ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.45 > p1〜p5

論説
新学習指導要領と情報科
文部科学省初等中等教育局視学官 永井 克昇
1.はじめに
(1)情報活用能力とは何か,情報教育とは何か

 いわゆる知識基盤社会の時代※注1を生きる生徒一人一人が,必須の素養として身に付けていなければならない力の1つに情報活用能力がある。情報活用能力とは,情報教育の目標の3観点に示された「情報活用の実践力」※注2「情報の科学的な理解」※注3「情報社会に参画する態度」※注4で示されている能力・態度の総称である。※注5
 この情報活用能力を1つの価値としてバランス良く身に付けさせる教育が情報教育である。我が国の情報教育(以下,「日本型情報教育」という)は,互いに独立性の強い「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」を,1つの統合された力として,バランス良く身に付けさせようという理念を持って実践されている。※注6
2.情報活用能力は「読み・書き・計算」に匹敵する
 学校教育で子どもたち一人一人に身に付けさせる基礎的な力は,「読み・書き・計算」と言われる。私は,この「読み・書き・計算」に並ぶ4番目の力として「情報活用能力」が位置付けられると考えている。新しい小学校学習指導要領や中学校学習指導要領でも情報活用能力の育成は重視され,総則※注7や各教科に情報教育に係る内容が手厚く記述されるなど,その充実が図られている。
 しかし,小学校や中学校では高等学校の共通教科「情報」※注8のように情報教育をねらいとした教科は未だにない。義務教育段階での情報教育の展開を踏まえれば,共通教科「情報」は全ての子どもたちに情報活用能力を確実に身に付けさせて世に送り出す,という学校教育のねらいの1つを実現させるために極めて重要な役割を担っている。
3.共通教科「情報」は引き続き必履修
 昨今,知識基盤社会を生き抜くために必要な力について様々な提言がなされている。例えば,「21世紀型スキル」では,その共通項として,創造性,クリティカル・シンキング,問題解決能力,判断力などを含む「思考力」,様々な人と仕事をするために求められる「コミュニケーション能力」,協働するための「コラボレーション能力」,それらを実現するために情報を使いこなせる「ICT※注9活用能力」,社会の一員として生きるための「個人の責任能力」などが挙げられている。「21世紀型スキル」は,学習指導要領が理念として掲げている「生きる力」と重なるとともに,共通教科「情報」がはぐくむことを目指す能力・態度とも重なる。生徒一人一人の将来の職業や生活を見通して,社会において自立的に生きるために必須な力を確実に身に付けさせるためにも,共通教科「情報」をすべての高校生が等しく学ぶことが必要である。教科「情報」が引き続き必履修教科・科目として位置付けられた理由はここにある。また,「情報活用能力は読み・書き・計算と並ぶ基礎的な力である」と繰り返し言う理由もここにある。
4.共通教科「情報」について
 これまでの内容を踏まえ,次に共通教科「情報」を中心に,新高等学校学習指導要領の改善の具体的な事項,改訂に伴う授業の在り方及び先生方に望む事柄などについて解説する。※注10

(1)教科の目標について

 共通教科「情報」の教科目標は次の通りである。

情報及び情報技術を活用するための知識と技能を習得させ,情報に関する科学的な見方や考え方を養うとともに,社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,社会の情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てる。

 現行の教科目標と異なる箇所に下線を引いた。「習得させ」については,現行では「習得を通して」と記述されている。改訂に当たって「情報及び情報技術を活用するための知識と技能」を確実に身に付けさせることの重要性を明示するために文言を修正した。また,「社会の」については現行にこの記述はない。社会と関連付けながら学ぶことの重要性を明示するために新たに書き加えた。このように,教科目標については内容面での大幅な変更はない。これまで同様,共通教科「情報」は情報活用能力を確実に身に付けさせることにより,社会の情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てることをねらいとした教科である。

