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ICT・EducationNo.41 > p14〜p17

教育実践例
コミュニケーション能力を高める『情報C』の授業実践(3)
岩手県立一関第二高等学校(※注1 西谷 成昭
nishiya-nariaki@ic2-h.iwate-ed.jp
1.考査問題と評価
 2007年度の『情報C』で,『未来デザイン』の手法によってコミュニケーション能力を高める授業を試みた。その考査問題の出題形式は,記述式にした。生徒には,普段の授業ノートにその日の授業について書かせる指導を重ね,考査問題も記述式で出題することを伝え,取り組ませた。少なくとも,書くことへの抵抗感をなくそうとする意図もあった。また,2006年度から出題方式を記述式にしており,その結果も良好であるとの判断から,2007年度もすべての学期においてそのように実施した。出題内容は次の通りである。

    <後期中間考査>

  • プレゼンテーションとは何か述べなさい。
  • プレゼンテーションは何をどのように伝えるかで,大きく4つの型に分類できる。その型と内容を示しなさい。
  • プレゼンテーションの作成技法について述べなさい。
  • 「総合実習」でポスター制作に取り組みました。そこでプロジェクトを立ち上げ役割分担で成果を上げることについて述べなさい。
  • コミュニケーション技法について述べなさい。
  • どのようにすると良いコミュニケーションを図ることができるか述べなさい。
  • プレゼンテーションソフトを使ってスライドショーの設定をするときの留意事項を書きなさい。
  • 発表するときの留意事項について述べなさい。ただし,通常の発表時間は15〜20分間です。
  • プレゼンテーションソフトを用いて発表する際に必要な評価シートを作成しなさい。
 後期中間考査問題の中で,解答状況を一部分析した。その結果を以下に示す(受験者数は,生徒Aが25名,生徒Bが21名)。
  • プレゼンテーションとは何か
    【生徒A】
    有効解答数:22名(男子10・女子12)解答率:88.00%
    【生徒B】
    有効解答数:17名(男子9・女子8)解答率:80.95%
  • コミュニケーション技法
    【生徒A】
    有効解答数:20名(男子11・女子9)解答率:80.00%
    【生徒B】
    有効解答数:12名(男子6・女子6)解答率:57.14%
  • 良いコミュニケーションを図る
    【生徒A】
    有効解答数:22名(男子12・女子10)解答率:88.00%
    【生徒B】
    有効解答数:15名(男子8・女子7)解答率:71.43%
  • スライドショーの設定について
    【生徒A】
    有効解答数:22名(男子12・女子10)解答率:88.00%
    【生徒B】
    有効解答数:16名(男子7・女子9)解答率:76.19%
  • 発表するときの留意事項
    【生徒A】
    有効解答数:23名(男子13・女子10)解答率:92.00%
    【生徒B】
    有効解答数:17名(男子9・女子8)解答率:80.95%
  • 評価シートの作成
    【生徒A】
    有効解答数:17名(男子8・女子9)解答率:68.00%
    【生徒B】
    有効解答数:9名(男子5・女子4)解答率:42.86%
 なお,問題(2)(6)の生徒Bについての解答率は低かった。しかし,9問中6問の解答状況を示す通り,この考査の結果は概ね良好であったと言える。今回の考査問題の素点平均は,生徒A:55.2点,生徒B:43.6点,平均:50.53点となった。評価は,この点数を基準に自己評価表,相互評価表,授業ノート,出席時間数と今期の成果と次期の抱負などを点数化した。このように,評価項目も考査点だけではなく,さまざまなデータを加味していることから,生徒の評価に対する満足度も高く,次期への意欲も高まったと思われる。
2.1年間の授業を振り返って
 2007年度に,初めて『情報C』を選定し取り組んでみた。学習指導要領では,「情報社会へ積極的に参画」することが重視されている。さらに,情報Cの目標の中で,「表現やコミュニケーションにおいてコンピュータなどを効果的に活用する能力を養う」としている。つまり,情報通信ネットワークを活用したコミュニケーションの実習を通じて,その技能を高めていくこととしている。
 学習指導要領を踏まえてコミュニケーションの指導について考える時,次のコミュニケーションの概念を踏襲した。「コミュニケーションとは,情報や知識を共有しようとする営みであり,常に変化しているダイナミック性,元に戻れない不可逆性,互いに影響し合う相互作用,そして誰も逃れることのできない不可避性という特徴がある。さらに,言語によるバーバル(言語)コミュニケーションとノンバーバル(非言語)コミュニケーションがあり,日常生活の中では非言語が多くを占めている」という分析結果もある。(※注2
 こうした概念を踏襲した指導として,コミュニケーション系システムについての指導が挙げられる。「コミュニケーション系システムとは,電子メールや電子掲示板などのグループウェアや,知識を共有して組織の創造性を高めるナレッジ・マネジメントなどを総称したもの」である。(※注3)コミュニケーション系システムについての指導を通じて,情報通信ネットワークを活用して情報や知識を共有するための技能を高められると考えた。
 1年間を通して授業を行ってきた内容について,生徒に問いかけた。生徒の主な感想は次の通りである。

