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ICT・EducationNo.39 > p10〜p13

教育実践例
コミュニケーション能力を高める『情報C』の授業実践(1)
ー『未来デザイン』の手法から広い心を持たせるためにー
岩手県立宮古北高等学校 西谷 成昭
nishiya-nariaki@myn-h.iwate-ed.jp
1.はじめに
 本誌No.32にて,「生徒の意欲を引き出し,論理的思考能力を育成する『情報A』の授業実践—事前の評価の明示,記述式定期考査問題,自己評価・相互評価を通して(※注1)」と題して,平成18(2006)年度まで試行錯誤しながら取り組んだ授業を報告した。この実践では,授業ノートを活用し,1時間の授業の感想と反省を書かせる形式をとった。毎時間の授業の中で取り組んだことに基づいて,記述式の定期考査問題を出題した。記述式問題からは文章表現能力の育成を期待した。また,評価については予めその方法を示すと共に自分を振り返る「自己評価」と相手から見た自分を意識させる「相互評価」による評価も加えた。評価に総合的な視点を組み入れることで,常に相手を意識した授業になり,良いクラスの雰囲気を創り出し,「考えること」に対するモチベーションも高まるという結果を得た。同時に,次のステップや目標を自らが掲げる糸口になる結論付けができた。
 そこで,2007年度は『情報C』の授業で,「コミュニケーションとは何か」という命題を掲げて,これをあらゆる角度から問い直しながら,生徒のコミュニケーション能力を高める実践を試みた。
2.問題の所在
 生徒のコミュニケーション能力を高めることを追究するにあたって,基礎となる三つの考え方を示すことからはじめる。
【1】現代の高度情報化社会に生きる高校生の「対等的対人関係能力(※注2)」はどれほど充実しているか。
 昨今,高校生の個人的資質を高めることの大切さが指摘されている。これが一つの社会的ニーズであるとすれば,『情報C』の中にどのように具現化すれば良いのかを究明する価値はあると考えた。また,この能力を基本的な教育方針の中に打ち出す動きも各学校で見られている。

コミュニケーション能力を高める概念モデル図
▲コミュニケーション能力を高める概念モデル図

 しかしながら,コミュニケーション・スキルの中で「対等的対人関係能力」は体系化されていないようにも見える。仮に「対等的対人関係」を生徒に根付かせることができれば,「上下対人関係能力」に発展し,良好な行動となって現れてくると考える。ここに第一の問題の所在を見出すのである。
【2】生徒の対等的対人関係において生徒相互間のスピリチュアリティ(※注3)をコントロールする意義もある。
 スピリチュアリティについて,WHO(世界保健機構)憲章は「健康」を次のように定義している。

世界保健機構のトップページ
▲世界保健機構のトップページ

 「健康とは,完全な肉体的,精神的及び社会的福祉の状態であり,単に疾病または病弱の存在しないことではない。」
 このように,人間そのものについて考えることや,人間の本質的な姿を追究し,生活の質を考えるという立場がある。また,健康と疾病について別個の存在ではなく,人間としての連続した存在という意味合いがある立場を主張するものである。さらに,スピリチュアリティを日常生活の指標として重要視しながら,精神性の中でも直感的な側面を大切にしている点もコミュニケーション能力を高めるという目標に向かうためには必要な考え方である。具体的なスピリチュアリティとして生活を意義ある統一体に組み立てることや,役割の係わり合いとして家族と結びつけること,個人の変化と集団の変化を統制すること,そして,生活の目的を探し求めることなど,4つの観点に力点を置いている考え方もあった。

スピリチュアリティのクローバー的視点モデル
▲スピリチュアリティのクローバー的視点モデル

【3】クルンボルツ博士による「プランド・ハップンスタンス・セオリー(※注4)」
 これは好ましさを引き起こすための理論であり,5つの領域に視点を置いた考え方を展開することで,自分の発するコミュニケーションが相手に影響を与えながら,良い未来行動へつながることを示唆した考え方である。コミュニケーション能力を高め,相手を意識しながら自分の将来を考え,相手と共に設計していく姿が望ましさに向かうことができると考える。その5つの視点は,以下の通りである。
(1)新しい学びの機会を探索する。
(2)うまくいかなくてもこだわりの継続性を持つ。
(3)環境に柔軟な適応をする。
(4)新しい機会はやってくるというポジティブさを持つ。
(5)プロセスに見合った行動を起こす気持ちを持つ。

