ICT・Education
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No.48
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論説
フューチャースクールに見るデジタル教科書の実践と課題
福山大学
内垣戸 貴之
1.はじめに
総務省は2010年度よりフューチャースクール推進事業を始めた。これは新成長戦略の中で,「子ども同士が教え合い,学び合う『協働教育』の実現」
※注1
が盛り込まれたことを受け,スタートしたものである。当時の原口一博総務大臣が提唱した「原口ビジョンII」
※注2
において具体的な目標が掲げられた。
■ICTによる協働型教育改革の実現
●2020年までに,フューチャースクールの全国展開を完了
2010年度より,「フューチャースクール推進事業」を着実に推進
タブレットPCや電子ブック等の情報通信機器,デジタル教材(電子教科書)等を活用し,児童・生徒が互いに学び合い,教え合う「協働教育」や児童・生徒一人ひとりに応じた個別教育の実現についてガイドライン化(2010〜12年度)し,これに基づき全国展開を計画的に推進
2010年度より「教育クラウド」の構築を進め,2012年度には教育現場に加えて校務への活用を開始し,2015年度までには学校運営の状況についての評価を可能とする
「新たな成長戦略ビジョン−原口ビジョンII−」(2010)
より抜粋
これによると,デジタル教科書に関しては直接的な時期は設定されていないものの,2020年までにフューチャースクールの全国展開を完了するという事業目標があり,これに合わせてデジタル教科書の整備もかなり進むものと推察される。ただし,原口ビジョンIIに先だって示されていた「原口ビジョン」では,2015年までにデジタル教科書をすべての小中学校の児童・生徒に配備すると書かれていた。原口ビジョンIIにおけるデジタル教科書の扱いは「デジタル教材(電子教科書)」という表記になり,表現的には以前より後退した。教科書検定制度がある日本において,デジタル教科書はその対象外の教材として位置づけられている。また,法制度の整備なども含め,2015年までの全国配備は現実的ではなく,そうした総合的な判断があるものと思われる。
さて,フューチャースクールの目的は「協働教育プラットフォーム(教育クラウド)を核としたICT環境の構築により,デジタル教材(教科書),ポータルサイト,ICTサポート等を一元的に提供するとともに,タブレットPC(全児童1人1台)やインタラクティブ・ホワイトボード(全普通教室1台)等のICT機器を用いた授業を実践し,『協働教育』の実現に必要な技術的条件やその効果等を検証する」
※注3
とある。それらの環境をイラスト化したものが図1である。
▲図1 ICT を利活用した協働教育
※注4
協働教育プラットフォーム(教育クラウド)とは,例えば,任意のタブレットPCの画面を他の学習者に転送したり,1つのスプレッドシート(いわゆるデジタル模造紙)を複数のタブレットPCで共有し,同期しながら操作ができるなどの機能を実装し,学習者同士の「教え合い」を支援するものである。
※注5
また,学習者用のタブレットPC画面を教師用タブレットPCで確認したり,人数や教室のレイアウトに合わせて学習者のタブレットPCをグルーピングし,共同作業ができるよう学習環境を整えたりなどということも可能である。
こうした協働教育プラットフォームに,電子黒板やデジタル教科書を中心としたデジタル教材が加わり,フューチャースクールの環境となる。
2.フューチャースクール環境における取り組みから
(1)石川県内灘町立大根布小学校の取り組み
1つは石川県内灘町立大根布小学校の取り組みである。1年生の国語で行われた「おみせやさんごっこをしよう」という授業では,子どもたちが「お花屋さん」や「お寿司屋さん」などのグループに分かれ,そのお店で自分たちが扱いたい・扱うべきと考える商品を,グループごとに用意されたデジタルスペースに書き込んでいく(図2)。
▲図2 大根布小学校での授業の様子
その後,書き込まれた情報は,協働教育プラットフォームを通して電子黒板に提示され,それを基にグループごとに発表を行うというものである。子どもたちが書き込みをしている間,教師は机間巡視をしたり,教師用のタブレットPCを使って書き込まれた内容の確認を行っている。
協働教育プラットフォーム環境を十二分に活用したもので,小学校1年生でも活用できることを示した事例である。
(2)北海道石狩市立紅南小学校の取り組み
2つめは,北海道石狩市立紅南小学校の取り組みである。教科書と同じものがデジタル化された,いわゆるデジタル教科書を使って,授業を行ったものである。子どもたちに手元の教科書を眺めさせながら,教師からの発問に対する答えや資料に関する何かしらの気づきを持たせている。
その上で同じ資料を電子黒板に提示し,子どもたちが書き込みながら,説明をしていく(図3)。
▲図3 紅南小学校での授業の様子
これは協働教育プラットフォームがなくても十分に行える事例であり,さらに言えば市販されたデジタル教科書がなくとも,資料をデジタル化し提示する,もしくは実物投影機を使って教科書や資料を大きく提示するという方法もある。教科書や資料を大きく映し出すという活用は,東日本の実証校の中でも多く取り入れられた方法である。
