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情報科教員の卵を育てる |
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生徒の探究心を駆り立てる授業を構想するための多声的な思考を育成する —マンガ描画支援システムVoicingBoard を使用した授業シミュレーション—
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専修大学 望月 俊男
上越教育大学 久保田 善彦
茨城大学 鈴木 栄幸
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1.はじめに |
教職課程の学生が学ばなければならない重要な技能の1つに「学習指導案を書くスキル」があります。教壇実習の技能も大切ですが,それ以上に“いかに生徒のことを踏まえた授業設計をできるようになるか”ということが,実際の授業では問題となりますし,また教職課程で身につけるべき技能です。しっかりと学習指導案をまとめることにより,教材内容や学習環境を活用して授業を進行する手順を検討するだけでなく,発問・応答といった教授行動と生徒の反応予測を行い,授業の過程を具体的にイメージすることで,授業を運営する上で不測の事態が起きた場合にも柔軟に運用可能なプランニングができるようになります。
しかし,まだ現場に入ったことも授業をした経験もほとんどない3年生にとって,現場の生徒をイメージしながら指導案を考えるということは,かなり難しい課題です。※注1実際,最初に提出される指導案は,読者(指導者や同僚の学生)が具体的な授業展開をイメージしにくいもの,発問・応答が盛り込まれないことなどが,しばしば見られます。また,発問が盛り込まれたとしても,授業の冒頭に「情報ってどのようなものだと思いますか?」,「マルチメディアとは何ですか?」といった漠然とした発問を計画してしまい,おおよそ生徒が答えられないことが想定されるようなプランになることも,しばしば見られます。
とくに情報科においては,情報の科学的な理解のために探究心を駆り立て,情報社会に参画する態度を育むために生徒の思考をゆさぶる上で,発問や生徒との応答が授業計画上大変重要な位置を占めます。よい発問が行われれば,生徒の思考にゆさぶりをかけることができ,学んでみたいと思わせたり,理解を高めたり,態度を吟味させたりする効果があります。こうした発問型学習(inquiry-based learning)は科学教育の分野でその重要性が指摘されていますが,その際熟慮して計画するべきなのは,授業の冒頭で生徒の探究心を駆り立てるような,よい駆動質問(drivingquestion)だと言われています。
第一著者は,専修大学で2008年4月から情報科教育論(他大学の情報科教育法I,IIにあたる通年科目)と教育実習の事前事後指導を担当しています。非教員養成系大学で情報科の教員養成に携わるにあたって,学生たちが授業の導入で子どもたちのさまざまな声を想定し,効果的な発問とやりとりを計画する力を身につけさせることが必要となっています。そのために,第二著者・第三著者と協同して,マンガ描画による授業シミュレーションの演習を導入しています。これは,研究授業として展開しています。
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2.マンガ描画支援システムVoicingBoard |
授業における発問・応答や反応予測を行う方法としてはマイクロティーチングがあります。これは模擬授業を短く行い,ビデオに記録して振り返る学習方法で,具体的な教授行動をシミュレーションできる利点があります。しかし経験が少ない段階で必要な,授業の導入の組み立てや具体的な発問・応答をじっくり考える活動には不向きです。生徒役である学生が学校の生徒と同様の動きをしづらいのも,模擬授業のリアリティを低めてしまい,よい発問・応答の練習がしにくくなる要因となります。
そこで,教室で相手をする生徒のことを少しでも具体的にイメージしながら,本時案をじっくりと検討する活動を支援するために,授業の導入部分のマンガを描くという演習を行っています。そこでは,マンガ描画をコンピュータで支援するシステムVoicingBoard※注2を利用しています(図1)。
▲図1 VoicingBoard による授業の描画
もともとVoicingBoardは,プレゼンテーション教育で,発表内容に関するマンガを表現し,そのマンガの内容やストーリーを吟味することでプレゼンテーションの説得論理を改善するために開発されました。インターネットブラウザ上のFlashPlayerを用いて動作可能なインタラクティブなアプリケーションです。登場人物とセリフから構成されるマンガを作ってアイデアを表現します。描画はとても簡単で,左側のアクターリストと呼ばれるキャラクターデータベースからドラッグ&ドロップでマンガのセルに投入します。セリフは,吹き出しの表示・非表示の切り替えをマウスクリックで切り替えられますので,必要に応じて表示した上で記入します。背景画像もあらかじめデータベースにアップロードされた画像データや自分でアップロードした画像を使って,セルに当てはめることができます。
プレゼンテーションは,高校でも大学でも情報教育の一環として行われていますが,多くは発表のしかたや,発表資料作成の技術指導にとどまっています。しかしプレゼンテーションの本質は,ある目的のために伝えたいことを伝える相手がおり,その相手や,関連する人々の意見とインタラクションしながら進めるという点です。たとえば,「タバコは体によくないから禁煙しましょう」という主張で発表したとしても,愛煙家はタバコが有害であることを承知で喫煙しているわけですから,その主張は無視されるかもしれません。そこで,相手に自分の本意を適確に伝達し,ものごとを進めていくことができるようになるためには,さまざまな人々の声(多声)との仮想対話を行い,ものごとと人々の関係のあり方を吟味できるようになる必要があります。先の例では,愛煙家の意見や立場を仮想的に想像し,対話することにより,どのようにしたら納得性が高まるのかを吟味し,別の説得論理を作ることが必要です。