コミュニケーション能力を高めるスター型視点
▲コミュニケーション能力を高めるスター型視点

 以上の考え方を示すことから,自分を見つめ,相手の存在を認識しながら自分の将来を設計する『未来デザイン』に向かうための基本的理論がその背景にあることを示した。
3.『未来デザイン』でコミュニケーション能力を高める試み
 今回の授業実践に関連するキーワードは,人の観点では「自分」と「相手」を軸として,そこから得る互いの「資質向上」であり,時間の観点では「今」から「明日」,そして「将来」という流れを軸として,「夢」を目標に「心の安定へと導くこと」にした。そして,そのための考え方である『未来デザイン』を理解させることからはじめた。つまり,『未来デザイン』でコミュニケーション能力を高めようとする試みである。
 7月,夏休み前に「今の自分を見つめよう」と題した授業を行った。「今という時間を大切にできる人間,焦らずにゆっくり考える姿勢が良い自分を引き出せる」という話題を設定し,電卓大会に参加した生徒の次のコメントを引き合いに出した。「突然緊張して何もできない状況になった。そんなときこそ逆に緊張した方が良い。自分が緊張した中で何ができるか,何ができたかを自分で感じ取ることができれば良い。」そして,この生徒が東北大会で優勝できたのは毎日の積み重ねという行動成果の現れであることを説明し,「君たちは今何に向かっているのだろうか。『やりたくない』から『できること探し』に切り替えて,何が頑張れるのか考えよう。」と問いかけた。この授業での生徒の主な感想を以下に示す。

生徒の感想【1】
・できることを考えることが大切。
・今,何をすべきかわかった。
・未来を見つつも一番大切なのは今。
授業ノート提出者:25名
有効回答数:15名
(男子6・女子9)
回答率:60.00%

 なお,授業ノートの感想では「自己の振り返り」として有益性が69.04%であった。
 今,何ができるかを探すこと,未来からの逆算的思考法の展開が7割弱の効果をもたらした。そのことを踏まえて,次の段階として,職業観の育成をねらい,「将来どんな職業に就きたいのか」という話題に発展させた。そのために,2年後に自分はどうなっていたいか,良い2年後であるために,今できることは何か,今何をすべきかを考え,プレゼンテーションソフトでまとめさせた。
 明日を考えることで,お互いが面白くなり,新たな自己発見につながる。ここで「自分のこれからを考えること」,「未来を考えること」で自分の生き方を真剣に見つめることができる。将来を真剣に考えることから現在の学校生活をどう送っていけば良いのかが見えてくる。将来の自分を設計することで,青年期の多感な心の動きも安定した状態に置くことができるようになる。

生徒の感想【2】
・将来の自分のためにやれることをやろうと思った。
・夢を叶えるために今,できることをヤレバ将来のためになる。
授業ノート提出者:17名
有効回答数:14名
(男子5・女子9)
回答率:82.35%

 では,なぜ心が安定してくるのだろうか。それは,自分の目標が見えてくるからだろう。自分の未来が具体的に見えてくると,気持ちも落ち着いて,取り組もうとする意欲が湧くだろう。今やるべきことが見えないと,不安になり,不信感から不満が募って,モノに当たり,人に八つ当たりをする行為へと流れることもある。
 生徒を「自立」へ向かわせるためには,自分で考えて判断できる力を身につけさせることが大切である。『未来デザイン』の考え方で将来設計をさせることが,良い生徒を創りあげることになる。
 また,自分の将来を考えるとき,仮に受験に失敗したり,会社が倒産したりしたらどうするかという危険予測を条件の中に入れ,「『諦めてしまう』生き方をするのか」という投げかけから,「リデザイン力」の意識も自分の中に持たせることを意図した。
 これにより,失敗を恐れない心を育むことができる。生徒はどちらかと言えば失敗を恐れ,失敗のないように企画立案する傾向が強い。しかし,会計学にもリスク回避の考え方があるように,「ハプニング」と「まさか」へ対応する能力も『未来デザイン』という考え方で育まれる。「リデザイン力」の育成は,失敗から学ぶ人材育成,本校の教育目標でもある「たくましい生徒の育成」にもあてはまる。
 これから先のことを自ら考えていく中で,当初の段階で導き出した目標および構想に対して,現在のそれと比較検討し,これからの設計図を描き直すというときに,「リデザイン力」が発揮されていく。また,「リデザイン力」による展開は,一度限りの流れに留まらず,常に自分の最良の道を選び続けながら歩んでいくことになる。それは,以下のような循環型モデルで表現することができる。

