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ICT・EducationNo.19 > p1〜p5

論説
教科「情報」教員に求められる能力,専門性
−平成16年度教科「情報」教員募集状況から考える−
富山大学教育学部 黒田 卓
1.5月8日の研究室でのできごと

 5月8日,富山県教育委員会が来年度の公立学校教員採用選考検査実施要項の発表があった。早速取り寄せ募集教科欄を確認し,今年度は高等学校情報の教員を募集するとの記述を見つけ,ほっとしたのもつかの間,隣の教員免許資格等の欄に,「ただし,「情報」を受検するものは,「情報」の他に「数学」,「理科」又は「家庭」の高等学校教諭普通免許状所有者若しくは平成16年3月31日までに取得見込みのこと」との記述を見つけ,愕然とした。

 昨年度,情報の教員の新規採用の初年度は,公立学校では東京都(採用6名)と埼玉県(採用6名)の2都県のみ,しかも東京都に関しては,今回の富山と同様な条件付き(数学若しくは理科の免許状が必要)であったことから,多少の予想はしていたが,その現実に直面して,新ためて考えさせられるものがあった。

 私の勤務する富山大学教育学部情報教育課程は,教員免許状の取得が卒業要件として義務づけられていないいわゆる「ゼロ免」課程である。教科「情報」の課程認定を受け,昨年度卒業生から教科「情報」の免許を取得した学生が卒業している。しかし,昨年度は上記のような募集状況であり,学部卒業生からの情報科教員就職はゼロというより受験資格すらなかった(幸いにも,学部の時に,高校「数学」の免許を取得し,科目等履修で情報の免許を取得した大学院生が一人,私立高校に採用されたが)。今年も,多くの学生が,情報の教員を目指して卒業要件単位を超える授業を履修し,6月には教育実習を行い(ゼロ免の母校実習ということで,教育実習は4年に位置づけられている),情報科の教員になるための準備を進めているところであり,本当に教師を目指してがんばっている学生は,この発表を見たとたん,お先真っ暗,あきらめモードになってしまった。

2.平成16年度教科「情報」教員募集状況
 他の都道府県の状況はどうかと,各県(政令指定都市)教育委員会のWebを調べてみた。全体56都道府県および政令指定都市のうち,青森,埼玉,東京,富山,静岡,三重,兵庫,沖縄の8都県で教科「情報」の教員が各若干名募集されるようだ。そのうち東京都は富山県と同様な条件が付けられている。「情報」の免許1枚で受検できるところは6県しかない(Webに掲載されている情報の詳しさに差があり,条件等が見えないだけのところもあるかもしれない。あわててみたこともあり,間違いがあればご容赦願いたい。確かな情報は,必ず読者各自でお調べ頂きたい)。昨年度よりは採用枠は増えるであろうが,まだまだ狭き門であることは間違いない。

 埼玉県では,情報処理技術者試験のソフトウェア開発技術者(以前の第1種情報処理技術者)の資格を有するものは1次試験を免除するなどの特例措置を行うようである。

 情報の教員は,少なくとも各学校1名以上は必要であるが,教員免許認定講習によって,現状必要とされる教員数が確保できたため,新卒の採用を見合わせている都道府県がほとんどである。この講習によって教科「情報」の免許を取得した教師のほとんどは,30才〜40才台前半であると考えられるため,よほどのことがない限り,当分の間こと採用はほとんどない状態が続くことが予想される。ほとんどの教師が従来担当していた教科との兼務で教科「情報」を担当しており,一部の県では,数年後に兼務を解除する内々の約束があるとの話も聞いているが,教科「情報」の教員採用が大幅に増えることは今後それほど期待できそうもない。

 現在数多くの大学で,教科「情報」の課程認定を受け,免許を取得した学生が卒業している。課程認定は原則としては1コース(学科,専攻等の単位)で1免許である。そのため,ほとんどの大学で,4年間で複数免許を取得することは難しい。特に,教員養成系大学以外では,ほとんど不可能という状況である。採用試験に複数免許を必須条件として科すことに,どのような現状認識と意味があるのであろうか(今年度条件を付けたところも,応募状況が芳しくなく,来年度以降条件付きを続けるかどうか再検討を余儀なくされているという話も聞いている)。

 また,せっかく新設された教科であり,多くの学生が意欲に燃えて免許取得を行おうとしているにもかかわらず,今の採用状況が続けば,教員をめざす人はいっそう少なくなる。より質の高い教員を育成するには,非常にまずい状況であるといわざるを得ない。
3.教科「情報」の教員に求められる能力とは
 条件付きの採用にせざるを得ない事情もわからないではない。2単位の授業であり,他の教科に比べると持ちコマ数が少ない。多くの学校で情報の教師は1〜2名であり,新採の教師を採用すれば,その教科を担当する教師が新採のみになってしまう。そのような不安も十分に理解はできる。しかしながら,講習で免許を取得した教師も,教科「情報」の授業は全く初めてのことであることにかわりはないはずなのだが。学級経営,その他の校務について経験の差があることは確かであるが,この部分は,特に教科と関係なく,他の教師が支援できる部分であるとも思われるのだが。

