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海外の情報教育現場から |
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2005 1st Intelligent IRONMAN Creativity Contestに参加して
−国際教育プログラムの方向− |
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▲コンテストパンフレット表紙 |
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1.はじめに |
2005年7月に台湾教育部(日本の文部科学省に相当)主催の2005 1st Intelligent IRONMAN CreativityContest※注1
に生徒6名を引率して参加した。本コンテストは「情報」に特化したイベントとは言えず,本誌の趣旨からずれるかもしれない。しかし,教育プログラムとしては大変興味深いもので,今後の情報教育におけるプログラム開発においても参考になる部分が大である。ここで紹介することも意義があるのではないかと思われる。
注1 http://www.creativity.edu.tw |
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2.準備 |
今年の2月,東京白金台にある台湾駐日経済文化代表處から1通の茶封筒が送られてきた。内容は7月7日〜10日に開催される表記大会の案内と参加意思の確認であった。私の勤務校は,3年前に文部科学省のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定され,それに関連して国際学術交流の方向を模索していることもあり,代表處で詳細を伺うこととした。
伺ったのはSSH担当の私であったが,そのときは結局どのように進行されるイベントなのか,よくわからなかった。「台湾教育部主催で行われるイベントであること」「過去2回台湾内で実施され社会的評価が高く参加人数も初年度600名から二年目4000名に増えたこと(参加は学校単位,1チーム最大6名)から国際化に踏み切ったこと」「単なる知識ではなく総合力と創造性が問われること」という内容を学校の会議にかけ,参加を決定した。送られてきた要項には「要求されるものは,単なる断片的な知識ではなく,総合力である。歴史・数学・科学・美術・コミュニケーション等様々な分野に秀でた生徒6名でチームを組むことが望ましい。」と書かれていた。学校内で公募した結果,6名を大幅に上回る人数となったので,チーム内で自己アピールできる分野と応募理由を書かせ,その内容と教科の成績で6名に絞った。
諸連絡は代表處および台湾のコンテスト事務局とメールでやりとりされた。6月,事務局から英語訳された問題が数問送られてきた。規定の時間内に与えられた問題を解く,という形式らしいが,問題には「Aという条件を満たすBを実際に作れ」といったものもあり,鋏や鋸など道具を使う器用さやアイデアも求められているのだということがわかってきた。
「せっかく出るのだからいい成績をとりたい」という気持ちは私も生徒も同じである。ただ,期末試験前でもあり「毎日放課後に対策講座をしよう」というわけにはいかない。工作好きな物理教員と相談の上,日本の子供は「知識を動員して物を作る」という経験が少ないので課題を与えて実際に何かを作らせる実習を3回行うこととした。
結局,この他出発直前にネイティブの英語教員から科学英語の表現指導,加えて私が海外交流の心構えを説いただけでコンテストへ臨むことになった。私は「まあ,なるようにしかならないから」と大して不安ではなかったが,生徒たちは「こんな程度の準備で大丈夫かな?」と大分不安のようであった。 |
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3.At Taipei |
7月6日,正午過ぎ台北へ到着した。スタッフの女子大生2名が迎えに来ていた。
7月7日,台北市士林の国立台湾科学教育館でコンテストが始まった。チームごとに控え室が与えられ,そこにはパソコンに加え寝袋・水・歯磨き粉など最小限の日用品が置かれていた。事前の説明と会場の施設によりようやく見えてきたコンテストの大筋は,以下のようなものであった。
▲コンテスト会場の国立台湾科学教育館前にて
1. |
コミュニケーションはすべて英語でなされる。 |
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コンテストの時間は72時間である。睡眠・食事・シャワーはチームごとにとれる。 |