(3)半年間の取り組みでわかってきたこと
フューチャースクールの環境を活用した事例は,次の6つの活用場面にまとめられた。
1) クラス共有 : 児童の考えをクラス全体で共有
2) グループ共有 : グループでの話し合いや少人数での活動時における情報共有
3) 交流 : 学校外の施設や学校とネットワークを使ってつなぐ
4) 制作 : 絵や作品の制作にタブレットPCを活用
5) 収集 : インターネットを使って調べ学習に活用
6) 習熟 : ドリル教材やカメラで繰り返し練習
フューチャースクールにおけるキーポイントは「協働教育」にある。そのために様々なICT機器やデジタル教材が配備されている。今回,まとめられた6つの活用場面を見ると,「クラス共有」「グループ共有」「交流」の3つは,他者との関わりを前提に行う形であり,協働教育として求められる「学び合い」をストレートに実現しようとするものである。また「制作」「収集」「習熟」は,タブレットPCの利用を中心とした,どちらかと言えば個人的な活動がベースになる。
しかし,そこに「協働教育」がないのかと言えば,決してそのようなことはない。前述の大根布小学校の例で言えば,子どもたちがこの授業で取り組んだことは自分たちの考えを出し合って共有するということであるが,ネットワーク上に用意されたワークスペースは単なる情報共有だけでなく,その後プリントアウトをして張り出すためのデザインともなっていた。つまり「制作」の一面も持っていたのである。実際,多くの実践事例で複数の活用場面がカウントされている。
3.デジタル教科書の意義
(1)フューチャースクールにおけるデジタル教科書の活用場面
では,これらの環境においてデジタル教科書はどのような役割を果たすことができるのだろうか。まず6つの活用場面から考えてみる。「クラス共有」や「グループ共有」は,名前の通り共有することが目的である。共有される事象は様々であり,教科書もその1つに入る。筆者が観察した授業の多くでも,教科書の資料や挿絵を大きく映し出し,それを使いながら説明をする,あるいは発表をするといった活用事例は多く,高いニーズがあると推察される。
また,「習熟」場面でもデジタル教科書の活用が見られた。例えば,算数で図形を扱う問題などでは,教科書の図形をそのまま子どもたちのタブレットPCに転送し,子どもたちは画面上で図形に補助線を引いたり,色を塗りつぶしたりしながら理解を深めるといったパターンである。
その他,タブレットPCが配備されていることからも,デジタル教科書からインターネットへシームレスに移動でき,「収集」も容易にできる。
フューチャースクールはデジタル教科書のみを扱うプロジェクトではないため,必ずしもデジタル教科書を使った事例ばかりではなく,また6つの活用場面もデジタル教科書をフィーチャーしたものでもない。それでもあえて本稿を「フューチャースクールに見るデジタル教科書」と銘打ったのは,今後のデジタル教科書はおそらくデジタル教科書単体ではなく,フューチャースクールのようなICTインフラとセットで語られるようになるだろうと考えるからである。前回の学習指導要領改訂以降,少しずつデジタル教科書が世に出始め,ここ数年で電子黒板をはじめとするICTインフラも普及しつつある。したがって今後は,電子黒板やネットワーク接続などのICTインフラを前提とした学習環境の一部として,デジタル教科書が位置づけられることになるだろう。
デジタル教科書をどのように生かすかという視点はもちろんのこと,デジタル教科書を教室のICT環境とどのように接続させていくか,デジタル教科書の活用を個々人の活動にとどめることなく,いかに共有するか,いかに教え合い・学び合いへとつなげていくか,が重要になるのである。
これまでもデジタル教科書を語るとき,暗黙の了解としてプロジェクターや電子黒板の存在があった。
例えば,「挿絵を大きくする」といった活用事例のことを考えてみよう。対象物を拡大するだけであれば,デジタル教科書の機能として実装することはできる。しかし,その機能を使って,学習者が個々人で教科書と対峙する場面は想定できても,拡大してわかったことを「見せる・情報を共有する」場面はタブレットPCとデジタル教科書のセットだけでは実現が難しい。このように,デジタル教科書はICT環境を踏まえて,その意義を考えていかなければならないのである。
(2)デジタル教科書を誰が使うのか
同時に注意しなければならない点が,デジタル教科書を教師が使うのか,子どもが使うのかという点である。
教師が使うことを前提に考えた場合,その用途は主に「見せる・情報を共有する」ことがねらいとなる。つまり,子どもたちの手元にある教科書と同じものが,プロジェクターや大型モニターを通して大きく提示されることになり,「見せる・情報を共有する」ことが容易になる。またそれが電子黒板であれば,画面上に書き込むことも可能であり,学習者の視点を集めやすくなる。電子黒板上のマーカーやペンを使うことで,教授意図の伝達率も上がることが示されている。
※注6
