|
|
海外の情報教育の現場から |
|
|
|
|
英国・フィンランドにおける教育の情報化と情報教育の推進 |
|
|
|
ヨーロッパの国々の教育関係者たちは皆,早くから教育の情報化や情報教育の推進に力を注いできた。我が国もインフラ整備は急ピッチで進んでいるが,教育の情報化を支える体制の確立や情報教育のカリキュラム開発については,まだまだヨーロッパの国々の取り組みに学ぶものも多い。
筆者は,関西大学の水越敏行先生,日本女子大学の吉崎静夫先生らと,平成11年9月に,英国とフィンランドの大学・放送局・学校を巡り,教育の情報化,情報教育の様子を視察してきた。本稿では,まず,両国のこれらの分野の実態や新動向を報告する。次いで,視察から得た,我が国への示唆を筆者なりにまとめてみる。 |
|
|
|
1.英国の情報教育の新展開 |
(1)情報教育の歴史
筆者らは,1996年9月にも英国を訪れる機会を得,大学や政府機関で彼の地の教育改革の概要を教えてもらった。また,ランカシャー地方やバーミンガム・ロンドンの教育センター・初等中等学校(9校)を訪問し,情報教育の実践にふれることができた※注1・2。
既に,その時点で,同国の情報教育の体系化はかなり進んでいた。と言うのも,ナショナルカリキュラムにおける位置づけが明確になっていたからである。例えば,情報技術の活用能力(Information Technology Capability)が,「情報を分析,処理,提示したり,さらに,外界の事象のモデル化,計測,制御をおこなうために,情報技術や情報源を有効に使う能力」であると定義されていた。また,目標は4つのキイ・ステージ(以下,KSと略)に分けられ,記述されていた(KS1は5歳から7歳,KS2は7歳から11歳,KS3は11歳から14歳,KS4は14歳から16歳まで)。さらに,情報技術の活用能力の発達レベルが8段階で設定され,しかも各レベルの獲得目標が行動特性として具体的に記述されていた。そして,これらの獲得目標は,各KSの終了時に実施される全国共通テストによって,その習得の度合いが測られることになっていた。4年も前の時期に,情報教育の目標のみならず,それに対する評価の仕組みが確立していたのには,たいへん驚かされた。
※注1 木原俊行:「各国の教育方法等の特色−イギリス編」,水越敏行監修『諸外国の特色ある教育方法』,国立教育会館,1998年,75-109頁
※注2 木原俊行:「イギリスにおける情報教育」,研究紀要第26号,財)日本教材文化研究財団,1997年,76-81頁
(2)新動向
今回,3年ぶりに英国を訪れた。ほんのわずかの滞在であったが,それでも大学や放送局で情報教育推進の担い手に聞き取り調査を実施し,彼の地の情報教育の新動向をつかむことができた。それは,次のようなものに代表される。
1)ICTの登場と重視
まず最も顕著な傾向として,英国の情報教育の2面性がますます際立ってきたように思う。それは,独立教科としての側面と,教科を横断するトピックとしての側面である。3年前に筆者らが訪問した際にも既にKS4において独立教科が準備されていたし,同時にクロスカリキュラアプローチも華やかであった。
今回は,その概念をさらに鮮明にすべく,後者に,ICT(Information,Communication and Techno-logy)という名称を与えたことが分かった。特に,コンピュータネットワークを活用した情報の検索や収集,発信に力点が置かれているらしい。そのためのインフラ整備も日本より進んでいる。英国の小学校の65%,そして中等学校の90%において,インターネットの利用が可能とのことであった。
2)教師教育の充実
情報教育の推進に向けた教員研修の規模が拡大していた。例えば,筆者らが訪問したBath大学は,教員志望学生,インターン,地域の教師に対して,情報技術の活用に関する現職教育を担当していた。
しかも,それは,きちんとした基準に基づいて展開されていた。他の領域の教師教育もそうなのであるが,Teacher Training Agencyという組織が設けられ,基準の明確化を担当していることが強みのようであった。
3)地域との連携
学校と地域の連携の下,学校の情報機器環境の整備と情報教育のカリキュラムづくりが推進されていた。例えば,学校にコンピュータを揃えるために保護者がチャリティをおこなっているようだ。
