ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.12 > p1〜p4

論説
教科「情報」とプロジェクト
金沢大学教育学部助教授 黒上 晴夫
1.教科「情報」とは何か

 教科「情報」での情報教育とはどのようなものをイメージすればいいのだろうか。これを考えるためには,少なくとも次のようなパースペクティブをもたなければならないだろう。

(1)学習指導要領や解説で何が示されているか
 学習指導要領やその解説の「情報」の部分に何度も出てくる表現がある。例えば,「技術的な内容に深入りしないようにする」や「ソフトウェアの利用技術やプログラミング言語の習得が目的とならないようにする」というようなものである。これは,「情報」が,プログラマーや情報処理技術者を直接育成するものではないからである。むしろ,高度にデジタル化された情報化社会において,普通に生活するために,諸々のメディアをうまく使い分ける“有能さ”を育てるものなのである。

  情報教育のねらいは1998年の報告書で明示されている。これには,従来の情報教育のイメージとは異なる方向性がある。

◎情報活用の実践力
 ・コンピュータの教育→情報手段全般に渡る教育
 ・情報処理(プログラム)→思考による情報操作

◎情報の科学的理解
 ・機器操作法の習得→メディア特性の理解
 ・操作できること→操作も含めて意味のメタ認知

◎情報社会に参画する態度
 ・機器の使い方→使うことの社会的な意味
 ・覚える,理解する→考える

  これらはすべて,視座を情報機器から人間に移すことにほかならない。メディアを利用する人間がどのように変わっていかなければならないかを,メディアに即して考え,身につけるのが教科「情報」なのである。

(2)中学校までに何を学んだか
 生徒の出身校によって,メディアとの接触経験や,接触方法が全く異なることが予想される。メディアに対する経験の差を,どうとらえて対処するかということは,常に問題になるだろう。この懸念は,最初のレベルを揃えることとは若干異なる側面も持つ。中学校の「情報とコンピュータ」では,プログラミングや計測・制御に関してかなり高度なことまで習ってくる場合がある。そうなると,高校「情報」の内容に全く興味がもてないといったことも起こり得る。この点についても,考慮が必要である。

(3)“教科など”で何をするか
 情報教育は,教科「情報」だけで行われるのではない。他の教科においても,積極的にコンピュータ等を使うことが求められている。学習指導要領を見ると,例えば数学の「統計とコンピュータ」では,「統計についての基本的な概念を理解し,身近な資料を表計算用のソフトウェアなどを利用して整理・分析し,資料の傾向を的確にとらえることができるようにする」とされている。その他の教科の「内容の取扱い」でも,随所に「適宜コンピュータなどを活用させること」と記されている。

  教師が,ただ教材を効率的に提示する道具としてコンピュータを用いるならば,それは学習者にとっては「情報の扱い方」を学んでいることにはならないようにも思う。しかし,教師が洗練された情報提示をするとき,それはモデリングの効果をもつだろう。「さっきダウンロードしてきた画像を見せよう」といってプロジェクタで衛星画像を提示することで,インターネットを使うことによって最新の情報が手に入るということを教えていることになる。ITとICTのボーダーラインである。

  総合的な学習の中でも情報機器が使われ,情報教育が行われる。ここでは,コミュニケーションの手段として情報機器を活用することが多いだろう。ここではやりとりされる情報の中身(内容)と関連した情報教育が行われる。ITよりICTによった部分の情報教育である。

  さて,高校「情報」には何が残るのだろう。

2.情報教育とプロジェクト学習
 これらのパースペクティブから考えると,教科「情報」におけるプロジェクト学習の重視という解が成り立つのではないかと思う。

  情報の表現やコミュニケーションの方法については,教科や総合的な学習である程度学ばれる。残された「科学的な理解」の部分の情報教育をしようと思ってスキルに偏りすぎると,「情報」のねらいからはずれてしまう。また,教えるべき内容を実習形式に変換した作業をこなしていくような授業では,あちこちに支障が出てくる。例えば,実習課題を数分で終わってしまう者と,1時間たっても終わらない者が出てくるといったことは,想像に難くない。

  学習経験を提供する側が,さまざまな個人差や内容水準に対応するのではなく,逆に学習者自身が課題を解決する中に,うまくそれらを吸収するような方法がプロジェクトである。

  プロジェクトといっても,さまざまなボリュームが考えられる。例えば,表計算の仕方をマスターさせたいといった絞られたねらいの下でも,プロジェクトは導入可能である。「学校の敷地内にある樹木が吸収する二酸化炭素の量は,年間でどれくらいになるか,グループごとに推定して発表しよう」というような課題を与えるのである。

  この課題を解決するプロセスは,樹木の種類と本数,それぞれの特性を調べ,表計算ソフトに入力して答えを出すという流れになる。その中で,表計算の仕方やグラフ表現の仕方が学ばれるのである。

  一方,「学校が環境汚染の低減にどれくらい役立っているかを,各グループで調べ,根拠を示しながら発表しよう」という課題だと,もう少し大きなプロジェクトになる。このような課題では,どのような視点で考えるか,どのように調べるかは自由である。その仮説を立てる段階から発表するまでの全てのプロセスにおいて,情報を扱うさまざまなスキルの学習場面が存在する。

