ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.43 > p26〜p29

教育実践例
逆手順でおこなう実習
─逆にやることの重要性─
開新高等学校 大田黒 司
hikonehanshi@mail.goo.ne.jp
1.はじめに
(1)情報社会の教育

 共通教科「情報」は,情報社会における教育のパイオニア的存在になるべきであり,“産業社会”的な教育ではなく,“情報社会”的な教育を目指すべきであると考えている。
 近年の学習指導要領に“個性”や“自ら考える”といった概念が多く用いられる背景も,これと同じであると考えている。
 産業社会的教育が,“集団”で,“同じ時間”に,“同じアウトプット”を求める教育であるとすると,情報社会的教育とは,“個々の学習者”が,“各々の個性”を活かしながら,“各々のアウトプット”を出すような教育の形態と考えてよいと思う。
 そのためには生徒がそれぞれの個性やスキルの範囲で,できるだけ自力で結果を出すことが大切であり,丁寧なマニュアルによるサポート,過程を明瞭にするタスク等が必要である。
 それらを踏まえ,独習可能で,個々の水準や個性を維持しつつも,緩やかな集団性を確保できる授業形態や教材を模索した。

(2)指導の合理化

 共通教科「情報」における課題の一つに,PCの操作の指導に時間を取られることが挙げられる。PCは,教科「情報」にとって重要なツールではあるが,必要不可欠なものではない。PCの操作を習得することは,情報社会に参画するためのスキルとして重要ではあるが,この教科の本質的な目的は,情報の科学的な理解にあると考えている。
 だから,仮に綺麗なレイアウトが作成できないとしても,科学的な理解に基づいて,目的に添ったPCの操作が可能になれば,教科としての目標は達成されているといえる。PC作業の指導に労力の多くを投じることは非合理的であり,その削減を意図することは,授業の効率を上げることになっても,怠慢になることはないと思う。

(3)指導上の省力化をねらった取り組み

 本稿で報告する実践は「携帯電話の新製品を企画する」という,比較的長い時間を費やした実習の一部分である。この実習の中で,新製品のCMやプレゼンテーションを企画するというタスクがあり,本実践は,その前段階的なものである。
 報告する授業は,2段階で構成されている。第1段階は,動画を見て,その絵コンテの作成を行うというものである。第2段階は自分の作りたい作品を,絵コンテで設計図を作成した上でパワーポイントを用いて作るというものである。
 第2段階は,通常の手順であり,比較的めずらしい実践ではないと考えられるので,紹介は第1段階を主として進めていく。
 本実践では,指導上の省力化をねらった取り組みを行っているが,ここで使用する方法は,グループ化を行うというもので,特別なことではない。
 ただし,留意してもらいたいのは,ここでの集団はアウトプットを出すためのグループではないということである。
 あくまでも,本実践でのグループ化は,本質とあまり関係のないPC作業上の指導に対する労力軽減を意図したものである。
2.理論的背景
(1)キーワード

 本実践ではグループ分けをしているが,それは「偶有性」,「ピアプレッシャー」を意識したものである。この二つの用語と「問題解決型学習」をキーワードに,本実践を進めた。

(2)用語の説明

【1】偶有性
 偶有性は,「セキュア(secure)=予測できること」と「チャレンジング(challenging)=新しいこと」が混在した状態であり,この状況は発展や成長に有効であることが指摘されている。
【2】ピアプレッシャー
 ピアプレッシャーとは,集団が自らを平均に戻そうとする力のことであるが,これは個性やオリジナリティを抑圧する方向に動くことが多い。その一方で,個性を集団として押し上げるケースもある。
【3】問題解決型学習
 学習を問題解決行為としてとらえ,学習者が主体的に疑問や問題点に接しながら,知識等を獲得していく学習スタイルのことである。

(3)意図

 グループ化はピアプレッシャーによるグループ内の自助努力を促すことを意図している。
 実習の基本は,問題解決型学習である。ここでは偶有性も意図しており,実習にあいまいな余地を残すことで,実習中に生じ得る創造的な部分の多くを生徒個人にゆだね,予想外の結果や成長を促したいと考えている。したがって,教員が手取り足取り教える行為は,生徒から学ぶ機会を奪うと解釈している。だから,教員の介入は最終的で最小限度と位置づけている。

