ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.29 > p1〜p5

論説
現代的ニーズに応じた情報教育
岐阜女子大学文化創造学部 谷口 知司
1 デジタル・アーカイブズの展開と専門的人材養成
 近年各種の博物館,図書館,文書館,資料館,地域等において収蔵物や地域資料をはじめとする文化資料の情報化とその流通利用が進められつつある。また,企業,公共団体,教育界等においてもその所蔵する資料の散逸や消耗を防ぐとともに,活用の円滑化のために,アーカイブズの構築と活用が始まっている。デジタル・アーカイブズの構築と活用には文化所産等の情報化のためのデジタル技術の習得を基礎に,それらを知的財産として保護・管理・流通させ,さらに新しい文化創造へと担うための知識を持つ人材の養成が必要である。
 先進諸外国ではこうした人材の養成が進み,資格制度等が整備されている地域もあるが,現在のところ我が国では,ようやくこうした人材を体系的に養成することが始まりだしたところである。
2 デジタル・アーキビスト養成での高等学校から大学院までの継続した教育体制の整備
 岐阜女子大学では従来から,これらの社会的要請を踏まえ,こうした人材の養成が大学の社会的使命であると捉え,デジタル・アーカイブ関係の研究・教育・教育実践に利用できる施設および文化情報を蓄積し,人材養成のための教育プログラムを開発するとともに,教育実践の現場を整備してきた(ここで実施している本学の取り組みやデジタル・アーカイブ関連のカリキュラムは2003年デジタルアーカイブ白書(P146〜P147)にも紹介された)。
 岐阜女子大学は,文部科学省の現代GP(現代的教育ニーズ取組支援プログラム「デジタル・アーキビストの養成—文化情報の創造,保護・管理,流通利用を支援する—」)の選定を受け,従来の文学部文化情報メディア学科での教育実績を基礎に平成16年度から3年計画で,デジタル・アーキビストの養成のための教育プログラムの開発・実践を行っている。
 また,デジタル・アーカイブズの研究を行う岐阜女子大学文化情報研究センターやデジタル博物館を設置するとともに,学部教育の面では平成17年度から文化創造学部に改組し,文化情報コースを置いた。文化創造学部では文化情報コースを主専門または副専門とすることで学芸員,図書館司書,教員などの資格とともにデジタル・アーキビストとしての専門的教育を受けることができる。
 あわせて,高大連携,大学院の設置など,高等学校から大学院までの継続一貫した教育が可能になるような教育体制の整備に努めている。
3.デジタル・アーキビストに要求され る能力
 デジタル・アーキビストについては,情報社会における文化活動を支える専門職として,(1)今後多くの分野で必要となる文化資料のデジタル化についての専門的知識および技術と併せ,(2)文化活動の基礎としての著作権等の知的財産権やプライバシーへの理解と対処能力,(3)文化・芸術等への理解および解釈等を通し,総合的な文化情報の創造,保護,管理,流通利用を担当できる専門職制のことであると定義した。この定義をもとに,各界の専門家の協力,助言の下,デジタル・アーキビストに必要な能力の策定を行った。その結果,次のような能力が必要であると考えられる。
(1)文化資料・活動と開発利用の目的設定
・文化に関する理解,各文化情報資料等の価値判断能力(デジタル・アーカイブ化の必要性を評価する力)
(2)文化資料・活動の調査
・現物を調査し,文化的な評価を併せ知的財産としての著作権等・プライバシーなどについてのデジタル・アーカイブ化に対する解決策を考える能力
(3)記録
・文化資料・文化活動等の各種の記録(デジタルハイビジョン,360°撮影,フィルム,デジタルカメラ撮影,スキャナー,音声,収音など)とその編集・加工をする能力
(4)記録資料の情報化
・記録した資料をデジタル化して,データベースの各記録項目に情報を正しく記載する能力(説明,情報のカテゴリー化,キーワード,著作権,知的財産などを正しく記入する能力)
(5)データベース
・データベースの記録項目の構成・構築,カテゴリー,索引語(シソーラス)の整備等を行う能力
(6)情報検索・流通と作品等の制作
・映像・音楽(音声)・文字(古文書も含め)・電子音その他デジタル・アーカイブズとして記録されている情報の検索(各種機能に対し),および流通ができる能力
・また,必要な情報を検索し,新しい文化創造活動の支援ができる能力
(7)プレゼンテーション
・人々の要望に応じた,各種の文化活動・資料の人々の要望に応じた,各種の文化活動・資料の作成およびプレゼンテーションの能力
(8)情報の利用処理
・各分野での新しいデジタル・アーカイブズの利用に対応し,その活用を支援する能力
 これらは,デジタル・アーキビストという専門的職業人に要求される能力であるが,その内容であるデジタル化についての知識・技術とともに,デジタル・アーカイブ作成の各プロセスにおける知的財産権や所有権等に対する知識,さらには情報のデータベース化とアクセシビリティーへの配慮などは,現代の情報社会における情報活用において必須の知識・能力であると考えられ,デジタル・アーキビスト的能力は,その意味で情報社会の基礎的能力であるといえる。
4 デジタル・アーキビストが必要とされる分野
 デジタル・アーキビストとしての能力がどのような分野で必要とされているかということについては,当初,学芸員,司書などの専門職を対象とした狭い分野での資料の情報化・管理を想定していた。しかし,前述のような能力を持つデジタル・アーキビストがどのような分野で必要とされているか,また,どのような学習内容が必要であるかを調査※注1した結果,より広く教育界,産業界,行政の分野などでもデジタル・アーキビストとしての能力の必要性が要求されていることがわかった。
 また,デジタル化等にかかわるマルチメディア関連の技術的側面についての知識や技能を持つことは当然のこととして,それとともに,今日の情報化の重要な要件として浮き彫りにされている著作権をはじめとする各種知的財産権処理の能力や,さらに,情報管理および情報流通のためのデータベース記録項目やメタデータの知識,情報検索についての能力など,それらを総合的に処理できる能力を有する人材が強く求められていることがわかった。
5 大学におけるデジタル・アーキビスト養成カリキュラム
 岐阜女子大学ではこれら調査結果とデジタル・アーキビストに必要な能力,さらに,文学部文化情報メディア学科での教育実績を踏まえ,デジタル・アーキビスト養成のためのカリキュラムを構成した。
 また,ここではデジタル・アーキビストとしての資料等の収集,デジタル化の理論・技術,知的財産権の管理・流通・利用の必修科目と,学芸員,司書等の資格と共通する分野等の選択科目とに分けて履修できるカリキュラムを構成した(表1参照)。


