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ICT・EducationNo.4 > p1〜p5

論説
情報教育と著作権教育
コンピュータソフトウェア著作権協会 専務理事 事務局長 久保田 裕

 高度情報通信社会の到来を迎え,コンピュータリテラシーは日常生活を送るうえで不可欠なものとなりつつあります。児童,生徒の情報活用能力の育成,専門的な人材の養成など,新しい時代に対応した教育体制の整備,充実は,この時代に生きるわたしたち全員に課せられた大きな課題です。

  わたしはコンピュータソフトウェアの著作権問題を専門に扱っている立場から,本稿では,情報教育のなかで著作権の問題はどう扱えばいいのか,そして,著作権教育はどうあるべきか,という点について述べさせていただきます。

1.著作権問題の扱い方

(1)著作権問題は避けては通れない

 平成15年度より高等学校では教科「情報」が新設されます。この教科が必修科目として設置されることは,情報教育にとって大きな前進といえるでしょう。わたしのような部外者からみれば,この新しい教科でどのような授業が行われるのかは,非常に楽しみなところです。

 「情報」の授業では当然,パソコンが使われるわけですが,パソコンの用途は無限です。数学的な情報処理はもちろん,専門のソフトを使えばグラフィック作品や音楽を作ることもできます。すでに一部でははじめている学校もありますが,インターネットを使って外国の学校と交流することもできます。これなど,わたしが高校生だったときには想像もできなかったことです。

 しかし,現場の先生方の立場にたってみれば,夢もふくらむが不安も尽きないといったところかもしれません。新しいことを行えば,新しい問題も発生します。著作権の問題も,そのひとつになるのではと思います。

 たとえば,何かのデータを集め,その統計を出しなさい,という課題を生徒に与えるとします。なかには,授業時間中に終わらなかったので,ソフトをコピーして家のパソコンで続きをやりたいと申し出てくる生徒がいるかもしれません。しかしこの場合,先生はそのソフトの使用許諾契約の内容を確認しなければなりません。許諾の範囲を越えてコピーを行えば違法です。また,クラスでホームページを作るとします。アニメのキャラクターをトップページに使おう,という声があがるかもしれません。しかし,この場合も著作権者の許諾を得なければ違法です。市販のゲームに手を加えて,そのゲームのキャラクターの顔をクラスメートの顔に作り替えてしまうような生徒も現れるかもしれません。しかし,その生徒の技術力がどれだけ高くても誉めるわけにはいきません。これも,著作者の人格権を侵害する行為となるからです。

 このように先生方は,さまざまな場面で著作権の問題と遭遇するはずです。

(2)人権問題と同じ次元で

 そこで,このような場合,著作権の問題はどう扱えばいいのか,という問題ですが,ここでは二つのポイントをあげます。

 第一は,著作権の問題は,情報モラルの問題として扱っていただきたいということです。著作権法の条文などを教えるのではなく,情報社会の基本的なモラルとして身につくように指導していただきたいと思います。

 著作権は著作権法という法律で定められた権利ですが,その背景にあるリーガルマインドを,情報社会のルールとして教えていただきたいと思います。言い換えれば,人権問題と同じ次元で考えていただきたいということです。人権問題についての教育で大切なのは,知識を詰め込むことよりも,現実に人権侵害を目にしたり,聞いたりしたときに「これはおかしい」と感じる人権意識,人権感覚を育てることです。

 著作権についても同じです。著作権も憲法によって保障されている財産権であり,著作者人格権は個人の尊厳に通ずるものです。著作権を扱う場合は,著作権意識,著作権感覚が育つよう指導していただきたいと思います。

 このことでひとつ考えていただきたい問題があります。それは,子どもの権利条約とのかかわりです。著作権と子どもの権利条約とでは,重なる部分や関連する部分がたくさんあります。たとえば,子どもの権利条約第12条の「意見を表明する権利」,第13条の「表現の自由」,第17条の「情報及び資料の利用」などは,著作権と直結する問題です。

 もし,先生が一方で子どもの権利をないがしろにしておいて,他方で「著作権を守れ」といっても説得力はありません。子どもはすぐに見抜きます(そういう見抜く感覚が大切なのですが)し,そういうことが頻繁にあれば,子どもたちの権利に対する感覚は麻痺してしまいます。著作権を扱う場合は,そういう点にも十分な配慮が必要です。



