会の内容を深化するために,どのような研修が必要であるか考えてみたい。

2.情報教育及びそれに伴う教員研修の推移
 まず,教科「情報」の内容とその担当者に必要な研修内容を考える前に,これまでの情報教育及びそれに伴う教員研修の流れを振り返ってみよう。

(1)昭和40年代〜

教育の場に情報教育に関する内容が初めて導入されたのは,昭和45年の学習指導要領の改訂にさかのぼる。昭和45年の改訂で,高等学校の商業・工業の中に情報処理に関する科目(情報処理,情報技術)が設けられた。この改訂は,今後到来するコンピュータ社会を担う人材を育成することが目標であり,内容に関してもコンピュータの仕組みや使い方を学習するコンピュータ教育の色合いが濃いものであった。したがって,この当時の教員研修は商業科・工業科の教員が対象で,その内容もプログラミングやコンピュータのハードウェアに関するものであった。

(2)昭和60年代〜

  昭和60年代になると,コンピュータの普及とともに専門教育だけでなく普通教育の中での情報教育の必要性が叫ばれるようになる。そのような社会情勢を受けて,平成元年3月の学習指導要領の改訂では,個々の教科の中での情報手段(特にコンピュータ)の活用とそれによる情報活用能力の育成が示された。

  ただし,この改訂における情報手段の活用は,あくまで教科の目標を実現するための教具としての利用であった。また,情報活用能力の育成についても,教科の目標を実現する中で進められるもので,情報活用能力の育成そのものを目標としているわけではなかった。

  この当時の教員研修の内容としては,各教科の中でコンピュータを教具として活用するための研修や教員自身がコンピュータを活用できるようになるための研修が主であった。

(3)平成8年〜

  ここ数年,インターネットを初めとする情報通信分野の進歩がめざましく,それに対応できる教育が求められている。平成10年7月に出された教育課程審議会の答申では,「これからの社会に生きる生徒には,主体的に情報を選択・処理・発信できる能力が必須となっている。また,情報社会に参加する上での望ましい態度を身に付け,健全な社会の発展に寄与することが求められている。」と述べられている。この答申を受けて,高等学校では新教科「情報」が設けられた。

  このような歴史的な経緯から明らかなように,教科「情報」の教員研修は,これまで行われてきた情報教育に関する研修とは目的や内容が異なっている。従来の研修は,コンピュータの操作法やコンピュータを授業などで活用するためであったが,教科「情報」の教員研修は,子供たちに高度情報通信社会を生きていく力を身に付けされることができる教員としての力量を高めるための研修となる。
3.教科「情報」の内容と教員研修


(1)教科「情報」の内容とコンピュータ教育

  学習指導要領の内容の取扱いをみれば明らかなように,教科「情報」(特に普通教育に関する教科「情報」)では,高度情報通信社会の中で情報を正しく活用できる能力を育成することが目的であり,コンピュータの利用技術を習得させることが目的ではない。しかし,情報教育を考える上でコンピュータの存在を軽視してもよいというわけではない。教科「情報」においては,コンピュータや情報通信ネットワークなどの活用を通して,教科の目標を実現することが示されている。

  この理由は,情報を取り扱う上でコンピュータの果たす役割が非常に大きいためである。上図に示したように,社会には様々な情報伝達手段があふれている。しかし,コンピュータを利用した情報伝達は,これらの情報伝達手段の様々な特徴を有し,なおかつ,統合するものである。すなわち,これまでの情報伝達手段を代表するものとして,コンピュータをとらえることができる。

  これまで,個々の情報伝達手段についての教育は,個々の教科や領域の中で行われてきた。例えば,会話や手紙などによる情報伝達は国語科教育,書籍については図書館教育,放送や映画は視聴覚教育などである。しかし,これらの情報伝達手段を代表するコンピュータの活用については,従来の教科・領域の枠内で行うことは不可能である。そのために情報教育という概念が生まれてきたと考えられる。その意味では,情報教育はコンピュータを抜きにして考えることはできないのである。

  ただし,教科「情報」の指導においては,情報手段の技術的な面には深入りしないことが示されている。これは,情報手段が今後も変化していくものであり,現在の知識がいつまでも利用できるわけではないからである。情報教育で身に付けさせなければならない力は,情報手段が進歩してもそれを使いこなすことができる能力である。

(2)情報科の教員研修の内容

  このように,教科「情報」の内容をみてみると,高度情報通信社会の中で情報をどのように活用するかについての指導ができなければならない。そのためには,教員自身が,社会の中で情報が果たす役割,社会基盤としての情報の役割について理解しておく必要がある。また,情報を利用する上での著作権や情報の安全性を確保するためのセキュリティなどの知識も必要である。

  さらに,情報活用手段としてコンピュータを初めとする情報手段の理解が不可欠である。指導内容そのものは基本的な事項にとどまることが示されているが,指導者としてはそのバックグラウンドとして,情報手段についての知識を有する必要があると考える。