3.授業の概要
(1)本実践のねらい

 本実習は,動画を見てその絵コンテを作成するという,動画を作成する際の通常の手順である「絵コンテの作成→動画の作成」とは逆の手順を取り,そのあとは通常の手順で絵コンテを作成するものである。結果として絵コンテを2回も作成することになるので,重複の感があるかもしれない。しかし,それぞれの意図するところは異なっている。
 動画を見てその絵コンテを作成させる理由は,分析する能力を高めてもらいたいという意図がある。動画を見て,カットの一つ一つをとらえる行為は,絵コンテを作成して動画を作るよりも分析が必要となるため,ある意味で難しい。
 それは他者の作成した動画のカットの一つ一つをとらえる必要があるからである。それらを見つけることを通じ,情報やその単位の理解,推察を経験することができ,情報の科学的な理解に有効である。
 もちろん,カットを見逃したり,推察した内容が間違ったりしている可能性もある。しかし,ここで重要なのは,不確定な部分を残したアウトプットを要求するということである。この不確定な部分の存在が,偶有性をキーワードとしているように,生徒,ときには教員に対して,発展をもたらすことになると考えている。
 だから,絵コンテを作成する方法を座学で学び,その後に実践を行うよりは,試行錯誤しながら,逆の手順で絵コンテを作成する方が,その本質を体感できると思う。

(2)使用教材

 使用するソフトウェアは,ワード,ペイント,パワーポイントである。生徒の中には,エクセルでアウトプットを提出した者もいたが,A4用紙1枚に収めるという範囲であれば,使用ソフトも指定しなかった。
 それから,下書きの際に,方眼紙のようにマス目のついた実習ノートを使用した。筆者の授業では手作業の実習をした上で,PC作業をするケースが多いので,実習ノートは購入してもらっている。その目的は,“情報=PC”という誤認識の排除と,手作業を通じて情報を基礎的な意味で体感・理解してもらいたいという思いからである。

(3)実施教室

 実施教室には制約があった。コンピュータの台数の関係で,真ん中をガラスで仕切った教室を使用せざるをえなかったことである。もちろん行き来も可能な構造であるし,ガラスなので見通しは利くので,まったく隔離された空間ということではない。

使用教室
▲図1 使用教室

 当初は二人のスタッフによる授業を検討したが,授業や評価の整合性の問題,そして一つのクラスにおける授業を選択科目でもないのに分離すべきではないと考え,教員1名で行うことにした。
 この問題に対して,当初はEラーニングを自ら組んで,授業の一部の自動化を考えたが,増員の理由が実習時のPC作業上にかかる指導への対処であったので,Eラーニング導入では,根本的解決にならないと判断した。
 座学は通常の教室で行えば済むし,実習はマニュアルの整備やグループ化をしておけば,二つの空間を行き来することで対応できるからである。

(4)授業のフロー

 進み方は図2のとおりである。ただし,【5】と【6】の段階は,本報告では,紹介していない。
授業のフロー
▲図2 授業のフロー

【1】定義や目的の説明
 授業の位置づけや定義を決めて,共通認識と共通の目標を定める。どのタスクにおいても,ノートにしっかりと記入させることにしている。また,毎時に,再確認をして実習を開始している。ただし,内容は簡潔にし,それ以上の部分は,生徒の個性に任せている。
【2】動画とその絵コンテを見る
 動画を全体に見せ,それに対応する絵コンテを示す。これをカットごとに繰り返して,絵コンテの仕組みを説明した。その後,各自でインターネットや映像資料等を使って,絵コンテの事例や動画を調べさせた。
【3】グループ分け
 グループを分ける理由は,新製品を企画する段階で話し合うグループの単位でもあるが,もう一つの理由としては,前述のように,各グループ内で教え合うシステムを作るためである。
 比較的スキルの高い生徒たちをアシスタントとして位置づけ,グループ内で教え合うシステムを設けることにより,教授する側の負担を減らし,今回の教室の物理的問題に対応した。また,ピアプレッシャーを応用することで,一定の質の向上を意図した。
【4】生徒各自で動画を選び,その動画の絵コンテを作成する
 動画サイトや映像資料等から,CM等の動画を各々探させ,その絵コンテを作成させた。かならず,実習ノートで下書き(図3)をさせ,修正や指導が必要な場合は,ここで行った。その後に,ワードやペイントでデジタルデータとして絵コンテを作成させた。

