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ICT・EducationNo.1 > p15〜p19

教育実践例
高等学校・中学校の実践現場から
—神奈川大学附属中・高等学校の取り組み—
横浜市教育委員会情報教育課 中川一史
神奈川大学附属中・高等学校 小林道夫

 学校教育現場でのインターネット環境のインフラ整備は加速度的に進んでいる。しかし,実際に生徒たちや教師にとって「地に足のついた」教育実践は,インターネットが話題にのぼるわりには多くない。そのような中で,着実に根をおろそうとしている,ある学校の実践をご紹介しよう。

  神奈川大学附属中・高等学校(以下,「神大附属」と述べる)は,中高一貫教育を行っており,各教科のカリキュラムは6年間の流れをふまえたものになっている。89年度からコンピュータを利用した情報教育を実施しており,コンピュータ室には45台のコンピュータが並ぶ。授業では,技術・家庭科(中学),家庭科(高校)を中心に実践している。
神奈川大学付属中・高等学校のネットワーク図(1998年)
▲神奈川大学付属中・高等学校のネットワーク図(1998年)

  96年度より,高3の選択科目で「家庭情報処理」がはじまり,「情報とネットワーク」を核に授業を展開してきた。インターネット活用の柱としては,次の5つがあげられる。

1)各教科での情報収集や発信→WWWを使って,情報の収集を行う
2)国内,海外との学校交流→メール交換,CU-SEEME,共同研究,作品発表会
3)神大附属のホームページの開設と運用
4)中3,高2,高3の生徒がホームページを持ち,生徒の作品を公開
5)「メディアキッズ」へ参加。学校交流,学校間における共同研究

1.ネットワーク環境
 ネットワーク環境の整備は神奈川大学情報センターの協力を得て,96年から始まった。96年にサーバーと専用線を導入し,インターネットを活用した授業がスタートした。97年に専用線を光ケーブルに切り替え,校内LANを整備した。98年にはATM回線を導入し,3MBPSの回線速度が得られる環境となった。現在生徒用,教員用あわせて90台以上のコンピュータがネットワークに接続されている。

  また,神大附属では,学校組織の中にコンピュータ委員会がある。さらに,コンピュータ委員会の中に,生徒たちのインターネット活用のサポートやサーバーの運用などのために,コンピュータ委員会ワーキンググループ(※注)がある。その中心的な存在が小林道夫先生だ。

  小林先生はコンピュータ上だけでなく,人間のネットワーク作りをとても大切にしている。

生徒の要望があればさりげなく相談に応じる
▲生徒の要望があればさりげなく相談に応じる

(※注)ワーキンググループの主な仕事は,以下のとおりである
1,コンピュータ教室にあるMACの保守,管理,運用
2,サーバー,ネットワークの保守,管理
3,ホームページの制作と更新
4,神奈川大学情報センターとの連絡,打ち合わせ
5,THINKQUEST,THINKQUEST@JAPAN,バーチャルクラスルームのような企画ものの実施
6,予算案の作成,予算の執行
2.実際の授業では…
(1)「グループ研究によるホームページ制作とプレゼンテーション」

  筆者が学校訪問に行ったとき,高2の必修科目(家庭科・情報)で,グループによるテーマ別のホームページ作りが行われていた。ホームページ作り,は生徒達の最終作業であるが,なんといっても「どんなテーマを」「どのように追究していくか?」が大事なことは言うまでもない。テーマも多岐におよび,環境問題から身のまわりの風俗に至るものまであった。最後の授業ではグループ毎にプレゼンテーションを行うというものだ。

  「もうここまできたら,生徒達にすべておまかせです。私は生徒達が助けてほしいときに出ていってアドバイスするだけです」という言葉どおり,何をやらなければならないのか?は,生徒達がしっかりつかんでいるようだった。資料を収集するグループ,内容について議論が白熱しているグループ,ホームページの分担作業に入るグループなど,さまざまだった。

