ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.34 > p22〜p28

情報科教員の卵を育てる
教職を目指す学生のインターンシップ
—夏の短期集中講座と週末の公開講座を利用した実践的教員養成システム—
神奈川県立横浜清陵総合高等学校 五十嵐 誠
arashi50@pen-kanagawa.ed.jp http://arashi50.cocolog-nifty.com/blog/
1.はじめに
 前々号から始まったこのコーナーで,大学の教科教育法の非常勤講師をされておられる半田亨先生,平田義隆先生のご活躍を拝見いたしました。現実に情報の授業を受けていない大学生に,自分が受けたことのない教科を指導するので,カリキュラム作成などの苦労がうかがえます。また,大学に高校の情報教育の事情に精通している教授がいない場合,高校現場の教員の力を借りなければならないという実態もよく分かりました。
 ところで,情報の教員を目指す学生は目指す教師像をイメージできているでしょうか。生徒を抱えて教育実習を担当する現場の教師としては,教育実習を申し込む前にははっきりとしたイメージを持ち,教師としての資質向上に努めてきて欲しいと考えています。本校情報科では過去3年間で5名の教育実習生を受け入れていますが,学習指導要領にある専門教科情報の科目どころか,情報A・B・Cの教科書の内容も理解していない学生もおり,実習期間中は休日も指導するという負担を負ったことがあります。
 そこで,本校の情報科教員(小島淳子教諭(現指導主事),工藤剛司教諭ほか)は本当に教職を目指す学生のために,2〜3年次から情報科教員の卵を育てるシステムが必要だと考えました。総合学科という多彩な情報の科目と施設を備えた学校ゆえに,次世代の優れた情報科教員の加入が必要であり,その先行投資として教員育成に貢献する義務を痛感したからです。
 本題に入る前に,背景として,神奈川県の情報科教員の採用状況と本校の科目配置の工夫について紹介し,本校が情報科教員の卵を育てるために取り組んでいる事例を紹介いたします。
2.情報科教員の採用状況
 この原稿を書いている段階では,まだ全自治体の教員採用募集案内が出そろっていません。全体としては,次のカリキュラムで情報が必修科目となるか否かの見極めのためか,採用人数は控えているように見受けます。
 その中で,神奈川県ではいよいよ来年度から情報科教員を採用することになりました。採用試験実施要項によると,情報科は3名ほどの募集であり,他教科の免許所有等の条件は一切ありません。しかし,情報科教員を毎年募集している東京都では,数学または理科の免許の所有などの条件を継続し,採用見込み数を減らしています。教科情報の先行きが不透明である影響が感じられます。
 さて,教員の大量退職を控えた対応でしょうか,今年度の神奈川の教員採用において年齢制限が緩和されました。さらに,新たな試みがありました。5月6日に横浜市教育文化ホールという会場で,教員採用試験の説明会が開催されたのです。大学以外の場所での説明会が開かれたということは,既卒の方への配慮もあるでしょうが,今後の教員採用に対する県の意気込みを感じさせます。選考試験の説明以外に,「神奈川の教育と求める教師像」の説明の他,「実践力向上事業」として指導主事や指導教員のもとで実践的な体験を積み,意欲と資質を高める企画を紹介していました。質疑応答では,情報の受験資格は情報の免許だけでよいことの確認もされました。
3.総合学科としての情報教育
 総合学科高校は全国に500校を目標として,現在280校ほどが開校しています。既に開校している総合学科高校は,キャリア教育の推進や課題研究の指導,専門教科の科目開発など高校改革のパイオニア的存在になっています。どの総合学科にも,環境・福祉・国際・情報といった系列で括られた科目群があり,普通科高校よりも施設面で優遇を受けています。これらの科目は,各教科の専門科目として指導要領に示された科目や,学校で独自に設定した科目です。