その背景には,学校査察制度の導入と展開があるように思う。英国では,1992年に教育水準局(the Office for Standards in Education,OFSTED)が設置され,学校の取り組みを評価する仕組みが強化された※注3。この学校査察システムが学校評価として教育界に浸透したため,教育の情報化や情報教育カリキュラムの整備に向けて,各学校では,地域ニーズの把握や地域サポート実現への働きかけにいっそう努力しているようだった。
また,いわゆる学社融合の取り組みも盛んなようである。例えば学校のコンピュータがコミュニティセンターのものとして位置づけられ,大人が利用できるように学校が対応していると聞いた。
※注3 海外カリキュラム研究会『諸外国のカリキュラム基準及びその運用実態に関する調査研究』(平成7年度文部省「教育課程に関する基礎的調査研究」委嘱研究報告書)のイギリス編によった。
(3)放送局の果たす役割
さて,ICTの推進に関しては,放送局も一役かっている。それを紹介しよう。
まず,デジタル教材の提供を積極的に進めている。それも,これまでのCD-ROM教材以上に,ネットワーク教材が重要視されているように思った。
例えばBBCは,BBC School OnlineというWWWサイトを構築し,子どもにも教師にも様々な教育情報を提供している。幼児向けのお話やゲームサイトから,中等教育資格試験(GCSE)準備用のサイトまで,その守備範囲は広い。また,特に語学教育用に,デジタル・インタラクティブテレビ番組を制作し,放送している。これらは,情報活用能力の育成をダイレクトに志向した取り組みではないが,利用者は,自己の目的に即してネットワーク教材を選択したり活用したりするうちに,情報活用の実践力を体得していくだろう。
また,教師教育に関しては,BBCは,教師向けキャンペーン番組として「コンピュータは教師に噛みついたりしない」(5から10分の短い番組)を制作・放送しているし,「今日の教師」(30分番組)においても,ICTを話題として取り上げ,教師たちの情報教育への意欲を高めている。
Channel4も,教師教育用番組を制作・放送している。それは,「テレビで情報教育(ICT on TV)」という名のシリーズである。それは,次のような内容からなる。
・情報技術の活用場面 ・各教科における情報技術の活用 ・教室における情報技術の活用 ・特殊教育のための情報技術の活用 ・学習評価や教育評価のための情報技術の活用 |
|
|
|
2.フィンランドにおける教育の情報化 |
(1)教育の情報化の実態〜実験プロジェクトから〜
フィンランドは人口に比べて,国土が広い。また,山野に囲まれているので,交通の便がよいとは言いがたい。そこで,我が国以上に,情報環境の整備に政府が力を注いでいる。例えば,ヘルシンキ地区では,ITプロジェクトが企画・推進されている※注4。それらは,以下の内容を含んでいる。
1)インフラ整備
2000年の終わりまでに,すべての学校がネットワークに接続された状態になる。それぞれの学校のLANは事務処理用と教育活動用に分けられる。校種によって接続数は異なるが,各学校に40〜110台のコンピュータがネットワークに接続される。
2001年度には,6人の生徒に1台の割合でコンピュータが準備される。WWWやFTPといった基本的なインターネットサービスに,すべてのワークステーションからアクセス可能になる。また,すべての教師と児童・生徒に,e-mailアドレスが与えられる。
2)サポート体制
技術的サポートに加えて,ソフトウェア(プログラム)の提供にも力が注がれている。様々な教育プログラムの推奨リストが作成され,学校に配られる。これらのサポートは,ヘルシンキ市の教育部門によって推進されている。加えて,2000年度内に,週1回の割合で各学校をサポートする人材を確保する。また,ヘルシンキの教育部門には,システム管理者とヘルプデスクを置く。
3)現職教育
ヘルシンキ2001年の学校プロジェクトとニューメディアセンターは,ICTを学校で用いることに関する教師の職業発達を支援している。1998年には4200人の教師が現職教育を受けた。その内容は以下の通りである。
−情報技術とコミュニケーション技術の教育 −基本的なICTスキルの獲得 −課題(教科等)におけるICTの利用 −WWWベースのコースの設計と運営 −遠隔教育のための学習環境の構築 −コンピュータ運用資格の修得 −メディア教育 −学校が新しいICTを導入するのを援助するための相談
※注4 ヘルシンキ市教育部門のHeikki Karjalainen氏のレポート("School ofHelsinki 2001" Information Technology Project)から。