    生徒の感想(1)

  • コミュニケーションの輪が友だち,家族,隣の人から外国の人まで輪が広がっていることに驚いた。
  • コミュニケーションとは自分が考えていた以上に深い内容で,人と接する上で役立つと思った。
  • 未来デザインということばにはとっても重要な意味があると思う。
  • 最初はうまくコミュニケーションをとるのが難しいと思ったときもありましたが,情報の授業を受けてその感じ方はすごく変わったと思います。
  • 情報の授業を通し,『人間学』を学んできたと思います。
  • コンピュータ技術はもちろん,人生や人との関わりなどを学ぶことができました。
  • 今まで自分に見えていなかったものが見えてきたと思います。
  • 授業ノート提出者:25名
    有効回答数:25名(男子14,女子11)
    回答率:100%

    生徒の感想(2)

  • コミュニケーションとは何かなどを考えて,人との話し方などを学べてよかった。
  • コミュニケーション的には,とても視野が広がったと思う。人間性の部分もupしたと思う。
  • コミュニケーションの大切さについて学んだ。実技教科なのでとても楽しくできた。
  • 自分の未来について考えた教科でした。またコミュニケーションなども言葉では何回も聞いたことがあるけど,まじめに深く考えることができました。
  • 授業が終わった後は結構やりがいがあると思うし,やりやすい授業だ。先生のコミュニケーションについての話しを聞いて考えた。
  • コミュニケーションの大切さについてたくさん聞いた。人とのコミュニケーションのとり方が難しいと思っていた。それをこの授業で学ぶことができた。コミュニケーションとは濃いものだと思った。
  • 授業ノート提出者:19名
    有効回答数:19名(男子10,女子9)
    回答率:100%

3.指導法追究への展望
 これまで,『情報C』の授業をさらに効果的なものにするための手法について追究してきた。そこでこれからの授業をどのように展開すると今以上に効果が上がり,生徒の学習意欲が高まり,対人関係を築くことができるようになるか考えた。以下に,その展望を述べることにしたい。
 一つは,『弱い紐帯の強み』理論(※注4)の応用である。「弱い紐帯」とは,マーク・グラノヴェッターが提唱した知見で,この理論を応用していくことで,生徒が将来について良いイメージを持つ一助になると考える。
 その際に,情報をもたらしてくれる「あまり知らない人」とのコミュニケーションの中から自分に叶う将来の目標(進路からの就業に対する夢実現)を見つけ出していくものである。
 もう一つは,企業のアイデンティティ戦略(※注5)の応用である。ここでは,企業を生徒自身に置き換え,自己のアイデンティティ戦略と『未来デザイン』との結びつきを明確にしながら,自己のコア・コンピタンス(強み)を再確認,または新たに認識することである。これは自己アピールにつながり,対等的対人関係を築き上げる際のモチベーションを高めることができると考える。
 生徒は,自己のコア(中心的な核)となる実体をつかめないでいるから,自分を相手に紹介できず,相手の行動も理解に苦しむことになる。この部分が構築されれば,対人関係能力が高まるだろう。
 この能力は,先に述べた対等的対人関係や上下関係を築く上で有効な能力と言える。自己のコアが確立されていくと,『未来デザイン』の手法を取り入れながら自己のコアを外輪で包み込み,自分らしい存在価値を示すものとなり,オリジナルな自分らしさが現れてくる。これが,自己ブランド・アイデンティティ(自分らしさ)である。
 そして,自分という意識が深まると,さらに外輪で包み込むデザインが生まれてくる。自分ならではの特徴を可視的に表現しようとする意識である。これを自己ビジュアル・アイデンティティ(可視表現)と名づける。例えば,その現れとしてペンネームやメールアドレスなどに見受けられる傾向もある。また,自己のロゴ・マークなども考えることで,さらに具象化してくる。

自己のコンセプト・デザイン
▲自己のコンセプト・デザイン
なお,C・Cは自己のコア・コンピタンス,B・Iはブランド・アイデンティティ,V・Iはビジュアル・アイデンティティを示す。