 本校の情報に関する科目を紹介します。まず,普通教科情報から「情報A」と「情報B」を1年次で必修選択としています。専門教科情報では,指導要領に示されている11科目から「ネットワークシステム」「アルゴリズム」「情報と表現」「図形と画像の処理」の4科目を各2単位で設置。学校設定科目として「ロボット入門」「Webプログラミング」「情報処理技術」「DTP入門」「DTP活用」を各2単位,「コンピュータ技術」「DTP基礎」を短期集中講座の1単位で展開しています(太字の科目は1年次から選択できます)。さらに,芸術表現系列には「映像メディア表現」「CGデザインⅠ」「CGデザインⅡ」が各2単位で置かれているので,コンピュータ専用の3教室の時間割はほとんど埋まってしまいます。
 生徒は1年次での総合学科必履修科目「産業社会と人間」で,体験して得たことを共有するために発表する機会が頻繁にあります。そのプレゼンテーション能力の基礎は「情報A」「情報B」が連携して育てています。逆に,「情報A」「情報B」で扱う教材のほとんどは「産業社会と人間」から得ています。この連携によってプレゼンテーション能力・問題解決能力が高まり,卒業するまでの様々な場面で成果を発揮していきます。他教科でも情報活用能力を活かした展開が盛んでに行われています。特に発表技術は年々高まって,スライドに頼らない手法も開発されています。
 本校の場合,系列と無関係に科目を選択することができますが,3年次の課題研究(2単位必修)ではいずれかの系列の職員の指導のもとで,各自が設定したテーマについて研究し,最後には全員が発表します。テーマはなるべく進路実現に関係するものを設定させています。この課題発見型教育を実現することが,本校の情報教育の目標の一つであると考えています。そのテーマ設定から研究の企画,フィールドワーク,アンケートの分析,そして論文作成と発表まで,全般に渡って情報活用能力,情報処理能力,情報デザイン能力が必要になるからです。
 今年は情報科学系列の担当として9名の生徒を指導していますが,5月まではフィールドワークの練習を兼ねて,個別に大学や専門学校に引率し,各自の研究へのアドバイスをいただいています。
4.短期集中講座
 前述の通り,情報だけでも多彩な科目があるのですが,特に理系の生徒は時間割の都合上,希望の科目でも履修できないことがあります。そこで,短期集中講座を設置して履修の機会を確保しました。さらに短期集中講座のメリットとして校外の教育機関と連携して,高度な講義や実習指導を受けることもできます。1単位分の6時間×6日間の集中した学習では,生徒が力をつけていく様子がよく分かり,高い学習効果を確認しています。
 情報科学系列では,1単位の「コンピュータ技術」と「DTP基礎」を短期集中講座で完結し,期間中に専門学校や大学院を訪問します。「ロボット入門」は前期に週2時間の授業と,工業高校でライントレーサーの実習を行う短期集中講座を併用した前期で2単位を完結する講座です。
5.情報科教員を目指す学生の受け入れ
(1)日常の授業への受け入れ
 再編により総合学科として開校した平成16年度当時から,大学の教職課程の生徒が授業の見学に訪れたり,特定の曜日に授業の補助員を務めたりしました。我々教員もまだ科目開発の途上であったので,補助員を積極的には募集しませんでしたが,大学側ではやはり現場を見させる必要があったのでしょう。しかし,週に1日程度のサポート形式では途中の授業準備の工夫などを十分に伝えることができなく,教員育成という観点からは不十分なので,現在は行っていません。