▲表1 デジタル・アーキビスト養成カリキュラム
6 教材開発と実践的な実習を主とした教育方法の確立
 岐阜女子大学では,教材として利用できる数万点の静止画・動画・文献などの資料および実習関連機器を整備した。具体的には,
(1)北海道から沖縄までの全国的な文化資料および岐阜県内の博物館,市町村資料等約10数万件のデジタル・コンテンツの記録・管理
(2)米国公文書館の日本関係の映像資料約5千件や,古文書,文化財,世界遺産(フランス,東欧等の資料を含む)をはじめとした各種文化資料のハイビジョンビデオカメラ等による動画資料の管理
(3)高精細スキャナ,デジタル化各種装置,100インチプロジェクタ,約150台の映像処理・データベース開発ができるパソコン,VHSからハイビジョンまでの各種映像を編集できるビデオ編集装置等の設置
等である。
 デジタル・アーキビスト養成にあたっては,必要とされる各種実習(資料のカテゴリー分類,シソーラス・データベースの制作など)において,これらの資料を教材として利用する。また,知的財産関連では,著作権,プライバシー,情報と人権などを専門的に学習するための教材を,具体的な適用事例や文化芸術活動等に配慮した形で開発している。
 さらに,地域や関連施設・企業等の協力を得て,具体的な実践体験を中心とした実習を重視した教育を行っている。
7 デジタル・アーキビストと資格
 前述のとおり,先進的な諸外国ではアーキビストがすでに定着し,高等教育における人材養成や能力認定制度なども実施されている。わが国においても,デジタル・アーキビストの養成が今後さらに必要性を増し認知されるためには,資格制度の確立が必要である。デジタル・アーキビスト資格については,デジタル・アーキビスト資格委員会でその内容や位置づけが検討され,さらに,デジタル・アーキビスト資格認定機構が設置され,本格的な資格認定に向けて作業が進められている。
 デジタル・アーキビストの資格は,その利用・活用目的や分野,それぞれに対応する能力によって,上級デジタル・アーキビスト,デジタル・アーキビスト,準デジタル・アーキビストの3段階で構成されている。それぞれに想定されている専門性は次のとおりである。

(1)上級デジタル・アーキビスト−高度な専門性−大学院修了程度
 デジタル・アーカイブズの作成にあたり,その情報の構成(データベースの記録項目も含め)・説明・カテゴリー・索引語(シソーラス)などの,メタデータの基礎資料の作成および計画から利用までの指導ができる高度な専門性をもつ人材。