(3)許諾を得る過程が大切

 第二のポイントは,著作権は刑法のような禁止規定ではなく,許諾権だという点です。コピーの問題にしても,著作権者の許諾を得れば,違法コピーではありません。情報教育の場で著作権の問題と直面した場合は,ぜひ許諾をとる方向で指導していただきたいと思います。許諾をとるまでの過程で,子どもたちは多くのことを学ぶはずです。

 たとえば,クラスで学級新聞を作るとします。そして,ある生徒が,出版物から見つけてきた写真をその新聞で使いたいと先生に相談します。そういうときは

 「この写真を使うと著作権に触れるからやめましょう」というのではなく,「その写真を掲載している印刷物の出版元に電話をしなさい」と指導してください。出版元に電話をすれば,その写真を撮影した写真家を紹介してくれるかもしれません。その写真家に連絡すれば,「それだったら,もっといい写真があるから見せてあげよう」と話が発展するかもしれません。子どもたちはこのような過程のなかで,その写真の価値を知り,その写真を撮るために写真家がどれだけ苦労したのかを知り,作者に対する敬意を覚えるのです。このような体験が,子どもたちの著作権感覚を育てるのです。

 また,このような過程を体験することは,情報(メディア)リテラシーの育成という観点からも重要です。出版元を訪ねることで,その出版物がどのような意図で出版されたのか,どのような読者を対象にしているのか,そういうことを学ぶはずです。

 許諾の交渉を行うには,自分たちが作っている新聞がどういうものなのか,その写真を掲載する理由は何か,そういうことを相手にわかるように説明しなければなりません。このようなコミュニケーション能力を育成することも,情報教育の課題です。

  生徒が「この写真を使いたい」といったとき,先生が「著作権に触れるからやめましょう」ととりあわなければ,それでおしまいです。それどころか子どもたちの著作権感覚の芽を摘むことにもなりかねません。先生が「著作権の権利処理は面倒だ」という態度でいれば,子どももそう受け取ります。著作権問題に直面したときは,どうか前向きに,許諾をとる方向で指導してください。

2.著作権教育のあり方
(1)著作権教育は絶対必要

 昨年,インターネット上で高音質の音楽が配信できるMP3システムを使った違法行為が相次いで摘発され,大きな話題となりました。さまざまなメディアでさかんに報道されたので,ご存じの方も多いかと思いますが,音楽を違法に配信していたのも,受信していたのも,ともに10代,20代の若い世代が中心といわれています。同じ頃,高校生がソフトウェアの違法アップロードで摘発されるという事件もありました。高価なソフトウェアを著作権者に無断でネット上にアップロードし,誰もが自由にダウンロードできるようにしていたのです。これは,そのソフトウェアの著作権者に対する重大な権利侵害です。

 これらの事件を通してわれわれが反省しなければならないのは,子どもたちにパソコンなどの情報ツールを与え,音楽もソフトも簡単にやりとりできるようにしておきながら,著作権については十分に教えていなかったということです。わたしは,著作権やプライバシー権についての基本的な知識は,情報社会で生きるうえでの最低限の教養だと考えていますが,実際,現場の先生方からお話を聞くと,「実技の指導で精いっぱいで,とても著作権までは手が回らない」というのが現状のようです。しかし,情報社会のこれからを考えたとき,これではいけません。先生方には,実技指導と同時に著作権教育にも今まで以上に力を入れていただきたいと思います。



(2)身近な問題から

 そこで,著作権を子どもたちに教えるうえでのポイントを二つほどあげたいと思います。

 「著作権教育の必要性は理解しているが,どう教えたらいいのか」という声をよく聞きます。たしかに,著作権の大切さを子どもに理解させるのは簡単なことではありません。物を盗んではいけない,ということは誰でもすぐに理解しますが,情報をコピーすることが情報を「盗む」ことになるということは,大人でも想像力を働かせなければ容易には理解できません。子どもなら,なおさらです。

 そこで,第一のポイントですが,著作権を説明する場合は,具体的かつ生徒たちにとって身近な問題から入っていくことです。

 たとえば,子供たちはコンサート会場の周辺で売られるポスター,カレンダー等の海賊品,秋葉原の裏路地での海賊版ゲームソフトや台湾製違法CDなど,いわゆる違法コピー商品が存在することを知っています。しかし,たいていは「海賊品はやばそう」と何となく思っている程度で,その違法性や意味については知りません。そういう生徒に,「海賊品を買っても,そのお金はクリエイターやアイドルには払われないんだぞ」と教えると驚くものです。子どもたちに著作権を教える場合は,こういう「生きた題材」を使うことが大切です。

