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小学校における情報教育の教科化が試行されたり,大学入試での「情報」採用が増えたりする一方で,学校の情報化や「指導できる教員」の率が,想定通りには進んでいないことが分かってきた。本来なら,率先して取り組むことが期待される進学校では,「情報」の授業がなおざりにされていることもある。
文科省からも,新たに加速化のためのアプローチがあったはずだが,そうすぐには事態は変わらないだろう。ネットデイでインフラをつくることも期待されているが,それも自治体の方針や,学校の建築上の構造などの問題もあって,そうすんなりと進むとは思われない。
社会的に認知されている学力と,情報教育の関連もはっきりしない。各種報道は,あいかわらず狭義の学力のことしかフォーカスしない。
この稿では,こういったことに関係しそうな事柄を3つほど紹介しようと思う。
(1)オーストラリアのICT教育
クイーンズランド州では1999年より38の指定校において「新しい基礎・基本(New Basics)」という概念を試行し,2005年よりそれを56校に増やしている。それは次の4つの領域から成る。
1.生き方と社会の未来(自分は誰で,これからどうなろうとしているのか)
2.マルチリテラシーとコミュニケーションメディア(どのように世界を意味づけし,やりとりするのか)
3.積極的に市民性(地域,文化,経済における義務と責任は何か)
4.環境とテクノロジー(周りの環境をどう記述し分析するのか)
ここで言う「マルチリテラシー」とは,言語から,書き言葉,数体系,図記号,コンピュータ言語までを含む,コミュニケーションに用いられる全てのシンボルを指すものである。これら全てを統合的に理解し使用することが求められる,という認識で,そもそも基礎・基本のとらえ方からして総合的である。
ビクトリア州でも大きなカリキュラム改革が進んでいる。全ての教科を,3つの核(strand)に再編しているのである。それぞれの核の下には従来の教科にあたる「領域(domain)」がおかれている。
1.身体・自己・社会学習
健康・体育,人間関係,自己,市民
2.学問を基盤とした学習
芸術,国語,人文科学,外国語,数学,科学
3.学際的学習
コミュニケーション,デザイン・創造・テクノロジー,ICT,思考
この再編の意味は,やはりカリキュラムの総合化である。評価もこの3つの核ごとに行われており,それは「子どもの評価は,個別にではなく,統合的なやり方で行わなければならない。これによって,評価課題やレポートのダブりを避けられるだけでなく,実際にどのように学んでいるのかをより明確に評価することができる」とする一文にも反映されている。
ところで,「学際的学習」におかれているICTには,3つの次元が考えられている。
1.思考を視覚化するためのICT:思考プロセスを補助し,理解を発展させるための思考方略を反映させるためのツールとしてICTを用いる。思考方略というのは,コンセプトマップや時系列表,因果パターン,フローチャートなど,考えを整理する枠組み(グラフィック・オーガナイザー)などのことを指す。
2.創造のためのICT:問題解決の結果や学習成果を産み出すためのデータや情報の処理,情報の安全な管理,課題遂行プロセスのモニターなどのためのICT活用。
3.コミュニケーションのためのICT:考えや分かったことを他者とやり取りしたり,チームで学習するのをサポートするためのICT活用。
このように表されると,情報教育のターゲットは,実は「高次な思考力」なのではないかと思えてくる。
(2)イギリスのナショナルカリキュラム
イギリスにおける情報教育は,4つのキーステージ(※注1)全てにおいて,必ず学ばなければならないものとして位置づけられている。QCA(※注2)のサイトでは,「ICTスキルは生活する上で不可欠のスキルであり,これによって変化の激しい世界に参画することができる」と,ICT(Information
and CommunicationTechnology)カリキュラムの必要性を問いている。
1.発見
2.考えの発展と実現
3.情報のやり取りと共有
4.学習の吟味・修正・評価
5.発展的学習
の5つのアスペクトと関係づけられている。内容をみると,このアスペクトには日本の情報教育の3つのねらいそれぞれに相当するものがすべて含まれていることに気付く。その書きぶりは,具体的な情報機器やプログラムにとらわれることなく,人間が受容者・発信者の両方の側面から「情報」との関わり方についてのスキルやその背景の意図に焦点があてられているといえよう。
具体的な学習内容は目標,学習事例,子どもの作品などさまざまな角度からサイトに示されている。それによれば,体育・宗教およびキーステージ1における副教科(英語・数学・科学以外の教科)以外の全ての教科において,ICTを用いた学習が義務づけられている(※注3)。例えば,キーステージ1の科学では,調査スキルとして「観察結果をICTを含む多様な方法で伝える:発表,報告書,図示,表,ブロック図,図記号など」というような具合である。ICTリテラシーが単独に存在するのではなく,教科の活動と密接に関係づけられているのである。
(3)PISAのICTリテラシー比較構想
オーストラリアもイギリスも,情報教育のねらいについて,あらゆる「学習という行為」に関わる多様な能力を含む統合的なものとして記述し,またそれ故,他の教科や領域と緊密な関係を成すものだとして描いている。そして,その位置づけは,もはや欠くべからざるスキルでありリテラシーであるとされているのである。
そのような中,国際的な学力比較調査の一つであるPISA(The new Programme for InternationalStudent Assessment