(2)科目の構成について

 共通教科「情報」の科目として,「社会と情報」と「情報の科学」の2科目を設け,生徒の多様な能力・適性,興味・関心等に応じて,全ての生徒に対してどちらか1科目を選択的に履修させることとした。なお,標準単位数はいずれの科目も2単位である。
 現行の高等学校学習指導要領では,義務教育段階において情報手段の活用経験が浅い生徒でも十分履修できることを想定して「情報A」,コンピュータに興味・関心を持つ生徒が履修することを想定して「情報B」,情報社会やコミュニケーションに興味・関心を持つ生徒が履修することを想定して「情報C」の3科目を,共通教科「情報」の科目として設置している。
 今回の改訂では,「情報A」については発展的に解消し,「情報の科学的な理解」及び「情報社会に参画する態度」に関する内容を重視した科目として,「情報の科学」と「社会と情報」を新設した。※注11なお,情報手段を積極的に活用する実習を多く取り入れている「情報A」の内容のうち,義務教育段階では学習しない内容は,新設した2つの科目に付加している。このことにより,情報活用の実践力及び情報モラルに関する学習が,より実践的に学習されるように改善が図られている。
5.「社会と情報」について
(1)科目の目標について

 「社会と情報」の科目目標は次の通りである。

情報の特徴と情報化が社会に及ぼす影響を理解させ,情報機器や情報通信ネットワークなどを適切に活用して情報を収集,処理,表現するとともに効果的にコミュニケーションを行う能力を養い,情報社会に積極的に参画する態度を育てる。

 ここで特に留意してほしいのは次の3点である。
1)この科目で「メディア」を内容として取り上げるため,理解させる内容を「情報の特徴」として示した点。
2)この科目のねらいである養う能力を「情報を収集,処理,表現する能力」や「効果的にコミュニケーションを行う能力」とし,情報機器や情報通信ネットワークなどの適切な活用をそのための手段とした点。《目的と手段の逆転
3)共通教科「情報」の目標である「社会の情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度」の育成を,この科目では「情報社会に積極的に参画する能力と態度」※注12ととらえている点。《キーワードは「参画」

(2)科目の内容について

 この科目は,「情報の活用と表現」「情報通信ネットワークとコミュニケーション」「情報社会の課題と情報モラル」「望ましい情報社会の構築」の4つの内容項目で構成されている。科目の内容で,特に留意してほしいのは次の4点である。
1)メディア※注13について内容項目として取り上げた点。
2)コミュニケーションの取扱いを変更した点。「情報C」では,コンピュータや情報通信ネットワークを効果的に活用する能力を育成する学習場面としてコミュニケーションを位置付けているが,「社会と情報」では効果的なコミュニケーションの考え方や方法を学ばせることに主眼を置いている。
3)情報モラル※注14を内容項目として位置付けた点。その際,情報モラル教育を,情報化の影の部分の理解をねらいとする教育ととらえるのではなく,情報社会やネットワークの特性の一面として影の部分を理解した上で,よりよいコミュニケーションや人間関係をつくるために情報手段をいかに上手に使っていくか,そのための判断力や心構えなどを身に付けさせる教育ととらえることが重要である。※注15
4)情報システムや問題解決にかかわる基礎的な知識・技能についても学ぶ内容となっている点。
6.「情報の科学」について
(1)科目の目標について

 「情報の科学」の科目目標は次の通りである。
 ここで特に留意してほしいのは次の2点である。

情報社会を支える情報技術の役割や影響を理解させるとともに,情報と情報技術を問題の発見と解決に効果的に活用するための科学的な考え方を習得させ,情報社会の発展に主体的に寄与する能力と態度を育てる。

1)問題の発見と解決を学習の軸に位置付け,これとのかかわりで情報や情報技術を効果的に活用するための科学的な見方・考え方,基礎的な知 識・技能を習得させようとしている点。《問題解決が軸※注16
2)共通教科「情報」の目標である「社会の情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度」の育成を,この科目では「情報社会の発展に主体的に寄与する能力と態度を育てる」※注17ととらえている点。《キーワードは「寄与」