(2)デジタル・アーキビスト−高い専門性−大学卒業程度
 文化資料等の記録・計画・実施,データベース構成・管理,情報流通から活用までができ,知的財産権(著作権含め)情報管理・索引語・情報メディア処理等の知識をもち,指定された記録項目,カテゴリー,シソーラス等にしたがい,入力からアプリケーションまで責任をもって対処できる高い専門性もつ人材。

(3)準デジタル・アーキビスト−情報活動ができる デジタル・アーキビスト−高等学校卒業程度
 市町村やメディア関連の商店・企業で各種の情報がコピーされ,その流通が進むと考えられるが,そこで情報を取り出す索引語の知識及びコピー等の知的財産処理の能力をもち,適否が判断でき,情報提供に責任(資格)をもって対処できる人材。
8 教科「情報」の問題点とデジタル・アーキビストの養成
 初等中等教育における情報教育では,(1)情報活用の実践力,(2)情報の科学的な理解,(3)情報社会に参画する態度から構成される「情報活用能力」の育成を目標としている。また近年,これらの育成のために,教育課程審議会答申で中学校の教科「技術・家庭」における「情報とコンピュータ」の必修化と高等学校の普通化における教科「情報」の新設と必修化などが提言され,その後の学習指導要領の改訂で実施に移されたことは周知のとおりである。
 しかしながら現在の情報教育の実情として,(1)「情報教育」の達成目標が不明確,(2)「情報教育」の指導範囲がやや抽象的,(3)「情報教育」体系の中での各教科等での指導分担の関係整理が不十分であるといった問題点が指摘されており(初等中等教育における教育の情報化に関する検討会),また,教科「情報」の教育現場では,どこまで,またどの程度まで学習させていくかという目安が学校や授業担当者に任されている部分が多い。
 こうした状況のもと,情報化の進展と社会的ニーズに対応した,より詳細な情報教育の「体系化」が必要とされている。教科「情報」がより社会での即戦力として役立つ教科として機能するとともに,さらに積極的にその存在意義を主張するためには,デジタル・アーキビスト的な能力(教科「情報」の学習内容と重複する部分も多い)を身につけさせることを,高等学校における教科「情報」のカリキュラムの中にいかに位置づけるかということを検討すべきであり,また教科「情報」の到達目標の一つとして準デジタル・アーキビスト資格を活用することの意味は大きいと考えている。
9 高等学校との連携(高大連携)
 教材開発,高校生を対象とした講習会,遠隔教育を利用した授業提供,問題集・実習テキスト等の作成,大学入学後の単位付与および高等学校におけるデジタル・アーキビスト養成のための指導者研修などで連携を行い,高大間における教育の連続性を考慮する必要がある。
 岐阜各務野高等学校はその課程に情報科を置く専門高校であるが,岐阜女子大学と高大連携協定をむすび,専門教科「情報」の学校設定科目として「デジタル・アーキビスト概論」の授業を実施している。当該授業の目的は,マルチメディアの知識・技術を応用した文化資料のデジタル化に関する学習を通して,コンピュータや情報機器を用いた総合的な情報の創造,保護,管理,流通・利用の技術を習得するとともに,著作権をはじめとする知的財産権や,プライバシーの保護に関する事項を理解することとされている。すでに準デジタル・アーキビスト資格保持者も在籍し,多様な情報科の学習の到達目標の一つとして,また,社会的ニーズに応えるべく,高大連携による教育を進めている。
10 おわりに
 デジタル・アーキビストの教育は新分野であり,かつ学際的であるため,当該研究分野の研究者や教育者が1大学に限定されるものではなく,全国に分散するとともに,その教育の特性上,さらに第一線で活躍する博物館等の学芸員,司書,公的機関職員,写真家,デザイナーなどの人材による支援が必要である。また,有職社会人(現職学芸員,司書,教員,会社員等)が,あらたにデジタル・アーキビストとしての専門的能力を獲得するために支援がなされなければならない。
 こうした要望に応えるために,講習会やEラーニングを活用した教育も展開している。また,上級デジタル・アーキビストの養成のために,平成18年度には大学院文化創造学研究科も新設される。
 デジタル・アーキビストやその能力の重要性が全国的に認知され,多くのデジタル・アーキビストが社会で活躍する姿を見るようになるのもそう遠い未来のことではないと思う。
注1 谷口知司,後藤忠彦等,「教育情報とデジタル・アーキビスト(2)」教育情報研究,Vol.20No.4,2005年1月
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