 もう一つの事情として,教科「情報」がいつまで存在するかを心配しての配慮ということもあるらしい。しかし,本当に他の教科と掛け持ちで教えられるほど,教科「情報」は楽な教科なのだろうか。

 大学入試センター試験での出題見送りも,影響の一つと考えられる。6月4日に出された,情報の授業を先進的に取り組んでいる教師や,今年度から授業に取り組んでいる教師の話を聞いている分には,そんなことはあり得ない。確かに授業時数は少ないかもしれないが,実習時間も多く,実習助手もつかない授業の準備や,評価にかかる労力は他の教科と少なくとも同等以上のものがあると思われる。全く初めての教科でもあり,教材開発にも時間がかかるし,カリキュラム自体手探りで行っている状況で,どの教師からも大変だという声しか聞こえない。

 さらに,校内の情報環境の整備などの校務分掌に当てられている人も少なくない。学習指導要領に「他教科との連携」が明記されており,他の教科でのコンピュータ利用のサポート,TTでの授業を行っている例も多い。

 情報の授業は,知識を教えるだけでなく,実習などを通して生きた知識として学習させる必要もあり,「教科書を教える」というより,「教科書で教える」ように生徒の実態を併せてカリキュラムを構成する必要もある。情報の専門的な知識だけでなく,教育方法的な知識,スキルも求められる。高校でこれまで行われてきた授業とは全く異なったスタイルの授業の実施が求められている(が,高校の中に入ってしまうと,他の教師の理解は少なく,その大変さを同僚や管理職が理解できないことも問題であろう)。

 それだけではない。情報メディアは日々変化している。これらの動きを常に敏感に察知し,新しい情報を入手していく力も求められるであろう。教科書の内容も,他の教科と異なり,2年ごとに改訂になる。常に新しい情報を入手し続け,それらを教えるための知識,技術も必要となる。

 教育方法面だけでなく,教科の内容面に関する知識も当然必要である。教科「情報」の免許は,普通教科「情報」と専門教科「情報」の両方を兼ねたものとして出されている。普通教科「情報」と専門教科「情報」では,教えるべき内容は大きく異なり,求められる専門的知識の内容は大きく異なる。普通教科「情報」では,情報社会の一員として興味関心や自己学習力を育成すること,つまり,誰もが身につけるべき内容を,多様な生徒に,継続学習の基礎として,養うことが目的である。そのため,必修科目として位置づけられている。それに対し専門教科「情報」では,「職業」としての資質・能力,特に即戦力になる資質育成するために,専門知識や職業人としての技能を身につけさせることを目的としている。これら2つの教科の目的の違いは,教育方法的にも違ったアプローチを要求している。教科「情報」教師には,これら2つの教科を指導するための非常に幅広い専門的知識と教育方法的知識・技術が求められている。

 このように考えると,教科「情報」の教師に求められる能力は,これまでの教師に求められてきた能力に加え,新たな能力が要求されていることがわかる。教科「情報」の専門的知識に関しても,認定講習の15日間で習得できるほど簡単なものではない。認定講習で情報免許を取得したベテラン教師でも,学級経営等の面はさておき,複数教科を掛け持ちで教えられるほど簡単な教科ではないはずである。新任教師はなおさらであろう。他教科との連携を考えた場合,「情報」以外の教科について,教師が知識を持つことは大変重要なことである。これも十分に理解しつつ,教科「情報」の専門性を考えていく必要がある。
4.教科「情報」に関する専門的知識とは
 これまでの各教科には,それぞれに対応した親学問が存在した。では,教科「情報」の親学問はいったいどのようなものであろうか。

 平成10年1月に文部科学省学術審議会が出した「情報学研究の推進方策について(建議)」では,「情報に関する学問は,あらゆる学問分野の発展の基礎となると共に,他の学問分野に働きかけ新しい研究課題や研究手法を生み出し,さらには,その応用化・技術化を通じて,我が国の産業・文化・国民生活等のあらゆる面に大きな影響を及ぼす」もので,情報に関する研究の学問的重要性や社会・経済的意義を指摘し,その飛躍的な推進の必要性を述べている。さらに,「情報に関する学問は,情報科学や計算機科学に見られるように,計算の側面を中心とした学問体系として形成されてきた。しかし,近年,生命科学系や人文社会系との関わりが深くなってきており,今後は,従来の情報科学・計算機科学よりも広い視野でとらえていくことが重要である」とし,将来確立されるべき情報に関する学問に,