生徒の実習ノートの一例
※絵コンテのカット分を取り出して掲載している。
※それぞれのカットは,すべて異なる生徒の作品。
※生徒の許可を得て掲載している。
※一部修正あり。
▲図3 生徒の実習ノートの一例

【5】絵コンテを作成する
 絵コンテを作成して,パワーポイントの企画デザインを作成させた。
【6】パワーポイントを用いて作品を制作する
 絵コンテを元に,パワーポイントを用いて作品を制作する。カットの一つをパワーポイントのスライド1枚に対応させた。実際のアニメーションのような動きはないが,パワーポイントの効果を活用することで,簡単な動きを作ることはでき,スライドの1枚が,絵コンテのカット一つに対応できるので,計画が立てやすい。

(5)留意点

 今回は共通の認識や定義をベースとしながらも,個人作業が中心である。しかも,グループ分けをし,一定水準のアウトプットを期待している。
 このため,生徒がグループ化の目的を混同しないように,座学で定義や目的をしっかり確認して実習に取り組ませ,また,必ず実習の開始前に5分程度,グループ化の定義や目的を再確認した。
 質問や指示は,必ず図4のような流れにした。それによって,工夫する前に質問をしたり,直接教員に指示を仰いだりしないようにし,グループの形骸化を防いだ。
グループにおける情報伝達の階層
※AとBはグループを表す。
※これは抽象的なモデルであって,AグループとBグループに分けたということではない。
※矢印は,情報伝達の流れを表している。
※生徒から教師に情報が流れる時は,矢印が逆になる。
※これは基本的な模式図であり,これ以外の情報伝達もある。
▲図4 グループにおける情報伝達の階層
4.まとめ
 本実践は,パワーポイントによるプレゼンテーションを作成する前段階のものであり,さらに新型の携帯電話を企画するという実習の一段階である。今回は紙面の関係から,絵コンテを理解する段階の紹介に留めた。したがって,プレゼンテーション作成の具体的な内容には言及していない。
 これまでの実習では,目標を定めるときに,ある程度の明快な模範を示してきた。しかし今回は,そこをあいまいにすることで,個性や予想外の発展を引き出そうと試みた。
 前年度にも絵コンテ作成は行っているが,座学で理解させてから実習に入ったため,カットの概念などの重要な学習内容を理解しないまま,模範に近いアウトプットを出してしまう生徒がいた。
 そこで,手順を逆にして,分析する能力を培ったうえで,実習を行った。結果,きれいな見た目に模範的なアウトプットは若干減ったものの,カットの概念など,重要な学習内容をうまく理解できた生徒の数は増えた。おそらく,情報の科学的な理解を深めた上で絵コンテを作成することによる効果であると思われる。
 さらに,仮に同じ動画を扱っていても,図3からわかるように,人物や情景を幾何学的に書く生徒もいれば,忠実に写して絵を描いてくる生徒もいたり,絵コンテを縦書きにしたり,横書きにしたり,ワードで提出したり,エクセルで提出したりなど,多様な出力結果が得られた。
 そして,グループ化によりPC作業などの初歩的な指導数は減少し,グループ内で工夫をするケースも見られた。
 いずれにせよ,この段階で教え合う相互扶助的関係を構築しておけば,後に続く実習のブレーンストーミングなどでも,効果が期待できると考えている。問題点としては,グループ間でレベル差が出る結果もあり,ピアプレッシャーが負に働いたケースもあると思われる。
 パワーポイント等の汎用ソフトを用いた実習は,高校に限らず,多くの学校で行われている。しかし,このようにソフトのスキルを目的とするのではなく,それらをツールとしながら,情報の科学的な理解を深めていく方が重要でないかと考えている。
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