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ICT・EducationNo.21 > p1〜p5

論説
普通教科「情報」の大学入試での扱いについて
東京工業大学大学院社会理工学研究科 松田 稔樹
1.はじめに

 普通教科「情報」を大学入試で出題することについては,さまざまな考え方がある。例えば,正司ら(2000)が高校教員71人に対して行った調査(表1)では,大学入試で出題すべきとの意見が3/4を占めた。ただし,大学入試センター試験で出題すべきとの意見は全体の6割,さらに,当該試験で独立教科枠として出題すべきとの意見は,全体の1/3であった。

大学入試センター試験で独立した教科として出題すべき 26人
大学入試センター試験の数学の選択科目として出題すべき 16人
大学入試センター試験ではなく,個別大学入試で出題すべき 11人
入試では出題せず,各学校の評価を内申点として評価すべき 18人
▲表1.正司ら(2000)の調査における「情報」の大学入試での扱いに関する回答傾向
※調査対象は,主に,数学,理科,工業の教員であるが,「特定教科の教員が数学での出題を支持している」との仮説は統計的に棄却された。

 一方,試験を課す側の国立大学協会(2002)は,「情報を出題の対象とする方向で更に検討する」との大学入試センターの中間まとめに対して,

 「情報」教科の取り扱いについては,…<中略>…慎重に検討いただきたい。

という導入に否定的と解釈されうる意見書を提出している。他方,大学の情報系学科や情報系企業等の立場を代表すると考えられる情報処理学会や理工系情報学科協議会は,

 普通教科「情報」を出題教科として速やかに決定するよう希望いたします。

と,導入を求める意見書を同時期に提出している。

 結局,大学入試センターから発表された「平成18年度からの出題教科・科目の最終まとめ」では,

 出題の可能性について引き続き検討することとし,平成18年度から当分の間は出題の対象としないこととした。

との暫定案で決着したが,

・平成18年度入試の個別大学試験での出題
・「当分の間(大学入試センターによれば3年程度)」が経過した後の出題(出題するのか/しないのか,出題する場合の出題科目は情報A〜Cの全てか/数学基礎や理科基礎のように一部科目は出題しないのか)

などは現時点で明らかになっていない。今後起こりうるさまざまな可能性の中には,次のようなことも含まれる。

①これまでもいくつかの大学の個別試験で「情報関係基礎」(各職業教科の情報に関する基礎的科目に共通的な内容を出題範囲とした科目)が出題されていることから,それを普通教科「情報」の内容に置き換えて出題する大学が出てくる

②一部の情報系学科等で,普通教科「情報」を必須または(「数学」「地歴」「公民」との)選択で個別学力試験の出題対象とする

③試験方法の多様化に伴い,コンピュータやインターネットを使って問題解決的な作業やプレゼンテーションをさせる実技試験を取り入れた入試を導入する大学が出てくる

④社会的な要請が高まり,大学入試センター試験で普通教科「情報」が出題される

⑤その場合,全授業時数の1/2以上を実習に配分することとなっている情報Aが出題対象から除外される

 ①が予想される理由は,学習指導要領改訂で各職業教科の情報に関する基礎科目の内容が改訂され,その共通部分が従来よりも少なくなったためである。現在,多くの専門学科では,普通教科「情報」を各専門教科の情報に関する基礎科目で代替している。この場合,「必履修教科・科目の履修と同様の成果が期待できる」ことが代替の条件になっているため,それらの科目を履修していれば,普通教科「情報」の内容を出題範囲にしても回答できるはずだという解釈がある意味で成り立つ。出題する側が,普通教科「情報」の範囲の方が出題しやすいと判断すれば,受験者が増える可能性も考え,①のような案を実施する可能性はある。

 ②は,大学入試センター試験で出題することを要望した大学関係者であれば,(自ら決定できることであるから)当然考えることであろう。

 ③については,普通教科「情報」ができる以前から,コンピュータを使わせて行う実技試験の導入を検討している大学が実際にあったこと,現在,企業が行っている就職試験でも同様の試験は行われていることなどから,面接試験や小論文による試験など,少人数を対象とした試験の一方法として導入される可能性はある。