  希望した何組かのグループ作品はThinkQuest@JAPANという学生を対象としたホームページコンテストにも申込んだ(http://www. thinkquest.gr.jp)。今回の授業で制作したものをWEB作品コンテストにも応募するという。

(2)「インターネットを使った『バーチャルミュージアム探索レポート』の制作」
〔中学3年 技術 情報基礎〕

  生徒一人一人が,WEBを使って美術館ホームページを探索しレポートを作るというものだ。美術館ホームページのリストをプリントで渡したが,サーチエンジンやパソコン雑誌を使って探し出す生徒がほとんであった。WWWのすばらしいところは思いもよらない所へリンクできることである。WWWは散策と出会いの場でもある。有名美術館のホームページを探すものや個人で作ったホームページを探し出す者まで様々であった。

  人気はエッシャーやウォーホールであったが,私たち大人がためらいがちになる海外のサイト(もちろん英語バージョンのみ)まで平気でいってしまう生徒たが逞しく思えた。生徒たちは自分のほしいデータをダウンロードし,クラリスワークス(統合ソフト)でレイアウトしてレポートを完成させ,カラープリンタで出力したものを提出した。

  このように,テーマを絞りこんだレポート課題をまとめるにはインターネットは大変有効であり,生徒の反応もとてもよいものであった。

生徒のレポート
▲生徒のレポート

(3)「ホームページの制作」
〔中学3年 技術 情報基礎〕

  ホームページを作る場合HTML(hyper text markup language)を学習する必要がある。最近はワープロ感覚でホームページ制作ができるHTMLエディターがある。だが,製品版は費用がかさむ。かといってフリーウェアのものはほとんどが日本語をサポートしていない。ここは心を鬼にしてsimple textで記述させることにした。制作手順や簡単なコマンドをプリントにまとめて生徒に配布した。

  夏休み明けには,自分で専門書を購入してくる者,パソコン雑誌の特集記事を持ち込む者,Webでのホームページ制作のためのサイトを探し出す者などみな自主的に行動しはじめた。ここまでくれば,もはや教師の役割はアドバイスが中心となる。

  自己紹介と独自の特集記事を入れるということだけが課題の条件で,あとは自由にさせた。写真はデジタルカメラか,写真をスキャナーで読み込むかのどちらかを選択させた。全員が2枚以上のページを作り,リンクの方法も理解したようである。

  作品は完成した生徒から本校のホームページにアップしている。中学1年生の分もアップしているので,ぜひ一度ご覧いただきたい。(神奈川大学附属中・高等学校ホームページhttp://www.fhs.kanagawa-u.ac.jp/)

  ちなみに,プライバシーの保護については,本校では下記の「ホームページ公開同意書」を取り,同意書の提出されたものから順次アップしている。

  今後インターネット環境はますます充実し,社会や家庭への普及も進んでいくであろう。そのとき,増殖していく情報の中で,子供たちがいかに自分に必要な情報を獲得し,いかに意義ある発信をしていくかが重要になってくる。ネットワークでの会話やインターネットでのアクセス先について心配な点は多々ある。しかし,活用をできるだけ自由にすることによってモラルに対する意識は自然に生まれると考えている。そのためには <自己認識><他者認識>が重要なキーワードとなる。
3.素晴らしいネットワークによる実践は,インフラではなく人が創ってゆく
 いつでもどの高校でも同じような環境があれば,こうなるかというとそれはNOだ。では,なぜ生徒たちとネットワークとの「しなやかな」関係ができあがっていったのだろうか? ここでは3つあげておきたい。

(1) 柔軟な授業計画

  高校の家庭科は,どの学校も全員必履修(4単位)となっている。その中で,家庭一般,生活技術,生活一般の3つの科目から1つを選択することが義務付けられている。ほとんどの学校は家庭一般を選択しているのだが,神大附属は,コンピュータを活用することを前提として「生活技術」を選択した。

  その中に情報処理に関する単元があるのだ。また,高校3年は,「選択家庭情報処理」(2単位)という科目を開講している。カリキュラムは,その単元の中の「ネットワークの活用」を中心にやっている,という。

