ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.34 > p1〜p5

論説
日常的なICT利活用のための課題
富山大学 山西 潤一
yamanisi@edu.u-toyama.ac.jp
1.教育の情報化の現状と今後
 2000年度から始まったミレニアムプロジェクト「教育の情報化」推進計画の目標達成年度2005年度も終了した。この「教育の情報化」が目指すものは,以下の通りである。
1)従来の教科学習における授業改善として,コンピュータ等の情報通信技術を活用して「よく分かる授業」を推進し,児童生徒の学力を向上させる。
2)情報化時代を担う新しい資質形成のための情報教育を推進する。具体的には,情報活用の実践力,情報の科学的理解,情報社会に参画する態度を育成する。
3)校務の情報化を推進し,校務処理の改善を行い教員にゆとりを与える。
 このような目標の実現に向けて,全ての学校の各学級の授業においてコンピュータやインターネットを活用できる環境を整備するため,各学校への高速インターネットの接続,普通教室への校内LAN整備,全ての教員がコンピュータやインターネットを用いて指導できるようにする研修などが展開されてきた。
 その結果,文部科学省「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」(平成18年3月現在)によれば,公立小中高等学校のインターネット接続率はほぼ100%。その内,動画像の配信が可能な高速インターネット接続率は89%。普通教室のLAN整備率は,小学校44%,中学校48%,高等学校76%,平均50.6%の整備率である。
 他方,コンピュータを操作できる教員の割合は97%と高いものの,コンピュータを活用した教科指導ができる教員の割合は,小学校で86%,中学校で71%,高等学校で67%,平均77%であった。全ての教員が自らコンピュータを活用できるだけでなく,コンピュータ等の情報通信技術を活用した指導ができるとした目標にはほど遠い。また,校内LANの整備率やコンピュータ等情報通信技術を活用した指導ができる教員の割合は,都道府県によってかなりの格差がある。校内LAN整備率トップ10の都道府県では7割以上が整備されているが,ワースト10の都道府県では3割以下という低い都道府県もあり,環境整備の格差が広がっている。他方,コンピュータで指導できる教員の割合においても,9割以上,ほぼ全員が指導力を有する都道府県と6割程度にとどまる都道府県があり,全体的には指導できる教員の割合が向上してきているが,依然としてかなりの格差が見られる。
 2006年度から始まったIT新改革戦略における教育の情報化の目標のなかでは,従来の目標を達成するだけでなく,教員一人1台のコンピュータ整備と,クラス用コンピュータとして,ノートパソコンや情報携帯端末などの整備を行い,教育用コンピュータ1台あたりの児童生徒数を現行の7.7人から3.6人に引き上げるという。また,液晶プロジェクターなどの周辺機器の整備も促進されるという。コンピュータの台数もさることながら,プロジェクターやインタラクションボード,デジタルカメラなどの周辺機器が整備される方が,教師のICT利活用を促進する。情報教育先進国の英国では,Curriculum Online Evaluation 2006の調査によれば,小学校では,デスクトップコンピュータやノートコンピュータが90%近くの学校で良好な整備状況にあると同時に,ほぼ100%の割合でプロジェクターやインタラクションボードが導入されている。中学校においてもほぼ同じような整備が進んでいる。ICTの日常的利活用を進めるには当然の整備である。
 このような情報環境整備の格差や教員のコンピュータ等情報通信技術活用指導力の格差が,児童生徒の学力や情報教育の目標である情報活用能力や情報社会に参画する態度に能力差となって影響しないかが問題である。

インタラクションボードで考える子ども(英国)
▲インタラクションボードで考える子ども(英国)
2.教育の情報化と児童生徒の学力
 教育の情報化における評価の問題が日本ではようやく始められたが,情報教育の先進国である英国では,British Educational Communications and Technology Agencyが評価を克明に行ってきている。最新の調査結果が2003年に公表された。ここでは,英国のICT教育とその成果をもとに日本の現状を考えてみる。英国ではコンピュータ等情報通信技術をICT: Information and CommunicationTechnologyと表現するので,以下ICTと記述する。はじめに,ICTによる指導の良くできる教員と児童生徒の学力の問題に関するデータが示された。このデータから,ICT環境の善し悪しにかかわらず,ICT指導力の高い教員による学習指導の方が 一般教員に比べ,学力水準の高い児童の割合が,約20%程度高くなることが示された。ICT環境の善し悪しによる差異はあまり認められないという結果であった。また,教員のICTに関する知識や技術と児童生徒のICT技能に関するデータからは,ICT利活用能力の高い教員の指導では,興味関心や創作活動で優秀な成績を残す生徒が8割以上にものぼるが,指導力のない教員の場合,特に創作活動では1割以下にまで低下し,教員のICTに関する力量で児童生徒の能力に大きな差が生じることが示された。さらに,管理職である校長の力量と生徒の学力の関係も明らかにされた。管理能力が高い優秀な校長の学校と普通の校長の学校が比較検討された結果,ここでも,ICT環境の善し悪しにより多少の差異は出るが,それ以上に,校長の管理能力の差によって5%から20%近くも生徒の学力に差異が出ることが示された。