(2)放送局の果たす役割
フィンランドでは,教育における情報化に,特にデジタルコンテンツの準備に,フィンランド国営放送(YLE)が大きな役割を果たしている※注5。
1)YLEのデジタル化に向けた取り組み
2000年内にデジタル放送が開始され,教育放送分も2001年内に開始される。教育放送として計画されている番組内容は次の通りである。基本的には,生涯学習理念に立脚しており,既存のシリーズの再放送,既存のシリーズの新しい番組に加えて,次のような新しいシリーズの番組の制作・放送が構想されていると聞く。
−科学ニュース −博物館,国立公園,地方の歴史,大学の紹介 −芸術やコミュニケーションコースの生徒作品 −コンサートや劇場の記録 −講義 −遠隔教育用教材 −工芸番組 −学習機会に関する情報 −学校紹介
2)デジタル化に対応するための実験的プロジェクト
YLE自らが,インターネットの教育利用のための実験的プロジェクトを策定し,展開している。
ひとつは,「高度情報化社会における学校」プロジェクトであり,VODの教育利用に関するものである。2つの学校の生徒が,YLEの番組をメディアサーバから呼び出し,利用するというものである。
もうひとつは,「仮想の語学学校」プロジェクトである。このプロジェクトは,YLEとヘルシンキ職業訓練学校,ヘルシンキ電話会社などとの共同プロジェクトであるが,そのイニシアチブはYLEが握っている。このプロジェクトの始まりは1996年秋であり,かなり早い時期から教育番組とインターネットの連携プロジェクトを試みていると言える。
このプロジェクトでは,英語学習がコンテンツとなっており,参加者は,YLEが作成した教材群を用いて学習を進める。それは,「ワーキングイングリッシュ」と呼ばれる,既存のテレビ及びラジオ番組をデジタル化した教材である(ただし,別途CD-ROM教材も作成している)。学習者はそれらの教材(映像,音声,テキスト)をビデオサーバから呼び出し,活用する。さらに,電子メールやビデオホーンを活用して,「仮想」教師に授業をしてもらう。ビデオカンファレンスシステムによるグループ討議に参加することもある。
※注5 YLEの教育放送部門のチーフを務めるUlla Martikainen - Florath氏のコメントやレポート(Challenges and Opportunities for Educational Television 及びYle and Educational Multimedia)によった。 |
|
|
|
3.英国・フィンランドの取り組みに学ぶ |
我が国の学校の情報機器環境の整備はものすごい勢いで進んでいる。また,情報教育の目標の明確化,その系統の準備などの面にも教育関係者の注意が向くようになっている。これらの点については,決して英国やフィンランドの取り組みの後塵を拝しているわけではない。また,学校間共同学習などの実践は,我が国の方が,その規模,内容の多様性などの面において,優っているようにも思える。
ただし,両国では,ソフトウェア制作システムの構築,現職教育のプログラム開発が,我が国では考えれられない規模とスピードで進められている。そして,そこでは,異なる組織・機関がコラボレーションを繰り広げるスタイルが採用されている。現場と放送局,大学と放送局,大学と行政やエージェンシーなど,異なる立場の人々の英知が結集し,互いの弱い部分を補いあっているように思える。また,組織と組織の協力体制だから,その営みが安定していることが分かる。継続性が高いのだ。これを,英国・フィンランドから,大いに学びたい。教育の情報化にせよ,情報教育のカリキュラム開発にせよ,これまでの我が国の取り組みは,どちらかと言えばインフォーマルなもの,型にとらわれないものが多かった。それが効を奏して,次々とユニークな試みが企画・実行されてきた。そのような要素は,技術革新のスピードを考えると,これからも大切にすべきである。
しかし,教育の情報化のさらなる進展,情報教育の普及と大衆化を間近に控えて,これを一部の教育関係者の趣味的取り組みに終わらせないためには,よりシステマティックな方法で,教材の準備,共同学習のコーディネーション,教師教育などが営まれることが望ましい。
我が国の自由奔放なアプローチに,英国やフィンランドで見た組織間ネットワークの持ち味が,部分的にでもいいから加われば,きっとしなやかでたくましい情報教育の将来が切り拓けるだろう。 |
|
|
|
|
|
|