3. |
最終課題の前に16の小問題が与えられる。この問題はどれから解いてもよい。参考書や辞書等の持参は一切禁止である。 |
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小問題を解くごとにバーチャルマネーが与えられる。解答の完成度によって得られるマネーが異なる。解答は審査員が採点をする。バーチャルマネーは,このコンテストのネットワーク上でのみ機能する架空のお金である。 |
5. |
各チームの控え室にはパソコンがあり,ここで得られたマネーの状況やマネーで購入できる物品が見られ,オーダーができる。他チームの状況も見ることができる。また,最終課題に用いる音源と編集ソフトのみがインストールされている。 |
6. |
各チームには,エンジェルという補助員が一人つく。エンジェルには,コンテストに関する質問や3日間の生活上の相談をすることができる。 |
7. |
得られたマネーは,最終課題を表現する材料の購入に使われる。木材・紙・カッター・テープなど,必要な道具はすべてマネーで購入しなくてはならない。最終課題は「“HOME”を表現せよ」であった。評価対象は最終課題のみである。 |
開会式が始まった。参加は,台湾で予選を勝ち抜いた24チーム+韓国+マレーシア+ベトナム+タイ+香港+日本の計30チームであった。来賓の挨拶の後,各チームに10分程度のパフォーマンスの時間が与えられた。このことの連絡が直前だったせいもあり(考えようによってはコンテストの趣旨からして「わざと」直前にしたとも考えられるが),「頑張ります」とだけ言って終わるチームも多かったが,さすがに招待チームは,国の威信(?)もあり臨機応変に民族の踊りや歌を交えながらなんとかこなしていた。日本チームは「この歌は我々早稲田マンのスピリッツを表わしている。このスピリッツでこのコンテストに臨む。」と英語でスピーチした後,「都の西北」を歌った。公の場で手を振りながら校歌を歌うということが珍しかったのか,開会式後の控え室では複数のテレビ局による取材があり,何回か校歌を歌わせられた。翌日の朝刊にも取り上げられていた。
▲コンテスト開会式,各出場チームのスピーチとパフォーマンスで日本チームの「都の西北」斉唱
▲閉会式での日本チームのプレゼンテーション,shadow playによる「HOME」のエクスプレッション
開会式後,「生徒はこれから3日間外部と接触できない」と言われ,我々は教員同士で3日間生活をともにした。3日間,朝食から夜まで一緒であり,次第に打ち解け,いろいろなことを語り合うようになった。
7月10日,15:00から閉会式が行われた。72時間ぶりに生徒たちの顔を見たが,さすがに寝不足らしくどの生徒も目が赤かった。表彰結果は,優勝台湾某高校チーム,2位マレーシアチーム,3位韓国チームであった。入賞できなかったのは残念だったが,「最終課題の表現において大変優れていたチームがある」と紹介を受け,優勝した台湾チームと並んで,特別に日本チームにプレゼンテーションの時間が与えられた。
日本チームが課題“HOME”を表現するために用いた手法は「影絵(shadow play)」であった。ジャワや中国の影絵劇は有名であるが,他国ではさほど知られていないのかもしれない。日本でも,ある程度の年齢以上ならば,子供の頃指で犬や鳥を表現して遊んだ程度のことは経験あるだろうが,決してポピュラーな表現形態ではないだろう。「三匹の子豚」の童話を脚色し,最後には「house」ではなく「family」が狼から三匹の子豚を守ってくれた,というストーリーをセリフなしBGMだけで演出したものであった。
優勝した台湾チームは,人工衛星を模したセットの中で未来家族の様子を劇仕立てにしていた。「劇」は予想される方法であり,表現では日本側に軍配が上がるように思えたが,宇宙における家族関係という視点のユニークさが評価されたのかもしれない。 |
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4. 終わってみて |
日本からは教科書や参考書・電子辞書・英語コミュニケーションの教本・英語による学会発表の教本などを持参させた。成田へ集合したところ,一人はパソコンも持ってきていた。そのため,台湾に着いて「辞書・参考書等の使用は一切禁止」と言われたとき,生徒は「え〜」と落胆していた(当初は,問題等の英語による連絡がちゃんと伝わらない場合を懸念し辞書だけ認める方向だったらしいが,電子辞書等が問題解答の参考になると持つ者と持たない者で不平等が生じる,ということで不許可としたらしい)。