 英国では,校長養成カレッジの研修プログラムの中に,戦略的ICT利活用に関する内容が位置づけられ,全ての校長がICTの利活用による学校教育改善に取り組むようになった。この戦略的ICT研修プログラムは,校長自身がICT利活用によって,どのように授業が改善され,子どもたちの興味関心や学力が向上するかを具体的に理解する内容である。自分の学校の状況を認識し,管理する学校の教員にどのようにその効果を共通認識させ,情報化をどのようなステップで進展させるかの戦略的立案能力開発など大変興味ある内容である。日本での管理職研修に是非導入したい。特に,改善の進んだ学校には,評価機関によるICTマークが付与され,学校の情報化を推進するインセンティブとなっている。
3.よく分かる授業への活用
 教育の情報化の第一の目的は,コンピュータ等情報通信技術を活用して「よく分かる授業」を推進し,児童生徒の学力を向上させるというものであった。日々の授業において,児童生徒がよく分かる授業を展開しようと,多くの教員が努力と研鑽を積んでいる。このよく分かってもらう工夫の一つに,ICTの利活用があるのである。ICTを利活用すれば,よく分かるわけではない。この意味で,英国のデータからは直接的に見えてこないが,どのような利活用がよく分かるにつながるかを研究する必要がある。過去に多く実践され研究もされてきた,個別化教育のためのコンピュータ利用などは,基礎・基本の測れる学力向上のためには有効であろう。教科書やノートを大きく写すことによって,学習者の理解を支援することができるようになったという研究もある。
 さらに,教科書をデジタル教科書にし,教科書中心の授業であっても,教科書に示される学習材をさまざまな方法で提示したり,児童生徒とのインタラクティブな活動に持ち込んだりと,教師のアイデア次第で教育方法も多様化している。一方,総合的な学習の時間が目指す,問題解決能力や,いわゆる生きる力の基礎としてのコミュニケーション能力や協働力などの育成は従来の方法では解決できない。どのような学力をつけるためのICT利活用かを考え,実践できることが求められる。ICT利活用能力の高い教員とは,単にICTについての知識や技術を持っていると言うことではなく,教育方法や教材分析,授業設計などの力量ある教員である。平成19年3月に教員のICT活用指導力のチェックリストが文部科学省から示されたが,興味関心を高めたり,理解を深めたりするための効果的な活用の方法に関しては,一人ひとりの教師の教育技術にも依存する。教科でのICT利活用と学力の問題に関する関心が高まる中,評価研究も盛んになるが,総論的な評価ではなく,実践で役立てられる分析・評価を期待したい。

小学校社会科でのICT活用効果例(高橋他.2007)
▲小学校社会科でのICT活用効果例(高橋他.2007)
4.新しい資質形成のための情報教育
 情報社会を担う児童生徒の新しい資質形成のための情報教育の推進も,教育の情報化の大きな柱である。この推進に関して,先に示した情報格差や教員のICT利活用力の格差は深刻である。家庭でのインターネット活用が70%近くに達し,小学校の低学年からインターネットを利用する時代である。このような社会環境の中で,情報活用の実践力のみならず,情報モラルなど情報社会に参画する態度を育てる教育が益々必要になってきている。家庭や地域で利用するのだから,その責任で行うべきとの意見もあるが,家庭や地域の情報化に関わる教育力が必ずしも高くない現状では,学校の役割は重大である。情報活用の実践力にしろ,情報の科学的理解にしろ,情報社会に参画する態度にしろ,知識のみでは役立たない。活きて働く力,日々の子どもたちの情報活動に活かされなくては意味がない。その意味で,環境は重要である。家庭に高速インターネットが敷かれ,携帯電話で映像通信が気軽にできる時代に,学校が貧弱な情報環境ではまともな教育ができるとは思わない。国は情報環境整備のための予算を準備したが,地方交付税として地方の自主的な判断にゆだねられる。学校の情報環境の必要性を教員みずから訴えなければ,情報格差はなかなか埋まらない。
 さらに重要なことは,教員のICT利活用能力によって,育てられる生徒のICT能力が随分影響を受けるという英国の調査結果である。我が国では,情報教育が小学校から高等学校までつなげられている。しかしながら,この系統性が十分考えられていない。中学校では,技術・家庭科の中の「情報とコンピュータ」,高等学校では,普通教科「情報」と情報に関わる中心的教科が設定されているが,この連携も図られていない。これら連携や体系的な情報教育に関しては,個々の教員の問題ではないが,個々の教員の問題で言えば,中心となる教科と他教科との連携の問題がある。情報教育の内容や体系化,連携という観点で言えば,小学校では6年間の学校カリキュラムの中で情報教育の体系化を考えるべきである。情報活用の実践力は,発達段階に応じて,繰り返し活用することで,活用技術や活用のための場面認知力などが向上する。さらに,社会問題化している情報モラルなどは,道徳教育と連携し,小学校段階から早期に教えるべきである。中学校,高等学校にあっても,知識や技術の基礎を学ぶ専門教科とその応用としての各教科の連携が不可欠である。教科単位ではなく,教科の枠を超えた教員の連携が必要である。 さらに,教員養成大学との連携による教員志望の学生の支援や外部の地域人材の活用も考えたい。団塊世代の大量退職が進む中で,学校教育への支援を考える人材も少なからずおられる。学校の情報化をうまく進めるには,これら学生や地域人材の力を学校へ集めることも重要な要素である。

