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コンピュータ教育のバグ |
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さあ,情報を習おう… ─高校で初めて習う情報科について─
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中学に入学を控えた小学6年生は,「いよいよ中学生,中学に入ったら英語の授業が始まるぞ,大変そうだけど,なんだか楽しみ」と,一様にワクワクしていたのも今は昔。小学校での英語の授業も始まっているし,結構な数の子供たちがかなり小さい頃から英会話教室や海外旅行などで英語に触れる機会を持っているのだから,以前のワクワク感が薄れているのは無理もない話である。では,高校に入学を控えた中学生は,新たに始まる情報科の授業にワクワク感を抱いてくれているのだろうか。
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コンピュータや教育も低年齢から |
小学校に英語が導入されるかなり以前から,街の英会話教室が小学生たちや就学前の子供たちにも門戸を開いて活況を呈していたり,幼稚園でネイティブの先生が英語を教えていたりと,英語に触れ始める時期の低年齢化はどんどん進んでいったといえる。他方,コンピュータ教育について考えてみるとどうだろうか。
コンピュータやインターネットが,この30年ほどで劇的な早さで普及したことは周知の事実である。ちょっと前までは子供どころか大人でさえもなかなか手にふれることがなかったコンピュータというものが,今や小さい子供のおもちゃにすらなっている。英語教育と同じくコンピュータ操作に関する指導も,小学校ではもちろん,就学前の段階でも,いろいろな形で実施されている。ちょっとした操作スキルなんかは,それこそ物心つかない頃から身につけている子供も多くなったのが現実だ。
このように低年齢層にコンピュータやインターネットが普及してくると,高校生になった頃にはもう目新しいモノでも何でもなくなっている。そんな状況で,高校で初めて習う情報科に対して,果たして生徒たちは何を望み,何を期待しているのだろうか。いや,極論すれば,特に期待しているモノがないのかもしれない。
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最近になって,顕著であることなど |
何十年という長い間のことでなく,ここ数年というスパンでの変化について思い起こしてみると,一つの傾向が顕著になりつつある。それは,数年前までは多くの保護者と一部生徒たちからのニーズに「とにかくコンピュータを使えるようにして下さい」というのがあったのだが,このニーズが減少してきているという感じである。極端に言ってしまえば,「いまさら学校でコンピュータの使い方なんて習わなくても結構」という感覚が,徐々に広がってきているのではないかとすら感じられる。要するに,高校でコンピュータの基本的な使い方やインターネット検索を習ったって,生徒たちにはもはやワクワク感なんてないのである。
では,今日的なコンピュータ教育はどうあるべきなのか。高校における情報科では何をどう教えるべきなのか。本当の意味での主体的な情報活用能力を身につけるための授業コンテンツを用意できているかどうかを,今一度見直す時期にきているのではないだろうか。しかも,その授業コンテンツは魅力的でなければならない。コンピュータのソフトウェアやインターネットによる目先の刺激だけではなく,本当の意味での生徒たちのワクワク感を創出できれば,それはすなわち,より良質な授業コンテンツでコンピュータ教育を施せていることになるのではないだろうか。
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