しかし,いざ始まってみると,直前に突然言われた各チームのパフォーマンスであったが英語に堪能でない生徒が台本も見ずにしっかりスピーチしている。閉会式のプレゼンテーションでもなかなかいい挨拶がなされた。コンテスト中に他国の生徒と交流した,メルアドを交換した,ということを喜んで話してくれる。深い会話や質疑はまだ無理かもしれないが,「その場に飛び込ませるとそれなりにちゃんとやってくれるものだ」と引率として誇らしかった。
この間の台湾側の配慮は実に丁寧なものであった。このことには私と生徒一同,心から感謝申し上げたい。特にチームに付き添って下さった大学生のスタッフには誠に頭が下がる。日本チームには朱さん・鄭さんという2名の女子大生がついてくれたが,実に献身的に日本チームに尽くしてくれた。閉会式後は豪華夕食の後(睡眠不足の生徒たちは『寝ながら』食べていたが),台湾名物の夜市へ連れて行ってくれ,「これもおいしい」「あれも台湾に来たからには食べないと」といろいろ珍しいものを食べさせてくれた。空港でお別れするときには生徒ともども思わず目頭が熱くなる思いだった。
▲閉会式翌日の朝刊紙面.左上部分に『日本隊は美形でタイトなスーツに身を包み,注目を集めていた』という記事がある。う〜ん。そうは思えないが・・・。 |
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5.国際教育プログラムの方向 |
27このコンテストの全貌がわかりにくかったことについては,台湾側の名誉のために補足しておくが,決して事前の案内が不足だったわけではない。私が代表處へ説明を伺いに行った折も,わざわざ台湾から委員の方が説明に来てくださった。説明を聞いてよくわからなかった原因は,私の英語力不足もあるが,私が教育プログラムというものに対して抱いていたイメージ以上の複雑さがあったこともある。Web作成・プログラミング・ロボットコンテスト等,専門的な知識や技術に関するコンテストは数多くある。ThinkQuest※注2
やMESE※注3 は世界的な教育プログラムとして以前より有名であるが,高校生の模擬学会※注4 やWorld Youth Meeting※注5 といった研究内容や考えを発表するタイプのものも増えてきている。しかし,このような総合的な能力が要求され,進行のシステムが複合的で,しかも体力を要求されるトライアスロンタイプのものは耳にしたことがない。ある一分野に関するプログラムは,参加者の理解を深めることに寄与する反面,専門性が高くなり参加数が限られてしまう。その点,このような複合的なプログラムは参加しやすいが,評価の物差し作りが難しい。RubricChartなどに象徴されるように,「評価結果の客観性とフィードバック」が教育における流れになりつつある中,今後は評価基準を明確にし,参加者が評価結果を今後に活かせるようにすることが,このようなプログラムにおける今後の課題であろう。このコンテストの説明書には「創造力」「創意発想」という言葉が盛んに使われている。出されている16の問題や最終課題が,創造性という定量化しにくい能力の評価に妥当なのか?という議論はあるだろう。実際,採点基準や結果については非公開であったが,国が後ろ盾となり創造性の養成に取り組んでいる,という意義は大きいだろう。また,国内大会だったものを国際化した意義も大きい。何故ならば,より広い視点や考えが集まることになり,自分たちの考えの狭歪さを知るきっかけになるからである。
現在,日本の中等教育現場における国際教育プログラムの位置づけには,「参加できた」「交流できた」「異文化に触れることができた」ことで収穫と考えている状況が残念ながらある。私の勤務校の例を見ても,参加したことが生徒の大きな成長をうながすきっかけにはなっているが,プログラム本来の目的である広範・専門的な知識やアイデアの獲得・交換という域にはなかなか至ることができないでいる。これは国際語となりつつある英語力の不足と,異質な世界に飛び込み議論をするという意識の欠落によるものだと思われる。
国際化・情報化の進展の中で,教育プログラムの国際化も当然の流れであり,歓迎すべきことである。今回紹介したコンテストの例を含め,今後工夫を凝らした様々な試みが登場し,参加することが珍しいことではなくなるだろう。その効果をきちんと上げるためには,参加したことに意味を見出すだけではいけない。小さい頃から教育の中で養成しておくべき能力があり,そのことの分析と教育展開が必要となるだろう。このことが,今回の参加で一番深く感じたことであった。
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