(ア)計算的側面
(イ)生物・知能的側面
(ウ)社会・コミュニケーション的側面

の3つの側面を持つべきとしている。

 文部科学省科学研究費の「特定領域研究」(科研費研究の中で,我が国の学術研究分野の水準向上・強化につながる研究領域等を特定して,一定期間(3〜6年),研究の進展等に応じて機動的に推進し,当該研究領域の研究を格段に発展させることを目的とするもの)において,平成13年度から17年度にかけて「ITの深化の基盤を拓く情報学研究」が採択・実施されている。ここでは,次の6つの研究項目を設定し,それぞれの成果を元に,「情報学」の体系化を進めている。

(1)新しいソフトウェアの実現
(2)コンテンツの生産・活用に関する研究
(3)人間の情報処理の理解とその応用に関する研究
(4)情報セキュリティに関する総合的な研究
(5)最先端の情報通信システムを活用した新しい研究成果
(6)情報化と社会制度の構築に関する研究

 このようなことからも,教科「情報」の親学問である「情報学」自体が現在もその体系を大きく変えようとしているものであると考えられる。教科「情報」もこれらの変化を受けながら,常に変わりゆくものととらえるべきであろう。

 教科「情報」の教員資格認定試験の内容を見ても,教科「情報」の指導に求められる専門的知識の幅広さが伺える。平成12年度から14年度までの3年間行われた認定試験の教科に関する科目の試験では,以下のような内容が出題された。

 項目だけ見ても,「情報」についての幅広い内容が出題されている。どちらかというと,技術系の部分に偏りを感じるが,専門教科「情報」の内容を考えると,このぐらいの広がりは当然だろう。現在われわれが生活している情報社会において,そこでの様々な仕組み,仕掛けをブラックボックスにしてしまうのではなく,どのようなことが行われているかを理解し,情報社会に積極的に参画していくための基礎的知識として,大切なことばかりである。ただ,15日間の講習で,認定試験の合格者と同等の知識を身につけることができるかということは疑問であるが。

【平成12年度】
教科に関する科目(1)(情報) マーク
普通教科「情報」の科目,普通教科「情報」の内容の取り扱い,ブレーンストーミング,プレゼンテーションツール,数値表現,コンピュータアーキテクチャ,著作権,フレームウォー,コンピュータウィルス,LANケーブル,電子商取引,画像データ形式,論理演算,論理回路,キャッシュメモリ,タスク管理,プログラム開発,「情報実習」の内容,「情報と表現」の内容,ノンバーバルコミュニケーション,配列(フローチャート),テストデータの作成,情報通信,メールアドレス,LAN接続,状態遷移,人間の認識(ルビンの杯),座標変換,標本化と量子化,レンダリング技法(90分,30問)
教科に関する科目(2)(情報A) 記述
文字データ・数値データの表現,プログラム開発,モデル化とシミュレーション,図形の移動(70分,4問)
教科に関する科目(2)(情報B) 記述
「情報社会と産業」の内容,「マルチメディア表現」の内容,パケット通信の指導,ユークリッドの互除法とその指導(70分,4問)
教科に関する科目(3)(情報A) 記述
ベジエ曲線,透視投影,3次元モデリングソフトの操作,画像の符号化方式,画像のA/D変換(60分,5問)
教科に関する科目(3)(情報B) 記述
プログラミング(言語は選択)
COBOL:評価点一覧表,販売数量一覧表,通学方法一覧表
C:合計,平均,標準偏差,文字列の型変換,ソーティング
Fortran:2次方程式の解,ソーティング,対象行列(60分,各3問)
 
【平成13年度】
教科に関する科目(1)(情報) マーク
論理回路,CRTの解像度,OS,データベース,シミュレーション,確率分布,写像,プレゼンテーション,軌跡,フォント,プロトコル,OSI参照モデル,浮動小数点演算,略語(CAD,OCR,FA,POS),ソーティング(単純挿入法),実数の表現,ネットワークの危機管理,情報倫理,指導要領,逆ポーランド記法,フローチャート,システム開発モデル,インターネットプロトコル,暗号,ハフマン符号化,3原色,認知・錯視,3DCGソリッドモデル,Webページの特徴(90分,30問)
教科に関する科目(2)(情報A) 記述
グラフ理論,データベース理論,フローチャート,確率的な現象のシミュレーション,CD表現手法(70分,4問)
教科に関する科目(2)(情報B) 記述
教科情報の科目構成,プレゼンテーションの指導,実習の指導,Webページの構造の指導法(70分,4問)
教科に関する科目(3)(情報A) 記述
3DCGシェーディング,幾何変換,3DCG曲面の表現,画像処理(60分,4問)
教科に関する科目(3)(情報B) 記述
プログラミング(言語は選択)
 COBOL:売上げ一覧表
 C:素因数分解,文字コード変換
 Fortran:数え上げ,在庫管理
(60分,各2問)
 