(2)科目の内容について

 この科目は,「コンピュータと情報通信ネットワーク」「問題解決とコンピュータの活用」「情報の管理と問題解決」「情報技術の進展と情報モラル」の4つの内容項目で構成されている。科目の内容で特に留意してほしいのは次の3点である。
1)アルゴリズム,処理手順の自動実行,モデル化,シミュレーション,情報通信ネットワークの活用,データベースなどについて,問題解決と関連付けながら学ぶように内容を構成している点(注16参照)。
2)問題解決について評価と改善を内容項目とした点。高等学校段階における情報教育においては,様々な学習活動について活動したということで学習を終わらせるのではなく,学習活動を振り返り,活動の過程や成果を評価し,その結果を次の同様の活動にフィードバックすることが極めて重要である。
3)情報モラルを内容項目として位置付けた点。このことの意義や重要性について前述したので繰り返さない。
7.各科目にわたる指導計画の作成と内容の取扱いについて
 ここで特に留意してほしいのは次の3点である。
1)各科目の総授業時数に占める実習の割合を明示していない点。今回の改訂で,「情報A」を発展的に解消し,2科目構成にしたことに伴い,これまで明示していた各科目における実習に配当する授業時数の割合は示さないことにした。※注18
 他方,ともすると,実習の割合を明示することによって,実習という名のもと,コンピュータ等の操作スキルアップ教育に過度に偏重した学習を継続的に行っているのではないかと危惧する実践が見受けられた。こうした実践は,「情報活用能力=コンピュータ操作スキル」であり「実習=コンピュータ操作スキルアップ学習」であるという,間違ったメッセージを発信してしまう。言うまでもなく,共通教科「情報」はコンピュータ操作スキルのみを定着・向上させることをねらいとした教科ではない。その意味で,共通教科「情報」は実習教科ではない。
 これらのことを踏まえ,共通教科「情報」が創設され8年を経過した今,総授業時数に占める実習の割合については,生徒や学校の実態を踏まえた教育のプロとしての先生方の判断に委ねる時期を迎えたのではないかと考えている。
2)「各科目は,原則として,同一学年で履修させること」とした点。「社会と情報」及び「情報の科学」は,実習などの実践的・体験的な学習活動を通して各科目の目標を達成するように配慮し,指導の効果を高めるためには,複数年次にわたって分割し各年次1単位で履修させるよりも,同一年次で集中的に2単位を履修させた方がより情報活用能力の定着に効果的であるとの考えに基づいたものである。
3)公民科及び数学科などとの連携を図ることを規定した点。今回の改訂によって,公民科や数学科の指導計画の作成と内容の取扱いに当たっての配慮事項に,情報教育の視点や共通教科「情報」との連携を図るとともに学習内容の系統性に留意する旨の規定が置かれたため,同趣旨の内容を明記したものである。
8.新設2科目への期待
 前述したように,新高等学校学習指導要領では,「情報A」を発展的に解消し「情報B」及び「情報C」をベースとして「社会と情報」と「情報の科学」を新設した。先生方には「真の情報活用能力とは何か」を常に問いかけ,「真の情報活用能力」を身に付けさせることができる授業を計画・実施することによって,新たな2科目に魂を吹き込んでいただくことを期待している。
 かつて情報の授業といえば,コンピュータ室でインターネットを利用し,プレゼンテーションソフトなどを駆使して発表を行うことに注目が集まりがちだったが,普通教室で「知識」を学び,生徒同士でグループ討論をし,その知識を活用・定着させるためにコンピュータを活用する授業を展開するなど,「生徒たちがこの50分間で学ぶものは何か」を意識し,振り返りながら授業を行うことができる先生方が増えてきたと感じている。
 日本型情報教育は,コンピュータが操作できるようになればいい,という即席型の道を歩もうとしていない。様々な場面で,生徒一人一人が正しく,適切に情報や情報手段を活用できるようにする教育が日本型情報教育であり,日本型情報教育がよりよい日本の基盤を創っていくという確信のもと行われている。これからの社会は,ICTと切り離せない社会であるからこそ,ICTの恩恵を十分に活かして将来を切り開くという「光」の部分と,ICTのリスクといった「影」の部分との両方を,受け入れるための教育が是非とも必要である。新しい場面に直面したとき,情報や情報手段の光と影の両方をバランス良く見通しながら,それらを適切に活用して行動できる人,さらに新しい価値を作りあげていくことができる人を育成する。これが,私たちが目指すべき日本型情報教育である。
