|
|
教育実践例 |
|
|
|
|
教科「情報」における情報モラル授業実践 |
|
|
|
1.はじめに |
「情報モラル」という言葉はいろいろな場所で耳にする機会があります。最近ではさらに「学校裏サイト」などのキーワードも加わり,実態がはっきりと見えないまま,社会(学校現場)に恐怖感を与え,情報モラル教育の必要性について語られる機会も多くなってきているように感じます。
高等学校が行う「モラル教育」は,決して教科「情報」だけが行うものではないと考えていますが,情報通信ネットワークを利用してコミュニケーションを行う場合などにおいて,システムの仕組みを知り,適切なコミュニケーションを行うことができる能力を育成することは,教科「情報」でも十分取り上げていく必要があると考えています。
毎年教科「情報」の授業で生徒に「情報通信ネットワーク上での誹謗中傷をなくするにはどうすればいいか」ということについて問いかけていますが,
「取り締まりを厳しくする」
「違反したサイトは閉鎖」
という答えが大勢を占めます。生徒はシステム的な管理や罰則によって情報モラルを維持しようと考えているようです。
情報モラルにおける誹謗中傷などの問題において,その原因は,現在の情報通信ネットワークのシステムの特性によるものと,人間そのもののモラル問題という2つがあげられると思います。しかし,人間側のモラルを改善することによって問題を解決する(減らしていく)という意見を持つ生徒の数は,あまり多くはありません。これには,人間の個々の問題について,生徒が「解決できるはずもない」問題として考えているのかもしれません。
|
|
|
|
2.「情報モラル授業」計画 |
本校は北海道岩見沢市の市立高校で,普通科4間口,情報コミュニケーション科2間口の併置校です。普通科においては1年次に2単位「情報A」を開設しています。
現行の学習指導要領においても情報モラル教育は重要な課題として取り上げられています。また,平成21年3月9日に告示された新しい学習指導要領において,情報モラルの教育についての扱いは今まで以上に大きくなっています。また,高等学校学習指導要領解説(平成12年)の各科目の説明においては「情報技術に関する用語,学習内容における具体例,実習の課題例,情報モラルの内容などは,情報化の進展に伴い,適宜見直しを行う必要がある」との記述もあります。
それらを参考に,本校で情報モラルについての授業を計画するにあたり,現時点で必要な「情報社会の一員として必要な能力」についての具体的指導内容について検討しています。特に実習においては,「できるだけ実際の体験に近い状況で授業を実施する」ということを意識した授業(実習)を心がけています。頭で理解できていても,実際に自分が関わっていないことと,自分が当事者として体験したことは,生徒の理解度において大きな差が出ると考えています。
以上のことを踏まえ,具体的指導内容について検討し,次のような内容で情報モラル授業を実施しています。
|
|
|
|
3.具体的な授業内容 |
(1)ネットワークでの表現
○ブログ,SNS,プロフ等での文字表現
現時点で,テキストベースのコミュニケーションが中心の情報通信ネットワークでは,文字表現についての学習はとても重要だと思います。ブログやSNS,プロフの仕組みについて説明した後,いくつかの書き込みの例をあげ,情報通信ネットワーク上での文字表現について考えさせる授業を行います。
▲授業で使用した画像
○ブログの作成
校内ネットワーク内に作成した,授業用ページ(CMS)を利用し,実際にブログ作成を行い,理解を深めさせます。トラックバックなどの仕組みに関する説明も行います。
(2)スパムメール
○スパムメールの仕組み
携帯電話(電子メールも同様)には,さまざまな目的(方法)で迷惑メールが送られてきます。生徒たちはフィルタリングや,自分のメールアドレスを変更するなど,自己防衛を行っています。この授業では,悪意を持った人間が制作したスパムメールの目的を知ることを目標にしています。
○スパムメールの制作(Wiki)