(2)短期集中講座への受け入れ
 平成17年度から短期集中講座を開講しましたが,この講座のサポートとして参加を希望する大学院生が現れました。彼は情報の免許を所有し,専門学科情報科を持つ高校で非常勤講師を務めていました。「DTP基礎」を夏休み中に2回実施したので,初回の講座のサポートで学んだ知識と指導技術を活かして,第2回の講座では一部の指導を担当しました。彼は紙ベースの情報発信の基礎となるDTPの知識と技術,さらに指導方法を習得したことで教職への自信を高めることができたようです。
 この事例をもとに,上月情報教育研究助成を受けて,短期集中講座に教職を目指す学生をインターンシップ生として受け入れ,高校生の学習環境の整備と教員の卵を育てるという2つの狙いを持ったプロジェクトに取り組み始めました。昨年度はインターンシップの手続きを整えて4名の学生を受け入れ,目的を十分に達成することができました。期間中に大学の教授や他校の教員,出版社の方々も見学に訪れ,高大連携の教員養成のシステムとして高い評価をいただきました。

(3)帰国子女の学習ボランティア
 今年度の新入生の一人に帰国子女の生徒がおり,ゆっくりとした会話は問題がないのですが,読み書きと併せて,コンピュータの日本語入力に不便を感じているようです。そこで,現在,情報と商業の教員免許を取得するために通信制の大学で学んでいる方に連絡して,「学習ボランティア」として情報と数学の授業でのサポートをお願いしました。短期集中講座の校外学習を引き受けてくださる専門学校でこの3月まで事務をされており,もともと教育現場が好きな方です。教科と教科外のスキルを身につけるチャンスとして喜んで参加してくれました。まだ始まったばかりの事例なので,別の機会に報告いたします。
6.今年度の短期集中講座のインターンシップ
 平成19年度の募集につきましては,神奈川県内の情報の教職課程を持つ大学に連絡いたします。参考までに計画を紹介いたします。

(1)平成19年度の短期集中講座の日程
  講座 期間(平日6日間)
(1) コンピュータ技術 7/23(月)〜7/30(月)
(2) DTP基礎 8/6(月)〜8/13(月)
(3) DTP基礎 8/15(水)〜8/22(水)

 「コンピュータ技術」で取り扱う内容は,画像処理・ネットワーク基礎・PCの分解組立・セキュリティ・表計算・データベース・プログラミングなどと幅広く,実習と知識の座学学習になります。この科目の受講者は,9月に行われる全商情報処理検定2級プログラミング部門(Visual Basic)の合格を目指します。
 「DTP基礎」では,Wordを用いるDTP検定Ⅲ種のカリキュラムを終了してから,よりDTP機能に特化したPublisherでの制作活動に移ります。
 (1)(2)の講座では,期間中の1日は校外の教育設備にて学習を行います。(3)は県内の他の総合学科の生徒も受講することができる連携講座です。

(2)インターンシップの期間
 (2)と(3)の2回の「DTP基礎」をインターンシップ受け入れ対象の講座としますので,両日程を合わせた12日間を予定します。また,事前指導を(1)のコンピュータ技術の期間中に行います。

(3)インターンシップ中の指導内容
 「DTP基礎」の授業に関する指導以外に,現職の教員の多くが苦手とする「情報デザイン」の分野に関する知識や技術を指導します。スキャナーの操作や画像処理,音声・ビデオ編集など,情報の授業を発展させるための実習も取り入れる予定です。

(4)インターンシップの募集
 該当する大学の教職課程を通して6月中に募集をします。各大学から1名として,6〜8名に調整後,インターンシップの協定を本校と大学間で取り交わし,協定書・誓約書等を整えます。
 期間中の事故に対処できるように保険に加入していただきます。
7.社会人対象の公開講座へのインターンシップ
 10月6日〜12月22日の土曜日10回を使い,高校生以上の県民を対象とした公開講座「ワープロDTP」を予定しています。筆者は,本来の業務として担当します。インターンシップの募集人数は受講者数によって決定します。特に,神奈川の教員採用試験に内定された方の参加を期待しています。
8.短期集中講座とインターンシップのすすめ
 平成19年度末までの2年間が上月情報教育研究助成の研究期間になりますが,この2つの組み合わせによる高校生・大学生への教育効果は,既に1年目で高い効果を確認しています。今年度は募集方法などの研究と,事例の普及活動に努めています。この記事をご覧になって興味をお持ちの方は,夏季休業中ですので御来校いただき,ぜひ高校生と大学生の教育活動をご覧ください。
 各都道府県に応用事例の実施校が現われて,情報教育を推進することを期待しています。
9.おわりに
 複数の大学教授に伺ったところ,情報に関しては「教職に関する科目」と「教科に関する科目」が,教員養成を目的として連携していないのが実状のようです。つまり,教科教育法を指導するために必要な,高校の情報(普通教科・専門教科)で指導する内容が身についていないということです。これがはじめに述べた教育実習での問題に繋がります。採用されて,特に専門科目を持つ高校に着任した場合は大問題になります。
 様々な学科で情報の免許を取得できますが,高校で情報を教えるためには,その学科の専門分野の知識だけではなく,学科を超えた幅広い知識とスキルが必要です。大学の情報の教職課程においては,普通教科情報と専門学科情報,そして最新の情報技術まで俯瞰できる教員を育てる仕組みが整備されることを期待しています。

生徒の作品例
(以下,画像をクリックするとPDFファイルが開きます)

三ツ折チラシ外側

三ツ折チラシ内側
▲三ツ折チラシ(上が外側,下が内側)

ボランティア活動を報告する新聞
▲ボランティア活動を報告する新聞




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