では,子どもたちがデジタル教科書を持つ場合,何がどう変わってくるのであろうか。これまでデジタル教科書を使った事例は,基本的に「教師が使う」ことが前提であった。デジタル教科書が教師の手元のみにある状況では,少なくとも学習者の教科書に対する関わり方は,これまでの教科書とほとんど差はないだろう。
しかし,学習者の手元にデジタル教科書があれば,学習者個人が挿絵を拡大し,分析をするという個別の学習活動などが想定できる。さらに,子どもたちがデジタル教科書を持つとなれば,教科書を活用する時間は確実に増えるだろう。なぜならば,それまでの教科書と比べたとき,デジタル教科書は内包される情報量が格段に増えるからである。
(3)デジタル教科書で何が変わるのか
学習者がデジタル教科書を手にすることが,教科書の新しい活用法につながるのかと言えば,それについてはさほど大きな変化につながらないのではないかと考える。1990年代後半以降,学校現場に様々なICT機器が導入され,多くのデジタルコンテンツも開発された。デジタル教科書は,そこで培われた知見を基に必要なコンテンツや機能を加えたものである。いわゆる教科書準拠のコンテンツが増え,教材をより深く掘り下げるためのチャンス(機能)が増えたという見方が適切である。そうだとすると,デジタル教科書による変化は教科書をどのように使うのかという点にある。
この点に関して,引用されることの多い言い回しであるが「教科書を教える」ことと,「教科書で教える」こととの違いがある。一般的には「教科書で」の方がよいという論調であるが,河南(1994)はこの点について,授業で教科書をどのように扱ったのかを「教材としての教科書」と「教育内容としての教科書」という観点から4つに分類し,「教科書を」と「教科書で」の違いについて分析を行っている。それによれば,これまで「教科書を教える」とされてきた事例と「教科書で教える」とされた事例の違いは,教材として提示される資料などが,教科書をそのまま使ったものなのか,差し替えたものなのかといった程度であったと言う。教科書で教えると言えるのは「教科書に掲載されている教材を使いながらもそこに記述されていない独自の教育内容を設定したもの」
※注7
でなければならないとする。
教科書がデジタルになるとどうだろうか。
デジタル教科書だからといって「独自の教育内容」が設定されるというものではない。設定するのはあくまで授業者だからである。ただ,授業者が学習者に取り組ませたいと思う学習活動に,デジタル教科書は幅広く対応できるようになったということは確かである。これまでの放送教育,視聴覚教育でも「見せられないものを見せる」「気づきにくいことに気づかせる」といったことが目的の1つとしてあった。そのために教科書とは別の教材を用意したわけだが,デジタル教科書はそうした課題を少なからず解消してくれるだろう。
4.今後の課題
最後に実際の運用面から見えてきた課題について触れておく。
現状のデジタル教科書は,メーカーによって機能やコンテンツに様々な違いがある。そのこと自体はよいのだが,教科書で何をどこまで実現しようとするのかという点が授業に大きく影響を及ぼしている。教科書会社が違うと,実装されている機能が違うことになり,国語ではできたことが理科ではできないといったことが起こる。また,タブレットPC,電子黒板,デジタル教科書がそれぞれ同じような機能を持っており,統制が取れていないため,混乱が起こる。使いやすさを高めていくためには,ICT環境を学習環境一体として考えつつ,どのように各機器・機能を棲み分けるのかを検討していく必要があるだろう。
フューチャースクールはその名の通り,5年10年先を見据えて進められているプロジェクトである。その分,今後も課題は出てくるだろうが,よりよい学校づくりのために,官民一体で協働していくことが重要である。
注
注1:文部科学省(2010)「新成長戦略(基本方針)(平成21年12月30日閣議決定)文部科学省関連部分抜粋」
http://www.mext.go.jp/b_menu/seisakukaigi/syousai/siryo/1291678.htm
参照。
注2:総務省(2011)「新たな成長戦略ビジョン−原口ビジョンII−」
http://www.soumu.go.jp/menu_kyotsuu/topics/s_topics100506.html
参照。
注3:総務省(2010)「ICTを利活用した協働教育推進のための研究会」
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/kyoudou_kyouiku/index.html
参照。
注4:NTTコミュニケーションズ「東日本地域におけるICTを利活用した協働教育の推進に関する調査報告(実施要領)」より。
注5:ただし,これは筆者が関わっている東日本地域における実証環境であるため西日本における実証環境とは異なる点もある。後述 する部分も含めて,1つのパターンとしてご理解いただきたい。
注6:黒上晴夫(2010)「電子黒板による教授意図の伝達率についての調査」『デジタルテレビ等を活用した先端的教育・学習に関す る調査研究事業報告書』
注7:河南一(1994)「教科書を使った社会科授業づくり−その理論と方法−」『熊本大学教育学部社会科教育方法研究室紀要』