子どもたちの学習を支援する学生教員(英国)
▲子どもたちの学習を支援する学生教員(英国)
5.校務の情報化
 コンピュータを操作できる教員の割合はほぼ100%になっているのに,校務の情報化がまだまだ進まない。授業,学級指導,校内研修,校務分掌と日々忙しく働いている教員にとって,校務の情報化は,時間的ゆとりを生み出し,生徒とのふれ合いや自己の研修を充実するための手段のはずである。しかし,情報化によって,多忙感が増えたという教員も多い。
 ここで,森岡幸二氏は,その著書「働き過ぎの時代」で,米国ビジネス社会の現状から,電子メール,携帯電話,ポケベル,電子手帳などの情報ツールが作り出したのは,ビジネスの24時間週7日体制。これらのツールがなければ社員は会社の期待に応えることができなくなってきて,家庭も出先も職場になったという。その結果,労働時間が増えた,友人や家族と過ごす時間が減った,所定の労働時間以外も働いているという人が増えているそうだ。ノートパソコンを常に鞄に入れている筆者にとって,全くその通りと同感している場合ではない。校務の情報化がビジネスの情報化と同じようになってもらっては困る。
 大事なことは仕事の効率化と共に,スピード化で要求される時間感覚の歪みを是正し,時間管理を徹底することである。公と私の時間管理の曖昧さが,時間的ゆとりだけではなく,心の余裕も失ってきている気がしてならない。その意味では,ほとんどの教員が個人のノートパソコンを学校に持ち込んで処理している現実は望ましくない。家庭も出先も職場になってしまうし,個人情報管理の上でも問題である。先に述べたIT新改革戦略では,校務の情報化推進のために,教員一人1台のコンピュータを配備するという。実現に期待したい。校務の情報化は,あくまで効率的な校務処理とその結果生み出される校務処理の質の改善,教員のゆとり確保にある。ここで,校務情報化のための情報システムやネットワークを構築することが求められるが,最も重要なことは,教員一人ひとりが,情報化を進めることによって何がどう便利になり,どのように質的改善が行われるのかの意識を日常的に持つことである。校務処理の中で,どのような情報が流れ,どのように管理され,誰がどこまでの責任を持つのか。教員一人ひとりがデータの保護やウィルス対策などの情報セキュリティに関する理解と利用技術が求められるだけでなく,学校全体でのセキュリティポリシーの立案と共通認識,万が一の時のためのリスクマネージメントなども行っておく必要がある。システムが導入されれば問題が解決するのではなく,問題を解決するためにシステムを導入するという意識が重要である。
6.管理職の役割
 校務の情報化のみならず,学校における管理職の役割の重要性については先に述べたとおり言うまでもない。校長の管理能力の高さと学力差に関する英国の調査結果は,授業や学級経営に責任を持つ教員の意識改革への校長の力量の重要さとも受け取れる。上越教育大学の荻原克男氏は,分権化が進む教育改革の中で,最近では「現場の判断に任せる」「どうやるか主体的に考えよ」という指導が多いという。ここで,首尾一貫しない改革メッセージが次々と施策として降りてきたときに,丸ごと一律に行うのではなく,優先順位づけをし,「私が責任を持ってきちんと説明する,大丈夫だ」と言える戦略的思考を持ったリーダが求められている。形式的な会議を廃して時間的ゆとりを生み出すとともに,互いの学習を促進する場を作ることができるコーディネータ型も重要だという。情報化の中で,情報環境整備にしろ,校務の情報化,ITの教科での利活用,情報教育の推進など,政策としてトップダウンで降りてきてから行うのではなく,管理職のリーダシップのもと学校現場から推進の動きが活発化することを期待したい。
ICTを自ら使って学校紹介をする校長。英国では,ICT利活用に関する校長評価も厳しい(英国)
▲ICTを自ら使って学校紹介をする校長。英国では,ICT利活用に関する校長評価も厳しい(英国)
<参考文献>
・British Educational Communications and Technology Agency(Becta) http://www.becta.org.uk/research
・文部科学省「平成17年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/17/12/05120502.htm
・森岡幸二,『働きすぎの時代』,岩波新書,2005
・荻原克男,「市民・地域が支える教育へ向けてー可能性としての地方分権・学校裁量権の拡大—」,『BERD No.3』,Benesse教育研究開発センター,pp2-9,2006
・IT新改革戦略,http://www.kantei.go.jp/
・高橋純他,「教室での教科指導における知識理解の領域へのICT活用の効果」,『日本教育工学会研究報告』,2007
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