ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.44 > p10〜p13

教育実践例
実感を持って学ぶ著作権
─学校紹介CM制作を題材として─
東京学芸大学附属高等学校 森棟 隆一
morimune@gakugei-hs.setagaya.tokyo.jp
1.はじめに
 平成25年度より実施される新学習指導要領の共通教科「情報」では,改善の基本方針の1つとして次のような項目が掲げられている。
 「情報を適切に活用する上で必要とされる倫理的態度,安全に配慮する態度等の育成については,情報モラル,知的財産の保護,情報安全等に対する実践的な態度をはぐくむ指導を重視する。」
 また,今回の学習指導要領の改訂にあたり,高等学校学習指導要領のみならず小学校学習指導要領,中学校学習指導要領にも「情報モラル」という言葉が明記されているのが大きな変更点となっている。これらを踏まえ,実践的な態度をはぐくむ情報モラルの指導の一例として学校紹介CM制作の課題を紹介する。
2.学校紹介CM制作課題の取り組み
 東京学芸大学附属高等学校(以下,本校)では,2003年度より情報Aを1年次に2単位設置しており,2004年度入学生から,15秒の学校紹介CM(厳密にはPublic Relationsであるが,本稿では広義の意味でCMと表記する)制作の課題に取り組んでいる。普通教科「情報」の中で学校紹介CM制作に取り組む意義は,以下の4つにまとめられる。
  • メディアを活用した創造的学習活動の集大成であり,生徒が主体的に取り組める楽しい課題である。
  • グループワークやコミュニケーションを重視した活動であり,他者理解や協力し合っていく中で「生きる力」を身につけることのできる課題である。
  • 他教科との連携や社会との接点を意識できる課題である。
  • 生徒のその後の学校生活によい変化を与えられる課題である。
3.CM制作の流れ
 本校では,学校紹介CM制作課題を,「情報A」の総合演習として位置づけている。年度により授業回数に多少の差はあるものの,1年次3学期に6回,12時間を標準的な授業時間として想定している(1単位時間は50分。通常は2時間連続の授業となっている)。各回の授業の概要は表1のようになっている。
第1回 CM概論,グループ分け
第2回 動画編集ソフトの使い方
    コンセプトワーク
    絵コンテの作成
    依頼主へのプレゼンテーション
第3回 サウンドロゴの作り方
    キャストの出演交渉
第4回 音楽の取り込み
    音声の吹き込み
    撮影
第5回 撮影,著作権の処理
第6回 動画編集,作品提出
▲表1 授業の概要

 第1回ではCM制作のためのガイダンスを行う。この授業は元々は美術科,公民科教諭とのコラボレーションにより生み出された。公民科教諭が,社会学的な側面から見たCMについて,また美術科教諭が,映像文化の側面から見たCMについてそれぞれの立場から講義が行われたのが発端となっている。現在ではこれらを融合させ,さらに過去の作品を例示しながら技術的側面を加味して授業を展開している。その具体的な内容は以下の通りである(表2)。
(1)CM,PR,Propagandaの相違
(2)TVCFの表現形式による分類
(3)CMを構成する3要素
(4)AIDMAの法則
(5)観られないCMをみせるには
(6)CM制作上の倫理要領
(7)TVCFの制作の実際
▲表2 CM 概論の内容

 CMは究極のプレゼンテーションであり,「何を」,「どのように」相手に伝えたいかを明確にしていく必要がある。TVCFの表現形式を分類していく中で,これまでの情報の受け手から情報の発信者となる際にどのような点に注意すれば,見ている人々に「伝わるCM」になるのか考えさせるのが第1回の授業の目的である。
 実際のCM制作には3つの組織が関わっており,次のように役割を分ける。
  • 広告主………教員の役割
  • 広告会社……生徒の役割
  • 制作会社……生徒の役割
 第2回の授業では,広告主からの依頼を受けて,生徒はテーマの咀嚼をグループで行う(写真1)。
▲写真1 グループ活動の様子
▲写真1 グループ活動の様子