【平成14年度】
教科に関する科目(1)(情報) マーク
論理演算,イメージスキャナ,フィルタリング,データベース理論,シミュレーション理論,確率論,光の3原色,MIDI,黄金比(フィボナッチ数列),タイポグラフィ,OSI参照モデル,MIME,システムの信頼性,オンラインシステム,再帰的呼び出し,2進数表現(2の補数),著作権,情報教育の目標,情報Cのねらい,学習指導要領,クイックソート,並び替え(フローチャート),ウォーターフローモデル,ネットワーク機器,IPアドレス,マルコフ過程,ポスタリゼーション効果,3次元モデリング,バンプマッピング,オーサリングソフト(90分,30問)
教科に関する科目(2)(情報A) 記述
データ構造(2分木),アルゴリズム(状態遷移),シミュレーションモデル,立体表現モデル(70分,4問)
教科に関する科目(2)(情報B) 記述
モラルの指導,「情報実習」の指導,「コミュニケーションの基礎」の指導,加法混色の体験的な指導(70分,4問)
教科に関する科目(3)(情報A) 記述
円の描画,アルゴリズム,コンピュータグラフィックスの光源,コンピュータグラフィックスの投影変換(60分,4問)
教科に関する科目(3)(情報B) 記述
プログラミング(言語は選択)
 COBOL:得点集計,郵便物の料金計算
 C:10進−2進変換,自己印刷プログラム
 Fortran:並び替え,方程式の解法(2分法)
(60分,各2問)
5.教科「情報」の専門性をどのように高めるか

 ここまで述べてきたように,教科「情報」の教師に求められる教科の内容,教職に関する内容,教育法に関する知識,技術は,多岐にわたっている。現状の教科「情報」を担当している教師でも,これら教科「情報」に関する専門教育をきちんと受けた人は,ほとんどいないのではないだろうか。また,これらの内容も日々変化しており,これらをきちんとフォローしていくためにも,教師自身が継続的な学びを行っていく必要がある

 各県の教育センター等でも教科「情報」に対する現職教育研修が実施されているが,従来の「講演,講義」中心の研修に加え,「実習」を中心とした研修が増えていくことを期待したい。教科「情報」では,「実習」を必ず実施することが,学習指導要領で義務づけられている。教師自身が「実習」を体験しながら,自らの授業内容を考えられるようになることは大変重要であろう。また,プロジェクト型の学習,問題解決などのトレーニングは,これまでの教育や,教員養成ではあまり取り入れられていなかった部分でもある。

 筆者も,一昨年前頃からICTEのセミナーの中で,教科「情報」の教員を対象としたワークショップを行っている。実習のデザイン,評価の方法などいくつかのトピックに対して,ブレーンストーミングを行いながら,短時間にいろいろな考えをまとめる研修であるが,参加者同士のコミュニケーションから,多様な問題解決方法が生み出され,参加者自身の学びあいの場として好評を得ている。今後は,プロジェクト型の研修も企画していきたいと考えている。

 専門的知識についても,継続的な学習が必要になる。それでなくても忙しい教師に,そのような時間をとることは大変酷な話ではあるが,よりよい授業を実施するためにも,どうしても必要なことである。

 大学の授業の科目等履修等も一つの方法である。いくつかの大学では,教科「情報」の専修免許も出せるようになっている。専修免許取得を目指し,学習を行うことも有効な方法であろう。一部大学の通信制課程でも,教科「情報」の課程認定を受けているところもあり,インターネットを利用した学習も可能になってきている。これらを利用すれば,地理的制約で通える範囲に該当する大学がなくても,学習を行うことが可能である。

 Web上を探すだけでも,教科「情報」の専門知識に関する様々な情報を入手することができる。掲示板等で質問することが可能なサイトもあり,これらを利用することも一つの手段であろう。
「常に学び続ける」という姿が,教科「情報」の教師に求められるもっとも重要な能力なのかもしれない。

参考文献

「学校組織の人間関係」渕上克義 ナカニシヤ出版 1992
「高等学校教員資格認定試験問題」文部科学省
 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/nintei/main9_a2.htm
「情報学研究の推進方策について(建議)」文部科学省学術審議会 1998
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/gakujutu/toushin/980102.htm
「ITの深化の基盤を拓く情報学研究」科学研究費「特定領域研究」
 http://research.nii.ac.jp/kaken-johogaku/koubo-h14/

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