注1:新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す時代
注2:課題や目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて,必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造し,受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力
注3:情報活用の基礎となる情報手段の特性の理解と,情報を適切に扱ったり,自らの情報活用を評価・改善したりするための基礎的な理論や方法の理解
注4:社会生活の中で情報や情報技術が果たしている役割や及ぼしている影響を理解し,情報モラルの必要性や情報に対する責任について考え,望ましい情報社会の創造に参画しようとする態度
注5:残念なことだが,未だに,情報活用能力をコンピュータ操作スキルと,情報教育をコンピュータ操作スキルアップ教育と考えている人がいる。
注6:この理念が諸外国とは異なるため,私は我が国の情報教育を「日本型情報教育」と呼ぶことにしている。
注7:小学校学習指導要領総則第52の(9),中学校学習指導要領総則第42の(10)参照
注8:新学習指導要領総則第2款(2)の見出しが,「各学科に共通する各教科・科目」に改められたことにより,これまでの普通教科「情報」を共通教科「情報」に改めた。本稿では,共通教科「情報」を使うこととした。
注9:Information and Communication technologyの略。情報コミュニケーション技術,情報通信技術と訳される。
注10:学習指導要領改訂に当たって,共通教科「情報」に係る課題として,次の内容が挙げられていた(中教審答申より)。
○情報及び情報機器・情報通信ネットワークやソフトウェア等の活用により,様々な知識や技能が実際に生きて働き実用に結び付くため,生徒一人一人が社会の急速な変化に主体的に対応できる情報活用能力を確実に身に付けさせる指導を一層重視する。
○情報機器の操作の方法等,情報技術の習得に重点を置いた指導に多くの時間が割かれており,情報をコミュニケーションなどに活用する力や情報の主体的な選択,処理,発信や問題の発見,解決に欠かせない創造的思考力や合理的判断力の育成にかかわる指導を充実する。
○情報通信ネットワーク等を使用した犯罪が多発する中,ネット被害防止等の情報安全や情報モラル,知的財産の保護等の情報を適切に扱うための基本的な態度をはぐくむ指導について,より一層の充実を図る。
注11:具体的には,主に情報社会に参画する態度を育成する学習を重視した「情報C」の内容を柱にして「社会と情報」の内容を構成し,主に情報の科学的な理解を深める学習を重視した「情報B」の内容を柱にして「情報の科学」の内容を構成している。
注12:「情報社会に参画する態度」とは,情報社会に参加し,よりよい情報社会にするための活動に積極的に加わろうとする意欲的な態度のことである。
注13:教科「情報」の学習においては,メディアを「情報を表現し伝達する手段」ととらえることとしている。
注14:情報モラルとは,「情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度」のことで,ネットワーク上のルールやマナー,危険回避,個人情報・プライバシー,人権侵害,著作権等に対する対応やコンピュータなどの情報機器の使用による健康とのかかわりなどを含めて「情報モラル等」と呼ぶこともある。
注15:高等学校段階における情報モラルの指導では,人や社会とのかかわり,技術的な側面,法律や制度的な側面の3つの視点からバランスよく指導することが大切である。
注16:この科目で取り扱うアルゴリズム,モデル化,シミュレーション,データベースなどの情報技術は,すべて問題解決とのかかわりで扱われ,何でもかんでも取り扱えばよいというものではないことに留意する。
注17:「主体的に寄与する能力と態度」とは,情報社会の発展に役立つことを自ら進んで行い,よりよい情報社会にするために貢献できる能力・態度のことである。
注18:しかし,これまでと同様,情報活用能力を確実に身に付けさせるためには情報手段を活用した実習を積極的に取り入れることが必要であり,実習についてはますます重要である。
    次へ
目次に戻る
上に戻る