VoicingBoardは,そうした仮想対話を具体的なイメージとして表現することを支援します。そして描いた内容を振り返ることで,発表のトピックにはどのような人々が関わり,どのように論を進めれば納得性が高まるのかを考えさせます。※注3
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3.マンガ描画による授業シミュレーション |
学校の授業の発問・応答も,基本的には,授業者が学習者の学習活動を促進するために,何らかの形で生徒に働きかけを行い,それに対して生徒が反応して活動が行われる,その繰り返しで成り立っています。そこで,VoicingBoardを使うことで,マンガ上に明示化された生徒たちに,どのように働きかけていくのかということを検討する演習を導入しています。
この演習は,情報科教育論と並行して行われている教育実習I(事前指導)と教育実習III(事後指導)で実施しています(表1)。
授業回数 | 教育実習I | 教育実習III |
1 | オリエンテーション |
2〜3 | 教育実習について学ぶ(先輩の発表を聞き,教育実習の実際を知る) | 教育実習を振り返る(教育実習で作成したティーチングポートフォリオの発表と討論) |
4 | 指導案の導入部分をマンガに描く | 研究授業のリベンジをマンガに描く |
5 | 先輩のマンガを見てコメントする | 後輩のマンガを見てコメントする |
6〜7 | マンガをもとに模擬授業を行う(教職経験者による助言有) | 後輩の模擬授業にコメントする |
8〜9 | 先輩の模擬授業を見て学ぶ | マンガをもとに模擬授業をする |
10 〜 14 | 改善した模擬授業を再度を行う | 後輩の模擬授業を見て助言する |
15 | この授業で学んだことを振り返る |
▲表1 「教育実習」における指導の流れ
まず学生は自分の指導案を作成し,それをもとに授業の導入部分を描いたマンガを描きます。指導案の中では十分想定しきれていなかったストーリーを,マンガという形で具現化することで,検討不足の点が洗い出されていきます。また,マンガ上に表現された自分の授業に対して,生徒がどのように反応するかを,生徒のキャラクターを用いて描きます。いろいろな生徒がいますので,生徒の応答予測はさまざまに出てきます。
VoicingBoardはサーバ上にマンガデータを格納し,ネットワークを通して交換することが可能です。そこで,マンガを描くことに加えて第2段階として,教育実習を終えた4年生が教育実習Iの履修生のマンガと指導案を見て助言を行い,教育実習Iの履修生は教育実習IIIの履修生が作ったマンガを見てよい点を学ぶ,という活動を行いました。その上で,最終的にマンガと指導案を修正して,模擬授業を行いました。
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4.マンガ描画による授業シミュレーションの効果 |
こうした演習の効果を検討してみると,次のようなことが明らかになってきました。※注4
まず,マンガに描画された教育実習生と生徒のセリフを,(1)指導案に基づく内容,(2)指導案に基づくが授業の流れが止まる内容,(3)指導案にない内容で,授業の流れを作ろうとするもの,(4)指導案にない内容で,授業の流れが止まる内容の4つに分類しました。(2)は例えば,指導案で計画した説明をした時に,理解できない・ついてこられない生徒を示すようなセリフです。(3)は例えば,(2)のような事態に対して指導案にない補足的な説明をしようとしたり,生徒が自分たちで教え合ったりするようなセリフです。(4)はそうした補足的説明に対しても生徒が疑問や不安を抱えたままになってしまう場合を指します。
ここでは,指導案をもとに授業のマンガを描画することにより,(2)〜(4)のような事態となる,さまざまな生徒の反応(多声)を想定することができればよいわけです。結果として教育実習生のセリフのうち約44%が(3)(残りは(1)),生徒のセリフのうち約68%が(2)〜(4)となり,多様な生徒の声と,それに応対する教育実習生の対応を考えることができていたことが分かりました。
また,教育実習生と生徒,あるいは生徒間のコミュニケーションのつながりを分析したところ,指導案の想定通りのコミュニケーションは約4割で,そのほかの6割は,教育実習生の当初計画していた発問に対して生徒が疑問を呈したり,当初予定していなかった教育実習生の教示・発問からコミュニケーションが始まるなど,指導案とは異なるストーリーが展開されていました。予定していなかった発問や教示は,その発問や教示なしでは生徒が十分理解できないと想定して,新たに計画したものと考えることができるでしょう。
このように,マンガを使って授業シミュレーションをすることで,いろいろな生徒の考えを予想し,当初計画した学習指導案の内容の薄さや無理な計画に気づくことができるほか,さまざまな生徒の声にどう真摯に対応していくかを考えるリソースとなっていることがうかがえます。
実際の学習指導案への修正・反映では,マンガ描画により見いだした修正点をスキップすることがあり,マンガ描画時に気づいたことをワークシートに記録した上で修正作業に取り組ませる必要性が分かってきました。毎年こうした分析を行うことを通じて,授業での利用方法を改善しています。
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注 |
注1:佐藤学 1989 『教室からの改革—日米の現場から』 国土社 参照。
注2:科学研究費補助金(基盤研究(B)20323199)の支援で実施しています。
注3:http://voice.minim.ne.jp/vb_int/ でアクセスできます。授業などでご利用になりたい場合は,鈴木栄幸(茨城大)までご連絡をお願いします。
注4:鈴木栄幸・望月俊男・久保田善彦 2010 「教育実習生の学習指導案作成訓練へのマンガ表現法の適用」 『科学教育研究』
34(2) pp.177-188
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