  これらのことから,教科「情報」の指導者として理解・習得しておくことが望まれる内容としては次のようなものが考えられる。この内容は,必然的に教科「情報」の教員にとって必要な研修内容とみなすことができる。

ア 社会の情報インフラ
  今日の高度情報通信社会の中で,コンピュータを初めとする情報手段,及び,情報そのものが果たす役割について理解しておく。例えば,銀行のオンラインシステムやスーパーマーケットのPOSシステムなど社会の中の様々な情報システムが,人々の生活にどのようにかかわっているかを理解しておく必要がある。
 また,歴史的な背景として,このような高度情報通信社会がどのように進展してきたかについても,情報機器の発達を含めて理解しておく必要があろう。

イ 情報活用の方法
  情報収集のためにインターネットを利用したり,収集した情報を処理・分析するために表計算などの様々なソフトウェアを活用したりする方法について理解しておく。特に,データの処理・分析については,単にソフトウェアが操作できるだけでなく,例えば,データを視覚化するときの適正なグラフの選択やデータ分析のための統計理論などデータ処理・分析の手法についても理解が必要である。

ウ 情報発信の方法
  自分の有する情報を発信・伝達するための方法としてホームページや電子メールによるネットワークを介した情報発信,プレゼンテーションソフトによる情報提示について理解しておく。
 情報発信のために単にソフトウェアを利用できるだけでなく,ホームページや電子メールでは情報伝達の基本的な仕組みと利用上の留意点を,また,プレゼンテーションでは,効果的に発表するための論構成や画面構成及び話し方などについて理解しておく必要がある。

エ 情報検索とデータベース
  高度情報通信社会においては,膨大な情報の中から自分が必要とするデータを検索・収集する能力が必要である。そのためには,膨大な情報を適切に管理できるデータベースの仕組みや検索方法について理解しておく必要がある。
 特にデータベースにおいては,同じデータであってもデータベース構造の違いによって使い勝手が全く異なってしまう。データベースの理解とは,使いやすいデータベースシステムを構築したり,効果的な利用をしたりするための考え方について理解することである。

オ 問題解決の方法
  プログラミングによる問題解決のため,様々な現象をモデル化する手法とモデル化された現像を解析するためのアルゴリズムの考え方について理解しておく。
 指導内容そのものはプログラミングの技術的な面に深入りしないようになっているが,指導者としては最低でも1つのプログラム言語については,習熟しておく必要があろう。

カ マルチメディア
  今日では,画像(静止画,動画)や音声(音楽)などのマルチメディア情報の比重が大きくなっている。これらのマルチメディア情報のフォーマットや伝達方法の違い,その利用方法について理解しておく。
 また,CGやDTMなどコンピュータで画像や音楽を作成する基本的な技術とこれらを用いた表現方法について知識も必要である。

キ コンピュータのハードとソフト
  高度情報通信社会を支える情報手段の中核といえるコンピュータについて,基本的なハードウェア構成,内部での情報処理のプロセス,OSやアプリケーションなどのソフトウェアとハードウェアの関係などについて理解しておく必要がある。最近のコンピュータは高度にシステム化され,その細部まで理解することは不可能に近いし,それらを生徒に指導する必要はないが,基本的な構成要素については知っておくべきである。

ク ネットワーク
  これからの情報通信社会の基盤というべき,コンピュータネットワーク(LAN,インターネット)の仕組みについて理解しておく。単に技術的な面だけでなく,ネットワークの中で情報伝達がどのように行われるか,また,そのときのデータの安全性をどのように確保するか,ネットワークシステムをどのように管理するかについて理解しておく必要がある。

ケ 情報モラル
  情報化社会の中で特に注意すべき点は,情報を扱う上でのモラルに関する問題である。例えば,情報の活用する上での著作権への配慮や,情報を発信する場合のプライバシーの問題などがある。また,それ以外にもコンピュータ犯罪や人間関係の希薄化など様々な影の側面もある。これらについての理解が必要である。
 例えば,著作権やプライバシーの保護に関しては,具体的な事例とともに法令的な内容についても理解しておく必要があるだろう。また,情報化の影に関しては,研修で知識として学ぶだけでなく,ニュースなどに耳を傾け様々な事例に接しておくとよいであろう。
4.平成15年度に向けて

 新学習指導要領のもとで小学校・中学校と情報教育を受け,場合によっては家庭においてもコンピュータを使いこなしている生徒たちに,教科「情報」の内容を指導するためには,それなりの力量が要求される。最初にも述べたが,15日間の講習会を受講しただけで教科「情報」を指導できる力が十分に身に付くというものではない。今後は,各県,各学校において情報科教員の指導力向上のための研修が必要である。

  また,それ以上に,教師自信の自己研鑽が望まれる。情報技術の進歩は極めて速く,それに伴って情報通信社会の状況も刻々と変化している。このような状況の中では,与えられた研修を待つだけでは社会の変化に十分対応できないであろう。教師の自己研鑽は,情報科に限ったことではないが,情報科においては特に必要性が高いものである。教科「情報」を指導する予定の先生方には,平成15年度からの実施に向けて益々の自己研鑽を望みたい。

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