指導のアイデア

アート界の“推しメン”発見

  • 山口 敦士
  • 甲陽学院高等学校 講師
  • 対象学年:1年

授業について

題材との関連について

今回の題材は、さまざまなメディアやツールでの情報収集活動を通じて自分のお気に入りの作家、または作品を発見し、その魅力をプレゼンテーションによって、クラスメイトへ伝えるというものである。
現代においては、インターネットや書籍など膨大な美術情報の中からお気に入りの作家や作品を「発見」することが容易にできる。しかし、膨大であるがゆえに、適切に情報にアクセスするための 造形的な知識や概念あるいは方法が必要であり、それが備わっていなければそもそも情報にアクセスすることが難しい。
そこで今回は上記の課題を解決すべく、質・量共に適切な作品ヴィジュアル群を一度に俯瞰することが可能な『デジタルアートカード』を「最初の情報の扉」として活用する。『デジタルアートカード』は、収録されている作品に必要最低限の言語情報が付帯されているため、作品や作家についての知識が備わっていなくても、色や形などの造形的な要素(見た目の情報)から作品にアクセスが出来て、そこから文字情報を得ながら、他の書籍やインターネット上の膨大な情報にアクセスすることを可能にする。いわば「最初の情報の扉」の役割を果たすことが出来ると考えた。

材料・用具・ICT機器

【必要なもの】
プロジェクター、『デジタルアートカード(ウェブ版)』、生徒各自のPC及びインターネット環境、氷山ワークシート
※『デジタルアートカード』は、教員・生徒のみが利用できるセキュアな環境下で利用している。
【あると良いもの】
遠隔でのコミュニケーションツール(Googleclassroom、LINE、メールなど)
※長期休暇中での取り組みを想定しているため

場の設定

自宅での取り組みのため、コミュニケーションツールを使い、教師・生徒間・生徒同士で交流ができる環境を整える。

主な学習目標

知識及び技能

『デジタルアートカード』、書籍、インターネットから収集した情報収集を通して、対象や事象を捉える造形的な視点について理解を深める。

思考力、判断力、表現力等

収集した情報をもとに、作品からより深く造形的なよさや表現の意図、創意工夫などを取り出し、作品の主題を考察するとともに、自分なりの価値意識をもって、それを伝えようとする。

学びに向かう力、人間性等

美術や美術文化に対する見方や感じ方を深めることを通して、自らの感性を高め,美術文化に親しみ,心豊かな生活や社会を創造していく態度を養う。

授業の流れ

導 入

1.本題材の目的、目標、流れについて説明する

2.下記の「氷山モデル」を使って、作品は氷山の「海上部分/造形の要素(形・色・質感・モチーフ)」「海中部分/主題」「海水/社会的、地理的、文化的背景」の3要素によって成立していることを理解する


「氷山モデル」

3.氷山ワークシートの記入方法(展開部分参照)について解説し、情報収集のヒント(インターネット検索の仕方や図書館の活用)を示唆する



氷山ワークシートPDFのダウンロードはこちら

展 開

1. 作品の3要素のうち下記のいずれか興味を持てる要素から“推しメン”を発見し、それぞれの要素を氷山ワークシートに記入する。
(ア)氷山の「海上部分/造形の要素(形・色・質感・モチーフ)」の観点から、『デジタルアートカード』から作品を見つけ出し、氷山ワークシートの海上部分に造形の要素を言語化して記入する
(イ) 氷山を包む「海水/社会的、地理的、文化的背景」観点から、元々興味のあるワードを氷山ワークシートの海水部分に記入し、書籍・インターネット検索などから関連する作家を見つける
★社会科との領域横断的な学習にも発展できる可能性がある
例:ポリネシア系の文化に興味がある→ゴーギャン
例:イギリスの産業革命期の作家→ターナー
例:明治維新期の画家→高橋由一

2.発見した“推しメン”について、氷山の「海中部分/主題」の観点から情報を収集し、作品の主題について自分なりに考え、氷山の海中部分に記入する。

3.情報収集の際に使用した書籍やインターネット上のサイト名などをワークシート下部の欄に記入する。

まとめ

1.“推しメン”の魅力について各自制限時間2分間でプレゼンし、自分以外のプレゼンターが紹介した作品の中で、気に入った作品1作品について投票を行う。

<題材のバリエーション>
★ゲーム性の導入
まとめの発表の際に、プレゼンテーションへのモチベーションを向上させるために仮想オークションを開催する。その際、あらかじめオークション出品リストとしてクラス全員分の選定作品をリスト化して配布しておく
【仮想オークションルール】
(ア)自分が欲しいと思う作品の入札に参加すること
(イ)一人当たり仮想コイン(1枚100万円)で1億円分を保有する
(ウ)入札額は100万円(仮想コイン1枚)単位
(エ)落札の最高価格は1億円(最も早く1億円で入札した人が落札できる)
(オ)落札価格は出品者(プレゼンター)の評価に反映する

支援のポイント

○ 「情報収集後に主題についてまとめる」という流れをおさえる。ただし、情報収集の前後それぞれに主題をまとめるのも良い
○ 意外にもインターネット検索の際に「ワード・スペース・ワード」と入力することを知らない生徒もいるためヒントを示唆する際に提示すると良い
○ 氷山モデルのイメージをしっかりと共有し、展開部分の2つのアプローチの違いを認識することが重要

学習評価のポイント

○ 学習評価は目標(三つの柱)に対して行う必要がある。生徒がどのような知識を獲得したのか、何を考え、それはどのように深まったのか、学びに向かう態度として個々の振り返りや共同性はどのように図られたかなどについて、ワークシートやプレゼンテーション、授業中の発言などから把握する。

授業後の一言

日頃から氷山モデルを利用して生徒が目指す作品像について言語化・共有することを実践していることで、スムーズに実践出来たように思います。
氷山モデルのポイントは、作品の造形的な要素や主題だけでなく、作品を成立させる背景(海水)も大事にすることです。ワークシートでは、ミレーの『晩鐘』に見られる宗教的な営みの価値と産業革命期の物質的な豊かさの関係、ベラスケスの『インノケンティウス10世像』と当時のカトリック教会の思惑、高橋由一が新年の贈り物である“新巻き鮭”を描いた『鮭』と明治維新、義務教育が6年制となった年に描かれた土田麦僊の『罰』、などの記述から作品の主題と当時の世界状況を関連付ける様子が見られました。また、プレゼンテーションでは、友人の発言から作品に関する新たな情報を得て、主題をより深くとらえるようになったり、また自分が選んだ作品とは対照的な作品に興味を持ったりといった姿も見られました。生徒は、氷山モデルと「情報の扉」としての『デジタルアートカード』を用いることによって、様々な面からより深く考えることができました。学習を通して、より深い社会背景や美術の世界から作品を鑑賞することができるようになったと思います。
この題材は深く掘り下げようと思えばいくらでも掘り下げることができます。今回も自分自身が知らない情報を集めて発表してくれる生徒が多く、またそもそも聞いたことのないマニアックな作品を選ぶ生徒もおり、教師の想定を超える学習をしてくれて、非常に興味深かったです。対象学年や先生の意図に応じて展開し、またコロナ禍にあって、自宅学習が必要になった時の題材としてご活用頂けると思います。