高校生の年代をターゲットにスパムメールの制作を行います。自分が実際にスパムメールを作ることによって,スパムメールの目的をはっきりさせることを目標にしています。作成した文書は自分の作成したものだけではなく,校内ウェブサーバ(CMS)のWikiを使ってクラス全員が共有することによって,さまざまなスタイルの悪意を知ることができます。
(3)電子メール
○MUAの基本設定・操作
電子メールの送受信に利用するMUA(Mail User Agent)を使用したことがない生徒がたくさんいます。原因として考えられるのは,インターネット上はウェブメールの比率が増えていることもありますが,日本においてはメールと言えば,携帯電話を使ったメールのことであり,生徒はコンピュータなどを使った電子メールを使う必要性を感じていないのかもしれません。
しかし,将来,仕事などでそれらを使う可能性も高く,MUAの設定から操作,仕事で使うメールの文字表現方法などを学びます。
- 授業の流れ
- メール送受信の仕組み
- MUAのアカウント設定
(SMTP,POP3サーバなどの用語説明)
- MUAの基本操作
- 仕事などで使うメールと個人で使うメールの文章の違い
- To: CC: BCC:の利用
- ファイルの添付
○アカウント設定変更によるなりすまし
電子メールは,送信者の名前や送信元のアドレスを簡単になりすまし,メールを送ることができます。また,ウェブ上にメールアドレスを偽装し送信できるページも存在します。この授業では,実習を通して簡単なメールの偽装を行い,相手に送らせます。
授業の後半では簡単な偽装をヘッダ情報によって見分ける方法や,そのヘッダすら書き換えられてしまう現実を見せ,個人では完全に偽装かどうかを見分けることは困難である現状について学ばせます。
最後に,インターネットの利用者レベルでは意識できない,メールサーバから送受信したメールのやり取りの記録(ログ)を見せ,偽装したメールの送信者を管理者レベルから,特定していくことによって,「なりすましは(必ず)特定される」ということを学ばせます。
- 授業の流れ
- メールの簡単な偽装
- なりすましメールの送受信
- ヘッダ情報による偽装メールの見分け方
- メールサーバのログによる偽装の特定
- 「メール偽装ソフト」によるヘッダの書き換え
▲授業風景
(4)電子メールの暗号化
○暗号化の歴史
電子メールをはじめとして,情報通信ネットワークのファイル転送に,暗号化の技術があります。教科書でも取り上げられていますが,現実にはどのような技術が使われているか,生徒はその中身を理解できていない状況です。この授業では,暗号化することによっていかに自分の送信したデータが守られるのか,理解させることを目的としています。
はじめに,暗号の概要についての説明の後,古典的な暗号の仕組みなどについて学び,実際に暗号を作成します。制作した暗号は,「鍵」とともに,Wikiを使い,校内ウェブページに公開し,他の生徒がそれを復号化するという実習も行います。
- 授業の流れ
- 暗号とは
- 古典的な暗号について
- 暗号の制作(Wikiへ公開)
- 「鍵」をもとに復号化
○RSA暗号の理論
現在,広く情報通信ネットワークで利用されている暗号化技術「RSA暗号」は「公開鍵暗号」の技術を使っています。難解な大きな桁の数字の素因数分解を利用して行う考え方と,実際に簡単な素数を使ってRSA暗号を作成するなど(スプレッドシートを使い計算)の授業を行い,暗号化の有用性について学びます。
- 授業の流れ
- 「RSA暗号」の仕組み
- スプレッドシートを使い「RSA暗号」の製作
- 古典的暗号との比較
- 実際のデータ暗号化の方法
(5)悪意のあるウェブページ
○占いページなどによる,個人情報収集
授業を通じ,電子(携帯)メールやウェブページより,個人の情報が流出するなどの問題について,実習など中心に学習させてきましたが,そのまとめとして校内で運用する授業用のウェブページに,名前入力による相性占い,携帯電話占いのページなどを設置しています。