 ④については,平成15年12月の総務省情報通信ソフト懇談会最終報告書が,「総務省は文部科学省に対し,大学入試センター試験に対する科目『情報』の導入を要請するとともに…<中略>…協力すべきである」と提言するなど,「IT技術者の効果的な育成を行う」という視点からの出題要請が既に出されている。また,①〜③で述べてきたような形で個別大学試験で出題するなら,大学入試センター試験で一括して出題してもらった方がよいという考え方も出てくる可能性がある。

 ⑤については,既に,数学基礎で,選択必修2科目中の一方を出題しないという既成事実が発生していることから,「必修選択科目は全て出題対象になる」という固定観念は捨てる必要がある。また,前回の学習指導要領改訂で家庭科が必修化された時,「実習を重視した教科である」ことを理由に出題しないことを決めた経緯があり,家庭科における実習時数が「総授業時数のうち,原則として10分の5以上」と学習指導要領に規定されていることも認識しておく必要がある。
なお,蛇足ではあるが,「起こりうる」とは,「可能性が0ではない」という意味であり,可能性の高さについては言及していない。
2.多様な「良さ」と多様な代替案
 入学試験の目的は,「入学者を選抜する」ことである。しかし,それを行うためにはさまざまな制約条件があり,さらに,「より良い」入学試験と言った時には,

a)どんな入学者を選抜できると良いのか
b)コストや継続性といった方法論的な良さ
c)合格者がその大学の教育システムで能力を伸ばせるかどうかといった適正判断という視点での受験者側にとっての良さ
d)大学や高校の授業・教育システム改革などに及ぼす波及効果という意味での良さ

など,多様な「良さ」を検討する必要がある。

 なお,これらの「良さ」の他に,

e)受験生をより多く確保できる
f)当該教科(や関連する学問分野)の社会的認知度を高めることにつなげる
g)試験勉強させることで学習の質を高める
といったことを期待する人もいる。しかし,g)の期待に対しては,逆に,
h)「出題教科になることで,指導の目標・内容が受験対策に偏る」ことを防ぐ

ことが「良い」とする意見もある。

 e)〜g)の「良さ」は,入試にとって本当に必要な「良さ」かどうか,疑問も残る。例えば,e)の多数の受験生を確保することは,より良い学生を確保するための手段の1つであり,良い学生を確保できるなら,受験生の数が少なくても構わないという考え方もありうる。また,f)については,昔から入試で出題されている外国語(英語)は,前の学習指導要領までは選択教科であったし,IEAの調査や1月に発表された高等学校教育課程実施状況調査(国立教育政策研究所2004)では,数学や理科を嫌いだと思う生徒の割合が極めて高く,日常生活で(入試や就職に関係無く)大切だと思う生徒も40%を切っている(数学や物理は,入試や就職のためにのみ大切だと考える割合が相対的に多い→表2)。

  (a)当該教科の勉強は大切 (%) (b)入試に関係なく大切 (%) (a)-(b)
国語 81.9 77.6 4.3
数学 53.5 39.6 13.9
物理 49.6 34.1 15.5
化学 34.4 24.3 10.2
生物 44.7 34.8 9.9
地学 37.2 29.4 7.8
英語 83.1 77.0 6.1
▲表2.教科の勉強の大切さに対する意識調査結果(高等学校教育課程実施状況調査より)

 つまり,「社会的認知度の高さを表す指標」にはさまざまなものが考えられ,「入試に出題されれば認知度が高まる」とか,さらには入試をそのような手段に使おうと考えるのは,(目的と手段との混同という点でも)いかがなものかと思われる。

