高度情報通信社会の到来を迎え,コンピュータリテラシーは日常生活を送るうえで不可欠なものとなりつつあります。児童,生徒の情報活用能力の育成,専門的な人材の養成など,新しい時代に対応した教育体制の整備,充実は,この時代に生きるわたしたち全員に課せられた大きな課題です。 わたしはコンピュータソフトウェアの著作権問題を専門に扱っている立場から,本稿では,情報教育のなかで著作権の問題はどう扱えばいいのか,そして,著作権教育はどうあるべきか,という点について述べさせていただきます。
(1)著作権問題は避けては通れない 平成15年度より高等学校では教科「情報」が新設されます。この教科が必修科目として設置されることは,情報教育にとって大きな前進といえるでしょう。わたしのような部外者からみれば,この新しい教科でどのような授業が行われるのかは,非常に楽しみなところです。 「情報」の授業では当然,パソコンが使われるわけですが,パソコンの用途は無限です。数学的な情報処理はもちろん,専門のソフトを使えばグラフィック作品や音楽を作ることもできます。すでに一部でははじめている学校もありますが,インターネットを使って外国の学校と交流することもできます。これなど,わたしが高校生だったときには想像もできなかったことです。 しかし,現場の先生方の立場にたってみれば,夢もふくらむが不安も尽きないといったところかもしれません。新しいことを行えば,新しい問題も発生します。著作権の問題も,そのひとつになるのではと思います。 たとえば,何かのデータを集め,その統計を出しなさい,という課題を生徒に与えるとします。なかには,授業時間中に終わらなかったので,ソフトをコピーして家のパソコンで続きをやりたいと申し出てくる生徒がいるかもしれません。しかしこの場合,先生はそのソフトの使用許諾契約の内容を確認しなければなりません。許諾の範囲を越えてコピーを行えば違法です。また,クラスでホームページを作るとします。アニメのキャラクターをトップページに使おう,という声があがるかもしれません。しかし,この場合も著作権者の許諾を得なければ違法です。市販のゲームに手を加えて,そのゲームのキャラクターの顔をクラスメートの顔に作り替えてしまうような生徒も現れるかもしれません。しかし,その生徒の技術力がどれだけ高くても誉めるわけにはいきません。これも,著作者の人格権を侵害する行為となるからです。 このように先生方は,さまざまな場面で著作権の問題と遭遇するはずです。 (2)人権問題と同じ次元で そこで,このような場合,著作権の問題はどう扱えばいいのか,という問題ですが,ここでは二つのポイントをあげます。 第一は,著作権の問題は,情報モラルの問題として扱っていただきたいということです。著作権法の条文などを教えるのではなく,情報社会の基本的なモラルとして身につくように指導していただきたいと思います。 著作権は著作権法という法律で定められた権利ですが,その背景にあるリーガルマインドを,情報社会のルールとして教えていただきたいと思います。言い換えれば,人権問題と同じ次元で考えていただきたいということです。人権問題についての教育で大切なのは,知識を詰め込むことよりも,現実に人権侵害を目にしたり,聞いたりしたときに「これはおかしい」と感じる人権意識,人権感覚を育てることです。 著作権についても同じです。著作権も憲法によって保障されている財産権であり,著作者人格権は個人の尊厳に通ずるものです。著作権を扱う場合は,著作権意識,著作権感覚が育つよう指導していただきたいと思います。 このことでひとつ考えていただきたい問題があります。それは,子どもの権利条約とのかかわりです。著作権と子どもの権利条約とでは,重なる部分や関連する部分がたくさんあります。たとえば,子どもの権利条約第12条の「意見を表明する権利」,第13条の「表現の自由」,第17条の「情報及び資料の利用」などは,著作権と直結する問題です。 もし,先生が一方で子どもの権利をないがしろにしておいて,他方で「著作権を守れ」といっても説得力はありません。子どもはすぐに見抜きます(そういう見抜く感覚が大切なのですが)し,そういうことが頻繁にあれば,子どもたちの権利に対する感覚は麻痺してしまいます。著作権を扱う場合は,そういう点にも十分な配慮が必要です。 (3)許諾を得る過程が大切 第二のポイントは,著作権は刑法のような禁止規定ではなく,許諾権だという点です。コピーの問題にしても,著作権者の許諾を得れば,違法コピーではありません。情報教育の場で著作権の問題と直面した場合は,ぜひ許諾をとる方向で指導していただきたいと思います。許諾をとるまでの過程で,子どもたちは多くのことを学ぶはずです。 たとえば,クラスで学級新聞を作るとします。そして,ある生徒が,出版物から見つけてきた写真をその新聞で使いたいと先生に相談します。そういうときは 「この写真を使うと著作権に触れるからやめましょう」というのではなく,「その写真を掲載している印刷物の出版元に電話をしなさい」と指導してください。出版元に電話をすれば,その写真を撮影した写真家を紹介してくれるかもしれません。その写真家に連絡すれば,「それだったら,もっといい写真があるから見せてあげよう」と話が発展するかもしれません。子どもたちはこのような過程のなかで,その写真の価値を知り,その写真を撮るために写真家がどれだけ苦労したのかを知り,作者に対する敬意を覚えるのです。このような体験が,子どもたちの著作権感覚を育てるのです。 また,このような過程を体験することは,情報(メディア)リテラシーの育成という観点からも重要です。出版元を訪ねることで,その出版物がどのような意図で出版されたのか,どのような読者を対象にしているのか,そういうことを学ぶはずです。 許諾の交渉を行うには,自分たちが作っている新聞がどういうものなのか,その写真を掲載する理由は何か,そういうことを相手にわかるように説明しなければなりません。このようなコミュニケーション能力を育成することも,情報教育の課題です。 生徒が「この写真を使いたい」といったとき,先生が「著作権に触れるからやめましょう」ととりあわなければ,それでおしまいです。それどころか子どもたちの著作権感覚の芽を摘むことにもなりかねません。先生が「著作権の権利処理は面倒だ」という態度でいれば,子どももそう受け取ります。著作権問題に直面したときは,どうか前向きに,許諾をとる方向で指導してください。