 その後,絵コンテや企画書の作成(写真2)を行い,広告主へプレゼンテーションを行う。
▲写真2 絵コンテの作成
▲写真2 絵コンテの作成

 ここでは企画書を元に広告主へ説明し,説得するための言語能力・プレゼンテーション能力が必要となる。「どう」表現するかではなく,「何」を表現したいのかを生徒同士で議論させ,CMの目的を明確にさせる。また動画編集ソフトの使い方(写真3)を理解し,映像表現の手法について学ぶ。 ▲写真3 動画編集ソフトの利用
▲写真3 動画編集ソフトの利用

 第3回の授業では,出演者への交渉・説得や撮影場所の利用許諾申請を第2回の授業で承認された企画書を元に行う。広告主には,承認を得た企画書であっても出演者に出演を拒否され,企画を差し戻されてしまうものも少なくない。なぜ,その出演者(教職員,生徒)が必要なのか,その必然性を再度明確に示すことにより許諾を得られるケースもあった。このように生徒からの依頼が一度で許諾を得られるとは限らない。「しつこく,さわやかに」再交渉する姿勢を身につけることにより,何事も一度ですべてがうまくいくとは限らないことを理解することができる。また画像処理ソフトを利用してサウンドロゴの制作を行う。
 第4回の授業では,音楽ファイルの扱い,動画編集ソフトへの取り込みの方法と外部音声によるキャッチコピーやナレーションの吹き込みの方法について学ぶ。また第3回までに承認を得ている企画書を元にディジタルビデオカメラによる撮影を行う。
 第5回の授業では,第三者に著作権がある楽曲の利用について,CMの中で利用する際にはどのような配慮が必要になるかを学ぶ。学校紹介CM制作では,楽曲の利用パターンとして,これまでの実践から主に以下のような3つのケースが考えられる(表3)。
(1)自分たちで作曲を行う。
(2)既存の楽曲を生徒が歌い,
   それを収録する。
(3)既存の楽曲を利用し,音楽
   CDなどの音源からコピーし
   て利用する。
▲表3 楽曲の利用パターン

 (1)のケースでは,著作権は楽曲を制作した生徒自身にあり,学校紹介CMとして配信や配布についての著作権上の問題はない。
 (2)のケースでは作詞,作曲者の権利である著作権の利用許諾を取る必要がある。邦楽の楽曲についての多くが,(社)日本音楽著作権協会(JASRAC)や民間の音楽著作権管理団体である,(株)イーライセンス(e-License)や(株)ジャパン・ライツ・クリアランス(JRC)が音楽著作権の管理委託業務を行っているため,個々の権利者に問い合わせる必要はない。著作権第三十五条(学校その他の教育機関における複製等)により学習者が必要と認められた範囲内で複製を行うことは著作権者等の許諾を得ずに行える。しかし(3)のケースについては作詞,作曲者の権利である著作権に加えて,実演家やレコード発売元の許諾を得る必要がある。著作隣接権については,著作権と異なり管理委託業務を行っている団体が存在しないため,生徒が個々に問い合わせを行うことになる。なお,この前段階として,指導者があらかじめ,主要なレコード会社・発売元に問い合わせを行っている。
 過去に問い合わせた事例では,当該アーティストが既に解散していて,所属レコード会社がアーティストの意思確認ができないため,許諾を得られないケースもあったが,多くのアーティストの所属事務所,およびレコード発売元からの許諾を頂いた。問い合わせの過程で,アーティストの権利は生徒の想像以上に守られていることが,社会との接点を持つことにより実感できたことが,事後のレポートからも伺えた。
(1)生徒自身が授業中に複製
(2)授業の範囲内のみで公開
(3)授業終了後は生徒の手元に
   は残らないこと。
▲表4 問い合わせの内容
4.学校紹介CM制作を通じての生徒の知財に対する意識の変化
 学校紹介CM制作を通じて生徒の知的財産に対する意識がどのように変化したかを評価する。方法としては,プレテストとして以下のようなテーマ設定で1年次夏休みの課題として著作権に関するレポートを出題した(表5)。
テーマ:音楽業界と私たち
[1]私的使用の範囲はどの程度まで
 許されているか。(著作権法第
 三十条の範囲の理解)
[2]改正著作権法(2010.1.1)実
 施を前に,動画共有サイトの利
 用の是非についての意見を述べ
 よ。
[3]音楽業界と私たちが共存できる
 ための建設的な提案をせよ。
▲表5 2009年度レポート課題