 以上述べてきたことは,入学試験で普通教科「情報」をどう扱うのかという決定(=情報)が,さまざまな波及効果を生む可能性があるということである。情報がどう解釈され,それがどういう作用を及ぼす可能性があるか,その連鎖を情報の流れに着目して捉えた時,それは広い(柔らかい)意味での情報システムと見なせる。もっと積極的に,その作用の連鎖を利用して,大学・学校・教育改革や世の中の人の意識改革に結びつける方法・仕組みを考えるならば,それは広い意味での情報システムの設計と捉えることもできる。狭い意味での情報システムは,機械的に情報を解釈するので,情報が及ぼす作用も見通しやすいが,人が情報を解釈するシステムでは,それが見通しにくい。そのような場合には,裏の裏や多くの副作用を考えたりすると,問題が複雑化して対処ができない。したがって,余計な要因は考慮せず,できるだけ単純に目標追求するのが王道だろう。

 「より良い」試験のあり方を一定の制約条件の下で検討するには,固定観念に囚われず,新規の代替案をたくさん発想し,それが制約条件を満足するかどうかは,後で評価するのが望ましい。なぜならば,最初に発想した時には制約条件を満足しない代替案も,小さな部分修正で,制約条件を十分に満足する案になりうるからである。さらには,制約条件だと思っていたこと自体が間違えだったということさえあり得ない話ではない。
3.大学入試センター試験の特徴
 普通教科「情報」の大学入試での扱いについて,個別大学での出題は,各大学が決定の権利と責任を持つのが適当だろう。個々の大学の受験者は限定されるし,受験生には大学(=入学試験を受ける/受けない)を選択できる余地があるからである。

 一方,大学入試センター試験の受験は,国公立大学受験の実質的な必要要件であるから,各大学・学部が受験を義務づけるかどうかは別として,出題することの影響は少なくないと予想される。しかも,大学入試センター試験は,マークシート方式による回答や公平性への配慮から,一般の(出題等に関わったことが無い)人には想像がつかない程の多くの制約条件を抱えている(藤井2002)。例えば,問題解決のテーマを選択する時にも,(国語の試験の作品選択同様)特定の教科書で学習した生徒に有利にならないようにする必要があるし,読み取りミスやマークミスを防ぐため,複数マークやノーマークになりうる解答欄を設けることはできないといった制約もある。

 測定方法に制約があれば,当然,測定できる能力の範囲にも制約が発生する可能性がある。特に,出題ミスは一大事であり,「ソフトウェアにバグはつきもの」というわけにはいかない。作題側は,安全でミスの発生しにくい定型的な出題パターンについつい頼る恐れがある。出題傾向が固定化すれば,それに合わせて授業が受験対策的になる可能性も出てくる。それ故,大学入試センター試験と個別大学試験とを補完的な関係で捉え,両者を合わせて総合的な評価を行うことが期待される。
4.新規代替案の提案
 以上の議論をふまえ,最後に大学入試センター試験での普通教科「情報」の出題方法を1つ提案してみたい。筆者は,普通教科「情報」で(先生にも生徒にも)大事なのは,発想力(の育成)であり,その基盤として遊び心が大事だと思っている。また,普通教科「情報」は入試や就職に関係無く大切な教科だ(から必修で新設された)と思っており,それ故,現実社会とのリンクを常に意識する必要があると考えている。さらに,かつて読んだコラム(「bit」と思うがうろ覚えなので参考文献は示せない)によれば,情報(科学?)の神髄は,高度な数学(ここでは既存の問題解決方法と広く捉えよう)を駆使せずに,問題をエレガントに解くことにあるらしい。したがって,大学入試をどうするかという問題に対しても,これまでに無い,普通教科「情報」ならではの提案をしてみたい。繰り返すが,重要なことは固定観念に囚われずに「見方・考え方」を変えてみることであり,それが発想力を支える遊び心の本質である。

 最初に,これから提案することの理解を助けるために,「契約」「情報公開」「意思決定」「自己責任」「自己評価能力」をキーワードとして挙げておく。また,提案する大学入試センター試験の出題例として,表3を示す。

以下の設問について,次の4段階のいずれかで回答しなさい。

 ①既に学習経験があり,書かれたことに同意することを約束できる
 ②現在は十分できないが,今後自己責任で学習することを約束できる
 ③入学後,当該内容に関する授業科目が提供されるならば,約束できる
 ④実際に学習してみなければ分からないので,約束できない