  プロジェクトは普通グループで遂行する。グループには,データの分類に長けている者,機器操作に手慣れた者など,いろいろな生徒がいるだろう。それぞれのよさを活動の中で生かしてくれることが期待できる。情報を扱うスキルの個人差は,グループの中の教え合いによって縮まっていくのである。教師は,それでは解消できない個人差をサポートすることに留意すればいい。
3.プロジェクトの実際と情報教育の芽
 一つ,実際のプロジェクトを例に考えてみたい。「我が家の自慢料理プロジェクト」である。このプロジェクトは学校間の共同プロジェクトで,参加校は,慶應義塾湘南藤沢中・高等部,立命館慶祥中学校高等学校,早稲田大学本庄高等学院,早稲田大学高等学院の4校である。趣旨は,生徒各自の家庭における自慢料理を紹介し合う中で,栄養価の計算,レシピの英訳,プレゼンテーションなどを通じて,家庭科,英語,情報教育のそれぞれについて学ばせようというものである。

  活動の流れは次のようになっている。

(1)プロジェクトの趣旨を理解する:自慢料理について,栄養計算を含んだプレゼンテーションを行い,学校間で競う。
(2)PowerPointの基本操作を習得する。
(3)画像ファイル,スキャナの扱いを学ぶ。
(4)プレゼンテーションのスライドを作成する。
(5)Excelによる栄養計算を行う。
(6)グラフの作成→スライドに挿入してプレゼンテーションを完成させる。
(7)グループ・プレゼンテーションと評価を行う。
(8)クラス代表を選出する(各クラス2名)。
(9)学校代表を選出し,プレゼンテーションのスライドを日本語,英語でWeb化する。
(10)他学校のものも合わせて投票する。
(11)都合のついた3校から6作品を持ち寄り,代表でプレゼンテーションを行う。
(12)調理実習による最終コンテストを行う。

  プロジェクト自体は,決して問題解決的なものではない。しかし,課題に取り組みやすく,ネットワークを利用した競い合いをうまく使ったプロジェクトだと思える。そして,この活動の中には,至る所に情報教育の要素が含まれている。例えば,次のようなものである。

・機器(デジカメ,スキャナ,パソコン)の操作
・情報の聞き取りとまとめ(情報収集と分析の方法)
・的確な写真表現
・レシピの表現形式
・表計算ソフトの操作(栄養計算,グラフ表現)
・情報統合スキル(文字と画像のマッチング)
・効果的なプレゼンテーション(枚数,効果)
・スピーチスキル
・Web作成に関わるスキル
・インターネットのしくみ
・学校間コラボレーション(情報共有)のセンス
・インターネット投票の意味(危険性も含む)
・他者の情報を評価するセンス(視点)
・レシピ単語の共有(英単語データベースの作成も含む)
・レシピの解読と調理のスキル

  整理しないまま列挙したが,機器の操作に関わるものだけでなく,先に見た情報教育の三つのねらいに即した,さまざまなものが想定されている。情報を統合するためには,それぞれモード(文章や写真など)が表す内容について考えなければならない。それが,重なり合って強調されるのか,異なる情報を伝える方が効果的かを見極める力が必要である。インターネットで投票する経験は,本当に相手が投票しているのか,場合によっては他人がなりすましていることがあるのではないかなどと考えてみる機会を与えてくれる。

  「情報」におけるプロジェクトで大事なことは,プロジェクトの遂行を見守る教師が,これらの「情報教育の芽」に気付くことだと思う。プロジェクトの危険性は,活動自体に埋没することである。生徒は,プロジェクトの目標に向かって努力すればいいのだが,その活動が情報教育の視点から見たときに,どのような意味をもっていて,その時点で何を押さえることができるのかを見出して,学習のチャンスをつくることができれば,それは実体験を元にした情報教育になる。
4.プロジェクトを展開するために
 前述のテクノロジー活用の資質を,ISTEでは6つのカテゴリーで整理している。日本の情報活用能力が情報活用の実践力と情報の科学的理解と情報社会に参画する態度の3つの内容で定義されたのと形としては似ているが,内容はずいぶん具体的である。

1.Basic Operations and Concepts
2.Social, Ethical, and Human Issues
3.Technology Productivity Tools
4.Technology Communications Tools
5.Technology Research Tools
6.Technology Problem-Solving, and Decision-Making Tools

  訳せば次のようになるだろう。

1.基礎的操作技能と概念理解 2.社会的,倫理的,人間的問題
3.創造・生産の道具としてのテクノロジー
4.コミュニケーションの道具としてのテクノロジー
5.研究・探求の道具としてのテクノロジー
6.問題(課題)解決,意志決定の道具としてのテクノロジー

  ここで大事なのは,どんなにテクノロジーが変化しても,それを道具として適切に対応でき,それを目的に対して適切に使いこなせることが求められているのである。6つのカテゴリーが幼稚園〜12年生まで一貫しているのである。

※注1:文部省(1998),「情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて(情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議最終報告)」

※注2:日本文教出版株式会社(2001),「情報教育実践レポート 我が家の自慢料理プロジェクト」

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