それらのウェブページを生徒に自由に使わせた後に,ウェブサーバ上に蓄積された記録(ログ)にすべての入力データが記録されたことについて説明します。情報通信ネットワークにも,悪意を持った人間がいることを再度確認させることを目的としています。最後に生徒に簡単な感想を集めます。
|
|
|
|
4.学習指導の改善 |
数年前から以上のような「情報モラル授業」を行ってきましたが,現時点では,最後に行った占いページの授業でも個人情報をあっさり流出させる生徒が多数出てしまうのが現状です。また,実際の生活においてもSNSやプロフなどで誹謗中傷によってトラブルが起きているのも事実です。そこで,昨年度より今まで実施していた授業に加え以下のような授業を追加しています。
○スレッドフロート型掲示板を使ったディベート
情報通信ネットワークで起こる誹謗中傷などのトラブルは,大半の生徒は情報通信システムの特性によるものではなく,人間そのもののモラル問題が大きいと考えています。そこで,「日常のコミュニケーションと情報通信ネットワーク上でのコミュニケーションにおいて,人間の表現方法はどのように変わるか」というテーマで実習を行い,実際に自分がどのように変わったかを考察する授業を計画しました。
最初に,CMSのアンケート機能を使い,
・ネット上の誹謗中傷をなくせるか
・ネット上の誹謗中傷を減らせるか
・ネット上の誹謗中傷が起きる原因は
の3つの質問についてリアルタイムの集計を行い,生徒に結果を提示しました。結果は,1つ目のアンケートで「誹謗中傷をなくすことができる」と考える生徒は5%に過ぎず,その他は否定的な意見でした。また,2つ目のアンケートで「誹謗中傷を減らすことができる」と考える生徒は30%程度で,その他の生徒は,少しは減ったとしても,劇的な変化はないと考えています。最後のアンケート「誹謗中傷の原因」は,システムの原因ではなく人間そのものであると回答した生徒が70%を超えました。
次に,2つ目のアンケートをベースに,誹謗中傷を「減らせる」「減らせない」という2つの立場からディベートを行いました。ディベートを行う環境はスレッドフロート型掲示板を使用します。書き込みは本人を特定できないIDが表示されるだけで,匿名で行っています。
情報通信ネットワークの掲示板などで行われる誹謗中傷から,痛ましい事件も発生しています。ネットワーク上の発言は,日常の発言(時と場所によって大きく異なりますが)に何らかのバイアスがかかった発言であると仮定すれば,逆に,誹謗中傷と呼ばれる文章から,書いた人間像をある程度予想できるような力を身につけることはできないだろうかという期待を持っています。
また,ネットワーク上のディベートでは,現実の世界とネットワークの世界を区別せずに,ネットワークも現実の一部と考えている生徒が増えてきていることもわかりました。それらの生徒はディベートの中で,
「人と会ってのコミュニケーションでは本当に自分の思っていることを話すことはできないが,ネットの世界であれば,自分の本当に思っていることを話すことができる。」 などの発言をしています。
以前は,ネットワークを使ったコミュニケーションは,その匿名性もあり,なかなか成立しないというイメージを持っており,現実のコミュニケーションのルールをネットワークの世界にあてはめた授業を行ってきましたが,根本的な発想の違いを持つ生徒が増えてきている現実を目の当たりにし,授業内容を見直す必要があると考えています。ちなみに,生徒のネットワーク上のディベートは,授業の中で行ったということもあるでしょうが,十分にディベートとして成立していました。
|
|
|
|
5.おわりに |
教科「情報」の2単位という少ない単位の中で,情報モラルについてどれだけ身につけさせることができるかが課題です。現在は1年間に数回,集中的に取り組んでいるモラル授業ですが,現在の授業に加え,日常の授業でも「情報モラル」を意識できるようなシーンを多く作り,年間を通した継続的な指導ができるように改善できれば,さらに効果的な授業が展開できるかもしれません。
|
|
|
|
|
|
|