循環型リデザイン力のモデル
▲循環型リデザイン力のモデル

 こうした循環型モデルを念頭に置きながら,次第に『未来デザイン』の構図もでき上がっていくことになる。その概念図は次の通りである。

『未来デザイン』の概念図
▲『未来デザイン』の概念図

 このような構想および概念図によって,生徒一人ひとりが意識を新たにしながら,先を見通した目標や構図をイメージしていくのである。生徒に,『未来デザイン』とはどのような実体を指しているのかを説明した。主な感想を,以下に示す。

生徒の感想【1】
・人の心に良い意味で残るような人物になりたい。
・いろいろな話しを聞いて,将来的にそうなっていたいと思う,考えさせられる場面がいくつかありました。
・情報を学ぶためにたいせつなことを学びました。
授業ノート提出者:25名
有効回答数:16名
(男子7・女子9)
回答率:64.00%

生徒の感想【2】
・人は先が見えると安心することがわかった。
・自分の未来を自分でつくりあげるって大切なことであって,楽しいと思った。
授業ノート提出者:17名
有効回答率:12名
(男子5・女子7)
回答率:70.59%

 教科「情報」で『未来デザイン』を学ぶことで,「情報」以外の教科の学習をする目的意識も芽生える。いわゆる『情報C』がプラットフォームを形成し,その上に主要5教科をはじめ保健体育や家庭,LHR,そして総合的な学習の時間などが並立するという体系をイメージしていく。全ての教科の学習の基盤となる教科「情報」で,「考える力」を育むという目標を掲げ,そのためにコミュニケーション能力の育成を追究していくことになる。



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教科「情報」

▲教科「情報」のプラットフォーム化

 生徒が幸せを掴むために入学してきたこの学校で,「自分の先がまだ見えて来ないから,今ここでデザインをする。」という考えを示すことに『情報C』の大きな役割があり,同時に学校の質も高まっていくことになる。この『未来デザイン』という手法を取り入れることによって,生徒はもとより学校全体も大きな変革を期待できることになると考える。
 次号では,コミュニケーション能力を高める授業展開を具体的に紹介する。
注1:『ICT・Educationフォーラム「情報教育」』No.32 日本文教出版 平成18年12月20日発行 西谷成昭著「生徒の意欲を引き出し,論理的思考能力を育成する『情報A』の授業実践—事前の評価の明示,記述式定期考査問題,自己評価・相互評価を通して—」『情報A』での実践事例に基づいて,『情報C』で発展的に授業を進めていくことになった。本稿と併せてご一読願えれば幸いである。
注2:本稿のコミュニケーションを高める授業実践に関して参考となる考え方を対人社会心理フォーラム「第24回対人社会心理学フォーラム発表者:橋本剛氏(静岡大学人文学部)大学生のためのソーシャルスキルを考える」より引用した。
注3:スピリチュアリティの定義を明らかにすることで生徒の内面的変化に対処する方向性を見出すことができると考え,コミュニケーション能力を高めることに関連した基本的概念であるという視座から参考にした。日本大学大学院総合社会情報研究科紀要No.5,167-174(2004)「キャリア・カウンセリングにおけるSpiritualityの概念をめぐって」より一部修正して引用した。
注4:「好ましい偶然を起こす」プランド・ハップンスタンス・セオリー」がコミュニケーションを高めるために必要となる基本的な考え方であるという視座から参考にした。この基本理念が生徒の心に良い変化をもたらし,『未来デザイン』に向かう基礎的な考え方になる。
http://www.noma.or.jp/koumu/careerdesign/page05.htmlより引用。
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