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1.はじめに |
本校の「情報A」において情報の符号化を扱う際,2進法の導入から情報と情報量の理解,そしてコンピュータの動作原理,文字・画像・音声情報のディジタル化までの範囲について,これまでは座学を中心に授業を実施していた。
この流れにおいての問題点は,「情報と情報量」の学習において「ビット」が定義できたとしても,コンピュータの動作原理において「コンピュータはビットで動いている」という事実を生徒に理解させるところにつなげにくいことである。しかし,ここで「コンピュータはビットで動く」ということを理解してもらわなければ,文字や画像,音声のディジタル化の流れが悪くなり,単元全体としての教育効果を期待することはできない。
そこで平成18年度では,実験教材「マジカルスプーン」を用いて自分の手でコンピュータに符号を与えてコントロールして「ビットでコンピュータが動く」ことを体験的に学習する授業実践を試みた。本稿では,その授業と授業の中での生徒の反応などを報告する。
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2.「マジカルスプーン」とは |
「マジカルスプーン」とは,教育システム情報学会の香山瑞恵氏(信州大学工学部)とNPO組込みソフトウェア技術者・管理者育成研究会の二上貴夫氏((株)東陽テクニカ)が共同で開発している情報教育用教材である。「マジカルスプーン」の構成を,図1および図2に示す。
なお,この授業では,この構成以外に,飛行船のシミュレータを2台使用している。
スプーンを叩いた際発生する超音波を図1の機器に搭載されているセンサで検知し,「検知する・しない」を「1ビットの符号」と見なす。パリティビットを含めた4ビットの符号の組み合わせに対して,「上昇」や「前進」などの命令を対応づけた上で飛行船を制御する。
この,符号を意識して学習ができるところは,注目すべき点である。通常,稼働中のCPUやメモリだけを眺めてもデータ(符号)の移り変わりを確認することはできず,目で見えないからこそ理論で納得するしかない。「マジカルスプーン」は,このようなコンピュータの動作原理の根本をなす部分を「実感」できる授業ができる教材だと期待している。
▲図1 指令の発信器
▲図2 指令の受信機(飛行船)
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3.実習の位置づけ |
今回本校では,2年次の「情報A」(1単位)での学習分野「情報機器の発達と生活の変化」における学習項目「情報機器の発達とその仕組み」の学習内容の中に,「マジカルスプーン」を用いた実習を取り入れた。
この実習を実施するまでに,生徒は主に
・コンピュータの5大機能とソフトウェアのはたらき
・コンピュータの動作原理(座学)
・符号・情報と情報量
については既に授業で実施し,2進法やビット,命令がCPUでどのように処理されているのかについての知識は得ている。その上で,飛行船への指令を考え符号化し,実際に飛行船をその符号を使ってコントロールすることで「ビットでコンピュータが動く」ことを確認し,その他のデータがどのように符号化されているのかという学習につなげていく。
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4.実習の実施 |
「マジカルスプーン」を用いた実習は,3時間行うものとして計画した。平成18年度においては,この計画の通り授業ができる1クラスに対して実施した。
本節では,3時間の授業内容について述べるとともに,生徒の反応について授業者の雑感を含めて述べる。
(1)1時間目
[一斉で]
・シャノンの情報量概念復習
・情報量を求めることができる条件とコンピュータでの「ビット」の関係(説明および確認演習)
事象が生起する確率が計算できれば,その事象を目撃したとき得られる情報量を求めることができる。このことを用いて,パターン化されたものの中から選択できる情報については,ビットを割り当てることができることを確認した。
・飛行船の概要
・飛行船の動作パターンをプロペラの動きから推測
図3のような図解を見せながら機体についている3つのプロペラの動きから飛行船としてどのような動作が可能かを考えたところ,「前進」,「後退」,「右旋回」,「左旋回」,「上昇」,「下降」,「停止」,「停留」すべて生徒からの発言で揃えることができた。
▲図3 授業で見せた図解
授業後わかったことだが,ある生徒は,飛行船の機体に3つのプロペラがあることに着目して「個々のプロペラが回る・回らない」を1ビットととらえていたが,それだけだと「停留」の説明がつかないことに気づいた。なかなか鋭い視点である。その後で「飛行船の動作パターンにビットを割り当てるとしたら,少なくとも何ビット必要だろうか?」と発問したところ,3ビットとすぐに答えが返ってきた。
・1回くらいのミスをフォローするパリティ
「1回打ち間違えても,パリティを使えば打ち間違えを修正できる」と説明,間違いのなく通信を行うための工夫であるとした。
[グループ活動に移る]
・実習の班分け(班は教員が決めたので,発表のみ)
・では,「パリティつきでビットを決めてみよう」といいかけたところで時間切れ。ビットの設計は宿題とする。
翌週,宿題を見ると,パリティに対する理解はほぼ完璧であった。ほとんどすべての班が正しくビットを設計することができた。
(2)2時間目
[一斉で]
・次回のフライトでは,飛行経路は教室を横断するコースで,4人の班を2人1組に分けそれぞれで往路,復路を担当し,教室を往復することを説明。2人のうち1人はスプーンを叩き,1人は飛行船の様子を見ながら,「上昇」などの指示を出すよう指示。
・シミュレータの使い方解説
スプーンを叩く位置,シミュレータでの符号のセットの仕方と保存の仕方のみを扱う。
・符号を決めるためのヒントを少しだけ出す。