 1学期中に著作権と産業財産権というテーマで学習を行ってはいるものの,高等学校1年次の夏休み段階では「メディアの特性を活かした創造的活動」もそれほど多くは行っておらず,また他者の権利の利用許諾を得るための手続きを行うような経験を持つことも少ない。そのため,著作権についても,「面倒くさい,やっかいなもの」という認識が生徒の中には少なからずある。そのため提出されるレポートには私的録音録画補償金の充実や,著作権法の改正など,法の改正や制度の改善について論じるものが多い。比較的よく書けているレポートについても著作権の教育を早くから行うべきである,モラルの育成が大切だと論じるにとどまり,自らがクリエイターとなり著作者になったと仮定して論じられているようなものは少ない。しかし,生徒の知的財産に対する態度は,学校紹介CM制作を経験することによって,メディアを活かした創造的活動の成熟度が高まることや,実際にレコード会社などと交渉し,社会との接点が増えていくに従って変化していく(図1)。

▲図1 著作権理解の段階
▲図1 著作権理解の段階

 その態度は,事後の自己評価シートの記述からも伺われた。
 以下,授業後の自己評価シートの記述を列挙する。
  • 著作権に関してもCM制作を通じて制作者の側から見ること,考えることもできてとても勉強になった。
  • 自分が制作者になることで著作権の価値や必要性を理解するというのはなかなかよくできた仕組みであると思った。
  • 一番記憶に残ったのは著作権の授業。自分は昔から著作権を知らないところで侵していたことに気づいた。あの授業からは結構意識するようになった。
  • 音楽のコピーに関するレポートもなぜ,出されるのかわかりませんでした。けれど最後の授業でやっとわかりました。世の中に出回るような著作物は人の手間がかかっていたり,気持ちが込められていたりするものなんだという当たり前のことを実感することができました。
5.おわりに
 情報モラルや知的財産について実感を持って理解するためには,知識を学ぶことももちろん必要であるが,それ以上に,「メディアの特性を理解した創造的活動」を経験し,社会との接点を持っていくことにある(図2)。制作する大変さやできあがったときの喜びを体験した生徒であれば,著作者への敬意の念が自発的に生まれてくることは想像に難くない。
 そのような制作の喜びや大変さを共有していくことこそが情報社会への参画する態度,すなわち「生きる力」をはぐくむのではないかと考える。

▲図2 生きる力をはぐくむ
▲図2 生きる力をはぐくむ

 以上で述べてきたように学校紹介CM制作の課題には,これから情報社会へ参画していく生徒たちが「生きる力」をはぐくむための要素を含んでおり,新学習指導要領の共通教科「情報」でも取り扱う意義は高いものと考えられる。
参考文献・引用等
・森棟隆一・熊坂瑶子・重松淳・山崎謙介,「学校紹介CM制作を通して学ぶ「知的所有権」教材の開発」,『情報処理学会研究報告 CE,コンピュータと教育』,社団法人情報処理学会,2010-3-6
・森棟隆一・尾澤勇・山崎謙介,「メディアリテラシー教育の実践 : 学校紹介CM制作を通じて」,『情報処理学会研究報告 CE, コンピュータと教育』no.2007-CE-88, 社団法人情報処理学会,2007-2-16, pp.119-125
・熊坂瑶子・重松淳・森棟隆一・山崎謙介,「情報教育におけるラジオ番組制作課題の実践」,『情報処理学会研究報告 CE,コンピュータと教育』,社団法人情報処理学会,2010-3-6
・D-Project2「メディア創造力を育成する実用事例」
http://www.d-project.jp/2009/casestudy/index.html
・JASRAC「学校その他の教育機関における著作物等利用に関するフローチャート」
http://www.jasrac.or.jp/info/dl/gaide_chart.pdf
・JASRAC「学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第35条ガイドライン」
http://www.jasrac.or.jp/info/dl/gaide_35.pdf

Web Site
東京学芸大学附属高等学校
本校「情報」教育についてのページより学校紹介CM制作の学習指導案,教材を近日中にダウンロード可能となります。
http://www.gakugei-hs.setagaya.tokyo.jp/joho/
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