of the OECD)でも,2006年度からICTリテラシーを指標に加えようとしている。というのも,PISAは学校で学んだことをどれだけ正確に覚えているかを測ることを目的にしているのではなく,困難多き将来に向けてどれだけ準備しているか,すなわち学んだことを新しい状況にどれだけ活かすことができるかを測定するものだからである。そして,ICTは,知識や情報の質や価値を変えつつあり,学び方,仕事の仕方,生き方を変える潜在的な力があるとする。ほとんどの子どもたちの未来はICTとは切り離せないのであるから,それを「読解リテラシー」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」「問題解決」に加えようというのである。
PISAでは,ICTリテラシーは次のように定義している。
----情報を入手し,運用し,統合し,評価すること,新しい知識を創り出すこと,他者とコミュニケーションをとることを通して,社会に役立つための,デジタル技術やコミュニケーションツールに対する興味・態度・能力(※注4)---
定義に含められている情報行動については,次のような説明がされている(※注5)。
[入手]情報を検索して集めることがどういうことか,またその方法についての知識
[運用]情報を既定の分類枠組みに整理すること
[統合]さまざまな形式で表されている情報を解釈し,要約し,比較し,対照すること
[評価]情報の質,関連し,有用性,効率について判断するために考えること
[創造]情報を適合させ,応用し,デザインし,創案し,形式を変え,書き著したりして,新しい情報や知識を産み出すこと
[コミュニケーション]さまざまな人々に情報や知識を届けること
そして,これらを見るために,電子メールやウェブサイトを使った課題が出題される。それぞれの対応を表2に示す。
具体的な問題例も示されている。概要を見てみよう。ちなみに全ての問題がコンピュータを用いて解答するようになっている。
■基礎技能課題:地域清掃日のために,広告を作りました。下のもの(アルミ缶,ガラスビン,中古自動車油,電池など)を収集します。このリストをコピーして,広告にコピーしなさい(画面には作りかけの広告が表示されている)。
■電子メール課題:いとこのテッサがパーティへの招待Eメールを送るように頼んできました。右の受信箱から,そのメッセージを開いてください(画面には,受信メール一覧が表示されている)。→メッセージを開くと,それを友人(所定のアドレス)にフォワードするように指示がある。そのメール文には自分なりのショートメッセージを付け加えなければならない。
■ウェブ要約課題:あなたは,蜂刺されの治療法をインターネットで探し出しました。最も信頼できるサイトと信頼できないサイトを選んで,A〜Jの記号を下のボックスに記入しなさい。また,その理由を書きなさい(画面には治療法,個人の話,教育用教材,商品の宣伝など10のサイトが表示されている)。
▲表2:課題類型と情報行動の対応表
■データベース課題:地域の資金調達のために中古CDのセールを手伝うことになりました。CDは右のリストにのっています。少女が5$持って,jazzが好きなお父さんへのプレゼントを買いに来ました。5$以下のjazzのCDは何枚あるでしょうか(画面には100枚ほどのCDリストが表示されている)。
■ウェブ検索課題:あなたはLeeと一緒に,デジタル写真初心者のJimにプレゼントする本をオンラインで探しています。予算は40$以下です。
1.オンラインで条件にあう本を3冊探しなさい。
2.本を購入できるサイトをブックマークしなさい。
3.LeeにそのサイトをわかるようにEメールしなさい。
Leeから返事が来て2冊のうちどちらかがいいと言っています。Jimの誕生日は2週間後で,初心者向け,40$以下のものを捜していることを頭において,どちらを買うか決めなさい(疑似的に各候補を紹介するページにアクセスできる)。どうしてその本を選んだのか,説明しなさい。
■シミュレーション課題:(イースト菌の発酵をシミュレートする画面を見ながら)時間と温度を変えて,実験をし,データを集めなさい。自動的に表と棒グラフが表示されます。イースト菌によって作られる二酸化炭素は,パン生地の温度および時間とどういう関係にあるでしょうか。
このような問題に,日本の子どもたちは対応できるだろうか。問題は,根拠や理由を求められることである。これまでの傾向では,こういった問題の白紙解答が多い。ICTリテラシーを統合的なもの,思考に密接に関係するものととらえて,さまざまな日常の学習活動と関連させていくことが必要になるだろう。こういった国際比較問題が,一つの刺激になることを期待したい。 |
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注1 ナショナルカリキュラムでは,1年生から11年生までが4つのキーステージに区分され目標が記述されている。
Pre(就学前)〜1年生,2〜5年生,6年〜8年,9年〜10年がそれぞれキーステージ1〜4に対応する。
注2 Qualifications and Curriculum Authority(http://www.qca.org.uk/7889.html)
注3 Marylou et.al (2003, October). Feasibility Study for the PISA ICT Literacy
Assessment,
注5 Joolingen, W. R. van(2003, October). The PISA framework for assessment of ICTliteracy.
Geneve, EMINENT. |
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