(3)先生も創意工夫を

 二つ目のポイントは創意工夫です。

 著作権法の第二条には「(著作物は)思想又は感情を創作的に表現したもの……」とあります。ここで重要なのは「創作的に」とある点です。ようするに,創作性の有無が著作物であるかどうかを判断するカギということです。著作権の考え方では創作性が価値の源です。何よりも創作性を尊重し,作者のその創意,表現行為に敬意を払う,という思想が著作権の底流には流れています。

 このような著作権を教えるのですから,やはり先生方にも著作権的発想をもって,創意工夫し,表現をしていただきたいと思います。

 ACCSでは,毎年夏休みの時期に,小学生を対象に「著作権子どもセミナー」を開催しています。そこでは,著作権に関するアニメビデオを上映したり,パソコンを使った○×クイズなどを行ったりしていますが,いまの子どもたちは,アニメやゲームで目が肥えているので,いいかげんなものは出せません。わたしたちも常に創意工夫を心がけています。

 しかし,創意工夫といっても大がかりな仕掛けや表現物が必要なわけではありません。ひとつ,おもしろい例を紹介しましょう。

 昨年の「子どもセミナー」では,足立区立栗島中学校の関谷文宏教諭を講師に招き,著作者人格権についての講演をお願いしたのですが,関谷先生が「著作者人格権」を説明するために選んだ題材は「ラブレター」でした。

 ストーリーは,こうです。A君という少年がB子さんという少女を好きになります。しかし,なかなか自分で告白できず,そこで友達のC君に,ラブレターをB子さんに渡してくれるよう依頼します。ところが,C君は,A君の期待を裏切り,
①「他の人にその手紙を見せ」,
②「文中のA君の名前の部分を消し」,
③「それを自分の名前に書き換えてB子さんとデートの約束をして」
しまいます。

 関谷先生はこの話を例に,①は公表権の侵害にあたり,②は氏名表示権の侵害,③は同一性保持権の侵害と説明し,「人の作ったものを勝手に利用して,その人を傷つけることは人として最低」であると結びました。

  ひとつの例をあげましたが,大切なのは仕掛けではありません。このように切り口を見つけることです。先生が創意工夫をすれば,それは必ず子どもたちに伝わります。先生のこういう姿勢,態度こそが,子どもたちには何よりの教材といえるでしょう。
3.まとめ
 著作権の専門家からのアドバイスというよりも,むしろ先生方への注文のような形になってしまいましたので,ますます「著作権教育は難しい」と思われた方もいるかもしれません。しかし,そうではなく,こう考えていただきたいと思います。わたしの言いたかったことは,著作権教育を行うからといっても,何も先生が著作権法に熟知する必要はない,ということです。専門的な問題については専門家に聞けばいいのです。現場の先生方に求められるものは,著作権感覚と著作権的な発想,そして,生徒とともに考えるという姿勢です。

  生徒にとっても同じです。もちろん,インターネットなどの通信技術の発達は専門的知識を要求する時代が来るでしょう。しかし,何より大切なことは,知識よりも著作権感覚を身につけること,そして,創意工夫をして何かを創造表現しようという意欲をもつことです。

  著作権法第一条には,この法律の目的が記されています。要約すると,著作権法の目的は,著作者の権利を保護することによって,創作者の創作意欲を高め,よりよい作品の創作を促し,もって社会全体の文化を高めることにあります。この主旨から考えると,著作権教育の最大の目的は,子どもたちの創作意欲を高め,ひとりでも多くのクリエイターを世に送り出すこと,といえるかもしれません。「情報を確かめ,価値を知り,著作権に敬意を表す。これが著作権教育」ということで筆をおきたいと思います。なお,著作権,著作権教育についての相談・質問などがあれば,
・ACCS著作権HOTLINE(03-5976-5178)
・URL(http://www.accsjp.or.jp/)
へ。お待ちしております。

  (掲載されている写真は,昨年開催された「第6回親と子の著作権セミナー『著作権ってなに?パソコンで学ぼう!』の様子です。)
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