設問ア 入学後のさまざまな授業において,課題提出のために,日本語ワープロや表計算ソフト,作図ソフトなどを使って,データ処理やレポート作成することが求められ,それを電子メール等で教官宛に提出することが求められる。これらは,高校卒業までに習得しておくべきことであり,大学で改めて作業方法を学習する機会(授業科目など)が提供されなくても,私は十分に課題をこなせる。

設問イ 「情報」の授業では,情報モラルに配慮してコンピュータや情報通信ネットワークを活用することの重要性を学習した。よって,入学後,学校のコンピュータや情報通信ネットワークを活用する際には,単に法律に反しないというだけでなく,情報モラルに配慮して利用し,道義的責任を含め,必要な責任を負うことを誓約できる。

▲表3.提案する代替案における出題項目例(実際には数十項目を用意)

 提案する出題方法は,まず,マークシート方式が最も得意とするアンケート調査のような形式をとる。しかし,受験生がアンケートに正直に答えるはずはない(自分の都合の良いように回答する)と思うのが当然であろう。それは,この出題に対してどのような態度で回答するかについて,回答者に自由に選択できる権利が与えられているからである。そこで,契約の概念を持ち込み,権利とともに責任を持たせるということでその問題を解消する。さらに,契約を成立させる条件として,契約内容に関わる情報(例えば,各大学のカリキュラムやそこで求められる情報活用能力のレベル,大学に入ってから履修機会が与えられる情報関連科目のシラバスや履修にかかる費用,各設問への回答をどう得点化するかのルール=その大学が求める学生像)を完全公開し,また,それを理解する手助けとして,各設問の内容を学習する機会(それこそが,「情報」の授業の役割である)を提供する。受験生は,予め設けられた「正解」を導き出すことではなく,自分の将来に何が役立つかを考え「答(=意思)を決める」ことが求められる。正直に答えるか否かは自由であるし,専門家(塾)の助けを借りてもよい。しかし,それが情報化社会において人生(将来)の成功に結びつくか否かについては,自己責任が問われる。

 この提案は,受験者にとって「情報活用が必要な意思決定課題」の典型と言える。また,自らの情報活用能力を高める上で必要な自己評価能力も求めている。そこで問うているのは,松田(2003)が普通教科「情報」で「思考・判断」の力を育成するために指導すべきとしている「情報的な見方・考え方」でもある。一方,大学は,この出題方法によって,カリキュラムや授業方法,卒業後の進路等と整合した入学時に必要な情報活用能力の明確化が求められる。高等教育レベルの情報処理教育の見直しにもつながるであろうし,得点化ルールとシラバスとの公開によって,外部評価の基礎資料ともなりうる。大学入試センターにとっては,試験のための時間枠の新設も必要無く,作題の手間や出題ミスの心配もいらない。

 普通教科「情報」を大学入試でどう扱うべきか,その「情報システム」設計課題は,まず,われわれ教育関係者の「望ましい情報社会の創造に参画する態度」を鋭く評価する問題だと言えよう。
参考文献

正司和彦・松田稔樹・南部昌敏(2000) 高等学校普通教科「情報」実施上の課題に関する現職教員の意識調査,日本教育工学雑誌,24(増刊),13-18

国立大学協会(2002) 「平成18年度からの大学入試センター試験の出題教科・科目等について−中間まとめ−」に対する意見について,http://www.kokudaikyo.gr.jp/iken/txt/h14_6_11.html

総務省情報通信ソフト懇談会(2003) 最終報告書,http://www.soumu.go.jp/s-news/2003/031225_8a.html

国立教育政策研究所(2004) 平成14年度高等学校教育課程実施状況調査の結果概要について,http://www.nier.go.jp/kaihatsu/katei_h14/index.htm

藤井光昭(2002) コンピュータ支援による入試問題改善方策の開発(科学研究費補助金研究成果報告書),大学入試センター

松田稔樹(2003) 普通教科「情報」で指導すべき「情報的な見方・考え方」,東京都高等学校情報教育研究会研究大会講演論文集,44-47

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