 このように,自分のコアとなる実体を把握すると,自己の内面でブランド化からビジュアル化へ移り,最終的にどういう人間になりたいか,自分の生きるための理念を考えるようになる。そうした理念や自己の人間観を生きていくためのプランニングの中に将来像として組み入れるような動きに移行する。これが自己のコンセプト・デザインであり,『未来デザイン』の考え方を支持する一つになると考える。
 そして,この展望に基づいて,授業内容をさらに発展させていく要素として,以下に10のテーマを掲げた。これらのテーマに一つずつ取り組んでいくことで,『未来デザイン』の考え方で将来を考える際に,自分を勇気づけていくことになる。
  • 未来への意外性と非言語コミュニケーションを考えよう
  • 自己ブランド構築のためのキャッチフレーズを考えよう
  • 分かるための答えやすさのデザインを考えよう
  • 自己ロゴ・マークをビジュアルに考えよう
  • どうすれば良いか質問シートを作成しよう。
  • 良いイメージをデザイニングするための計画シートを作成しよう
  • 自分にとって「できること」探しをしよう
  • 「ダメ探し」から「良いこと探し」をしよう
  • 自分の現在から将来を考えよう
  • 先人に学び自分の将来を考えよう(地域の先人と大人たちに学ぶ)
 以上のテーマを柱立てとしながら,『未来デザイン』の考え方に基づいた授業を展開していきたいと考えている。こうした柱立てから,さらに実際の授業を通じて授業内容を意義のあるものにしていきたい。その基本は,それぞれの10のテーマに関する枠組みとなる『未来デザインシート』を用意することから始める。『未来デザインシート』を生徒に示しながら,時間軸としては,過去・現在・未来について考えを引き出す工夫が求められてくる。人軸としては,相手・クラス・学年をイメージさせながら自己とその所属を意識させ,横断的な関係にふくらみを持たせることで,これまでに示した柱立ても充実してくるものと考えられる。
 2008年度は,『未来デザインシート』を利用した授業を実施しながら,生徒の考えを方向づけていきたいと考えている。その結果として,『未来デザイン』が一つのテキストとしてでき上がると考える。
 生徒たちは現実と向き合う中で,日々考え,そして悩むとき,『未来デザイン』の考え方を取り入れることによって,自分の将来を見つめ,新たな気づきから良い自分とそれを取り巻く周りが見えてくるようになる。教科「情報」は,将来を見極めるための「将来設計をする場」とし,それをキーステーションとしたすべての教科のプラットフォームとして位置づけられる。こうした結論を,これまでの指導の中から導き出したのである。
4.稿を閉じるにあたって
 本実践は,「情報C」の中でコミュニケーション能力の育成を期して試みた結果である。「コミュニケーション能力とはどのような能力を指していうのだろうか」という大きな課題を抱え,それに対して一つずつ考え,分析し,具体的な方策を検討してみた。そこで一つの指導法を追究することができた。それが『未来デザイン』の考え方に基づいた指導法である。高校入学後,生徒が進路という出口の問題に悩むことから,コミュニケーションの学習を行う「情報C」という科目を高校生活のプラットフォームに位置づけることが望ましいと考えてきた。そうした考えを本稿で示すことができた。
 多くのコミュニケーション技法を身につけさせ,広い心を育成することに主眼を置きながら,半年後,1年後,そして将来をイメージする習慣をつけさせ,未来の設計図を描ける能力を育てることが,「情報C」の役割の一つであるという結論を導いたのである。
注1:本稿で紹介する授業実践は,前任校の岩手県立宮古北高等学校での実践である。
注2:本村猛能ほか著,『情報科教育法』,学術図書出版社,2003,p.3「コミュニケーションとは」より一部修正引用。コミュニケーション能力の育成についてどのような概念で教育をする必要があるかという課題に対して,ある一定の示唆を与えている。
注3:木暮仁著,『教科書 情報と社会−健全な高度情報化社会の実現のために−』,日科技連出版社,2002,pp.18-19より一部修正引用。コミュニケーション能力の育成と情報通信ネットワークとをどのような概念で両者を結びつけ,さらに関連性を持たせると効果的だろうかという命題に対する参考となる資料であると考えた。なお,情報教育に関する研究に対して千葉商科大学石井泰幸教授から本著書をご紹介頂きその上でご指導を頂きました。ここに感謝申し上げます。
注4:マーク・グラノヴェター著,大岡栄美訳,「弱い紐帯の強さ」,野沢慎司編・監訳,『リーディングス ネットワーク論−家族・コミュニティ・社会関係資本』,勁草書房,2006年。二つの実体を結びつけるという考え方に立ち,情報Cの課題から見た将来展望を考察する上で参考となる理論であると考えた。
注5:大阪府産業デザインセンター「企業のアイデンティティ戦略とデザインの役割」
http://www.pref.osaka.jp/oidc/dmnet10/identity.html
企業の経営戦略として,4つのアイデンティティ戦略がある。アイデンティティ戦略とは、常に一貫した考え方や方針を遂行しながらその企業らしさを打ち出していこうとする戦略である。
コーポレート・アイデンティティ(CI):企業の全体像を明確にしながら、対外的にも社内にも強くアピールしていく戦略
ビジュアル・アイデンティティ(VI):CIを遂行するために,目に見えるものによって企業のあり様をアピールしていくイメージ戦略
ブランド・アイデンティティ(BI):CIやVIを遂行するために,商品やサービスにつけられる名前で企業全体をアピールしていく戦略
プロダクト・アイデンティティ(PI):上記のアイデンティティ戦略のもとに、製品をどのように作っていくかを考える戦略
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