[グループで]
・2台のシミュレータを用いて班ごとにシミュレーション(図4)。5班×(5分+入れ替え時間)=30分〜35分間を予定していたが,結果として40分かかった。
各班とも時間的に余裕がなかったため,コースでのフライトを想定して十分なシミュレーションというわけにはいかなかったが,スプーンをどのように叩くと信号が入力されるか,など機器の特性をつかむことはできたようであった。また,シミュレータから離れている時間を使って,「いかに間違えないように符号を設計するか」,「間違えてはいけない指令はできる限り簡単な符号を考える」など,班で決めた方針にしたがって改善案について議論して符号の改善案を作成した。
▲図4 シミュレータへの入力
提出されたもののうち,3時間目に使用するために選んだコードを表1に示す。なお,表における●は,スプーンを叩くことを意味し,空白は叩かないことを意味する。
このコードの特徴は,上昇・下降など対になっている動作において,符号間のハミング距離が最大の4になっていることである。また,スプーンをまったく打たないことで停止命令がはたらくようになっており,入力ミスが相次いでしまったときへの対応がしやすくなっている。
▲表1 3時間目に使うコード
(3)3時間目
3時間目は,開発者の香山氏および二上氏,専修大学の大学院生2名のご協力を得て,飛行船実機を用いたフライト実習を行った。なお,この授業は公開授業として実施し,校内・校外問わず多くの参加者に公開した。
[一斉で]
・はじめに飛行コースの説明を行い,フライトの順番を発表
[班に分かれて]
・フライト実習開始。2人1組で1分以内に教室を横断する。実機でフライトさせる前に,シミュレータで練習できる(図5)
▲図5 シミュレータでの練習
▲図6 飛行船が浮いた!
スタート・ゴール地点は,図6にあるように,教室に置いた赤い色紙である。教室反対側の往路のゴール・復路のスタート地点にも青い色紙を置いた。
上昇命令が入力され,飛行船が動き出すと,「おおーっ」という歓声があがった。その後は,入力している様子と飛行船の動きを注意深く観察したり,コントロールしている生徒に声援を送るなどしてフライト実験は大きな盛り上がりを見せた。
命令の入力に時間がかかる生徒もいたが,コンピュータは受け取った命令の通りにしか動かないこと,命令はあらかじめ設定されたビットで入力されなければ解釈されないことなどを実験中にコメントし,生徒に理解を促した。
操作可能な時間の短さと,空調の風に影響されたこともあり,思うように飛行船を飛ばすことが難しかったが,授業時間内にすべての班で飛行船を操作し,符号でコンピュータを動かすことを体験させることができた。
▲図7 折り返し点で旋回を試みる
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5.生徒は何を学んだか |
飛行船をフライトさせてから1週間後,予告せずに自由記述形式でアンケートを実施した。生徒が面白いと思って熱心に取り組める実習ができたことは良かったことだが,この実習は,コンピュータの動作原理について理解を促すために実施したものである。彼らが何を学んだのかを知るため,
「マジカルスプーンの一連の実習で学んだことを教科の内容である・なしに関わらず何でも記入しなさい」
という問いに対し,率直に記入して班ごとに提出させることとした。その結果,7割の班から
・符号化した情報をスプーンを叩いて送ることで飛行船(コンピュータ)が実際に制御できた・実感できた。
・ただの音をプロペラの回し方に反映させる情報伝達を学んだ。
・パリティに関する回答数件
など,情報の符号化に関する回答を得ることができた。他の回答内容を見ると,
・機械(コンピュータ)は指令を出された通りにしか動かないことを学んだ。
・コンピュータの正確さを学んだ。
・8通りの指令を与えるだけの実験だったが,身近な機械はより高度な作業を行っていること(技術の高さ)を感じた。
など,コンピュータの技術的な側面からの回答や,
・人間の指示が少しでも違うとコンピュータは動かない(情報伝達の難しさ)。
などといった,コンピュータとの関わり方に関する回答も多く,当初想定していた目的以上に広い範囲で感想をもっていたことは収穫であった。また,実習の環境や実習の取り組みを振り返って,
・実際に実機を飛ばすことと,シミュレーションの違い。
・飛行船の進路を曲げるためには,旋回の信号だけではなく前進の信号も続けて出さなくてはならない。
といった,実機に触れてはじめてわかったことや,
・班のチームワーク・コミュニケーション
・前の班から学び得た情報を活かすこと
といった,問題解決に関係した反応も見られた。
授業では,この集計結果を用いて,実習の振り返りを行い,それを踏まえて文字や画像,音声のディジタル化へと授業をスムーズに進めることができた。
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6.おわりに |
「マジカルスプーン」を用いた実習が成功した背景には,この教材が生徒の興味を強く引きつけたことにあると考えられる。この授業を受けた生徒は現在3年生だが,「あの実習は面白かった」と今も言われることもある。実習を実施しなかったクラスの生徒からは,「うちのクラスでもやってほしかった」と言われることもある。それまで生徒に「難しい」と言われていた分野での単元学習において面白さを見いだすことができたことと,情報のディジタル化の学習へのつながりを手に入れたことは何よりも大きな収穫であった。
平成19年度は3学期に生徒用10セット,教師用1セットを開発者よりお借りして,開発者の補助なしで2年生のすべてのクラスで同様の実習を実施する予定である。なお,教材「マジカルスプーン」の貸し出しは,開発者に申し込むことにより,受けることができる。
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