  他の学校との違いは,小林先生によると,基礎知識を中学のときに教えているので,新しいことを教えるというよりも,自分の作品を作り上げることを中心としているところだそうだ。たしかに,筆者が参観した時点で,生徒達にコンピュータやネットワーク対する抵抗感は見られなかった。

(2) 生徒に自信と見通しをもたせる工夫

  上に述べた授業のカリキャラムそのものにも関係するが,小林先生はとにかく生徒達の主体性がより発揮できる授業作りを心がけているように思う。グループ活動のときも見守ることが主な先生の動きになっている。あくまでも内容や方法は生徒達が決定していく。教師は困ったときにほんのちょっと手をさしのべるサポート役に徹している。

  また,それと同時に,技術的に抵抗感をもたせないようなちょっとした工夫も見られた。Web作りはHTMLで制作することを基本としていた。少し慣れるとHTMLで直接作り込むことは表現力において他の作成ソフトはかなわない。しかし,そうはいっても,いきなりHTMLではかえって自信をなくしてしまう生徒もでてくる。仮にタグの書き方のテキストがあったとしても,結果としていつまでも1つの形(作品)にならなければ,せっかくはじめにもっていた意欲も萎えてしまうだろう。そこで,小林先生は,高校2年生の「家庭情報処理」の活動内容である自己紹介作りにおいては,HTMLの基本フォームを提示し,それを一部変更するところからはじめた。ただ,HTMLの基本を習得させる,ということだけなら,つまらない授業になっただろう。しかし,自己紹介を作り,学校のホームページに組み込まれるという目的意識,それぞれの生徒にあった教師の対応がベースにあればこそ,このようなていねいな工夫が生きてくるのだ。

(3) 手間をおしまない環境作り

  生徒達がじゃんじゃんやりたいことができるように使っていくには,直接・間接的な環境作りがあった。まずは,コンピュータ教室を放課後開放していることだ。ただ開放しているという意味では他校でもたくさんあるかもしれない。しかし,この放課後開放には2つのミソがある。

  1つは「困ったときにすぐに助けてくれる教師がとなりの部屋に常駐している」ことだ。ちょうど1つの部活を顧問するようにこのような教師が後ろについている。しかも使い方を監視するのではなく,あくまでもサポートだ。

  もう1つは,「コンピュータ教室は1日中,全校生徒に開放している」ことだ。放課後にコンピュータやネットワークで何かをやりたい生徒が集まってくるという(事実,筆者が訪問した日も,47台あるコンピュータ室のマックがほとんど生徒達でうまっていた)。 小林先生によると,「コンピュータ部のようなものを作ってしまうと,部に入っていない一般の生徒がやりたいことがあったときにコンピュータを使えなくなったしまう。だからあえてコンピュータ部は作らなかった」とのことだ。生徒達にコンピュータやネットワークを積極的にかかわらせたいと思うと,普通はそのような部を設立してしまう。もちろんそれですばらしい活動を展開している中学校や高校も多い。しかし,このような発想もあるのだ! と,筆者は目からウロコだった。その考え方を支持するように,生徒が次から次へと教員室にヘルプサインを出しに来ていた。

放課後も多くの生徒がコンピュータ教室に集まってくる
▲放課後も多くの生徒がコンピュータ教室に集まってくる

  また,生徒がこれだけ活用するには,教師同士の理解も必要であろう。小林先生は校内の教師の誰かがパソコンを購入するときに自宅に出向いていってインターネット接続のセットアップまでしてきてしまうという。その成果もあって約60名いる教員のうち,約20名が自宅にマックを購入したという。

  ネットワークやコンピュータの整備の仕方だけで授業(子どもたちの活動)の良し悪しがすべて決まるのなら苦労はいらない。神大附属でいうならば,小林先生や小林先生を中心とするワーキンググループのアイディアや努力なしにはすばらしい実践は語れないのである。?Ё?
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